第6話 武術トーナメントの優勝者、それは――
「……えーと、凄惨な試合でしたが、次の二回戦第二試合が始まります。
「――解説やゲストみなさん、この試合はどう展開するか……は、わかりきってますよね」
『当然です』
三人は同時に答える。
「――一回戦の
ゲストの武野寺先生が力強く断言すると、もう一人のゲストの多田寺先生が追加解説する。
「――しかし、どちらが勝つかまではわかりません。浜崎寺選手のタフネスさは異常の域に達しています。一見、今にも倒れそうですが、それは一回戦が始まる前からその状態ですし、泥沼の死闘を演じ終えた後も同様でした。なので、実際はどうなのか、計りかねます。
「――いずれにしても、面白みのない闘いになるのは確かですね。観客があくびをする姿が目に映ります」
解説の
「――始め」
審判が試合開始の合図を上げた。
その後は武野寺
そして、多田寺
「――勝者、浜崎寺
となった。フィニッシュの一撃まで
会場はつまらない娯楽映画でも観ていたかのような雰囲気に包まれていたが、試合終了の合図を聞くと、それから解放された雰囲気に取って代わる。
「……相変わらず
「……いったい、どうやったら倒せるんだろう……」
「――ま、とりあえず、当面は目前の相手に集中するニャ」
しかし、
それとは入れ違いに、
「……だ、だいじょうぶですか? 浜崎寺さん」
ゆえに、
「……だい、じょう、ぶよ。他人の、心配、よりも、自分の、ことに、集中、しなさい。でない、と、負ける、わよ……」
そんな弱々しい口調で言われてもまったく説得力がなかった。
「……さて、長い試合がようやく終わりました。次の二回戦第三試合は、海音寺
『……………………』
「――おっと、とっさに言葉が出て来ません。前の試合と違って。それだけ予想が困難ということでしょうか。この調子では、どちらが勝ってもおかしくない、白熱した試合展開になるようです。果たして、どちらが勝つか」
「――はんっ。なに寝言をほざいてやがる。勝つのはこのオレに決まってんだろうが」
開始線に立った海音寺
「――士族の子女なら万が一の可能性があるが、ただの平民に億が一の勝機すらあるかってんだよ」
そのセリフに、開始線に着いた猫田
「――ニャにおォーッ! 聞き捨てニャらないニャ。一回戦じゃその士族に勝ったっていうのに、ニャめてると痛い目を見るニャ」
だが、口調が口調なので、とてもそうは感じられない。むしろふざけているようにしか聴こえない。
「――ふんっ。ただの平民が士族に勝ったくらいで調子に乗るな。勝って当然の相手なんだから。ましてや、名門士族を鼻にかけた口先だけのオトコならなおさらだ」
「――ニャらば、痛い目を見せてやるニャ。覚悟するニャ」
そう宣言すると、審判に
「――始めっ!」
審判が開始の号令を発する。
――と同時に、
相手の距離まで青白色の刀身を伸長させた
一撃で一回戦の相手を倒した強烈なそれは、だが、
しかし、それは返す刀の横薙ぎで、唐竹を躱した
回避は不可能なタイミングであった。
なので、
回避は不可能なタイミングでも、防御ならまだ間に合うタイミングであった。
交差した両腕で相手の横薙ぎを受け止めた
「――ちっ」
舌打ちした
――こうして、試合は接近戦となった。
猫田
それに対して、
膂力では
光の刀身と光の爪が目まぐるしく交差するが、どちらも一歩も引かず、掠りもしない。
完全に互角であった。
「――なんということでしょうかっ! 優勝候補の双璧の士族に対して、ただの平民が対等にわたり合っていますっ!
