第4話 開催! 武術トーナメント

 雲ひとつない蒼天の空から、花火のような軽い破裂音が断続的に地上へ鳴りひびく。

 その空の下には、陸上防衛高等学校の広大なグラウンドがある。

 グラウンドなので、普段はなにひとつない真っ平な地面なのだが、この日にかぎっては簡易組み立て階段式の観客席がC状に設置され、中心にある正方形の試合場を囲っている。

 正午である今はまばらだが、例年どおりなら、いずれ満席になるであろう。

 午後一時から開催される武術トーナメントが始まれば。


「――へェー、けっこう本格的なのね」


 地上から試合会場の様相をひととおり見回した観静リンは、感嘆に似た率直な感想をつぶやく。そしてそれが終えると、今度は適当な観客席をみつくろうとふたたび見回していると、


「――リン、こっちよ」


 自分を呼ぶ声が聴こえた。

 リンは自分を呼んだ方角に視線を固定させると、セミロングの女性が観客席の最前列に座っていた。

 リンにとっては知己の人物である。


「――亜紀アキさん」


 リンが驚いた表情と口調で呼び返す。


「――亜紀アキさんも来ていたのですか」


 そして、窪津院くぼついん亜紀アキのそばまで来て、そこの右隣に座る。


「――ええ、そうよ」


 亜紀アキは闊達に答える。


「――なんで来たのですか?」

「――なんでも、我が助手がこの大会に出場するそうではないか。遺失技術ロストテクノロジー再現研究所第一研究室室長としては気になって当然。なんら不思議なことではない」


 リンの質問に答えたのは、だが、窪津院亜紀アキではなかった。

 その向こうの隣の席に座っているボザボザ髪の男性であった。

 私服姿の亜紀アキとは違い、白衣を纏っている。

 この人物もリンの知己であった。


「――いつから小野寺クンはアンタの助手になったのよ」


 亜紀アキは左隣に座っている蓬莱院ほうらいいん良樹ヨシキに白い視線を向けて応じる。


「――なんで気になるのですか」


 リンが割り込むように良樹ヨシキにたずねる。このままだと不毛な論争に突入しかねないので。


「――熱心に調べていたからだ。一周目時代の記録映像を。以前、連続記憶操作事件の時、事件解決の手がかりを求めて探していた際、見かけたというのでな」

「――なにを見かけたのですか」

「――娯楽映画をだ」

「……娯楽映画?」

「――特にガンアクションものを重点的に観ていたな。なんでも、参考になるからだそうだ。大会を勝ち抜くのに。ま、九日前のことだが」

(――アイツ、確認したくなった事ってこの事だったのね――)


 リンは内心でつぶやく。


「――でも、武術トーナメントで銃器などの飛び道具の使用は禁止のはずよ。なのに、そんなものを観てなんの参考になるというのかしら」


 亜紀アキが首をひねると、


「――ねェ。小野寺クンはこの大会に向けてどんな鍛錬トレーニングを積んだの?」


 間をおかずにリンにたずねる。


「――そうですね。とりあえず、氣功術の基本、リミッターの呼吸法は、他の四人も含めて会得マスターしました。それと、膂力が向上する錬氣功の修練も全員していました。それ以外の氣功術までは知りませんけど」

「――そういえば、解禁されたんだっけ。氣功術の会得は」

「――ええ、そうです。でも……」

「……でも?」

「……勇吾ユウゴの場合、手首リストの強化のみに鍛錬トレーニングの時間を費やしていたみたいなのです。錬氣功もそこだけ発揮するように氣脈を鍛えていたみたいですし」

「……あら、なんで?」

「――それ以上は教えてくれませんでした。教えたら、トーナメントで優勝できなくなるからって」

「――つまり、初見殺しというわけだ。その鍛錬トレーニングメニューは」


 そう解釈したのは蓬莱院良樹ヨシキであった。


「――しかし、しょせんは初見殺し。一度見られたら最後。二度と通用しない。見られた相手には。これでは、一回戦は突破できても、二回戦は無理というものだ」


「――ええ、そうなのです。でも、それ以前に、大きな問題があるのです……」

「――というと?」

「……勇吾ユウゴは、相手が一歩踏み込んで来る、その迫力だけで萎縮し、なにもできなくなるほどの臆病なのです」

「なんですってっ?!」


 亜紀アキが素っ頓狂な声を上げる。


「……そんなの、致命的じゃない……」

「……そうなのです。一応、それを克服する鍛錬トレーニングもしましたけど、結局は無理でした……」

「……それでよく優勝すると言い切れるものね……」

「……でも、本人は最後まで出場の意志を変えませんでした……」

「……無謀のレベルをはるかに超越しているな。ノーロープバンジーものの自殺行為でしかない。今からでも遅くはない。翻意をうながしたほうが彼のためだ」


 良樹ヨシキは沈痛そうな表情でかぶりを振る。いささかおおげさで芝居がかっているが、本心に偽りはない。


「……ですが、勇吾ユウゴはなんの根拠もなく大言壮語ビックマウスを吐く男子じゃありません」


 リンは力強く断言する。二人には言えないが、本気になった小野寺勇吾ユウゴの実力は、周囲が心配するようなレベルを、それこそ超越しているので、その点においてはなんら問題はない。問題なのは、本気になれない事情と精神的要因にある。これらが複雑にからみ合って、勇吾ユウゴ自身を縛っているのだ。


「……まァ、ウソやハッタリを言ったりするような男子には見えないけど……」


 亜紀アキはひかえめな同意を示すが、


「――いいえ、そういう男子よ。小野寺勇吾ユウゴは」


 それをきっぱりと否定する声が三人の背後から上がった。

 三人は同時に振り向くと、サイドポニーの少女が、三人を見下ろすように仁王立ちでたたずんでいた。


「……げっ、アンタは……」


 リンは犯行現場を目撃された犯人のような反応リアクションで声を漏らしてのけぞる。


「――あら。あなたはたしか、ジャーナリスト志望の超常特区限定のローカルジャーナリストの――」


 それとは対照に、平静を保っている亜紀アキが、自分の脳内記憶を確認するように述べると、


「――下村しもむら明美アケミではないか」


 亜紀アキと同様の状態の良樹ヨシキが、亜紀アキに代わって続ける。

 しかし、明美アケミはこれらの反応リアクションやセリフを無視して持論を展開する。


「――だってそうでしょ。陸上防衛高等学校に入学しておきながら、将来は専業主夫になりたいなどという内容カキコミを個人用記憶掲示板メモリーサイトにするような人間よ。そんなのウソに決まってるじゃない。士族ならだれだって軍人を目指して進学したい高等学校なのに、だれが信じるものですか。それに、士族のくせに臆病なヤツはたいてい大言壮語ビックマウスを吐く傾向にあるわ。士族としての体裁をつくろうためにね。武術トーナメントの出場もそのためでしょう。ホント、無理しちゃって。実際は平民にすら劣るイジメられっ子なのに」


