死に目は自宅にあり

 若山は終日近辺住民の聞き込みを行ったが、事件に関係する有益な情報は得られず、彼にとってかなり苦い一日となった。

 悔しさを抱えつつ、彼は自宅であるマンションの四階の部屋へ帰ってきた。

 憂い事が募り、身体が想像以上に疲弊していた。

 ネクタイを緩めてほどき背広を脱ぐと、同じハンガーにかける。冷房を利かして、キッチンへ足を向けた。

 調理台の傍の背丈ほどある冷蔵庫から、斎藤の愛飲している銘柄のビール缶を取り出した。

 首筋へ当てれば急激に血管が縮小する感覚が気持ちいいぐらいに冷えた缶を手に持ち、冷蔵庫に軽くもたれてちょっとずつ呷る。

 今までに例を見ない怪事件に、思考を集中する。幾つかの疑問点に思い至る。

 第一の疑問点。大人男性一人を焼き殺すには火の規模が小さい。布団に燃え移り火事になっていないことが不可解だ。

 第二の疑問点。謎のブラウン管テレビ。液晶テレビとすり替わる形でブラウン管テレビが置かれていた。

 一つの仮説として、若山は第二の疑問に解を見つける。

 斎藤を殺した犯人が現場を作為するためテレビを入れ替えた説だ。鑑識の見解ではブラウン管テレビに発火した痕跡があるという。

 若山はさらに仮説を展開させる。

 ブラウン管テレビを意図的に発火させるには、電器関係に相応の知識と腕を持ち、加えて斎藤を恨んでいる人物に絞ることが出来るのではないか、と若山は推理した。

 だが若山の知る限り、斎藤の知り合いに電器関係に携わるもしくは携わっていた人物はいない。とはいえ赴任前の対人関係を調べる価値は大いにある。

「遠出になるが調べに行ってみるか」

 若山は胸中の決意を声に出した。友人を殺した犯人を突き止める強い意思が彼の表情を決然と引き締める。

 不意に奇妙な音が聞こえた。ベニヤ板と砂利を擦り合わせたような音だ。

 彼は驚いて部屋中をくまなく見回した。が音を出すようなものはない。

「なんだったんだ、さっきの音」

 先刻耳にした音を鮮明に思い出そうと頭を捻っていると、音は再度不気味に響いた。

「ベランダからだ」

 若山はベランダへ出た。警戒した目つきで辺りを見る。

「あれ、なにもないぞ」

 音のしたはずのベランダの辺りからは、空調機以外見当たらない。

 部屋から漏れる灯りの中、丹念に空調機を調べた。

 音の出所がわからない不気味さに、若山は少し血色を悪くする。

 部屋に吹き込む夜風にカーテンがはためき、ボックス型の物体がまとわりついている。

 風が止むとカーテンが撓んでボックス型の正体明らかになる。

「あっ」

 若山は仰天して短く息を吐いた。

 彼の目が捉えた物。それは読者ご推察の通りブラウン管テレビである。

 画面では顔にモザイクのかかったコメンテーターが、しかつめらしく発言している。

『このような事件があったわけなんですけど、近頃若い人が簡単に命を落としすぎですよ。親友を亡くしたという事情があるにしても、追いかけるように命を落とすのは間違いでしかないですよ。彼にはまだ先が長いんですから、飛び降りでなくとも自殺なんて言語道断です』

「飛び降り?」

 若い人が飛び降り自殺をした。耳に覚えのない悲惨なニュースだ。

 若山は目の前にブラウン管テレビがある怪奇な状況も失念して、画面にくぎ付けになっていた。

 画面のコメンテーターは発言を続ける。

『それに彼は警察官なんですよ。命の尊さは熟知しているはずなんです。刹那的な感情に流されちゃったんですかね』

「親友を亡くした若い警察官。俺と似た境遇だな……」

 半笑いする若山は、不意に息を呑んだ。

「境遇が俺そのものだ」

 突然、画面が消えた。

 一拍、心臓が破裂するやもしれぬほど強く鼓動した。若山は思考と視界が真っ白になって、自我を失った。

 自我の喪失した若山は何かに引き寄せられるように立ち上がり、ベランダの手すりを掴んで身体を持ち上げる。上半身が手すりを越えた。

 次の瞬間、若山の身体はベランダの外に浮いていた。

 しかし、数秒後には頭部を駐車場の地面に打ち付けて帰らぬ人となった。

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