唐竹で振り下ろされた
「――てめェッ!」
怒りの声を上げた
宙で逆立ちしている
しかし、
「――ニャんのォーッ!」
両者の頭部に衝撃の青白い爆光が同時にひらめく。
どちらもとっさに硬氣功を施した左腕で防御したので、頭部にダメージは受けてない。平崎院
「……な、なんと素晴らしい攻防でしょうか。今まで繰り広げられた試合の中では間違いなく屈指の好勝負です。はっきり言って、こういう紙一重の勝負を、観客は待望していました。果たして、勝負の行方はどうなるのでしょうか」
「……ちっ。テメェのような平民相手に好勝負を演じるハメになるとは、屈辱の極みだぜ」
「――が、それもここまでだ」
「……………………」
「――崩れた態勢から振るったからといって、片腕で受け止めてただで済むほど、オレの斬撃と錬氣功は軽くねェぜ。それが片手でもな」
それとは対照に、
「……まずい、わ……」
控室から観戦している
「……ええ、おそらく、骨折しています。猫田さんの左腕……」
隣に立つ
「……硬氣功を張ったのに、それでも骨が折れるなんて……」
「……どれだけ、凄いの、
「――だから降参しろ。もし片腕でも勝てると思ってんなら、ふざけるのもいい加減にしろよ。ただでさえ口調もそうなんだからな」
「――ことわるニャ。例え負けるとわかっていても、降参なんてアタイのプライドが許さないニャ」
だが、
「……そうかい。ならさっさと負けろォッ! 地べたをはいずってなァッ!」
相手に届く距離まで青白い刀身を伸長させて。
前回と同様、唐竹から横薙ぎに派生したそれを続けてかわすには、初撃を躱した動作が、次の攻撃の回避を不可能にしていた。
かといって、右腕だけで受け止めたら、それごと胴体を折られる。
どの出場選手よりも。
申し訳程度の硬氣功ではとても耐えられない。
「……だめ、だわ……」
「――ニャんのォーッ!」
咆えた
錬氣功と硬氣功が施されたその
「――蹴りがあったか」
だが、
「……止まら、ない」
――
「――それまで。勝者、海音寺
試合を止めた審判が、勝者に手を挙げる。
「――あっーとっ! 猫田選手。場外です。場外に落ちてしまいました。場外負けです。今大会屈指の好勝負は、猫田選手が場外に落ちたことで決着がつきました。両者ともまだまだ闘える様子なだけに、いささかあっけない幕切れとなりました」
「――ちっ、しまった」
「……片足であの豪剣を受け止められても、残りの片足だけでは場外まで踏んばり切れませんでしたか……」
「……でも、片腕、だけで、海音寺に、勝つのは、やはり、厳しい、と思う……」
「……そうですね、
そこまで言って、
互いに礼をしてから試合場を降りた
「――しかし、それでも、今大会屈指の好勝負であることに変わりはありません。それを演じてくれた両者に惜しみない拍手を――」
実況の
「……うう、負けたニャ~……」
それを背に受けて、
「――でも、素晴らしい闘いでした、猫田さん」
「――猫式武闘術、この目にしっかりと焼きつけました」
「……やはり、ネコのイメージから、ほど遠い、闘いぶり、でした、けど……」
「……とにかく、医療班に、治療を、受けた、方が、いいわ……」
「お前こそ治療を受けた方がいいニャ」
「……わたし、トーナメントに、勝ち残って、いるから、他者から、治療は、受けられないの。大会
「――わかってるニャ。それでもツッコまずにはいられないのニャ。いつ倒れてもおかしくないお前の姿を見てると。それでよく準決勝まで勝ち進めたニャ」
「――次の二回戦、第四試合に出場する選手は、準備をお願いします」
会場にアナウンスがひびきわたる。
「――僕の番ですね」
それを耳にした
「――それでは、行ってきます」
そして、二人の女子に言って歩き出す。
試合場へと。
「……行って、らっしゃい……」
「――アタイの分までがんばるニャ」
「――さァ、二回戦も最後となりました。小野寺
実況の
「――ご覧ください。この大歓声。これは試合場へ歩いて行く小野寺選手に対して向けられたものです。無理もありません。一回戦の
「――わたしならとても人前に出られませんね。ものすごく恥ずかしくて。うかつに顔を出したら、指さして笑われること間違いなしです」
そう述べた解説の
「……………………」
三木寺の親友である
(――イジメっ子がイジメられっ子に負けるなんて、絶対にあってはならない事なのに、不甲斐ない二人ね、まったく――)
一ノ寺
(――でも、二度は通用しないわよ。一度見せた相手には。見てなさい。その得意げな鼻っぱし、完膚なきまでにへし折ってやるわ。イジメられっ子の分際で、アタシたちに牙をむき、あまつさえ恥までかかせるなんて、絶対に、絶っ対に許さないから~~)
一ノ寺
「――両者、開始線の前で対峙します。この試合、文字通り一瞬で決まります。西部劇の早撃ち対決よろしく。開始の合図と同時に、開始線前の相手まで刀身を伸長させた小野寺選手の神速の斬撃が放たれること間違いなしです。瞬き厳禁の抜刀勝負。これに対して、一ノ寺選手はどう対処するのでしょうか。
「――そんなことはありませんよ。むしろ容易です」
ゲストの武野寺先生が、実況の
「――と、言いますと――」