 これほど真実から乖離した見解は、他に存在しないだろう。やはり下村明美アケミには、ジャーナリストとしての資質が徹底的に欠けていると言わざるを得ない。小野寺勇吾ユウゴの専業主夫としての資質なみに。しかも、社会的な害悪の度合いでは、下村明美アケミの方が上である。


「……ちょっと、いくらなんでも言い過ぎじゃないの……」


 この言動に亜紀アキが立腹する。


「――そうだぞ。リン勇吾ユウゴが親友である事実は、ジャーナリストである|おまえが知らないわけがない。なのに、その親友の前で堂々とけなすような発言は、配慮に欠けていると言わざるを得ないな。はっきり言って、ジャーナリストとしてだけではなく、人間性も疑いたくなるレベルだ」


 良樹ヨシキが語気を荒げて言ってのける。


「――なによ。真実を言ってなにが悪いの。言っておくけど、身分が高いからってひるむアタシじゃないわ。アタシは小野寺のような臆病者じゃないからね」

「――へェ、そうなんだ」


 リンが氷点下よりもはるかに低い声で独語する。勇吾ユウゴとはたいして深い関係ではない亜紀アキ良樹ヨシキですら嫌悪をあらわにしているのだから、それよりも深い関係にあるリンにいたっては、それはひとしおである。


「――それじゃ訊くけど、今回の武術トーナメントの優勝者はだれがなると思う?」

「……そ、そんなの決まってるじゃない。海音寺涼子リョウコか平崎院タエのどちらかよ。陸上防衛高等学校の一年生の中では次世代のホープとして期待されているし、それに見合った実力もあるわ。実際、実戦訓練では一、二を争う強さを示した、本命の双璧ね」

「――よく知っているわね。さすがジャーナリスト志望者。おそれいるわ」


 リンは賞賛するが、むろん、皮肉である。


「当然よ。これくらい。バカにしないでくれないかしら」


 だが、それに気づく様子のない明美アケミは、ほとんどない胸をそらしてふんぞり返る。


「――ついでに言うと、大穴は小野寺勇吾ユウゴと浜崎寺ユイね。次点では鈴村アイと猫田有芽ユメだけと、どんぐりの背比べっていったところだわ。龍堂寺イサオも捨てがたいわね」

「……そう。じゃ、これも知っているわよね。今回の武術トーナメントでは、誰が優勝するかの賭けが非公然と行われていることを」

「――もちろん知っているわよ。アタシは参加してないけど。もし賭けるとしたら、アタシは海音寺涼子リョウコの方にするわ」

「――そうなんだ。それはよかったわ。あなたとカブらずに」

「――なによ。アンタは賭けてるの? 平崎院タエに」

「――いいえ。でもこれから賭けることにするわ。小野寺勇吾ユウゴに。それも、賭けの上限額いっぱいまでね」

『ええっ?!』


 リンのこの宣言には、明美アケミだけではなく、亜紀アキ良樹ヨシキも驚いた。明美アケミは動揺した声を張り上げる。


「――ちょ、アンタ、バカじゃないのっ! 上限額までって言ったら、士族の一ヶ月分の収入金額じゃないっ! しかも賭けるのは小野寺勇吾ユウゴっ!? 自殺行為もいいところだわっ!」

「――だからおもしろいんじゃない。ギャンブルっていうのは」

「――だからって、優勝する見込みがまったくないヤツに賭けるなんて、どこからそんな自信が湧いて出てくるのよ」

「――それじゃ、アナタは湧かないんだ。海音寺涼子リョウコが優勝する自信が。だから賭けに参加しないのね。それで勇吾ユウゴを臆病者だとけなすなんて、アンタだっても他人のこと言えないんじゃない」

「……なんですって」


 今度は明美が語気を荒げる番となる。リンは平然と続ける。

「――ちがうというのなら、アナタも賭けに参加したら? 別に一人だけに絞らなくてもいいわよ。複数でもかまわないから。こっちは勇吾ユウゴ一人だけに賭けるけどね」

「――上等だわっ! アタシも賭けに参加しようじゃない。それじゃ、アタシは海音寺涼子リョウコと平崎院タエの二人に賭けるわ。アンタと同じく、賭けの上限額いっぱいまで」

「……一人には絞らないんだ……」


 亜紀アキが苦笑まじりにつぶやく。それを他所に、リンは続ける。


「――これで賭けは成立したわね。もし勇吾ユウゴが優勝したら、前言は撤回してもらうわよ」

「――いいわ。けどこっちが勝ったら、大々的にそれを喧伝するからね」


 明美アケミは言い捨てるように叫ぶと、荒々しい足取りで去って行った。


「……い、いいの、リン。なんだか売り言葉に買い言葉のなりゆきで成立した賭けみたいだけど」

 亜紀アキが心配そうな表情を浮かべて言うが、リンはうろたえたりしなかった。

「――大丈夫です。仮に勇吾ユウゴが優勝できなくても、海音寺|や平崎院|も優勝しなかったら、賭けは引き分けに終わる場合だってありますから」

「――むむ、それは気がつかなかった」


 良樹ヨシキが感嘆まじりにつぶやく。


「――そういえば、下村が上げた大穴五人組は、観静が鍛錬トレーニングの手伝いをしていたのだったな。ということは、その中から優勝する可能性がある者もいるということか」

「……ええ、なんだか未知数な人もいますので……」


 リンが答えると、良樹ヨシキは意を決したように膝をたたく。


「――よし、ならこのワタシもこの賭けに参加しよう。浜崎寺ユイに上限額いっぱいだ」

「――それじゃ、アタシは猫田有芽ユメにするわ」

「――ええっ?! 亜紀アキさんまで参加するのですかっ!? しかも二人そろって大穴をっ!」

「――あら、いいじゃない。これだからギャンブルはおもしろいって言ったのはリン自身よ」

「――うむ。これぞギャンブルの醍醐味。ではさっそく賭けに行くとするか」


 良樹ヨシキが立ち上がって行くと、亜紀アキもそれに続く。


「……一応言っておきますけど、賭けに負けても勝った人を恨まないでくださいよ」


 リンは念を押しながら二人の後を追うのだった。




 ――午後一時五分分前。

 陸上防衛高等学校のグラウンドに設置された簡易組み立て式の試合会場は、大方の予想通り満席となった。

 その人数は優に五千人を超えていた。

 そのほとんどは十代の少年少女である。

 学園都市国家の一面のある超常特区において、学園祭に次ぐイベントを楽しむために集まった、その住人たちである。


「――さァ、ついに始まろうとしています。第五回武術トーナメント。陸上防衛高等学校に在学している各学年の生徒たちが熱いバトルを繰り広げる、七月の熱い夏にふさわしい熱い大会。実況は陸上防衛高等学校歩兵科二年の小倉こくら理子リコと」

