第15話「【リトルゲート】」

 扉が閉められる。

 直後に、カチャリ、と外から鍵を掛ける音がした。


 シュウは、ヘッドギアの重みに少し頭をふらつかせつつ、ゲーム機の前に置かれた椅子に座った。

 そうして、軽く部屋の中を見回した。

 ゲーム機と椅子のほかには何もない、壁も床も天井もくすんだ白で塗られているだけの、殺風景な狭い部屋。

 ただ、天井を見上げると、そこには監視カメラらしきものがあった。


 ゲーム画面に向き直る。

 コントローラーを手に取る。

 画面にはゲームのオープニング映像が流れていて、その中央で、『スタートボタンを押してください』の文字がゆっくりと点滅を繰り返していた。


 シュウは、ボタンを押した。

 画面と音楽が切り替わり、今度は『はじめに』という文字が現れた。

 どうやら、ゲーム開始の前に、チュートリアルステージがあるようだ。


『操作のしかたを覚えてね!』

『アイテムの使いかたを覚えてね!』

『敵のキャラクターを覚えてね!』


 画面に表示される指示に従い、シュウは一つ一つチュートリアルを進めていく。

 こんなにも緊張するチュートリアルは初めてだった。


 何せ、シュウはこのゲームを知らない。やったことがない。――きっと、選んだ【リトルゲート】に限らず、このゲームセンターにあるコンピューターゲームは、どれも一般には流通していない、【ぎんいろ三日月遊園地】オリジナルのゲームタイトルなのだろう。

 だからこそ、こうして本番前のチュートリアルが設けられている。

 丁寧なチュートリアルだし、それはありがたいことだ。


 ……でも、このチュートリアルの間に、操作、アイテム、敵キャラクター等をすべて覚えなければならない、となると、かなりのプレッシャーだった。

 たとえば、このゲームの敵キャラクターは、基本的にジャンプして踏んづけることで倒せるのだが、そうでないキャラクターもいくつかある。

 その区別を忘れて、踏んづけてはいけない敵キャラを間違えて踏んでしまったら、その場合はこっちがダメージを受けてしまうのだ。


 暗記はあまり得意じゃない。

 得意だったら、学校のテストでもっと良い成績を取れている。


 幸い、操作自体は簡単ですぐに覚えられたし、アイテムも敵キャラクターもさほど種類が多くはなかった。

 これくらいなら、なんとか……大丈夫だろうか。



 チュートリアルがひと通り終わった。

 画面には、「もう一度チュートリアルをおさらいするかどうか」という旨の選択肢は出てこない。

 予想はしていた。

 やはり、チュートリアルは一回きりだった。

 普段家でやるゲームであれば、説明書もあるからとチュートリアルは適当に流すこともあったが、ここではじっくりやっておいてよかった。


 ドキドキしながらボタンを押す。

 また画面が切り替わって、そこに映し出されたのは、このゲームにおけるゲームクリアとゲームオーバーの条件だった。



『このゲームには ぜんぶで13のステージがあるよ!』

『各ステージにある【リトルゲート】をみつけて開けることができたら ステージクリア!』

『ステージ13までたどり着いて 13番目の【リトルゲート】を開けることができたら ゲームクリアだよ!』

『一度でもダメージを受けたら ゲームオーバーだよ!』


『それじゃあ がんばってね!!!』



 その文章を、シュウは何度も何度も読み返した。

 読み返す意味などない。

 極めて単純なルールだ。

 それでも、ボタンを押す指がなかなか動こうとしなかった。


 一度でもダメージを受けたら、ゲームオーバー。

 すなわち、ゲームクリアのためには、全十三ステージをノーミスで一発クリアしなければならない。


 ――できるだろうか?


