第2話「チケットと遊園地」

 四つの封書に入っていた診断書の文面は、名前の部分以外ぜんぶ同じだった。

 つまり、シュウも、父も、母も、妹も。

 今年の検査では、家族四人がみんなそろって自殺志願者という結果だったのだ。

 こういうことは、わりとよくあるらしい。


 診断書を取り出した封筒の中には、まだ何かが入っていた。

 ずしりと重たい板状の金属。

 封筒を斜めに傾けると、それは重みで滑り出て、あっけなく手の平の上に落ちてきた。



【 ぎんいろ三日月ランド 】



 金属板の表面には、そんな文字が彫られていた。


 それがなんであるのか、シュウはもちろん知っている。

 父も、母も、妹も、当然知っている。

 例の遊園地のチケットだ。この目で見るのは初めてだった。



『つきましては、同封のチケットをご持参の上、チケットの使用期限内に、最寄りの「ぎんいろ三日月ランド」までお越しください。』



 診断書の続きにはそう書かれていた。

 シュウはもう一度チケットに目を落とし、使用期限日を確認する。

 そこに彫られている日付けは、今日から一週間後のものだった。

 想像してたよりもけっこう短いな、と思った。


「最寄りのって、ここらへんだと、どこになるの?」


 シュウが尋ねると、父が少し考えてから答えた。


「ここからいちばん近い『ぎんいろ三日月ランド』なら、確か、県内にあったはずだよ。車で二時間くらいじゃないかな」

「じゃあ、当日朝に出発しても余裕だね」

「そうだな。当日……日曜の朝八時半に出発、くらいの予定でいようか」


 いいかな? と聞いた父に、母と妹もうなずいた。

 それじゃあ、と母が言う。


「当日までに、いろいろやっておかないとね。あんたたちも、学校は休んでいいから、身の回りのものとかちゃんと整理しておきなさい。いらないものはすぐゴミに出せるように、まとめておきなさいよ」


 シュウと妹は「はあい」と返事をした。


「じゃ、今から」


 と、シュウは自分の部屋に向かう。

 身辺整理は大変そうだ。

 どれくらい時間が掛かるかわからない。早いうちから始めておかなければ。


 妹も、シュウのあとをついてきた。

 父と母はリビングに残って、何やら話し合いを始めたようだった。

 大人はやっぱり、こういうことになると、自分たちよりもいろいろ話し合わなければいけないことがあるのだろう。


「日記とか、処分しとかなきゃ」と妹が呟いた。

「それって紙の日記? なら」とシュウは返す。


「公民館で、焚き火やるよな、今年も」

「うん。紙の日記だから、焚き火には持ってけるけど。でもね。前、友達が焚き火に行ったんだけどさ。漫画とかイラストとか描いてたのね、その子。それまでに描いたやつぜんぶ持ってって焚き火に放り込んだら、一枚うまく燃えなかったのが、ふわーっと飛んでっちゃってさ。どっかに飛んでっちゃって。それで、結局見つからなかったんだって。心残りだったろうなあ」

「ははは」

「だから、焚き火はちょっとヤかも。破いて水張ったタッパーに漬けといて、ドロドロになったら台所の三角コーナーに流そうかなって」

「なるほど。いいかもな」


 そこで会話を終え、シュウは妹と別れて自分の部屋に入った。



 狭い部屋の中をざっと見回して、シュウは考える。

 どうしようかな、身辺整理。自分は日記はつけていないけど……。


 未クリアのゲームは最後までやっときたい。

 お気に入りの漫画を読み返したい。

 そうしたあとでゲームも漫画も売っ払って、そのお金でちょっといいものでも食べに行くとか。

 ベッドマットの下にある本は、山か川にでも捨てに行こうか。

 月曜発売の週刊漫画雑誌は、早売りの店に行けばたぶん週末に手に入るが、続きが気になる連載漫画を読むか読まないかは……迷うところだ。


 シュウは、ノートを引っぱり出して白いページを開き、ペンを持った。


 計画を立てよう。


 この一週間で。

 次の日曜日の、朝八時半までに。

 やるべきことを、ぜんぶ残らずできるようにしておかないと。

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