「――同じく解説の二階堂にかいどうアキラで進行します」


 リスを思わせる小柄な少女と、巨人さながらの大柄な少女は、闘いの舞台となる試合場間近の実況席で、それぞれ自己紹介する。


「――そして、ゲストには、陸上防衛高等学校の実技担当教諭の武野寺勝枝カツエ先生と、学科担当教諭の多田寺千鶴チヅ先生を迎えています。どうかよろしくお願いします」

「よろしく」

「よろしくね、二人とも」


 紹介にあずかった二人の女性教師も、それぞれ応じて一礼する。

 四人の生徒の教師は、左から見て、実況の小倉こくら理子リコ、解説の二階堂にかいどうアキラ、ゲストの武野寺勝枝カツエ、もう一人のゲストの多田寺千鶴チヅの順に並んで実況席に座っていた。


「――さァ、今大会も無事開催を果たしましたが、最初の一年生の部ではいったいどの出場選手が優勝の栄冠を手にするのでしょうか。ゲストの武野寺先生の予想は?」

「――それはもちろん、海音寺涼子リョウコか平崎院タエの両名いずれかです」

「――おお、軽く断言しました。両名の指導を担当しているだけあって、信憑性の高い予想ですが、その理由は?」

「――海音寺|家は戦国時代から続く名門の士族で、それにふさわしい実力を海音寺涼子リョウコも備わっています。入学試験でこそ次席でしたが、その屈辱が逆にバネとなって、入学してからは常日頃修練を欠かさず積み重ねています。彼女こそこれからの第二日本国国防軍の顔として将来を担うべき存在となるでしょう」

「なるほどなるほど」

「――そして、平崎院タエは、華族でありながら、その海音寺涼子リョウコを差し置いて首席で入学を果たした十年に一人の逸材です。実力も海音寺涼子リョウコに引けを取りません。海音寺涼子リョウコが第二日本国国防軍の顔として将来を担うべき存在なら、平崎院タエは、第二日本国国防軍の頭として将来を任せられる次世代のホープというべき存在です」

「――おー、これはこれは、ほとんどベタ褒めというべきですね。それだけ両名を高く評価していると」

「――はい。ゆえに、どちらが優勝してもおかしくはありません。ここだけは私でも予想がつきません。ですが、両名以外に対抗馬が存在しないのも確かです」

「――果たしてそうかしら?」


 そこへ、もうひとりのゲストが異論を唱える。

 多田寺千鶴チヅ先生である。


「――優勝がこの両名しか考えられないというのは、いささか早計だと思うわ、私は」

「――と、言いますと?」

「――陸上防衛高等学校の関係者なら、知らない人はいないはずよ。先日解禁されたばかりの『氣功術』の存在は」


 その言葉に、実況席の一同はハッとなる。


「――これの会得次第では、たとえ大穴の選手でも優勝候補の選手に勝つこともあり得なくはないわ。生徒たちの世代にとっては未知の力だけど、それだけにどんな資質を秘めているか、私たち教師すら見当がつかないのも確かよ。なにせ新型だからね」

「……多田寺先生の予想はあながち間違ってはないけど、それは女性選手にかぎるわ」

「――それはどうしてですか、武野寺先生」

「――解禁された新型の氣功術は、旧来の氣功術と同様、男性より女性の方が適性が高いからよ。だから、男性の出場選手は一、二回戦でのきなみ消えるわね」

「――なるほど。その点に置いては、男性選手は不利ですね」

「――でも、どうして男性よりも女性の方に氣功術の会得の適性が高いのですか?」


 二階堂アキラが疑問を呈する。


「――一説には、男性にはない器官が氣功術の会得に適しているからというのがあるわ」

 多田寺千鶴チヅが答える。

「――その器官というのは?」


 小倉理子リコがうながす。


「――子宮よ」

「――あァー。なるほどなるほど。なんとなくわかります。女性にとって出産はとても苦しいみたいですからねェ」

「――オトコには絶対にわからない苦しみよ」


 武野寺先生が断言すると、


「――それでは、一年生選手の入場です――」


 武術トーナメントの司会者である男性のアナウンスの声が、スピーカーと通して会場中に響きわたった。


「――おっと、ここで一年生選手の入場です。ゲズトの先生二人の解説に傾聴しすぎて、開催時間になったことに気づきませんでした。実況役としてまことに申し訳ございません」

「――こちらも、解説役をおおせつかったにも関わらず、ほとんどゲストに解説を任せてしまって申し訳ございません。おそらく、今後もゲストに丸投げするでしょう」


 小倉理子リコはハイテンションで、二階堂アキラはローテンションで、それぞれ謝罪した。

 二五メートル四方の試合場に、ディティールの異なる野戦用戦闘服を着た十六人の出場選手たちが次々と上がり、実況席に向かって横一列に並ぶ。その背後には大きなトーナメント表の掲示板が立てられている。左から十六人分が番号がふられてあるが、その下の出場選手名の枠はまだ空欄である。それはこれから埋められていくのである。

 大会運営のスタッフが用意したクジ引きで。

 クジを引く順番は事前に実施したジャンケンで決められているので、完全なランダムである。

 十六人の出場選手たちは次々とクジを引き、その都度トーナメント表の出場選手名の枠が埋まる。そして、最後の一人を待たずに、トーナメントの組み合わせは決定した。

 左から順に――


 一回戦第一試合、平崎院タエVS向井寺むかいでら武士タケシ

 一回戦第二試合、青井寺あおいでら勝彦カツヒコVS龍堂寺イサオ

 一回戦第三試合、二伊寺にいでら代美ヨミVS保坂ほさかノボル

 一回戦第四試合、浜崎寺ユイVS佐味寺さみでら三郎太サブロウタ

 一回戦第五試合、海音寺涼子リョウコVS佐味寺さみでら二朗太ジロウタ

 一回戦第六試合、猫田有芽ユメVS佐味寺さみでら一朗太イチロウタ

 一回戦第七試合、一ノ寺いちのじ恵美エミVS鈴村アイ

 一回戦第八試合、小野寺勇吾ユウゴVS三木寺みきでら由美ユミ


 ――となった。


「――おォーとっ! なんということでしょうか。出場選手の性別の内訳が同じ人数の八人だけでも奇遇だというのに、一回戦の対戦相手カード八組のうち六組が男子VS女子の構図となりました。これはいったいなにを啓示けいじしているのでしょうか」


