第14話「ゲームセンター」
それからしばらく園内を歩き回って、シュウがようやく立ち止まったのは、【ゲームセンター】と書かれた建物の前だった。
「ゲーム……か。これなら」
呟いて、シュウはその建物の扉をくぐった。
建物の中は、視覚的にはとても派手だった。
壁や床のあちこちに、色とりどりの光の粒がうねり、広がり、渦を巻き、弾け散る、サイケデリックな映像が映し出されている。
だが、そんな視覚情報とは対照的に、ゲームセンターの中はひどく静かだった。
子どものいない図書館くらいにしんとしていて、およそゲームセンターとは思えない空間だ。
それもそのはず。
このゲームセンターのゲーム機は、すべて個室の中に収められているのである。
もちろん、そのゲームのプレイヤーも、プレイ時には個室に入ることになる。
いくつかの個室のドアには『プレイ中』の文字が光っており、にもかかわらず、ゲーム音もプレイヤーの声も聞こえてこないところを見ると、各個室には防音が施されているのだろう。
「いらっしゃーい。プレイするゲームが決まったら、おっしゃってくださいねー」
死神姿の係員も、ここではマイクも拡声器も使わず話し掛けてくる。
シュウは、係員に軽く会釈して、面白そうなゲームを探し始めた。
各個室の前にあるパネルには、その中でプレイできるゲームの名前と、ゲーム内容の概要、ゲームコンセプトを示す例の四項目のパーセンテージー――当然だが、ここではどれを選んでも〈遊楽度〉が高い。また、〈興奮度〉も70%を下回るものはほとんどない――が記されている。
致死時間だけは、建物の入口や受付のパネルで示されてあった代わりに、ゲームごとのパネルでは省略されている。
このゲームセンターでは、どのゲームで自殺するにしても、致死時間は一律0.1秒(ただし、一部に例外ありということだ)。
ゲーム内容は違っていても、直接的に死をもたらすギミックは、おそらくすべてのゲームにおいて共通のものが使われるのだろう。
ゲームのジャンルは、いろいろなものがあるようだ。
ゲームセンターには定番の、UFOキャッチャー、リズムゲーム、エアーホッケー。
そして、何十種類ものコンピューターゲーム。レトロなシューティングゲームもあれば、VRもある。横スクロールアクション、パズルゲーム、格闘ゲーム、レースゲーム、シミュレーションゲーム、RPG……。
UFOキャッチャーやリズムゲームなどは、一人プレイか対戦プレイかを選べるようで、そのどちらなのかによって必要なチケット枚数が違っていた。
エアーホッケーなどは、対コンピューター戦か対人戦かを選べるようになっていて、これもそれぞれのチケット枚数に差があった。
コンピューターゲームも同様だった。
いずれにしても、個人戦や対コンピューター戦だと、必要なチケットは一枚、もしくは二枚のゲームがほとんどだ。
一方、対人戦になると、必要なチケットが三枚とか四枚とかになる。
そんな中、例外的に「一人プレイでチケット三枚」というコンピューターゲームがあった。
キャラクターを走らせたりジャンプさせたりしながら、さまざまなギミックやトラップが張り巡らされたステージを動き回り、ステージ内に設置されたゴールを目指すという、よくあるタイプの横スクロールアクション。
それはちょうど、シュウがいちばん好きなジャンルのゲームだった。
「これにしてみようかな。……いや。でも……」
ゲームのキャプチャ画像が添えられた解説パネルの前で、シュウは逡巡する。
面白そうなゲームは、いろいろある。
でも、いくつもは選べない。
プレイできるのはたった一つだけなのだ。
それを思うと、ここまできても、やはりなかなか踏ん切りがつかなかった。
そうこうしているうちに、もう一人、客がやって来た。
その客は、さっさとチケット四枚のゲームを選び、係員に声を掛けた。
「はーい。それでは、お客さまで定員埋まりましたので、ゲームを開始いたしますね! このコスチュームを装着して、こちらの個室にお入りくださーい! コスチュームをすべて正しく装着していませんと、中に入ってもゲームが始まりませんので、お気をつけくださいね。