「――両者、礼」
審判の指示が語尾に続く。
「――構え――」
「……あ……」
この光景を見た
「――いくら神速を誇る斬撃でも、その出だしが開始前の時点で丸わかりでは、防御は簡単です。相手は横薙ぎしか繰り出せないのですから、構えの段階でそれに対応した態勢を取られたら、どうしようもありません。
「――あとは開始と同時にその態勢で突進して攻撃すれば、それで終わりです。相手はその迫力にビビッて動けなくなるほどのビビリですからね。それを防ぐには、前の試合と同様、開始と同時に早斬りを繰り出すしかありません。
多田寺先生が親友のそれに続く。
「――やはり初見殺しの技であったか」
「――初見殺しは一度でも見られてしまうと二度と通用しないものだからな。見られた相手には。小野寺の早斬りもその類の技であったか……」
「――それじゃ、小野寺クンは負けてしまうの?」
「……
――そして、
「――始めっ!」
審判が試合開始の号令を下した。
――が……
「……両者、動きません。一回戦の三木寺戦と同じです。これはもしかして……」
その期待は、裏切ることなく見事に応えられた。
一ノ寺
立ち上がる気配はなかった。
「――それまで。勝者、小野寺
審判が勝者に手を声を上げると、会場は割れんばかりの歓声で沸き上がる。ほとんどの観客は視認してない上に、どうやって倒したのかまったくわかってないが、小野寺
「――またですっ! また瞬殺しましたっ! 小野寺選手の勝利ですっ! 瞬きはせずに目を凝らして見ていたにも関わらず、剣閃がまったく見えませんでしたっ!」
「――いったい、どうやって相手を倒したのでしょうか。相手は試合開始前から
「――いえ、そこまでの攻撃力は、あの早斬りにはないわ、
解説の
「――もし、そこまでの攻撃力があるのなら、あの
「……そ、それじゃ、小野寺選手はどうやって倒したの……」
否定された
「――かは、一回戦の時と同様、ゲストの二人のどちらかがしっかりと視認しているので、それをこれからスローで再生配信します」
武野寺先生と多田寺先生に丸投げすることを思いつき、即座に実行する。
「――こらこら、勝手に視認していると決めつけるな」
武野寺先生が苦情を申し立てるものの、
「――でも、視認できなかったわけじゃないんでしょ。このままじゃ観客も完全に納得はしないから、ここは
親友の多田寺
「――さァ、スロー再生が始まりました。審判が試合開始の合図を上げた――瞬間、小野寺選手の早斬りが即座に放たれました――が、それは
「――感想はいいから、実況を続けて、
親友の
「――さて、早斬りを難なく受け止めた一ノ寺選手は、立てていた
「――その通りだと思います。早斬りを凌いだ以上、瞬殺される怖れはなくなったのですから、前に出るには最高のタイミングです。それだけでビビッて戦闘不能におちいる相手ならなおのこと。二撃目が来る前に突撃するのは当然の判断でしょう」
「――そして、一ノ寺選手は引き続き突進するための一連の
「……………………」
「……なに驚いているのよ。小野寺の早斬りをボクシングのジャブに喩えたのは他ならぬアナタでしょ」
多田寺先生がマイクをオフにしてたしなめるが、たしなめた本人も驚きと動揺を隠せないでいる。しかし、それは武野寺先生や観客も同様であった。
「……早斬り二連――
その一人である
「……まだ隠し持っていたか。初見殺しの技を。もはや人間業ではないな……」
「……す、すごいわ、小野寺クン。一回戦だけでなく、二回戦も常人離れした早業で圧勝するなんて……」
「……この調子で行けば、次の準決勝で当たる優勝候補の双璧の一人に勝って、そのまま優勝しちゃうかも……」
「……だ、だから言ったでしょう。
観静
「……その割には顔中が汗まみれなんだけど……」
疑わしげな口調で指摘したのは、だが、窪津院
「……あ、
であったことに、
「――どうして
「ほっといてちょうだいっ!」
「――ま、しゃーないやろ。武術トーナメントに参加したワイら五人の中で一回戦負けしたのはおまいだけなんやから」
「情けないニャ」
「――そう言えば、三人とも大ケガしたけど、大丈夫なの? 特に龍堂寺クンは」
「――おう、大丈夫や。医療班の復氣功のおかげで、この通りピンピンやで」
「……そう、よかった……」
安堵のひと息をついたのは観静
「……私だけの復氣功では、危険だったかもしれなかった。覚えたてとはいえ、他にも復氣功の使える生徒が医療スタッフの中にいてよかった……」
なで下ろした胸の中で、それが鋭利な
そして――
「――さァ、武術トーナメントもようやく準決勝まで進みました。その第一試合は、平崎院
実況が挙げたその試合の出場選手の片方の名を聞いた瞬間、胸中に刺さっているその棘の痛みが増したような錯覚に、
「――解説の
実況の理子にうながされた当人は、迷いのない口調で断言した。
「平崎院の勝利で終わります。途中経過はどうであれ、最終的には相手の場外負けを狙うでしょう」