 小倉理子リコが興奮に震えた声で実況する。


「――単純に考えれば、男子と女子、どちらか武術で優れているかを証明するための組み合わせでしょうね。まさしく、神の啓示としか思えません」


 武野寺先生がしたり顔で解説するが、


「――残りの二組が同性対決なあたり、作為的なものを感じさせるけど。八組全部だとさすがにあからさますぎるから」

「――スタッフはちゃんと仕事しているのかしら」


 多田寺千鶴チヅと二階堂アキラはそれに水を差すような疑念をそれぞれ口にした。


「……………………」


 勝枝カツエは親友に対してなにか言いたそうな不満顔になるが、口に出してはなにも言わなかった。


「――では、第一試合に出場する選手以外はあちらの控室でお待ちください――」


 司会者の指示に、十四人の出場選手は試合場からぞくぞくと降りる。


「――決勝まで勝ち上がれよ。絶対に。そこですべての決着をつけてやるぜ」


 その際に、海音寺涼子リョウコが試合場に残る平崎院タエに一瞥と宣告を叩きつける。


「――海音寺|さんは自分がどうやって決勝まで勝ち上がれるかだけを考えていなさい。こちらの心配は無用ですから」


 それに対して、平崎院タエは海音寺涼子リョウコを見向きもにせずに応じる。

 視線は一回戦の対戦相手に注がれているが、それはあわれむような眼差しであった。


「――けっ。それはこっちのセリフだぜ」


 そうしている間にも、試合場にあったトーナメント表などの物は場外に片付けられ、そこに残されたのは二人の出場選手と女性教師の審判だけとなる。


「――それでは、あらためてルールを説明します」


 実況の理子リコがそれを開始する。


「――武器は光線銃レイ・ガンなどの飛び道具以外の超心理工学メタ・サイコロジニクスで作られた白兵戦用のものなら自由。相手が戦闘不能になるか、降参するか、場外に落ちるか、審判が続行不可能と判断するまで試合は終わりません」

「――実戦では武器の一撃を身に受けたらたやすく命を落とすので、どちらか一本を先取した時点で試合終了となるのがこれまでの大会ルールでしたが、九日前の解禁された新型の氣功術は、旧来のそれと同様、その常識をひっくり返すほどの力を発揮しますので、今大会からは廃止となりました」


 解説のアキラが説明を引き継ぐ。


「――ゆえに、一瞬や一撃では終わらない、白熱した試合展開が期待できます。さァ、いよいよ始まります。第五回武術トーナメント。一年生の部。一回戦第一試合が――」


 理子リコが口を閉ざすと、割れるような大歓声が観客席から湧き上がる。

 試合場にて、審判を挟んで対峙したからである。

 平崎院タエ向井寺むかいでら武士タケシの両選手が。

 それぞれの右手には光線剣レイ・ソードの端末である柄が握りしめられている。

 しかし、その端末からはまだ青白色の光を放つ打撃部分が出ていない。

 それは試合開始の合図を審判が上げてからである。

 これも大会のルールとして決まっている。


「――平崎院タエ選手は華族でありながら首席で入学を果たした優秀な女子生徒で、今大会では次席の海音寺涼子リョウコとともに優勝候補の双璧に数えられています。経歴も仕様スペックもこれといって特徴のない士族の向井寺むかいでら武士タケシ選手を相手にどのような闘いを繰り広げるか、必見です」


 理子リコが簡潔に説明するが、偏向的なのは否めない実況である。


「――それでは、お互い、礼――」


 陸上防衛高等学校の女性教師でもある審判が儀礼的な声を上げてうながす。両選手はそれにしたがい、一礼する。


「――構え――」


 それに続いて言った審判の指示に、両選手はそれぞれの態勢を取る。

 向井寺むかいでら武士タケシは正眼の構えで。

 平崎院タエは華奢そうな身体を斜めに構えて。

 そして――


「――始め!」


 一拍を置いてから上げた審判の声に、両選手は光線剣レイ・ソードの端末からそれぞの打撃部分を伸ばす。

 向井寺むかいでら武士タケシは通常の刀剣ソード様式モードで具現化した青白色の刀身を。

 平崎院タエ鞭様式ウイップモードで現出した青白い鞭を。


「……やっぱその様式モード闘うやるか……」


 控室であるプレハブの窓から試合を見物している龍堂寺イサオが、苦渋に満ちた表情でつぶやく。自分が出場する次の一回戦第二試合に勝てば、二回戦の相手は平崎院タエとなる。海音寺涼子リョウコにもあのとき殴られた借りがあるので、できればそいつにも返したいところだが、トーナメントの組み合わせ上、当面は平崎院タエに照準を合わせざるを得なかった。


「――イサオくんの立てた対策がうまくハマればいいんだけど……」


 その右隣にいる鈴村アイが、心配そうな表情と口調で応じる。


「――それを確認するためにも、この闘いは参考になるはずです。平崎院さんの相手もイサオさんと同じ得物ですから」


 イサオの左隣にいる小野寺勇吾ユウゴが、それを打ち消すように力強く言う。

 先にしかけたのは平崎院タエであった。

 リーチが相手より長い以上、当然である。

 それに対して、向井寺むかいでら武士タケシは、のたうつようにせまり来る光の鞭を、光の刀身で払って防ぐ。それが、二度三度四度と、緩急と角度と変えて続き、たちまち防戦一方になる。そして五度目は向井寺むかいでら武士タケシが握る光線剣レイ・ソードの柄に巻きつき、光の鞭がピンと一直線に張る。平崎院タエが力任せに取り上げようと引いているのだ。むろん、膂力が向上する錬氣功を使って。

 だが、


「――おォーとっ! 踏んばっている、向井寺選手っ! 光線剣レイ・ソードを取られまいまいと、必死に力を込めてっ!」


 実況の理子リコが驚きの声を上げる。


「――向井寺選手も錬氣功を使っているようです。解禁されてから日が浅い氣功術なのに、大したものです」


 解説のアキラも感銘を受ける。


「――ですが、平崎院選手ほどではありませんね」


 しかし、ゲストの武野寺先生はそっけない口調で言い捨てる。


「――素の膂力では男性の方が上のはずなのに、女性相手の力くらべではまったくの互角。氣功術の力量や技量も互角なら、この展開はありえません。これは、平崎院|選手の方が氣功術の使い手として上であることのなによりの証左です」

「――やはり、氣功術の体得は女性向きというわけですか。新旧問わず」

「――その通りです、アキラさん。氣功術は女性にとって社会進出の象徴と原動力なのですから」


 解説とゲストがそのようにやり取りしている間に、試合場で繰り広げられている綱引きは、だが、早々に終了する。むろん、平崎院タエが、相手の光線剣レイ・ソードに巻きつけた光の鞭をほどいたからである。


「――当然の判断ですね。互角である以上、このまま引っぱりあっていてもいたずらに氣を消耗するだけ。特に、この大会のようなワンデイトーナメントで消耗戦に突入するのは悪手もいいところ。たとえそれで勝利しても、次戦では必ずそれがひびきます」