 シュウは大きく深呼吸した。

 心臓がドキドキする。

 指が震える。

 いつの間にか、コントローラーを握る手が、ボタンを押すための指が、汗で濡れていた。

 それに気づいて、何度も何度も服に手をなすりつけ、汗をぬぐう。

 震えと汗はまずい。操作ミスに直結する。


(――早く、ゲームを始めないと)


 ゲームクリアにかかる時間によっては、ゲームの途中で閉園時間が来てしまう、ということにもなりかねない。

 この手のゲームで全十三ステージなら、そこまでの時間は掛からないだろうが……それはあくまで、今ゲームを始めればの話だ。


 ゲームを始めない限り、今すぐ死ぬことはない。

 でも、ゲームを始めないことには、クリアもできない。

 このまま何時間もこうしているわけにはいかないのだ。


 深呼吸を繰り返す。

 しかし、なかなか肺の奥まで息が吸い込めない。

 落ち着いて。落ち着いて。

 シュウは自分に言い聞かす。

 大丈夫だ。この手のゲームは、いちばんよくやり慣れてる、自分にとって馴染みの深いジャンルじゃないか――。


 何度目かの呼吸で、やっと上手く肺が膨らんだ。

 その息を、ゆっくり、ゆっくり吐き出して。

 吐き終わると同時に、呼吸を止め、シュウはボタンを押した。


 画面と音楽が切り替わり、ゲームが始まる。

 明るい音楽。ポップなゲーム画面。……ああ、楽しそうだ。口元が緩んで、なんだかやけにふにゃふにゃとした笑いが漏れた。


 そうだ。怖がることはない。

 ゲームは大好きなんだ。

 ゲームを楽しもう。

 遊園地は楽しむためにあるものだ。



 操作するキャラクターの前方――基本、左から右へと進む横スクロールアクションのゲームなので、この場合は右のほうから――敵キャラクターが歩いてくる。

 操作するキャラクターも敵キャラクターも二等身で、マスコット的な可愛らしさのあるデザインだ。


 この敵キャラは、ただ踏んづけるだけで倒せるタイプの敵。

 でも、ジャンプのタイミングや着地点を間違えれば、踏みつけが失敗して、敵キャラクターにただ触れてしまう。

 そうなるとダメージ。

 すなわち、ゲームオーバーだ。


 慎重に敵キャラに近づいて、ジャンプ。

 踏みつけ成功。

 敵キャラは、コロリとひっくり返って画面外に落ちていった。

 シュウはほうっと息をついた。


 最初の敵を倒して、先へと進む。

 次々に敵が現れる。

 それらを、ときには踏みつけ、ときには無視し、ときにはかわし、ときにはアイテムで倒し、ステージを右へ右へと進んでいく。



 やがて、ステージの右端に、「1」と書かれた門――リトルゲートが現れた。

 門の前にいる敵たちを倒し、倒せない敵キャラの攻撃をよけながら、門に近づく。


「あ!」


 敵の放った攻撃に当たりそうになり、思わず声が出た。

 が、ぎりぎり大丈夫だったようだ。

 次の攻撃をジャンプでかわす。

 このままゲートに着地して――ああ、まずい! 焦った! 

 このタイミングだと、着地点にちょうど敵の攻撃が飛んでくる……!?


「くっ!」


 ――間一髪、だった。

 敵の攻撃に当たる前に、プレイキャラがどうにか門に触れた。

 瞬間、画面上の敵キャラクターが残らず消えて、ステージクリアの音楽が鳴り、門が開いた。


「やった……」


 第一ステージ、クリアだ。

 シュウは大きく息をついて、思わず椅子の背にもたれ掛かった。

 危なかった……。

 心臓が、ドキドキを通り越してバクバクいっている。


 でも。

 ゲームの難易度自体は、それほど高いわけではない。

 まだ第一ステージということもあるけれど、この【リトルゲート】は、いわゆる「鬼畜ゲー」と呼ばれるようなものではなさそうだ。


 とはいえ、一度でもミスしたらゲームオーバー。

 そのルールが、やはり相当にきつい。

 ゲームがものすごく上手い人だって、単純な操作ミスでダメージを食らってしまうことなんて、けっこうあるというのに。


 リトルゲート。

 このタイトルは、「狭き門」くらいの意味合いなのだろうか……。


 呼吸を整え、手の汗を拭いている間に、第二ステージが始まる。

 シュウは慌ててまた画面に集中した。

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