「――場外負けを狙うというのですかっ?! 一回戦や二回戦で見せたような勝ち方ではなく。平崎院選手のこれまでの闘い方から見て、自分の実力を誇示するような闘い方で勝利して来ました。海音寺選手と同様に。双方ともライバル意識をむき出しに張り合っているからだと思いますが、それがここに来て、本人たちから見ればそんなセコい勝ち方に方針を転換するとは、平崎院選手の気質や性格を考えると、とても思えないのですが」
「――決勝戦にひびくからよ。それに固執したら」
そう答えたのはゲストの多田寺先生である。
「――どんな鍛え方であのようになったのかはわからないけど、浜崎寺選手のタフネスぶりは人外すぎるわ。復氣功や硬氣功の氣功術を併用していることを考えても。ここまで来ると、正直、不気味な相手よ。正面から闘って底なしの消耗戦に挑んだら、たとえそれで勝っても、決勝戦で勝つのは至難になるわ」
「……確かに、浜崎寺選手は一回戦、二回戦ともにその末に勝利しました。この準決勝でも、浜崎寺選手はそれで挑むと……」
「――というより、それしか手段がないわ。防御力や耐久力は人外でも、攻撃力や機動力は素人同然だからね。守勢は得意でも攻勢は苦手なのよ」
そう答えたのは武野寺先生である。
(――確かに、このまま闘えばそうせざるを得ないでしょうね――)
試合場の開始線の前でたたずんでいる平崎院
(――けど、ひとつだけ忘れていることがあるわ。浜崎寺の驚異的な防御力と耐久力を奪える方法が、わたくしにあることを――)
そして、これも内心でつけ加えてながら正対する。
向こう側の開始線の前に立っている相手――浜崎寺
両者は審判の指示にしたがって互いに一礼して構えると、試合開始の号令と同時に片方が動いた。
それは――
「――おォーとっ! 平崎院選手が開始線の前にいる浜崎寺選手に向かって突進します。これは意外です。遠距離からの光の鞭でバシバシ攻撃すると思いきや、自ら接近戦に挑むとは。いったいどういうことでしょうか」
理子が驚きと意外さを混合した口調で実況する。
剣の間合いまで相手に接近した平崎院
それに対して、
両者はふたたび構えを取って対峙する。
「……なるほど。その手があったわ」
ゲストの武野寺
「……え? それはどういうことでしょうか? 今の攻防に、何か意味があったのですか?」
それを聞いた実況の
「――わからないの、
解説の
「――あっ! そうです。封氣功です。平崎院選手は相手にそれをかけて氣功術を使えなくした模様です」
「――おそらく、あの異常なまでのタフネスさは、氣功術によるものだと判断したのでしょう。海音寺選手が錬氣功に気功術の過半を振り向けたように、浜崎寺選手は復氣功と硬氣功に氣功術のすべてを費やしたのだと思います。攻勢に関する技能のとぼしさをそれで補うより、むしろ守勢に特化させて、相手の消耗を攻撃によって誘い、それで疲弊したところを突くという戦術で闘うために。現に一回戦や二回戦もそれで勝利しましたからね」
イジメられっ子ならではの発想と忍耐力である、と、
「――ということは、浜崎寺選手はこれ以降、平崎院選手の攻撃を耐え抜くことはできないというわけですか」
「――そういうことになるわね」
「――あとは平崎院選手が遠距離から光の鞭で攻撃を繰り出し続ければ、相手を場外に落とすことなく勝てます。浜崎寺選手も、今度ばかりは耐え切れずに負けるでしょう」
そして断言する。
試合は武野寺先生の言った通りの展開になった。平崎院
――それが三十分続いた……
……のに、決着はまだついていなかった。
「……どう、いう、こと、なの……」
平崎院
「……なぜ、まだ、耐え、切れる、の。気功、術、は、封じた、はず、なの、に……」
今にも倒れそうな顔色で。
それは浜崎寺
それに見合った状態のはずなのに、力尽きそうで力尽きないのだ。
疲労困憊の平崎院
それは、この準決勝に限らなかった。
二回戦も、一回戦も、そして、試合以外の時でも、顔色は悪く、フラフラで、いつ死んでもおかしくないくらいに病弱で虚弱体質なのに、実際はゴギブリよりもしぶとく、殺しても死なないなどというレベルをはるかに超越していた。その秘密は気氣術にあると思って封氣功で使えなくしたのだが、相手は相変わらずの状態を維持している。
いついかなる時も。
龍堂寺
「……本当にどういうことのなのですか、武野寺先生……」
実況の
「……………………」
だが、投げかけられた方は重苦しい沈黙でそれに報いる。
「……予想と全然ちがうのですが……」
「……………………」
「……よしなさい、
「……本当に人間なの、浜崎寺さんって……」
『……………………』
だが、その場にいる他の五人は、それに答えるどころか、問いかけられたことにすら気づかなかった。
正確には、浜崎寺
「……こう、なっ、たら……」
その浜崎寺
氣功術を使うようである。
しかし、氣が底をついている状態では、いくら呼吸で練っても、氣功術は使えない。ガス欠同然の状態なのだから。
――にも関わらず、
新型の気功術とは異なる呼吸法で。
「……まさか、あの
それに気づいた多田寺
(……こんなところで、こんなヤツに負けるわけにはいかないのよ。絶対に、絶対に勝たないと。そのためなら、命だって惜しくないわ。だから――)
「――やめなさいっ! それは禁止されているわっ! 大会
ついに席から立ち上がった