 この解説はゲストの多田寺先生のものである。

 両選手はそれぞれの得物で構えたまま対峙する。

 どちらも、試合の開始線から一歩も動いていない。


「――ここまでは想定内の展開ですね、イサオさん」

「――せやな、勇吾ユウゴ。力くらべならワイも負けへん。錬氣功ならくさるほど修練したさかい――」

「――ですが、問題はここからです。どうやってカマイタチのような相手の鞭をかいくぐって剣の間合いに入り込むか」

「――ワイなら――」  


 と、そこまでイサオが言った後、にらみ合いを続けていた平崎院タエが先に動き出す。光線剣レイ・ソードから光の鞭を伸ばし、振り上げると、相手に思いっ切り振り放つ。

 空気を裂く音を立てて襲いかかる光の鞭。

 先程まで繰り出していたそれと同じ攻撃である。

 しかし、防御態勢に入った向井寺選手は、その攻撃を防御するだけにとどまらなかった。

 光の鞭を受け止めると、同時にそのままはじき返したのだ。

 相手に向けて。


「――ムダよ、そんなことをしても。相手が光の鞭を消せば、自分で自分の鞭を受けることはないわ――」


 アイが言う。現に愛の言った通り、平崎院は、光の鞭を消してそれを防ぐ。これも以前の龍堂寺イサオとの闘いで見せたものである。だが、


「――いえ、逆にチャンスです」


 勇吾ユウゴがさけぶ。


「――せや。これがワイなら――」


 それにイサオが続く。


「――この隙に相手との間合いを詰める」


 向井寺はイサオの言った通りの行動を取った。試合が始まってから一歩も動いてなかった開始線から、光の鞭をはじき返すと同時に動いて突進した。

 相手が一度消失させた光の鞭が再出現するまでの隙を突いて。

 この行動に実況や観客が意表を突き、控えの選手たちや解説も感嘆を受ける。


「――一度消した光線剣レイ・ソードの打撃部分を再具現化するまでには時間差タイム・ラグがありますからね。そこを狙われました」


 ゲストの武野寺先生が解説するその口調に驚き危機感のひびきが宿る。

 向井寺は相手との距離を剣の間合いまで縮めていた。

 平崎院は光線剣レイ・ソードから青白色の刀身を伸ばすが、時すでに遅かった。

 向井寺の横薙ぎが、平崎院の胴を払った。

 青白色の光跡がその軌道を水平に描いた。


「……終わった」


 アキラが茫然とつぶやく。優勝候補の双璧がこうも簡単に敗北したと言わんばかりに。


「――ええ、終わったわ」


 多田寺先生がオウム返しに言うと、


「――向井寺選手がね」


 武野寺先生が続ける。

 錬氣功で底上げされた胴薙ぎの一刀を受けた平崎院は、だが、倒れるどころか、よろめきすらせずに、勝利を確信した隙だらけの向井寺の脳天に光線剣レイ・ソードの一撃を加え、そのまま足元に叩き伏せた。

 錬氣功を込めた両手唐竹であった。

 向井寺はうつ伏せに倒れたまま動かない。

 右手にある光線剣レイ・ソードからは青白い刀身が消失している。


「――それまで」


 そこへ、審判が試合終了の合図の声を上げる。


「――勝者、平崎院タエ選手」


 この宣言に、観客は最初こそ沈黙していたが、状況を理解すると、次第に拍手喝采の大歓声が会場中に沸き上がった。


「――平崎院選手の勝利です。胴を薙ぎ払われた時はヒヤっとしましたが、何事もなかったかのように平然と反撃し、向井寺選手を倒しました。しかし、どうして胴薙ぎを受けたにも関わらずまったく堪えてないないのでしょうか」


 実況の理子リコが疑問に首をひねる。


「――『硬氣功』を使ったからよ」


 それに答えたのは武野寺先生である。


「――硬氣功はその名の通り、皮膚を硬化させる氣功術のひとつ。使い手の練度によっては、刃物はもとより、銃弾すら通用しないほどの防御力を発揮します。光線剣レイ・ソードの打撃部分の強度が木刀レベルに制限されているとはいえ、それを受けても即座に反撃できるのは、それだけ硬氣功の練度が高いと言えます。氣功術が解禁されてからまだ日が浅いのに、錬氣功だけでなく、硬氣功まで会得しているとは、これこそ大したものです。平崎院選手は」


 そして、答えたついでにベタ褒めする。


「――さァ、続きまして第二試合。青井寺あおいでら勝彦カツヒコ選手VS龍堂寺イサオ選手――」


 実況のアナウンスを背に、一回戦を勝利した平崎院タエは、控室に戻ると、


「――見せつけてくれるじゃねェか」


 海音寺涼子リョウコが第一声とともに待ち構えていた。


「――その気になれば、相手の接近は元より、硬氣功を使わなくても勝てたのによォ」

「――それはそうですとも。華族であるわたくしが陸上防衛高等学校に入学したのは、軍事においても士族には劣らないことを証明するためなのですから。である以上、それにふさわしい、美しい勝ち方をしませんと」


 タエは澄ました顔で傲然と胸をはる。それも、アイリンよりも豊かな胸を。


「――大した自信だな。その鼻っぱし、このオレが絶対にへし折ってやるぜ」


 涼子リョウコがあらためて宣言している間に、第二試合はすでに始まっていた。平崎院タエにとっては、その試合の勝者が次の対戦相手になるので、無視できないはずなのだが、まるでだれが勝ち上がろうが関係ないといった態度である。それも、涼子リョウコのように意識せず、ごく自然に。その涼子リョウコも、以前殴り倒した龍堂寺イサオの存在なと、記憶する価値もないかのようにまるで覚えてない。性格も気性も異なる二人だが、そこと性別だけは共通していた。むろん、第二試合など見物せず、互いに意識を向けている。どうやって優勝候補を攻略してやろうかと。

 一方、因縁の相手である二人から存在を忘却された龍堂寺イサオは、対戦相手である青井寺あおいでら勝彦カツヒコに苦戦を強いられていた。両者の得物は刀剣ソード様式モード光線剣レイ・ソードで、その技量は同等。氣功術は錬氣功を使っているが、どちらも似通った仕様スペックゆえに、ほどんど互角の闘いであった。互角ということは長期戦になる可能性が高く、それは同時に消耗戦を意味していた。ワンデイトーナメントで勝ち抜くには、絶対に避けるべき事態なのだが、口で言うほど簡単に避けられるほど、闘いは甘いものではい。

 ――こうして、切り結んだ合数はすでに三〇を越えていた。


(――くっ、しゃーない。できれば二回戦までとっておきときやかったんやけど――)


