第12話「【ひとり鬼ごっこ】」

「さっきのジェットコースター、〈ハズレ〉の人、いなかったみたいだねー」


 次のアトラクションに向かいながら、妹が言った。

 そういえば。シュウたちが見ていたあの回では、父もほかの乗客たちも(どれが誰やらわからなくなってしまったけど)、全員残らず首を切り落とされていたようだった。

 生きてコースターから降りてきた客は、いなかったはずだ。


「コースターの座席、ぜんぜん埋まってなかったからな。あいてる席のどれかが〈ハズレ〉だったんじゃないか? それか、〈ハズレ〉の出る回と出ない回があるのかも」

「そっかー。……さっきの、【舞首】だっけ? あれは、チケット二枚のアトラクションだったよね」

「うん、確か」

「私が狙ってるやつ、チケット三枚だからさあ。それで〈ハズレ〉が出たら悲惨だなあ」



 そうこうするうちに、二人は次のアトラクションに到着した。


 そこにあったのは、まるで「廃墟となった団地の一棟」のような建物。

 青白い外壁には枯れた蔦が絡みつき、扉のない入口の向こうに覗き見える屋内には、弱々しく灯る照明が、今にも消えてしまいそうに点滅を繰り返している。


 入口の上には、【ひとり鬼ごっこ】というアトラクション名が掲げられていた。


「お化け屋敷……みたいなもんか? これは」

「うん、そんな感じかな。普通の遊園地のお化け屋敷と違うのは、モンスターがガチで襲ってくるってとこ! この建物の中をさまよいながら、死ぬまでモンスターに追いかけ回されるんだよ!」

「ふーん。まあ、そうだろうな。……モンスターって? ゾンビとか?」

「えっとねー。入口のこの看板見ると、いろいろ選べるみたいだよ。ゾンビもあるし、山姥、口裂け女、エイリアン、チェーンソーを持った殺人鬼、殺人ピエロ、殺人人形、悪霊、人食いザメ、人食い植物、などなど……全二十種類だって!」


 説明を聞いて、それらのモンスターのどれかに追いかけられるのを想像しただけで、シュウはゾッとしてしまった。……ホラーは苦手だ。


「これ、かなり怖いんじゃないか? おまえ、大丈夫かよ」

「怖いのがいいんじゃん。私はこういうのが好きなの!」


 人ごとながら尻込みするシュウに対して、妹はきっぱりと言ってのけた。

 どうやら迷いはないらしい。


「ならいいけど。……にしても、あーあ。結局、僕が最後かよ」

「へへっ、お先にしつれー。観覧車で〈ハズレ〉を引いた自分の運の悪さを呪うんだね!」

「うるせー。もう、さっさと行けよ」


 シュウが苦笑いで吐き捨てると、妹は「べー」と舌を出した。


「じゃっ、行ってきまーす。お兄ちゃんも、いいアトラクション見つけなよね!」


 そう言い残し、妹は【ひとり鬼ごっこ】の建物の中へと入っていった。


 その後ろ姿が、屋内の薄闇にまぎれて見えなくなる。

 シュウはしばらくの間、何をするでもなく、ぽっかりと開いた建物の入口を見つめていた。


(……僕が最後、か)


 思わず、小さく溜め息をつく。

 妹がアトラクションを終えるまで、やはり一応は待っているつもりだが。

 お喋りしながらいっしょにそれを待つ相手は、もういない。


 一人ではすることもなく、シュウは、手元にあるパンフレットをとりあえず開いた。

 開いてから、そうだ、妹を待つなら、このアトラクションの致死時間を見ないとな、と気づいた。


【ひとり鬼ごっこ】……あった。概要を読む。


 ……不気味な雰囲気が漂う建物の中で、武器や凶器を持ったモンスター型ロボットがあなたを襲ってきます。モンスターはあなたを即死させないよう攻撃してきますが、逃走の際には痛覚を麻痺させる処置を行いますので、ご安心を。多少肉体を切り刻まれたり、切り落とされたり、焼かれたり、撃ち抜かれたりしても、痛みを気にせず逃げ回れます。


 ……モンスター型、“ロボット”。

 追いかけてくるのが人間ではなく機械だから、“ひとり” 鬼ごっこ、というわけか。


 ……〈興奮度〉は100%、〈遊楽度〉は70%、〈幻想度〉は30%~70%。

 ……〈幻想度〉の幅は、モンスターのキャラクターよって異なる、ということだろうか。たとえば、ゾンビに追われるのと殺人鬼に追われるのとでは、どちらも怖いことに変わりはないが、非現実感には差がありそうだ。


(そういえば、アトラクション概要に〈恐怖度〉って項目はないんだな)


 ふと、シュウはそんなことを思った。

 それはそうと、肝心の致死時間は、10分~30分とけっこう幅があるようだ。


(うーん、どうしよう。建物内のアトラクションだから、いつ終わるのか、外からじゃわからないぞ。致死時間もあんまり目安にならないし……)


 困りながら、シュウは建物の周りをうろつく。

 そうしていたところ、ぐるりと裏に回ったところで、意外なものを見つけた。

 出口だ。

 なんと。このアトラクションには、出口がある。

 シュウは首をかしげた。

 必要だろうか、こんなもの。

 出口から、客が出てきてしまってはまずいんじゃないのか……。


 そこまで考えて、ハッとした。


 そうか。

 きっと、出口にたどり着くことが、このアトラクションにおける〈ハズレ〉なのだ。


(うっかりモンスターから逃げ延びてここに来ちゃう人が、いるのかなあ)


 シュウは、妹の言っていたことを思い出した。

 ――チケット三枚のこのアトラクションで「ハズレ」が出たら悲惨だなあ――。


 それにしても。


 今までに見てきた、観覧車、コーヒーカップ、ジェットコースターは、当たりはずれがランダムで、それを引くか引かないかは、たぶん純粋に運の問題だった。

 けれど、この【ひとり鬼ごっこ】では、そのへんちょっと勝手が違うのかもしれない。――いや。モンスターロボットがまったく攻撃してこないという形の〈ハズレ〉、なのかもしれないが。


 でも、もしかしたら、モンスターロボットの攻撃を “上手くかわしすぎてしまった” 人が、この〈ハズレ〉にたどり着くのかも。

 だとしたら、【ひとり鬼ごっこ】での当たりはずれは、運任せではなく、言ってみれば「実力次第」ということに……。


 そんなことをつらつら考えていると、不意に、建物のほうから物音がした。


 まさか。

 出口に誰かが?


 とっさにそう思って顔を上げた。

 が、違っていた。

 物音は、出口のそばにある〈従業員用裏口〉のドアが開いた音だった。


 死神姿の従業員が、女の子を抱えてそこから出てきた。

 血まみれで、片手がちぎれ、片足が潰れて、首がおかしな方向に曲がった女の子。

 人相がかなり変わっていたが、それでも残る面影と服装から、その女の子が妹であるとわかった。


 死神姿の従業員が、シュウのほうを見た。


「お客さま、何か?」

「あ、いえ。……あの、妹なので、その子」

「ああ、そうでしたか。ご心配なく。妹さん、ちゃんと亡くなられてますよ!」


 従業員に言われ、シュウは「そうですよね」とうなずいた。

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