「――どっ、どうしたのですか、多田寺先生」
実況の
「――平崎院は使う気なのよっ! 旧型の松岡流氣功術をっ!」
「なんだとっ?!」
武野寺
「――よせっ! 平崎院っ! その氣は生命活動に必要な最低限の生命エネルギーなんだっ! それまでも氣功術に使ったら、命に危険が――」
だが、幸いにも、それは杞憂に終わった。平崎院は旧型の氣功術を使用する前に、白目をむいて倒れたからである。そして、立ち上がる気配はなかった。
「……そ、それまで。勝者、浜崎寺
審判がとまどいながらも宣言するが、会場は沈黙で静まり返っている。何が起きたのかわからずに。
「……こ、これは、いったい……」
実況の
「――セーフティーがかかったのよ」
その疑問に答えたのは多田寺先生である。
「――新型の氣功術を一度会得すると、旧来の氣功術は二度と使えなくなるのよ。使用者の生命を守るためにね。平崎院が気絶したのは、新型の氣功術を会得しているのに、旧型の氣功術を使おうとした、その結果だわ」
「……そうだったわ。新型の氣功術はそういう仕様になっていたんだっけ。私としたことが……」
武野寺
「――でも、ちゃんとセーフティーがかかったってことは、新型の氣功術の基本――リミッターの呼吸法はしっかりと会得している証拠だわ。こういう無茶をする人がいるから、そういう仕様にしたのよ。新型の氣功術の開発にあたって一番苦労したのがそこだからね」
多田寺
「――いずれにしても、優勝候補の双璧の一角である平崎院選手が、準決勝で敗退しましたっ! しかも、大穴の双璧の一角である浜崎寺選手にっ! これを大番狂わせと言わずになんと言えばいいのでしょうかっ! 浜崎寺選手、決勝進出ですっ!」
事態を呑みこめた
「……平崎院が、負けた。まさか、そんなことが……」
武野寺
「――チッ。なんであと一つで負けるんだよ。しかもあんなヤツに」
タンカで医務室に運ばれる平崎院
「――ふん。まァいい。どうせ優勝するのはオレなんだから。途中経過はどうであれ」
そして、言い捨てながら、同室にいる自分の次の対戦相手を見やる。
「――浜崎寺さん。決勝進出、おめでとうございます」
控室に戻ってきた浜崎寺
「……あ、ありが……とう……」
返礼した方は相変わらずの状態だが、これが
「……?」
しかし、それに対して、
「――さァ、武術トーナメント一年生の部もあと二試合となりました。三位決定戦を含めれば残り試合は三つなのですが、準決勝で敗退した平崎院
「――けっ。なにが幸運だ。ここまで勝ち上がったオレの実力を幸運の一言で片付けるんじゃねェ、実況」
控室から試合場へ向かう途中、海音寺
「――それに、幸運だと言うんなら、そりゃアイツの方だろうが」
そして、憎悪に似た鋭い目つきは、実況の
「……
観客席からその姿を眺めている鈴村
「……まだ初見殺しの技を隠し持っているのなら、まだ勝機はあるが、さて……」
「――解説とゲストの皆さん。この対戦、どう見ますか?」
実況の
「――これもすぐに終わります」
ゲストの多田寺先生がにべもなくと言った口調で即答する。
「――両者とも開始線からでもそこにいる相手にまで
「――ですが、総合的に分が悪いのは小野寺選手ですね」
これは武野寺先生が続いて答えたセリフである。
「――小野寺選手には相手が一歩でも接近して来ただけで萎縮して動けなくなるという致命的な欠点があります。これまでの試合でそれが表面化しなかったのは、接近して来る前に相手を瞬殺したからです。でも、小野寺選手の早斬りは、
「――この対戦のポイントは、開始と同時に繰り出される小野寺の攻撃を海音寺が凌げるかどうかにあります。凌ぎ切れなければ小野寺の勝ち、凌ぎ切れば海音寺の勝ちです。凌いだ後、相手に接近すれば、それだけで小野寺は戦闘不能になり、勝敗が決まるのですから」
今度は多田寺先生が解説を引き継ぐ。
「――小野寺にどんな早斬りを隠しているかわかりませんが、ここまで手の内を見せてしまっては、もはやどんな早斬りも通用しないでしょう」
そして、武野寺先生がそのように結論づける。
「――さァ、開始線に着いた両者、審判の指示にしたがって互いに一礼すると、これも同様にそれぞれ構えを取ります」
「――小野寺選手は例の早斬りの構えに対して、海音寺選手は――おっと、両腕を上げて頭部をガードしています。右手には
「――彼女も待っているのよ。試合開始の合図と同時に動くのを」
「……動くって具体的には……」
「――相手に向かって一直線にダッシュするのよ。相手の早斬りを無理やり突破してね」
「――現に彼女はボクシングでいうところのクラウチングスタイルを取っているわ。アレは相手の攻撃を受けても強引な前進が可能な構えよ」
「――むろん、両腕や胴体に硬氣功を通わせてね。平崎院ほどではないでしょうけど、それでも、小野寺に負けた選手のように瞬殺されないほどの防御力はあるわ。猫田戦から見て」
そうつけ加えた武野寺先生が解説の締めにかかる。
「――やはりこの勝負、海音寺の勝利で終わるわ。小野寺の早斬り対策は即興ながらもきっちり練られているからね。この通り」
そして、そのように総括するのだった。
「――なるほど。よくわかりました」