 相手の剣撃をしのぎながら、イサオは決断すると、次の一合を受け止めると同時に前に踏み込む。そして、光線剣レイ・ソードの柄からはずした右手を相手の左手首に伸ばしてつかむ。その間、片手になった光線剣レイ・ソードで、相手の光線剣レイ・ソードを抑え込むが、長くは続かす、あえなく跳ね上げられる。その衝撃でイサオの手から光線剣レイ・ソードが離れ、放物線を描いて試合場の床に落ちる。青井寺あおいでらは左手首を掴まれた状態でイサオ光線剣レイ・ソードを振り下ろそうと右手を振り上げるが、その右手首も掴まれ、それ以上動けなくなる。

 両者は至近でにらみ合ったまま両手を上げている。

 片方は光線剣レイ・ソードを相手に振り下ろそうと。

 もう片方は掴んだ相手の両手首を押し上げようと。

 第一試合で繰り広げられた力くらべは、第二試合でも形を変えて行われていた。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 青井寺あおいでらが前蹴りを出して相手を退かせたのだ。

 両手を離したイサオは腹部の痛みに耐えて転倒をまぬがれると、足元に転がってある自分の光線剣レイ・ソードを拾い上げ、青白色の刀身を引き出す。と同時に、刀身に衝撃が走る。青井寺あおいでら光線剣レイ・ソードを振り下ろして来たのだ。しかし、


(――よし、効いてる。これなら――)


 内心で判断したイサオの表情から笑みがこぼれる。

 余裕という笑みが。

 イサオは受け止めた相手の斬撃を勢いよくはね返すと、攻勢に転し、縦横無尽に斬撃を繰り出す。それを、青井寺あおいでらは受け止めるが、その表情は苦悶に満ちていた。


「――おォーとっ! これはどういうことでしょうか。さきほどまで龍堂寺選手と互角の死闘を演じていた青井寺あおいでら選手が一方的に押されまくっています。いったい青井寺あおいでら選手になにがあったのでしょうかっ!」


 理子リコが興奮した口調で実況している間に、光線剣レイ・ソードがふたたび試合場の床に落ちる。

 今度は青井寺あおいでら光線剣レイ・ソードが。


「――勝負あったな」


 イサオは手首をおさえてうずくまる青井寺あおいでらの鼻先に青白い刀身の切っ先を突きつけて宣言する。青井寺あおいでらは歯ぎしりするが、やがてうなだれ、それっきり動かなくなる。


「――そこまで。勝者、龍堂寺イサオ選手」


 続行不可能と判断した審判は、その時点で試合を終了させて宣言した。

 両者は一度開始線に戻って互いに一礼すると、片方は重い足取りで、もう片方は軽い足取りで、それぞれ、同じ控室の別々の出入口に入って行った。


「――おめでとうございます。イサオさん」

「――おめでとう。龍堂寺くん」


 勇吾ユウゴアイは笑顔で一回戦を突破した親友を称える。


「――おおきに、お二人さん」


 勲もまた笑顔で応えるものの、


「――せやけど、できれば二回戦まで温存しておきたかっで」


 そうつけ加えると、笑顔に翳りが差す。


「――『封氣功』、ですか」


 相手の氣功術を封じる氣功術の名を、勇吾ユウゴは口にする。対戦相手の青井寺あおいでら勝彦カツヒコの手首をつかんだ時にそれを使用したのである。それにより、青井寺あおいでら選手は錬氣功などの氣功術が使えなくなり、力負けと敗北を喫したのである。


「――せや、勇吾ユウゴ。平崎院や海音寺のことや。あの時ワイが封氣功を使つこうて相手の氣功術を使えなくしたのはとっくに見抜かれとるやろう。警戒されるのは必至や」

「――でも、かといって――」

「――わかっとるわ、鈴村。それでも平崎院と闘うやるしかあらへんっちゅうのは。厳しい闘いになるけど」


 けわしい表情と口調で言って腹をくくるイサオであった。


「――あのー、龍堂寺警部」


 そこへ、親しげな口調で、だが、聞き知っている声を背後からかけられる。イサオは身体ごと振り向くと、これも見知っている姿が目の前に立っていた。


「――おおっ、保坂やないか」


 警察官として職務を遂行している時は色々とこき使っている部下の一人の名を、イサオは口に出す。


「――そういえばおまいも出場してたんやっけ。今まで自分にかまけておったから、なかなか声をかけられへんかった。すまへんな」

「――この男子、陸上防衛高等学校の生徒だったんだ。知ってた、ユウちゃん」

「……いえ、僕も今まで気づきませんでした」


 アイ勇吾ユウゴは首を傾げさせた顔で見合わせる。二人にとって、保坂ノボルは知らない人ではない。超常特区で起きた色々な事件を通して世話になった、自分たちと同じ年齢としの少年である。気配りが利くし、そこそこ有能なのだが、どこか影が薄い。エスパーダが故障しているわけでもないのに、なかなか覚えられないのだ。正確には、顔と名前が一致させられない。髪型がごくありふれたクールカットなのが原因だろうか。


「――せやけど、なんでおまいもこの大会に出場するんや。ワイとちごうて平民やのに」


 イサオがたずねると、

「――たいした理由ではありません。警部が出場すると聞いたら、自分も触発されて出場したくなっただけなので」


 保坂ノボルは微笑とも苦笑ともつかぬ表情で答えた。


「――おお。嬉しいことうてくれるで。上司冥利に尽きるわ」

「……い、いえ、そんな……」

「――でも大丈夫なの。この大会、生半可な実力じゃ惨敗するわよ」

「――大丈夫です、鈴村さん。これでも自分なりに修練を積みましたから。氣功術も会得しましたし」


 保坂ノボルが笑顔で応じると、一回戦第三試合に出場する選手の入場を告げるアナウンスが聴こえて来た。


「――あ、ボクが出る試合です。それでは、行ってきます。龍堂寺警部」

「――おう。あんじょうきばりや」


 こうして、保坂ノボルは、一回戦第三試合が始まる試合場にて、対戦相手である二伊寺にいでら代美ヨミと闘い――


「……ま、負けまし、た……」


 という言葉をイサオに残して倒れた。イサオのいる控室まで、千鳥足のような足取りでたどり着いた末のことである。


「――医療班、ただちに復氣功をっ!」


 大会の運営スタッフが、駆けつけて来たその集団に指示をくだす。


「……うん、負けちゃったね……」


 治療をほどこす有様を見やりながら、アイが繰り言をつぶやく。


「――でも、善戦はしていたと思います。少なくても惨敗というような内容ではありませんでした」

 その隣で、勇吾ユウゴが横たわっている同い年の少年に賞賛の声を捧げる。

「――せやけど、あえて敗因を挙げるなら、やはり得物と地力の差やな」


 しかし、イサオは表情を曇らせながらも、あえて冷徹に分析する。


「――やはり、この大会に出るべきやなかったな。無茶しおおってからに……」

「……でも、保坂くん以上に出させるべきじゃない選手がいるわ……」


 アイがそう応じた後、一回戦第四試合の出場選手の入場を知らせるアナウンスがそれに続いた。


「……それでは、行って、きます……」


 浜崎寺ユイは三人に言うと今にも倒れそうな足取りで控室を出て行った。


『……………………』


 三人は無言で見送ったが、それは必ずしも本意ではなかった。今でもアイが言ったような後悔の念が頭のすみに付いてまわっている。なにせ、第三試合で負傷した敗者を、医療班が、保坂ではなく、まだ一戦もしていないユイに治療を施そうとしてしまったほどなのだから。その光景を見て、その念はさらに強まったが、今となっては後の祭りである。この上は、保坂同様、千鳥足でもいいから、自力で控室に戻って来れる程度のダメージで試合を終えることを願うばかりである。むろん、勝利など微塵も望んでいない。

