第20話「アラーム②」
砂糖がたっぷりまぶされたチュロスをかじりながら、シュウは会話を続けようと、さらに尋ねた。
「島雨さんが参加した、そのデモって、どのくらい昔のことなんですか?」
「いや。半年くらい前のことだよ」
「半年? ……そんなに最近?」
驚くシュウに、島雨は、うなずいて言った。
「今だって、自殺支援制度に対する抗議デモは行われてるよ。もっとも現在、国はそれを認可していない。そのせいもあって、昔に比べれば、著しくデモの規模が縮小したのは確かだけどね。それでも、制度に対する抗議がなくなったわけじゃないんだ」
「そうなんですか? ……けど」
「ニュースでは、報道されないんだよ。それどころか、SNSで個人が情報を発信することも、今となっては困難だ。テレビにしろネットにしろ、その手の情報は、もうずっと前から規制されてる。制度撤廃派のあらゆる活動は、普通に暮らしていたら、今じゃ目にも耳にもいっさい入ってこない。……街を歩いてて、たまたまデモの現場に出くわしでもしない限りはね。そんなことは滅多にないから、自殺支援制度撤廃派のデモ隊なんて、もうほとんど都市伝説扱いだよ」
言われてみれば……と、シュウは思い出した。
一回か二回、そんな噂を聞いたことがあった。
近くの市街地でデモ隊を見たと、クラスメートが話していた。
それを、シュウを含む周りのクラスメートは、「今どきそんなデモなんてあるわけないじゃん」と笑い飛ばした。
そして、シュウ自身は、少なくともここ十年近く、その手のデモなんて見たことはない。
――けれど。
「……別に、いいんじゃないですか? それで。国が決めたことに対して、あちこちで大きなデモが起きるような世の中なんて、物騒だし」
そう言って、シュウはまた一口、チュロスをかじる。油にまみれた砂糖の粒を噛み砕く音が、口の中でじゃり、と響いた。
「十年前より今のほうが、世の中、平和じゃないですか」
「……平和?」
島雨は、まるで知らない言語圏の言葉を聞き返すかような調子で、その単語を繰り返した。
「平和、だと思うのか。こんな遊園地のある世の中が」
「えっ……。だって、それは」
シュウは内心、まずいことを口にしてしまった、とうつむいた。
めんどくさい話になるかもしれない。
そう思いつつも、シュウはなんとなく引っ込みがつかず、続きを口にする。
「……国の政策なんだから、それは、仕方ないことじゃないですか。選挙で選ばれた政治家が、こういう制度を作ったんでしょう? 十五年前までは、この国にも選挙制度っていうのがあったって、学校で習いましたよ」
「……ああ。そうだね。十五年前の、あれが最後の選挙だった」
「けど、選挙のあとに何度も大きなデモが起こって、当選した政治家や政党に文句つける人たちがたくさんいて……そんなふうにあとから文句言うなら、選挙なんてあっても意味ないじゃないかってことで、それから選挙が廃止されたんでしょう?」
「…………」
「自分たちで選んだ政治家や政党なんだから、やっぱりそこは、選挙後も責任を持って支持しないと。この国の国民として」
「…………」
「あ。当時デモしてた人たちは、自分が投票した政治家や政党が、選挙で負けちゃった人たちだったのかもしれないけど。だけど、だったらそれは、多数決で勝てなかったってことなんだから。いったん決まった結果が、自分の望んだものじゃなくて気に入らないからって、それにあとから文句言ってごねるようなことは、恥ずかしいですよ。しかも、選挙権を持ってるようないい歳した人たちが」
思いのほか、すらすらと言葉が出てくる。
そのことが、シュウは不思議だった。
政治とか社会とかに、自分はあんまり興味がないと思っていたのに。
……でも、積極的に政治や社会について勉強しなくたって、誰でもこのくらいのことは言えるのかもしれない。
普段流し見、流し聞きしているテレビでも、ちょくちょくそういった話題は語られているのだから。
と。そこで、少しの間シュウの言葉を黙って聞いていた島雨が、再び口を開いて言った。
「選挙は王様ゲームじゃない。当選したからといって、どれだけ多くの票を集めたからといって、『王様の言うことは、絶対!』とばかりに国民を支配できるわけじゃない。……そんなこと、許されるはずないじゃないか」
島雨の口調は淡々としていたが、その声は、わずかに乾いて掠れていた。
シュウは、首をかしげて島雨に問う。
「……じゃあ、選挙って、いったいなんのためにあったんですか?」
選挙結果で選ばれた政治家や政党に従わないなんて、民主主義におけるルール違反ではないのか。
そんなことがまかり通るというなら、やっぱり、選挙なんて制度は無意味なものになってしまうのではないか。
シュウのその疑問に対して、島雨は、
「民意を反映させるためのシステムの一つ、だね。
――選挙というのは、あくまで『いくつかあるシステムのうちの一つ』でしかない。民意の反映、という目的において、選挙は決して完璧なシステムってわけじゃないから。それのみに頼るのは、あまりに危険すぎる。だからこそ、選挙制度の不備は、選挙以外の何かによって、いつでもリカバリーできるようにしておく必要があるんだよ。そのリカバリーの手段として、たとえば抗議デモがあるわけだ」
その答えと説明を聞いても、シュウはあまりピンとこなかった。
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