「――さァ、「構え」を言った審判の右腕が両者の間に割って入っています。これが「始め」と同時に言って上がると、試合開始となります。通常の試合なら文字通りの意味でそれから試合の観戦に集中するのですが、小野寺選手が出場する試合では、試合開始の合図が上がる前から、これも文字通り目が離せません。なんせそれが上がった瞬間に終わってしまいますから。小野寺選手の勝利で」
「――だが、今回はそうはいかねェぜ。このオレに早斬りは通用しねェぞ」
と、小野寺
正面の相手に向かって、一直線に。
「――その余裕に満ちた化けの皮のツラ、はがしてやる。チキンのくせに、自分よりはるかに強い相手に勝って調子コクのもここまでだぜ」
吐き捨てたそのセリフや相手をにらむ眼光も憎悪のそれに満ちていた。
「……………………」
それに対して、
審判が横目で両者を交互に見やる。
眼球だけを動かして。
固唾を呑んで観ている誰もが始まると思った、その瞬間――
「――始めっ!」
審判が試合開始の号令を発して腕を上げた。
――と同時に、両者は動いた。
どちらも床について。
小野寺
『……………………』
会場に沈黙が下りる。
なにが起きたのかわからないという……。
「――はっ、すみませんっ! 予想だにしない事態に、しばらくの間、茫然としていましたっ!」
「――しかし、今回は違います。何が起きたのかわからないのは、これまで小野寺選手が出場した全ての試合と同じですが、どちらが勝ったまでもわからないのはこれが初めてです。解説の先生方、恒例のスロー再生をお願いします」
「……ええ……」
多田寺先生は応じるが、どこか条件反射的であった。多田寺先生もまた茫然としていたのだ。もう一人の武野寺先生に至っては戦慄と驚愕に絶句していて、応じる余裕すらなかった。それをよそに、スロー再生の準備が完了したことを、多田寺先生から告げられた
「――さァ、スロー再生が始まりました。審判が試合開始の合図に腕を上げた直後、両者は同時に動きます。小野寺選手は早斬りを放ち、海音寺選手は右足を上げかけます。やはり解説やゲストの推察通り、クラウチングスタイルでダッシュする模様です。その身に早斬りの連撃を受け続けることを覚悟して」
「――繰り言になりますが、強引でも一歩だけ前に踏み込めば、それだけで相手はその迫力に竦んで動けなくなるのですから、それを突かない手はないでしょう」
解説の
「――小野寺選手が早斬りを放ちました。手元がほとんど霞んでいます。
「……アレは偶然ではありません。明らかに最初から狙って振るったものです。完全に虚をつかれました。ですが、よく考えたら、相手に接近されるのは何としても回避したいところですから、小野寺選手からすれば、早斬りによる足払いは至極当然でしょう」
「――足を払われた海音寺選手は完全に意表を突かれたのか、表情が驚きに呆けています。払われた足が高々と上がり、それに釣られて上体も横向きに傾きます、そのまま床に叩きつけられる勢いで。そこへ、小野寺選手の二撃目が来ます。むろん、これも早斬りです。しかし、斬撃の角度は、二回戦のように水平ではありません。斜め上三〇度くらいの左斬り上げですが、それはまだ呆けている海音寺選手のアゴを跳ね上げました」
「――両腕のガードは左右からの攻撃に対しては有効ですが、上下からの攻撃は完全に無防備になっています。しかもアゴという急所を直撃されては、さすがの海音寺選手もひとたまりもありません。その角度での斬撃まで想定していたとは思えませんから、硬氣功も通わせてないでしょうし、まさか足払いで身体角度を変えられるとは、想定外の極致としか言いようがありません」
「――そして、海音寺選手は、アゴを跳ね上げられながら、横から床に叩きつけられました。しかし、ダッシュしようと動いた名残りでしょうか、床をバウンドしながらも一歩分ほど前に進みました。その後、小野寺選手がしりもちをつきました」
「――倒れながらとはいえ、相手が接近して来ましたからね。それでも、それに迫力を感じて萎縮したのでしょう」
「――つまり、小野寺選手のしりもちは海音寺選手の攻撃によるものではない。そのダメージはないというわけですね」
「――小野寺選手のように
ここで、脳裏に投影されていたスロー映像から意識をはがすと、眼球を通して見えている現在の映像に、
すなわち、目の前の試合場に、リアルタイムで。
「――で、海音寺選手はいまだ意識が戻る気配がないのに対して、小野寺選手はすでに立ち上がっています。まだ試合は終わっていません。審判が海音寺選手の状態を診ていますが――」
「――それまで、勝者、小野寺選手」
審判が宣言した瞬間、会場が一斉に沸き立ち、興奮の坩堝と化す。
「――またもや大番狂わせが起きましたっ! 小野寺選手、決勝進出ですっ! 準決勝第一試合に続いて、大穴が本命を下しましたっ! いったいだれが予想したでしょうかっ!」
「……ウソでしょ。平崎院に続いて、海音寺まで準決勝で敗退するなんて。それも、大穴中の大穴の二人に……」
タンカで運ばれる海音寺
「……いったい、何者なの、あの二人……」
そして、本人にとっては深刻な疑問に囚われるのだった。
「――やったっ!