 一方、颯爽さっそうとした足取りで試合場の開始線に着いた佐味寺さみでら三郎太サブロウタは、一足先に着いていた浜崎寺ユイと対峙する。その表情はすでに勝者のそれに満ちあふれていた。


「――ふんっ。よくもまァ出場できたものだなァ。実戦訓練でのあの醜態ザマで。恥も外聞もないとはまさにこの事だぜ」

「……ワタシ、武術トーナメントに、優勝、する。立派で優秀な軍人に、なる、ために……」


 ユイは相変わらず弱々しく震える声で、しかし、はっきりと宣告する。


「――お前、それしか言えねェのかよ。オレたちがイジメ《あんなこと》をしている時でさえもそうだったけど、お前になれるわけねェだろ。つーか、なって欲しくねェぜ。てめェのような士族の恥部は。小野寺にしたって同様だぜ。ヤツのデマ通り、専業主婦に志望を変えたらどうだ。オンナらしく」

「……イヤだ。ワタシ、軍人に、なって、この国を、守る……」

「――けっ、頑固なヤロウだ。そこだけは男勝りだぜ」


 佐味寺さみでら三郎太サブロウタは吐き捨てるような口調で賞賛する。むろん、皮肉と侮蔑をまじえて。


「――オレはこんなところで足踏みしているわけにはいかねぇんだよ。あの海音寺に借りを返して、失墜したオトコの尊厳を取り戻さなけれりゃならねェんだ。この武術トーナメントで優勝することでな。だがてめェに勝っても、当然の結果だから、氣功術なんか使わずに瞬殺してやるぜ」

「――私語は慎みなさい。試合開始前よ」


 審判の注意を受けて、両者は口を閉ざす。


「――さァ、一回戦も第四試合まで進みました。佐味寺さみでら三郎太サブロウタ選手は海音寺家と並ぶ士族の名門、佐味寺さみでら家の三男で、戦国時代から第二次幕末にかけて幾多の武名を馳せた名門中の名門の子弟です。それも三つ子の」

「――けっ、なにが名門だ。多勢で一人をイジメるような手合いヤツらが、エラそうに」


 実況の声を聞いて、引き合いに出された海音寺家の子女は吐き捨てる。


「――それに対して、浜崎寺ユイ選手は第二次幕末の動乱で武名を挙げ、『寺』の称号を授かった士族の子女――……とは思えないほどの病弱な虚弱体質なのに、あえて陸上防衛高等学校に入学し、果てはこの武術トーナメントに参加した、ある意味剛の者です……」

(――身の程知らずとも言えるわね。小野寺と同様――)


 武野寺先生が内心で教え子をこきおろす。むろん、教師としてそんな事はさすがに口には出せないが。


「――両者、互いに、礼。――構え――」


 両選手は審判の指示にしたがい、構える。

 浜崎寺ユイ光線剣レイ・ソードを正眼に。

 佐味寺さみでら一朗太イチロウタは『光線槍レイ・スピア』を中段に。


「……アカン。やっぱ槍相手に剣は無理や。保坂もそれで負けたようなものやし」


 それを見て、イサオは絶望のつぶやきを漏らす。


「――剣で槍に勝つには槍の使い手のその三倍の技量を要すると言われてますからね」


 そう語る勇吾ユウゴの口調も悲観的であるものの、


「――ですが、一度剣の間合いに入るか、もしくは槍の柄を掴んで封じれば、勝機はあります。リーチの長さがアダとなって」


 一縷いちるの望みにかけるようなそれに変わる。


「――始めっ!」


 試合開始の号令と同時に、三郎太サブロウタは相手に刺突を繰り出した。

 青白色ので。

 浜崎寺ユイはかろうじて反応するが、穂先を躱しきるには遅すぎた。

 右脇腹を突かれ、コマのように回転しながら床に倒れる。


「――ふんっ! 他愛もない。虚弱なオンナのくせに出場するからだ」


 数秒を置いてから吐き捨てた三郎太サブロウタは、横たわっている相手に背を向けて退場しようとするが、


『おおぉ~っ!』


 観客席から上がった感嘆の声を聴いて、その足を止める。

 一朗太イチロウタが振り向くと、全身を震わせながらも立ち上がった浜崎寺ユイの姿がそこにあった。

 そして、光線剣レイ・ソードを正眼に構える。

 青白い刀身の切っ先を相手に向けて。


「――佐味寺さみでら選手。まだ試合は終わってませんよ」


 審判の注意を受けて、一朗太イチロウタは舌打ちしたそうな表情になる。


「――なんだよ。今ので終わりじゃねェのかよ」


 三郎太サブロウタは面倒くさそうにつぶやくと、これも面倒くさそうに相手と正対して光線槍レイ・スピアを構える。


「――いいから寝てろ」


 そして、これもまた面倒くさそうに光線槍レイ・スピアをしごいて突き放つ。

 ユイはこれに反応する。

 今度はかろうじてながらも躱しきるが、続いて突いてきた二撃目は無理であった。

 |左肩にもらい、たたらを踏む。

 だが、今度は倒れなかった。

 震える身体で光線剣レイ・ソードを正眼に構え続ける。


「――チッ。しぶてェヤツだなァ。虚弱なオンナのくせに」


 今度は舌打ちした三郎太サブロウタに、いらだちの気配がただよい始める。


「――素直にオネンネしてりゃ楽になれるのに。そんなに喰らいたいのかよ。ぞれじゃ、遠慮なく喰らわせてやるぜっ!」


 それ混じりに咆えた三郎太サブロウタは連続して刺突を繰り出す。

 それに対して、ユイ光線剣レイ・ソードによる防御と、体捌きによる回避で凌ぐが、やはり凌ぎきれずに全身にくらい続け、ふたたび背中から倒れる。


「――ふう~っ。やっと終わったぜ……」


 三郎太サブロウタは息をつく。だが、そうと思いきや、またもやユイが立ち上がる。

 全身を震わせながら。

 そして、光線剣レイ・ソードを構え、青白い刀身の切っ先を相手に向ける。


「……………………」


 その姿をみて、三郎太サブロウタのいらだちは音の速さで頂点に達した。


「~~いい加減にしろってんだァッ!!」


 叫び声とともに、三郎太サブロウタ光線槍レイ・スピアの突きの連打を相手に浴びせる。本気になったので、使うまでもないと決めていた氣功術は惜しみなく使っている。ユイはたちまち防戦一方となり、一歩も前に進めない。


