名探偵の登場
巡査からの報告で、数名の警官が現場に駆けつけた。
その中の一人である加藤警部が、一通り現場を検分し終わった鑑識に断って死体の状態を見て言った。
「これは自殺だろうな」
一番に発見場所に来ていた例の巡査は、上司である加藤警部に尋ねる。
「河合さんが行方不明になったのは数年前、それからいままでずっと死体はここにあったんですかね」
「村の人からの話では、最後に河合さんを見たのは昨日だそうだ。あまり人と関わらない生活してたらしいが、通報者のお爺さんとは唯一仲が良かったみたいだな」
「そうなんですか」
巡査はそれ以上気にかかることもなく、質問はしなかった。
廃墟は狭く死体の見つかった部屋とトイレと寝室しかなく、湯浴みは山の麓の銭湯でしていたと老人は証言した。
死体に外傷はなく、発作などによる唐突な死だと否応なく判断を下した。
河合庇の自殺は全国に報道され、彼と同じ畑からは才能を惜しむ声が多くあった。
だが管轄外の警察署で一人、河合庇の自殺に疑義を感じている者がいた。
東京の下町の部署に所属する、中堅警部の斎藤九郎だった。彼は都心界隈では名探偵の名を称賛と皮肉を込めて冠されている。
報道を知り、斎藤は独断で捜査に乗り出した。河合庇の死体が発見された村を管轄に含む警察署へと向かった。
署に足を踏み入れた彼に、偶然入れ違いに署を出ようとする加藤警部が奇異の目を留めた。
「お前は誰だ」
「東京の○○署から来た、斎藤だ」
「階級は」
「警部だ」
「俺と同等か」
加藤は階級を聞き、明らかに自身より若い警部に微妙な顔をする。
しかし対面上、表情を愛想よく繕う。
「東京の警部が、こんな田舎くんだりの警察署に何用で」
「河合庇の事件はもちろん知ってますよね。それについて訊きたいことがありまして」
「はあ、なんでしょうかな」
「自殺と断定するにいたった根拠を知りたい」
自殺事件を掘り返すなよ、と内心斎藤への心証を悪くする。とはいえ顔には出さず答える。
「死体のあった場所は本人の自宅。本人以外の指紋など人の痕跡はなし。目立った外傷もない。これだけ状況証拠が揃えば、自殺以外には考えられないからだ」
「ちょっと待ってください」
斎藤は目に明晰な光を湛えて加藤を見た。
「自殺の方法はなんだったのですか」
「それは、まあ、心臓発作とかじゃないのか」
「確信があるのですか、その心臓発作という死に方に」
「そんなもん、俺が知るかよ。病気での死以外は可能性がないと鑑識が言ってたんだ。どこに疑いようがある」
俺達の捜査が謝ってるとでも言いたいのか、と加藤は言外に斎藤に反感を持った。
斎藤は重ねて訊く。
「遺体と遺留品をお見せいただくことはできませんか」
「お前にそんな申し出をする権限がどこにある」
「あなたにだって、こちらの要望を拒絶する権利はないでしょう」
「うるせー。東京からのこのこやって来て、うちの部署の捜査結果にいちゃもんつけようってのか」
「そういうわけではありません。一人の警官として真実を知りたいだけなんです」
「その真実は自殺だって言ってんだよ」
まあまあそこの二人、と小柄な女性のおっとりした声が割り込んだ。
部署は違えど警察同士、己の信じる拠り所を持っていがみ合う斎藤と加藤。そんな反目する二人は突然かけられた声に振り向いた。
声をかけたショートカットの三十半ばぐらいの女性は、まず見知っている加藤の方に言った。
「加藤警部、大人げないですよ。自分よりもかなり若い方に怒鳴り散らすなんて」
「なにっ、三柴はこいつの肩を持つって言うのか」
「違いますよ。そもそもこの方が誰なのか、私知りませんし」
慌てて斎藤は三柴に向き、自己紹介する。
「東京○○署から来た、斎藤です」
「ああ、東京の部署にいた時聞いたことあります。斎藤警部ですね。初めまして、鑑識の三柴です」
斎藤の目が我が意を得たりと、大きく見開かれる。
「鑑識さんですか、それは丁度よかった。河合庇学者の遺体や遺留品をお見せいただけませんか」
「どうしてです。あれは自殺ですよ」
「何か引っかかるのです。自殺の要因を完全には断定できていないのでしょう。可笑しくないですか」
「それは私も思いました。仕方なく死因を心臓発作にしました」
「お見せいただいてもよろしいですか」
「ぜひ。名探偵と呼ばれるあなたなら本当の死因がわかるかも知れません」
案内します、と三柴は斎藤を連れて署の奥へと去っていった。
加藤は苦い顔をして斎藤の後姿を眺めていた。
「頑張って、昇級目指すか」
今日は強盗事件の聞き込みがあったな、と予定を思い返して、加藤は気合をがおのずと入り署を後にした。
斎藤警部は何故、河合庇の死体が自殺という断定が腑に落ちないのか? 名探偵と称される彼には河合の死が自殺ではないと想到する何かを知っているのだろうか?
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