鈴村
「――ホントよねっ! 優勝候補の双璧の一人を、
「――たいしたヤツらニャ」
「――よかったわね、
「――なに言うてんねん。こういうのは借りた当人が返すのがスジというもんや、観静。第一、借金の肩代わりなんてワイの主義やないで」
「――それにしても、まだ初見殺しの技を隠し持っていたとはな。さしずめ、海音寺を倒したあの技は、早斬り二連――レ点斬り、といったところだな」
「――なに言ってるのよ。小野寺流
「――さァ、武術トーナメント、一年生の部もようやく決勝戦を迎えます。時間が押しているので、このまま始めます」
「――控室から、浜崎寺選手が、小野寺選手が待つ試合場へ歩いて行きます。相変わらず弱々しい足取りですが、それはまったくの演技――としか思えないほど、異常なまでのタフネスさで勝ち上がって来ました。それに対して、小野寺選手は、相手が一歩でも近づいて来るだけで全身が竦んで動けなくなるチキンさを発揮する前に、西部劇の早撃ち対決よろしく、微動だにすらさせぬまま、早撃ちならぬ早斬りで瞬殺するという、目にすら映らぬ早業で強豪を文字通りなぎ倒して来ました。その両者が、決勝の舞台で激突します。果たして、どちらが優勝の栄冠を勝ち取るのでしょうか」
「――浜崎寺選手ですね」
即答で応じたのは解説の
「――いまだ原理はわかりませんが、あの異常なまでのタフネスさを誇る相手に、小野寺選手の早斬りでは終わらないでしょう。少なくても一撃では。そして、早斬りが打てなくなった時が、小野寺選手の敗北が決定します。その理由はもはやご存知でしょうから割愛しますが」
「……たしかに……」
「――ましてや、早斬りは手首の負担が大きい技です。これまで三連以上打ってないのが、何よりの証拠。それをジャブのように延々と連打すれば、いくら錬氣功で補強しているとはいえ、すぐに手首が持たなくなります。ですが、それでも小野寺選手は早斬りを試合開始と同時に繰り出すしか選択肢がありません。それしか勝機がないのですから。決勝戦に限らず」
「――打っても当たらない相手よりも、当たっても起き上がってくる相手の方が、精神的にきついからね。山頂の見えない山を登るようなものよ」
多田寺先生が比喩を使って説明する。
「……………………」
一方、武野寺先生は優勝候補の二人が準決勝で敗退した衝撃の事実から、いまだ立ち直れないでいる。決勝戦の解説に加わる意思が働かないほどに。もっとも、加わったところで、
「――どっちが勝つのかしら」
「――実況席の分析が正しければ、浜崎寺選手の勝利で終わるだろう」
「――いいえ。
すると、
「……でも、浜崎寺選手のあの異常なまでのタフネスぶりは不気味だし……」
だが、
「――いずれにしても、どっちか勝ってもおかしくないニャ」
「――せやな」
「――さァ、両者、開始線の前につくと、審判の指示で互いに一礼し、構えます。第五回武術トーナメント、一年生の部、ついに決勝戦が始まります」
実況の
「――始めっ!」
と言って差し込んだ腕を上げる。
浜崎寺
「――あぁーとっ! 試合開始と同時に炸裂しましたっ! 小野寺選手の早斬りっ! ――といっても、その斬撃が見えたわけではありませんっ! それしか考えられないからですっ! まさに神速の斬撃っ!」
「――しかし、これで終わらないのが浜崎寺選手です。小野寺選手が一、二撃でほうむったこれまでの相手とは次元が違います。異次元なまでに。ここから長い闘いが始まります。
「……………………」
「――さァ、浜崎寺選手が、いつものようにゾンビよろしく平然と立ち上がり――……ません……。アレ? おかしいですね……」
実況の
「……どうしたことでしょうか。浜崎寺選手、倒れ伏したまま起き上がろうとしません。まさか、小野寺選手の早斬りが予想以上に堪えたのでしょうか」
「……それは考えにくいですね。小野寺選手の早斬りは
「――おっと。不審に思った審判が倒れたまま動かない浜崎寺選手に駆け寄り、様子をうかがっています。おそらく、
「――それまで。勝者、小野寺選手」
――であった。
「――やったァーッ!! 優勝だァーッ!! ついにやったよ、僕はっ!」
それを聞いた瞬間、
『……………………』
だが、それに反して会場は静まり返っている。
「……アレ? 終わり? 決勝戦は? これで……」
実況の
「……え、なんで一撃で終わっちゃったの? 浜崎寺選手は。これまでの試合では打たれようが倒されようが必ず立ち上がっていたのに、どうしてこの試合にかぎって……」
「――噴出したからよ。この決勝戦で、一気に――」
それに答えたのは多田寺先生である。
「――噴出したって、なにがですか?」
「――これまでの試合で蓄積していたダメージがよ」
多田寺先生が再度答えると、その理由を説明する。