「……イヤ、もう見てられないわ……」


 手も足も出ないユイの有様に、アイはたまらず目をそむける。これではサンドバックである。元より剣と槍ではリーチがちがいすぎるのだ。それをくつがえすだけの技量がない以上――


「――もう十分やっ! はよ降参しろっ! これ以上はシャレにならんっ!」


 イサオも大声を上げてそれをうながす。だが、ユイは突かれようが倒されようがその都度耐え抜き、立ち上がる。

 何度も何度も。


「……目が、死んでない……」


 勇吾ユウゴは茫然とつぶやく。顔色の悪さとは裏腹に、いっこうに失う気配のない瞳の輝きをユイのそれから見出して。まるで闘病生活を送る病人さながらの不屈さである。それに、大半の人は気づいてないが、ユイは試合開始から一歩も後ろに下がっていないし、三郎太サブロウタも一歩も前に進めないでいる。素人の目では三郎太サブロウタが圧倒しているように見えるが、果たして……。

 ――そして、試合開始から三〇分が経過した。


「――なんということでしょうか。まだ決着がつきません。浜崎寺選手の、力尽きそうで力尽きない驚異的な粘りに、試合は終わる気配がありません。いったいどこにそんな力があるのでしょうか」


 理子リコが驚愕の表情で実況する。それは観客も同様であった。


「――常識的に考えて、硬氣功か復氣功、あるいはその両方の氣功術を併用しているというのが妥当だけど……」


 アキラが釈然としない表情で推測するが、


「――だとしても、これは異常すぎるっ! 旧来の松岡流氣功術の使い手でさえ、ここまで打たれ強くなんかなれないわっ!」


 武野寺先生がさけぶように声を上げる。多田寺先生さえも、理解不能な状況に対して合理的な説明ができないでいる。


「――あァーとっ! 佐味寺さみでら三郎太サブロウタ選手が攻撃の手を止めました。いや、これは止まったというべきでしょうか」


 理子リコの実況に、武野寺先生がうなずく。


「――当然よ。断続的とはいえ、三十分も光線槍レイ・スピアの刺突を続ければ体力スタミナ切れするわ」

「――氣や精神エネルギーもね」


 多田寺先生が真剣な表情と口調でつけ加える。


「……はぁ。ハァ。なんで、立ち、上がれ、るんだ……」


 三郎太サブロウタは縦に立てた光線槍レイ・スピアに寄りかかるような姿勢とかすれた声でつぶやく。まるで、ゴールしたばかりのマラソンランナーのような状態で、今にも気絶しそうである。相手からの攻撃は一度も受けてないはずなのに、一方的な展開で推移していたはずなのに、なぜこちらが追い詰められなければならないのか。

 一方、浜崎寺ユイ光線剣レイ・ソードを構えた状態で立っている。

 相変わらず身体は震えているが、それは元々なのか、これまで受け続けた相手の攻撃の結果なのか、傍から見ても判断がつかない。いずれにしても、試合開始前と同じ状態のように見えるのはたしかである。


「……ダメージ、が、ない、はず、は、ない、のに、どう、して……」


 三郎太サブロウタはかすれた声で疑問を呈するが、答えは出なかった。もしくは、出す猶予を与えてくれなかった。

 ユイがこの試合で初めて自分から攻撃に出たからである。

 光線剣レイ・ソードを大きく上段に振りかぶって。

 実戦訓練で見せた鈴村アイのような素人丸出しの突進と予備動作モーションである。

 試合開始前の三郎太サブロウタなら難なく躱せただろうが、疲労困憊の状態では、それもままならない。むろん、氣功術など使えない。呼吸がここまで激しく乱れていては。第一、氣が底をついていては、どうしようもなかった。

 唐竹の一撃が、一朗太イチロウタの脳天に叩きつけられた。

 三郎太サブロウタはあっけなく床に倒れる。

 そして、動く気配はなかった。


「――勝負あり、勝者、浜崎寺ユイ選手――」


 そのように判断した審判は、勝者に対して声と手を上げた。


「……………………」


 しかし、会場は静まり返っている。手汗をにぎる闘いを期待していた観客にとって、この一回戦第四試合は、これまでの試合に反して、地味でつまらない闘いであった。敗者が延々と一方的に攻撃し、息切れしたところを勝者に一撃で倒されただけなのだから。勝者がおぼつかない足取りで試合場から降りると、ようやく散発的な拍手が上がるが、お情けで送っている感じが満載だった。


「……えー、勝ちました。浜崎寺ユイ選手、二回戦進出です……」


 実況も困惑気味に淡々としていて、盛り上がりに欠ける。


「……けど、二回戦は闘えないでしょう。あそこまで泥沼の消耗戦をしては、おそらく……」


 ゲストの武野寺先生も淡々と解説する。


「……か、勝ちまし、た……」


 千鳥足で控室に戻ってきたユイの弱々しいセリフに、龍堂寺イサオと鈴村アイは、どう応えたらいいのか激しく困惑する。たしかに、千鳥足でもいいから、自力で控室に戻って来れる程度のダメージで試合を終えることを願ってはいたが、まさか勝者として自分たちの前に戻ってくるとは思いもしなかった。しかも、あんな勝ち方で。予想を裏切ったとか、予想の斜め上を行ったとか、そんなありきたりな表現では当てはまらない勝ち方である。なので、


『……お、おめでとう……』


 と、これもありきたりな祝辞のセリフを二人は述べる。むろん、これも困惑気味に。


「――おめでとうございます。浜崎寺さん」


 しかし、それに遅れて続いた小野寺勇吾ユウゴの祝辞に困惑の微粒子は混ざっていなかった。


「……あ、ありがとう、みなさん。二回戦も、がんばり、ます……」


 ユイは震える声で礼を返すが、それは嬉しさからくるものなのか、それとも苦痛によるものなのか。両方なのは確かだが、その比率は完全に不明である。


「……出るんかい、二回戦も……」


 イサオはツッコミの入れる感覚で思わず問いかけてしまう。返答は決まっているのに。


「……もちろん、出ます……」


 ユイは弱々しい声で断言する。むろん、当然のごとく。イサオはこれ以上なにも言えなかった。

 アイも同様である。

 だが、勇吾ユウゴだけは最初からなにも言うつもりはなかった。


(――もしかしたら、決勝で当たるかも――)


 内心ではそんな予感を抱きながら。

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