第11話「【舞首】」
「遊園地の花形は、やっぱり絶叫系アトラクションだよな!」
張り切る父に引き連れられ、シュウたちが次に向かったアトラクションは、ジェットコースター【
「このアトラクション、致死時間が短い! 0.5秒以内だって!」
パンフレットを指差し、妹がそう叫ぶ。
妹の開いたパンフレットを、シュウも横から覗き込んだ。
「【舞首】……〈興奮度〉が80%で、〈幻想度〉が50%、あとはパーセンテージなし、か」
呟いて、シュウは首をかしげた。
ジェットコースターで〈幻想度〉が50%……。
観覧車のときと同じく、なんだか不自然なパーセンテージのような気がするが。
少し考え込むシュウをよそに、妹と父はパンフレットを見ながら話す。
「ステータスは意外と地味っていうか。〈興奮度〉ですらもマックスじゃないなんて。……お父さん、ほんとにこれでいいの? 〈興奮度〉だけでももっと高いやつ、ほかにあるよ?」
「うーん。これより〈興奮度〉の高いアトラクションは、パンフレット見ると、だいたい「遊楽度」の高さとセットなんだよなあ。〈遊楽度〉の高いアトラクション、なんか、どれもめんどくさそうで」
「そっか。ゲーム性いらないから、ただ乗ってるだけで死ねる感じのがいいわけね」
妹の言葉に、父は「いやあ」と照れくさそうにうなずいた。
「ま、不精かもしれないけどさ」
「いいじゃん。好みのアトラクションがあるなら、誰にも気兼ねなくそれにすれば」
妹は、慌ててフォローし、またパンフレットに目を落とした。
「ふーん。――ジェットコースターが最高スピードに達するポイントでは、ちょうど首の高さに設置された巨大カッターが待ち構えています、か。……時速180キロでカッターのもとへと運ばれた乗客は、コースターがカッターの下をくぐり抜ける際、一瞬で首を切断されるのです。切断された首は、直後にカッター上部に取り付けられたプレス機によって押し潰されるので、首だけの状態で意識を失えず苦しむことはありません……。へえ、考えられてるう」
感心する妹の横で、シュウもうなずいた。
胴体と首が切り離されてから、首がぺっしゃんこに潰れるまでの時間が0.5秒か。
確かに、それなら苦しむ暇もないだろうし、痛みがあったとしてもほんの半秒のこと。
大観覧車やコーヒーカップとはまた違うタイプのアトラクションだけれど、これも楽に死ねそうだ。
「チケットは二枚、と。万一〈ハズレ〉を引いても、もう一回これに乗れるな」
言いながら、父は鞄からチケットを取り出す。
「一万分の一ってことはないでしょ、〈ハズレ〉の確率。コースターの一座席……二十分の一くらいじゃない? せいぜい」
「細かいな。まあ、言葉のあやだよ」
「このアトラクションで二回続けて「〈ハズレ〉を引く確率は……さあ、いくらでしょう、お兄ちゃん」
「だから、僕に振るなって」
数学は本当に苦手だ。もっとも、数学に限らず勉強全般が、なのだけど。
「じゃ、行ってくるな」
「あ、うん」
「シュウ。あとのことは頼んだぞ」
「あー、何それ。私だって、別にお兄ちゃんいなくても、一人でアトラクション選ぶくらいちゃんと」
「ああ、ごめんごめん」
笑って、父は二人に背を向けた。
搭乗口に着くまでに、父は何度も振り返ってシュウと妹に手を振った。
そのたび手を振り返すシュウは、やはりまたしても、シャッターがなかなか下りない写真撮影をしているような心地だった。
搭乗口でチケットを切ってもらう父を見ながら、
「ねえ、どうする? 特に約束しなかったけど」
「一応、終わるまで、ここで待ってたほうがいいんじゃないか?」
と、妹とシュウは言い交わした。
ほどなくして、死体の回収と清掃を終えたコースターが乗り場に戻ってきた。
停止したコースターに、父とあと何人かの客が乗り込む。
待っていた客がすべて乗っても、座席は三分の一も埋まらなかった。