「――いくらバケモノじみたタフネスさを誇る浜崎寺選手でも、限界はあったってことだわ。そしてそれは、決勝戦の舞台に上がった時点で、それに達していたのよ。一回戦の試合中でも言っていたように、武術トーナメントような、ワンデイトーナメントでは、消耗戦は悪手だからね。常にいつ倒れてもおかしくない状態だったから、わからなかったけど」
「――それでは、浜崎寺選手は決勝戦で闘える身体ではなかった。小野寺選手の攻撃をしのぎ切れるだけのHP《ヒットポイント》は残されていなかったというわけですか?」
「――そうですね。これが決勝戦ではなく、一回戦で両者が当たっていたら、少なくても一撃で終わることはなかったでしょう」
「……なるほど、わかりました。それでは、あらためて――」
「――試合終了ォ~ッ! 武術トーナメント一年生の部、優勝は小野寺
そのように宣言した瞬間、静まり返っていた会場が一気に沸き立つ。
「――いったいだれが小野寺選手の優勝を予想していたのでしょうかっ! 下馬評では浜崎寺選手と並んで大穴もいいところだったのに、それを裏切って一回戦、二回戦を勝ち進み、準決勝では優勝候補の双璧の一人を破り、決勝ではもう一人の優勝候補を下した同じく大穴の浜崎寺選手に勝利するとは。しかも、全試合すべて瞬殺で決めました。はっきり言って、奇蹟としかいいようがありません。奇蹟の優勝を果たした小野寺選手に惜しみない拍手を。そして、惜しくも敗れた浜崎寺選手にも」
実況の
だが、その両者を、医療室の出入口から、憎悪の眼差しで見送る者がいた。
「~~なにが奇蹟の優勝だァ。ふざけるな~~」
憎悪を込めて吐き捨てたその者は、海音寺
「~~アイツが優勝できたのは、単に運と組み合わせがよかったからじゃねェか。多田寺の言うように、これが一回戦だったら、確実に負けてただろうが。オレは認めねェ。認めねェぞ。オトコとチキンの分際で、アイツが武術トーナメオントの優勝者としてふんぞり返るのは。浜崎寺も浜崎寺だ。オレがこの手で倒したい平崎院を倒しておきながら、そんなヤツにあっさりと負けるんじゃねェってんだよ。これじゃ、ますますアイツが調子コクだろうに」
「――でもこれが現実であり、事実よ、海音寺さん」
「~~平崎院っ!」
「――わたくしたちがあの二人に負けた原因は明らかにわたくしたちの驕り以外の何者でもないわ。なにせわたくしたちはお互いを意識するあまり、それ以外の選手には歯牙にすらかけなかったのですから」
「――てめェ、認めるのかっ?! こんなヤツらに負けたことをっ!」
「……とても悔しいことですが……」
「~~オレは認めねェぞっ! あんなのノーカンだっ! まともに闘えば、オレが絶対に勝ってたんだからっ!」
「……そう思っているかぎり、あなたにあの子を負かすことなんて、卒業してもできないでしょうね。でもわたくしは違う。次は必ず、この屈辱を晴らします。必ず……」
そう言い残して、平崎院
「~~見てろよォ、小野寺。この借りは絶対に返してやるからなァ。絶対にィ~~」
むろん、憎悪に満ちた眼差しと口調でつぶやきながら。
しかし、海音寺
正確には過小評価であるが。
「――たしかに、小野寺の早斬りはすごいけど、それ以外はまったくの素人。それが浮き彫りにならなかったのは、相手がその技の存在を知らなかったからに過ぎないわ。それが周知となった以上、二度と通じない。もう一度同じ相手と闘えば、敗北は必至よ」
放心状態からようやく立ちなおった武野寺
「――この優勝、小野寺のために決してならないわ。相手が一歩前進して来たら、その迫力だけで萎縮して動けなくなるという、闘うにあたって致命的というべき弱点はそのままなのに、その認識もなく、まぐれで優勝したこの現状に喜ぶようでは、彼の軍人のとしての将来は真っ暗もいいところよ。近い未来、挫折の壁にぶつかるのは火を見るよりも明らか。もしこの調子で陸上防衛高等学校を首席で卒業したら、実戦では使えない優等生の典型的軍人を輩出するハメになってしまうわ」
「――でも、それは克服するかもしれないわよ。もし本当の臆病者なら、わざわざ自分から闘いの場に上がったりなんかしないわ。だから、その見込みは十分にあると思うんだけど」
親友の多田寺
「――どうかしら。私にはイヤイヤ闘っているようにしか見えないけど。資質や適性はともかく、性格的に向いてないわ。軍人といった荒事には。だから、一回戦で惨敗して放校された方が彼のためであり、それが私の率直な感想と評価よ。そういう意味では、荒事には無縁な高等学校に編入して、専業主夫みたいな将来と職業を目指す、絶好の機会だったのに……」
「――そんな否定的で悲観的なことは言わずに、見守って行きましょう。生徒の希望に沿うように育てるのも、私たち教師の仕事よ。彼はまだ一年生。見限るにはまだ早すぎるわ」
多田寺
だが、二人の女性教師は知らない。
小野寺
その登竜門である武術トーナメントの優勝は、
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