名探偵の捜査
鑑識の三柴に従って、斎藤は霊安室に案内された。
一点のほくろさえも見落とすまいと、斎藤は河合の死体を詳しく調べた。だが死体に怪しい痕跡はなく、悩ましげに眉を顰めた。
「三柴さん、何故このような死体ができたと思います」
「私にもわかりません。外傷もなければ、体内からは毒物も検出されませんでしたし」
三柴も奇怪な死体と立ち会い、不安な思いがある。
斎藤は人を死に至らしめる物象を思い付く限り頭に想像した。しかし彼の眉間の皴は深くなるばかりだ。
「仕方がありません。次に遺留品を調べることにしましょう」
「そちらも案内します」
部屋をかえ、遺留品を精査することにした。
ここまで斎藤の要望に諾々と従ってきた三柴が、遺留品を彼に見せるにあたっては何故かしら渋った。
「写真だけじゃダメですか」
申し訳なく訊いた三柴に、斎藤は断固と首を横に振る。
「遺留品は実物を見てこそ真相が掴めるものなのです」
「それはそうですけど、その遺留品というのがおいそれと運んでこられるものではないんです。斎藤さんが自分で運ぶのなら構いませんけど」
「どういうわけで、僕が運ばないといけないんですか」
当然三柴が運んできてくれるものだと考えていた斎藤は、渋る目の前の鑑識を不思議な眼差しで見た。
訳を三柴は遠慮気味に答える。
「遺留品というのがブラウン管テレビなんです。私の力じゃ重くて持ち上げるのにきついんです」
「そういうわけですか。しかしまたブラウン管テレビとは、懐かしいですね」
子供時代を顧みて、一人懐古の念に耽る。
「そういうわけなので。あそこにありますから」
恐縮した様子で三柴が、部屋の右側に存在大きく置かれたブラウン管テレビを指さした。
斎藤はテレビに歩み寄る。
「見た感じは普通ですね」
呟いてテレビの周囲を鷹の目で調べた。正面まで戻ると、斎藤は不意に三柴を向いた。
「三柴さん、このテレビ持ち上げてみてもいいですか」
「あ、ええ。構いませんよ」
了承をもらうとテレビの両横に手をかけた。
腕に力を入れて上げると、彼は驚いた顔をした。
彼の急変した横顔が気になって、三柴が尋ねる。
「何か気付かれたことでもありましたか」
「随分重いんですね、ブラウン管テレビって」
「ええ、それで私の力じゃ落としそうで」
「この中身は調べましたか」
「えっ、テレビの中をですか。いいえ」
テレビを下ろしてから、斎藤は真面目な声で言った。
「もしかしたらテレビの中に、手掛かりがあるかもしれません」
「どうして、そう思うんです」
意表を衝かれた気持ちで三柴は訊いた。
斎藤は苦笑いする。
「どうしてって僕の発言は自分の勘がほとんど占めています」
「勘、ですか」
「はい。それでも調べてみる価値はあると思いますよ」
「わかりました。一応上にもかけあってみます」
斎藤を意外な人として見ながら三柴は頷いた。
斎藤はその部屋の出入り口の前まで来ると、三柴に言った。
「それでは調査結果を待ってますので、数日したらまた来ます」
彼は微笑んで部屋を出て署を立ち去った。
名探偵と称される彼には、河合の死が自殺ではないと想到する何かに気付いたのだろうか?
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