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ちびまるフォイ

アカウントで人間管理する町

今日は単身赴任先での初出勤日。

ドキドキしながら会社のドアの前に立つと警報が鳴った。


『ピー。 社員SNSに会員登録してください』



「え、ええ!?」


慌てて、画面に表示されたQRコードを読み取り

会社の会員登録専用サイトで登録を済ませた。


その日の初仕事を終えて帰る途中、コンビニに入るとまた警報。



『ピー。 コンビニ会員登録が行われていません』



「なんじゃそりゃあ!?」


透明な自動ドアの向こう側で店員が申し訳なさそうな顔で

"登録お願いします、規則なんで"と表情で訴えていた。


仕方ないので、表示されたURLからコンビニの会員登録を済ませる。


登録を済ませるとやっと自動ドアが開いた。


「あの、なんですかコンビニ会員登録って。

 俺、前も登録したんですけど?」


「ああ、それは別店舗でしょう?

 うちは店舗エリアごとに会員登録を切り替えてるんです」


「めんどくさいな! どうしてそんなことを!?」


「コンビニ強盗が最近多いでしょう。防犯上の理由が半分と、

 あとはどんな客層が利用しているかのマーケティング用ですね」


「客の利便性は後回しか……」


「フランクフルトあげますから」

「許そう」


コンビニから出てどこか腰を落ち着ける場所を探した。

この地域にはまだなじめていないので、どこに何があるか把握していない。


「あ、近くに公園あるじゃん」


フランクフルトをもって公園に向かう。

入り口のラインを超えた段階で警報が鳴った。



『ピー。 公園会員登録が行われていません』



「またかい!!」


公園で遊んでいる子供たちの視線が注がれる。

近くにいる親は不審者や密入国者はては誘拐犯でも見るような視線を送る。


「あーーもう、登録すればいいんだろ!」


公園会員登録を済ませると、やっと中に入れた。


「おじさん、ゆーかいはん?」


「あのね、フランクフルト持った誘拐犯がいたら

 犯罪史上類を見ないマヌケになっちゃうよ」


「それで子供を釣るんじゃないの?」

「お前、これ食いたいだけだろ」


公園の会員登録もコンビニ同様に防犯のためだとは察しがついた。

会員登録の影響からか、ホームレスの痕跡もなかった。


小腹を満たすと、家路についた。


「なんか……今日はすごく長い一日だったなぁ……」


家の鍵を開けてドアノブに手をかける。警報が鳴った。



『ピー。 家の会員登録がされていません』



「はぁ!? なんで!?」


マンションの管理人が警報を聞きつけてやってきた。


「言ってなかったかい? このマンションは会員登録必須だよ」


「わかりましたよ……登録しますよ」


表示されたコードを読み取り、いつもの手順でサイトにアクセスすると。


『パスワードが違います』


「ちょっ、管理人さん! 会員登録以前にログインできませんよ!?」


「何言ってんだい。初期の会員登録はこっちでやっておいたんだ。

 初期パスワードは契約書に書いてあるから、それでログインできるだろ」


「契約書は部屋の中ですよ!」


「それじゃ再発行でもしな」


「まじか……」


ひとりでデジタルわらしべ長者でもさせられているような気分だ。

部屋に入りたいだけなのに、どれだけのステップが必要なんだ。


パスワード再発行の手続きを済ませると、通知が届いた。



『パスワードを再発行しました。MNSサイトから確認してください』



「えむ……えぬえす? テレビ局かなにかですか?」


「メッセージ管理サイトだよ」

「えっ」


サイトにアクセスすると、待ってましたとばかりに表示が出た。



『本サイトを利用するには会員登録が必要です』



「うああああああ!!! いい加減にしてくれぇぇぇ!!」


会員登録をするためにパスワードを再発行して、

それを確認するための会員登録でパスワードが必要になる。


俺は生涯いったいどれくらいのアカウントを作り続けるんだ。

その前に精神分裂するぞ。


発狂一歩手前で踏みとどまり、会員登録を済ませ、パスワードを確認する。


確認したパスワードで家の会員登録を済ませて、やっと部屋に入れた。


「突かれた……本当に疲れた……」


もう何もする気が起きずに、ベッドに倒れこんだ。

重くのしかかるような睡魔がやってきたと思ったそのとき。

けたたましくスマホが通知音を鳴らした。



『同じパスワードが使われています。パスワードを変更してください』

『同じパスワードが使われています。パスワードを変更してください』

『同じパスワードが使われています。パスワードを変更してください』

『同じパスワードが使われています。パスワードを変更してください』

『同じパスワードが使われています。パスワードを変更してください』

『同じパスワードが使われています。パスワードを変更してください』

『同じパスワードが使われています。パスワードを変更してください』

『同じパスワードが使われています。パスワードを変更してください』...



画面を埋め尽くすほどの通知、通知、通知。


会員登録を求められたときに、何となくいつものパスワードを記載していた。

公園アカウントもコンビニアカウントも、会社アカウントも同じパス。


それ以外のパスワードも検知されて警告が出ているんだろう。


『本日中にパスワードの変更がなされない場合は、

 会員登録が抹消され、再度会員登録が必要になります』


最後の1文には死刑宣告のような冷たい言葉が書かれている。


「こんなに疲れているのに、今日中にこれ全部パスワード更新するって……無理だろ!!」


パスワード更新しようと1つにアクセスすると、

再発行パスワードが送信されて、確認のためにまた別の会員登録が必要になる。


その都度、その都度、新しいパスワードを作成して、

それをこの先ずっと覚え続けるなんて無理だ。


「もう会員登録なんてやめてくれ! 俺は普通に生活したいんだ!!」


すると、窓ガラスを破ってマントを羽織った男がやってきた。


「やぁ、私は会員登録マン。君の叫びを聞きつけて飛んできたよ」


「あの窓ガラス……」

「私の、力を、貸してやろう!!」


会員登録マンは粉々の窓ガラスへの話題を遮るように言葉をつづけた。


「さぁ、これに登録するんだ」


「また会員登録ですか? もううんざりなんですけど……」


「そんな人のために、この『登録まとめ.com』では

 ありとあらゆる会員登録を事前に済ませてくれるすぐれものだよ」


「えっ、それじゃ……!」


「そう、君が覚える必要があるのはこの登録まとめ会員登録のパス1つだけだ。

 そのほかの細かい会員登録はぜーんぶこっちがやっておくからね。

 わずらしい会員登録とはおさらばさ!」


登場の仕方こそ問題があったが、めちゃめちゃ助かる人だった。


登録まとめに会員登録すると、パスワード通知が一気に消えた。

きっと自動でパスワードを再発行してくれたんだろう。


「ありがとうございます、本当に助かりました。

 それで利用料とか登録料とかは?」


「HAHAHA。そんなものはいらないよ。

 私はただの使者なのだからね」


登録マンは空の彼方へと消えていった。

もう2度と会員登録でモタつくこともないだろう。


「あ、そうだ。なにに会員登録してるんだろう」


登録まとめには利用頻度の高そうなコンビニ会員などをはじめ

有用な会員登録をすべて先に済ませてくれていた。


その最後に。



あの世で地獄行き会員登録  登録済み




わずらわしい会員登録と、来世への期待が同時におさらばした。

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