第2話カクテル

 高い本棚が囲むステンドグラスの海に立っていた。


 時が死んだかのように静謐だった。


 ――ここは何処かと辺りを見回せども、記憶の節に刺さるモノは何一つとしてなかった。天から差し込む光が床に反射し体を浮き上がらせるように脚を照らす。

 このまま立っていても埒が明かないことに気づき、軽く感じる足で歩み始める。


 ゴトゴトゴト


 と木の床が弾む心地の良い響きに、辺りに立ち並ぶ古い本の匂いが少しずつ不安を紛らわしてくれる。

 しばらくして前方にうっすらと柔らかい灯が見えた。角を曲がったときそこにはバーがあった。冷静に考えてみれば、こんな場所にバーなるものが在るはずがない。ましてや、図書館のような場所にだ。

 

 だが、一瞬立ち止まって本の匂いと、灯りから包み込まれる柔らかな光が混ざり合った時、なぜか急にそこにあるのが当然であるかのように感じられた。


 『barocco』と書かれたプレートを横目におそるおそる扉を開ける。開いた扉の隙間から中を覗き込むと、静かに包まれた暗がりの中に一人の女性がカウンターの向かいに立っていた。


「あら、どうしたの? 道にでも迷ったのかい?」


 かぶりを振る。


「まぁ、なんにせ、そこは暗いやろぉから中にお入り」


 促されるままにカウンターの真ん中より少し横にずれた席に座る。


「道にでも迷ったのかい?」


 かぶりを振る。


「自分が分からへんようになったんか?」

 

 静かにうなずく。


「そうかい、まぁ、その様子じゃ自分がおとこかおんなかもわからへんようやな」


 ……。


「なぁに、安心しなさいな、きっとすぐに思い出すて」


 ……。


「この店もそういうお客が多いんだよ。自分を見失って、自分自身の体の形も分からなくなったような人はみんなこの店に来る。そう心配しなさんな」


 ……。


「ま、一人でここまで来たのは褒めてやろ。どれ、一杯」


 そういうと店主はカウンターの裏でコトコト音を立て始めた。何かが注がれる音や、カランッと響きのいい音、シャカシャカとリズムのいい音。全てが不思議に感じていた時、コースターと一緒に飲み物が差し出された。


「アカプルコ、ラムをベースとしたカクテルだ。カクテル言葉は“切ない思いを抱いて“今のお前さんにはぴったりだろう」


 そう言われグラスに口づける。柑橘系の香りと砂糖と卵白の甘味が口に広がり、体に染みわたっていく。


 ――なんでだろう、これを口に含んだ瞬間、弾けるように自分の姿が見えていた。



――――――――――――――――――――


はい。杏です。気まぐれプロット短編集『気ま短』第二弾です。

とは言っても今回もあまり話すことはないのですが。今回プロットを作るにあたってこれらの言葉から組み立てていきました。


本 螺旋階段 静謐 カクテル ロココ調 レイリー散乱 星 ステンドグラス


ま、裏事情はともかく説明です。



悩みや不安で自分自身が分からなくなってしまった時に招かれるお店『barocco』このお店の名前言わずもがなバロック音楽からきています。

バロックの意味はポルトガル語で『いびつな真珠』と言います。その名の通り、このお店は悩みや不安でさまよう人を招き入れるのです。そして、いろいろな人の悩みを聞き、解決させるのがこのお店のカクテルのお代なのです。



ま、ここまで描いてもこれ以上膨らむかは私のやる気次第なんですけどねぇ。


それでは今回はこの辺で、本編も進めて裏を話せるまでに早くしたいな。


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