……ゲームが始まらないまま、あるいはゲームの途中で閉園時間になってしまった場合、その時点でゲームオーバーとなりますので!」
係員のその説明を、少し離れたところで聞きながら、シュウはごくりと唾を飲んだ。
(ゲームの途中で閉園時間が来たら、ゲームオーバーなのか……。)
説明を受けた客は、四枚つづりのチケットをまるごと係員に手渡し、戦闘服風のコスチュームを装着したのち、このゲームセンターの中でいちばん大きな個室に入っていった。
その個室の中で行われるゲームは、VR(バーチャル・リアリティ)機器を使ったシューティングゲームだ。
「遊楽度」「興奮度」がともに100%で、ゲームセンターの中では唯一、チケットが四枚必要なアトラクションだった。
手持ちのチケットが三枚のシュウにとっては、はなから選択肢に入らないゲームであったが、しかし、仮にチケットを一枚も使わずここに来ていたとしても、このゲームは選ばなかっただろうな、とシュウは思う。
(対人戦は、苦手なんだよなあ)
あとから来た客が選んだそのゲームは、十三人の狙撃者たちが最後の一人になるまで互いを撃ち合う、という内容のものだった。
ゲームのクリア条件はもちろん「いちばん最後まで生き残ること」だ。
コンピューターでなく、人間相手にそんな戦いをするなんて、シュウは怖かった。
また、そのゲームはVRではあるが、コスチュームの至るところに小型爆弾が仕込まれていて、ゲーム内で撃たれた箇所がその瞬間に爆発する仕掛けになっているらしい。
しかも、妹の選んだ【ひとり鬼ごっこ】などとは違って、無痛処置はいっさいなされないというのだ。
撃たれた箇所や回数によって致死時間も大きく変わり、それは場合によっては数時間に及ぶとも書かれていた。
究極にリアルなゲームではあるだろう。
が、精神的にも肉体的にも、安楽な死とはあまりに程遠い。
(あのゲームに参加する人たち、すごいな)
ドアの向こうにいる十三人の狙撃者たちに、シュウは尊敬とも呆れともつかない感情を抱く。
同時に、やっぱり自分には一人プレイのゲームが合ってるな、とあらためて思った。
シュウは、係員のほうを向いて声を掛けた。
「あの……すいません」
「はいはい、お決まりですかね?」
「あ、はい。えっと……このゲームを、プレイしたいんですけど」
「はい、こちらの【リトルゲート】ですね。チケットは三枚になります」
シュウは、ちょうど三枚残っているチケットを、係員に手渡した。
「あ、お客さま、すでに一枚使われているんですねー。でしたら、もしゲームをクリアしてしまいますと、アトラクションチケットの残り枚数がゼロになってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「……はい」
「それでは、このヘッドギアを装着して、そちらの個室にお入りください!」
そう言って渡されたヘッドギアは、頑丈な首輪と一体化したものだった。
言うならば、首の後ろ側だけが繋がったヘルメットのような形状だ。
装着してみると、視界は充分に確保でき、ゲームのプレイには支障なさそうだった。
首輪部分を後ろでロックしながら、係員が言う。
「ちょっと重いですけど、プレイ中は、これはずさないでくださいねー。まあ、専用のアンロッカーでこのロックを解かない限り、はずすことはできないようになってますが」
「はあ。……これは、なんなんですか?」
「致死時間0.1秒を誇る、自殺用のギミックですよ。ゲームオーバーになった瞬間、このヘッドギアが一瞬にして、お客さまの脳ミソを爆破粉砕いたします!」
なるほど、とシュウはうなずいた。
ロックを完了した係員が、「はい、オッケーです」とシュウから離れ、個室の扉を開ける。
「ではでは、心行くまでゲームをお楽しみくださーい!」
係員の声に送られて、シュウはゲーム機のある個室に入った。
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