第5話「良いご自殺を」
ガイドの声は滑舌が良く、聞き取りやすかった。
いかにも喋り慣れている感じだ。
傾聴する客たちを見渡し、にっこり笑顔を浮かべて、ガイドは続ける。
『……と、いいましても、アトラクションが具体的などんなものであるのかは、皆様ご存じないと思われます。何せ、ここにいる皆様は一人残らず、今日初めてこの遊園地にいらした方ばかりですからね!』
ガイドの言葉に、客たちからどっと笑いが起きた。
シュウも思わず笑った。
そりゃそうだ。この遊園地に客として二回以上来たことのある者なんて、いるわけない。
『まあ、ですから。どのアトラクションに、どのような魅力や特徴があるか。それがわからないことには、自分好みのアトラクションを選びようがないですよね。そこで――』
ガイドは、傍らに置かれていた箱から何やら取り出した。
それを、客たち一人一人に配っていく。
シュウも受け取った。
それは、どうやらこの遊園地のパンフレットのようだった。
『お配りしたパンフレットには、アトラクション一覧と園内マップが載っていますので、このあともお役立てくださいねー。……さて。それでは、皆様。パンフレットを開いて、アトラクション一覧のページをご覧ください』
言われるままに、シュウたちは該当ページを開く。
そこには、ずらりと並ぶアトラクションの写真と、各アトラクションについての概要が記載されていた。
『えー、まずご注目いただきたいのがですね。アトラクションの概要欄にある、〈安楽度〉〈遊楽度〉〈興奮度〉〈幻想度〉という四つの項目です』
シュウは該当箇所に目を向ける。
四つの項目は色分けされた円で描かれ、円の中に、各項目の上限を100%とした場合のパーセンテージが表記されている。
各アトラクションにつき、パーセンテージが大きい項目ほど大きな円で描かれているようだ。
『〈安楽度〉の高いアトラクションは……心も体も安らかに死に至りたい方に!
〈遊楽度〉の高いアトラクションは……命がけのゲームを楽しんで死に至りたい方に!
〈興奮度〉の高いアトラクションは……思いっきりハイな精神状態で死に至りたい方に!
〈幻想度〉の高いアトラクションは……非現実感に浸って死に至りたい方に!』
――と、いう感じで。この四項目のパーセンテージをご覧いただければ、各アトラクションについての雰囲気、コンセプトなどがイメージしやすくなっておりますので。ご自身が、四つのうちどの項目を特に重要視して自殺するか……ということをですね。よくお考えになって、参考にしていただければと思います』
話を聞きながら、シュウはうなずく。安楽。遊楽。興奮。幻想。
自分だったら、どの項目に重きを置いて自殺したいだろうか――。
『また、各アトラクションの概要欄には〈致死時間〉という項目もありますね? ……よろしいでしょうか? これは、アトラクションの自殺用ギミックが作動してから死亡に至るまでの時間の目安です。
時間をかけてゆっくりじわじわ死にたい方は、致死時間の長いアトラクションを。
逆に、一瞬であっけなく死にたい方は、致死時間の短いアトラクションを。
……というように。これも、ご自身の理想の死に方に照らし合わせて、アトラクション選びの参考にご利用ください』
死亡に至るまでの時間の目安。
そんなものまで表記されているなんて、本当に、至れり尽くせりだ。
『あとはですね。――そう! チケットについてです。アトラクションチケット。これがないと、もちろんアトラクションを利用できなくなってしまいますので、くれぐれも失くしたりしないよう、皆様お気をつけくださいね』
ガイドのその言葉で、手に掴んだままのチケットに意識が向く。
ずしりと重いチケット。
これを失くす心配なんて、まずないだろう。
この大きさと厚みなら、鞄の中に入れても、携帯と同じくらいにはすぐ見つかりそうだ。
『えー。皆様のお手元には、今、四枚つづりのアトラクションチケットがあるかと思われます。アトラクションをご利用の際に必要となるチケットの枚数は、各アトラクションによって異なりますが、もちろん、チケットを五枚以上必要とするアトラクションなんてものはありませんので、ご安心を。――ただし』
そこで、一呼吸、間を置いて。
客たちを端から端まで見渡したあと、ガイドは言った。
『万一、すべてのチケットを使い切ってしまったら――その場合は、この遊園地から退園していただくことになりますので、ご注意ください』
それを聞いて、客たちの間で小さなざわめきが起こる。
シュウも、家族のみんなと顔を見合わせ、首をかしげた。
どういうことだろう?
チケットを使い切ってしまったら、って。
パンフレットを見ると、一回の利用で四枚のチケットが必要になるアトラクションは、いくつかあるけれど。
――でも。
手持ちのチケット四枚を、ぜんぶ使い切ろうが切るまいが、どれか一つでもこの遊園地のアトラクションを利用した時点で、もう「退園」も何もないのでは……?
客たちは、一様にガイドへ疑問の目を向ける。
しかし、ガイドはそれに応えることなく、『ご説明は、以上です』と話を終わらせた。
そして、右手に持った大きな鎌を振り上げて、こう結んだ。
『それでは皆様、【ぎんいろ三日月ランド】で、良いご自殺を!』
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