すかすかのコースターは、そのまま安全バーを下ろして、走り出す。
「このアトラクションだと……ハズレの場合は、どうなるんだろ?」
その疑問を、シュウはぽつりと口にした。
観覧車やコーヒーカップと違って、ジェットコースターは乗り物部分が個別に分かれているわけではない。
パンフレットの説明にあるようなギミックだと、否が応でも乗客全員の首を切り落としてしまうことにならないだろうか……。
「きっと、ハズレの座席は、カッタ―のとこ通る瞬間に沈むか、後ろに倒れるかするんじゃない?」
「あ、なるほど」
妹の返した答えに、シュウは納得した。
「ねー、お兄ちゃん。変だよ。コースターのレール、どこ見ても、巨大カッターっていうのが見当たらなーい」
「え? そんなはずは……。ん。あそこの看板、レールの見取り図じゃないか? 見てみる?」
「見取り図? どれどれ……? うーん……。ほーお……?」
「何? どういうふうになってんの」
「うん、あのね。なんか、カッタ―がある場所は、地下みたい」
「地下? 地下にレールが潜ってるのか」
「みたいだねー。あっちに地下への入口あって、そこから下りれるみたいだし……。やば。下りて、カッタ―のところで見てたほうがよかったかなあ」
妹のその言葉に、シュウはちょっと考えてから、
「いや……いいんじゃないか? そんな、何がなんでも死に目に立ち会おうとしなくたって。さっきのコーヒーカップに比べて、こっちは絵的にかなり過激なアトラクションだしさ」
「んー……そうだねえ」
話している間に、コースターの乗客は、先ほどからもう絶叫を上げ始めている。
すでに、コースターがスピードの出る地点に入ったということだ。
となると、今から地下に下りても、おそらく “その瞬間” にはもう間に合わない。
「じゃ、ここでいっか」
と、妹もあきらめた。
シュウはうなずく。
ここからなら、コースターの乗り場だけでなく、その奥にある〈降り場〉も見える。
降り場というか、降ろされ場というか。
そこに帰ってくる父の姿を、せめて見届けることでよしとしよう。
「地上にある部分は、普通のジェットコースターだねー。宙返りがあったり螺旋回転があったり逆さになったり……」
「地上部分では、あくまで普通のジェットコースターを楽しんでください、って感じか」
「あ、地下に入った」
「あそこからは、もう一直線急勾配の下り坂があるだけだな。見取り図、すごい地下深くまでレールが下りてるって書いてある」
地下へと下りていく、長く急な坂。
そこに、何か幻想的なギミックがあるのだろうか?
地上部分のレールを見る限り、このアトラクションに50%の〈幻想度〉を感じさせる箇所はない。
「その下り坂の先に、カッタ―があるんだね。……そろそろ着いたかな?」
「どうだろうな……」
レールが地下から出てくる地点を見つめつつ、二人は待った。
ほどなくして、コースターは、再び地上へと現れた。
首から下だけになった乗客たちが、その切断面から血液を後ろへ撒き散らしつつ、戻ってくる。
降り場に到着して、コースターはいったん止まった。
固定ベルトが上がり、首のない乗客の体を係員たちが片づけ始める。
「……お父さんて、どの席に乗ってたっけ? わかる?」
妹に問われ、シュウは首をひねった。
「……たぶん、真ん中よりは後ろのほう……だったと思うけど」
せめて、帰ってきた父を見届けよう、と思っていたものの。
首がなくなり、服も血で染まった乗客たちの姿は、ここからではほとんど見分けがつかなくなっていた。
いったい、あの中のどれが父なのだろう?
たぶん、あの辺に座ってるのが……くらいには絞れるが。
結局のところ、正確にはわからなかった。
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