第13話「柵と外」
家族がみんな自殺を終え、一人最後に残されたシュウは、しばらくぶらぶらと園内を歩き回った。
アトラクションが、決まらない。
本当は、やっぱり観覧車がいちばん好みだった。
あれが良かったのに。家族の誰より先にアトラクションを選んだのは、自分だったのに。
――それなのに、あそこで〈ハズレ〉を引いたせいで、なんだかケチが付いてしまった。
もう一回あの観覧車に乗る気にはなれない。
あてどなくうろついているうちに、いつの間にか、園の端のほうまで来てしまっていた。
そこは、アトラクションも売店もない場所だった。
あるのはただ、手入れの行き届いていない花壇や木々、それらの間を縫うように延びる雑草の生えた遊歩道だけだ。
町の外れならぬ、遊園地の外れといったところ。
――外れ。はずれ、か。
シュウは、あと三枚残っている金属板のチケットを握りしめた。
こんなことをしている場合ではない。
早くアトラクションを選ばなければならないのに。
ちゃんと納得いくものが見つかるまで、じっくり選びたいのだ。
時間ギリギリになって、適当に飛び込んだアトラクションで自殺するなんてごめんである。
そんなの、この遊園地に来た甲斐がない。
アトラクションのある場所に、戻らないと。
……でも。
ちょっとだけ。まだ、時間はあるのだから。
この園内の空間は、いったいどこまで続いているのか。
いちばん端は、行き止まりは、どうなっているのか。
そのことが、なんだか急に気になり出してしまった。
好奇心を満足させて、それから戻ったって、遅くはない。
そう思い、シュウは遊歩道のさらに先へと進んでいった。
ほどなくして、木々の茂みの向こうに行き着くと、遊歩道はそこでT字の突き当たりとなっていた。
正面には、鉄柵があった。
シュウの身長の優に二倍を超える、頑丈な鉄柵。
右を見ても左を見ても、途切れることなく延々とそれが立ちはだかっていた。
鉄柵の向こうには、道路が見える。
ところどころに木の枝が落ち、道の脇に枯れ葉の溜まった、山の中の道路。
それを眺めていると、なんだか不思議な気分になった。
この遊園地で、〈外〉の景色をこんなに近くで見られる場所があるなんて。
非現実感が胸の内に吹き込む。
観覧車から坂の下の街を見下ろした、あのときと同じ感覚。
(この道路は、あの坂の下の街に、続いてるのかな)
ふと、シュウはそんなことを思った。
それは実際、充分にあり得ることだろう。
なのになぜだか、その可能性は、ひどく現実離れした空想のように感じられた。
「……おっと。そろそろ、戻らなきゃ」
呟いて、シュウは鉄柵に背を向けた。
途端、ハッとして足を止めた。
引き返そうとした遊歩道の先に、人がいる。
何をするでもなく、ただこちらを見つめている、くたびれたコートの男。
(――あの人だ)
シュウは思わず眉をしかめた。
(僕が観覧車で〈ハズレ〉を引いたあと、僕のことじろじろ見てた、あの……)
得体のしれないその男は、コートのポケットに手を突っ込んだまま、動きもせず、喋る気配もない。
数時間前に見たときと同様、無表情とも薄い笑みともつかない顔で、こちらに視線を向けているだけだ。
ただ、それだけ、なのだけれど。
観察されている。
そう思うと、胃の底から言いようのない不快感がこみ上げた。
気分が悪い……ものすごく。
しかし、どうしてここまでの不快を感じているのか、シュウは自分でもよくわからなかった。
神経が、過敏になっているのだろうか。
そう。
アトラクションがなかなか決まらないから、その焦りのせいで。
シュウは男を睨みつけた。
そして、いらつきに任せて声を上げた。
「何か、僕に用ですか?」
「……いや。別に」
平然とした態度で、男は答えた。
だが、その答えに、シュウはもちろん納得いかない。
「別に、って。じゃあ、たまたまここに来たんですか? こっちには、アトラクションも売店も何もないですよ?」
「ああ、そうみたいだね」
「だったら、どうしてこんな場所に」
声を荒げて問い詰めると、男は、少し考えるように黙り込んだ。
それから、おもむろに口を開いて、一言。
「君と同じかな」
独り言を呟くように、そう言った。
それもまた、どうにも要領を得ない答えだった。
要するに、自分と同じく、遊園地の端がどうなっているか気になって、ということだろうか。
それならそうと言えばいいのに。
なんだか、ごまかされているような気がする。
と、そのとき。
近くにあったスピーカーから、時報が響いた。
ラッパや小太鼓やアコーディオン、いろんな楽器の音色が混ざり合った、楽しげなリズムの音楽が流れ出し、そのメロディーにアナウンスが重なる。
『夕方、四時をお知らせいたします……夕方、四時をお知らせいたします……。当遊園地は午前0時に閉園となります。最終受付の時刻は、アトラクションによって異なります。まだチケットをお持ちの方は、お早めにアトラクションをお選びください。……なお、夕方六時より、園内のイルミネーションが点灯いたします……』
シュウは、ギクリとした。
四時。もう、そんな時間なのか。
幸い、閉園時刻が遅いから、まだ余裕はあるけれど。
でも、この調子で迷っていたら、きっとあっという間に時間が経ってしまう。
閉園間際になって、慌てて手近なアトラクションに飛び込むことにもなりかねない。
そうだ。
こんなことをしてる場合じゃないのだ。
戻らなきゃ。
選ばなきゃ。
――早く!
心の中で叫ぶやいなや、シュウは走り出した。
「失礼します!」
遊歩道に立つ男の横を、シュウは、投げ捨てるようにそれだけ言って駆け抜けた。
手の中に握ったチケットが滑り落ちそうになる。
金属板のチケットは、いつの間にか、じっとりと汗で濡れていた。
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