第4話 開催! 武術トーナメント
雲ひとつない蒼天の空から、花火のような軽い破裂音が断続的に地上へ鳴りひびく。
その空の下には、陸上防衛高等学校の広大なグラウンドがある。
グラウンドなので、普段はなにひとつない真っ平な地面なのだが、この日にかぎっては簡易組み立て階段式の観客席がC状に設置され、中心にある正方形の試合場を囲っている。
正午である今はまばらだが、例年どおりなら、いずれ満席になるであろう。
午後一時から開催される武術トーナメントが始まれば。
「――へェー、けっこう本格的なのね」
地上から試合会場の様相をひととおり見回した観静
「――
自分を呼ぶ声が聴こえた。
「――
「――
そして、
「――ええ、そうよ」
「――なんで来たのですか?」
「――なんでも、我が助手がこの大会に出場するそうではないか。
その向こうの隣の席に座っているボザボザ髪の男性であった。
私服姿の
この人物も
「――いつから小野寺クンはアンタの助手になったのよ」
「――なんで気になるのですか」
「――熱心に調べていたからだ。一周目時代の記録映像を。以前、連続記憶操作事件の時、事件解決の手がかりを求めて探していた際、見かけたというのでな」
「――なにを見かけたのですか」
「――娯楽映画をだ」
「……娯楽映画?」
「――特にガンアクションものを重点的に観ていたな。なんでも、参考になるからだそうだ。大会を勝ち抜くのに。ま、九日前のことだが」
(――アイツ、確認したくなった事ってこの事だったのね――)
「――でも、武術トーナメントで銃器などの飛び道具の使用は禁止のはずよ。なのに、そんなものを観てなんの参考になるというのかしら」
「――ねェ。小野寺クンはこの大会に向けてどんな
間をおかずに
「――そうですね。とりあえず、氣功術の基本、リミッターの呼吸法は、他の四人も含めて
「――そういえば、解禁されたんだっけ。氣功術の会得は」
「――ええ、そうです。でも……」
「……でも?」
「……
「……あら、なんで?」
「――それ以上は教えてくれませんでした。教えたら、トーナメントで優勝できなくなるからって」
「――つまり、初見殺しというわけだ。その
そう解釈したのは蓬莱院
「――しかし、しょせんは初見殺し。一度見られたら最後。二度と通用しない。見られた相手には。これでは、一回戦は突破できても、二回戦は無理というものだ」
「――ええ、そうなのです。でも、それ以前に、大きな問題があるのです……」
「――というと?」
「……
「なんですってっ?!」
「……そんなの、致命的じゃない……」
「……そうなのです。一応、それを克服する
「……それでよく優勝すると言い切れるものね……」
「……でも、本人は最後まで出場の意志を変えませんでした……」
「……無謀のレベルをはるかに超越しているな。ノーロープバンジーものの自殺行為でしかない。今からでも遅くはない。翻意をうながしたほうが彼のためだ」
「……ですが、
「……まァ、ウソやハッタリを言ったりするような
「――いいえ、そういう
それをきっぱりと否定する声が三人の背後から上がった。
三人は同時に振り向くと、サイドポニーの少女が、三人を見下ろすように仁王立ちでたたずんでいた。
「……げっ、アンタは……」
「――あら。あなたはたしか、ジャーナリスト志望の超常特区限定のローカルジャーナリストの――」
それとは対照に、平静を保っている
「――
しかし、
「――だってそうでしょ。陸上防衛高等学校に入学しておきながら、将来は専業主夫になりたいなどという
これほど真実から乖離した見解は、他に存在しないだろう。やはり下村
「……ちょっと、いくらなんでも言い過ぎじゃないの……」
この言動に
「――そうだぞ。
「――なによ。真実を言ってなにが悪いの。言っておくけど、身分が高いからってひるむアタシじゃないわ。アタシは小野寺のような臆病者じゃないからね」
「――へェ、そうなんだ」
「――それじゃ訊くけど、今回の武術トーナメントの優勝者はだれがなると思う?」
「……そ、そんなの決まってるじゃない。海音寺
「――よく知っているわね。さすがジャーナリスト志望者。おそれいるわ」
「当然よ。これくらい。バカにしないでくれないかしら」
だが、それに気づく様子のない
「――ついでに言うと、大穴は小野寺
「……そう。じゃ、これも知っているわよね。今回の武術トーナメントでは、誰が優勝するかの賭けが非公然と行われていることを」
「――もちろん知っているわよ。アタシは参加してないけど。もし賭けるとしたら、アタシは海音寺
「――そうなんだ。それはよかったわ。あなたとカブらずに」
「――なによ。アンタは賭けてるの? 平崎院
「――いいえ。でもこれから賭けることにするわ。小野寺
『ええっ?!』
「――ちょ、アンタ、バカじゃないのっ! 上限額までって言ったら、士族の一ヶ月分の収入金額じゃないっ! しかも賭けるのは小野寺
「――だからおもしろいんじゃない。ギャンブルっていうのは」
「――だからって、優勝する見込みがまったくないヤツに賭けるなんて、どこからそんな自信が湧いて出てくるのよ」
「――それじゃ、アナタは湧かないんだ。海音寺
「……なんですって」
今度は明美が語気を荒げる番となる。
「――ちがうというのなら、アナタも賭けに参加したら? 別に一人だけに絞らなくてもいいわよ。複数でもかまわないから。こっちは
「――上等だわっ! アタシも賭けに参加しようじゃない。それじゃ、アタシは海音寺
「……一人には絞らないんだ……」
「――これで賭けは成立したわね。もし
「――いいわ。けどこっちが勝ったら、大々的にそれを喧伝するからね」
「……い、いいの、
「――大丈夫です。仮に
「――むむ、それは気がつかなかった」
「――そういえば、下村が上げた大穴五人組は、観静が
「……ええ、なんだか未知数な人もいますので……」
「――よし、ならこのワタシもこの賭けに参加しよう。浜崎寺
「――それじゃ、アタシは猫田
「――ええっ?!
「――あら、いいじゃない。これだからギャンブルはおもしろいって言ったのは
「――うむ。これぞギャンブルの醍醐味。ではさっそく賭けに行くとするか」
「……一応言っておきますけど、賭けに負けても勝った人を恨まないでくださいよ」
――午後一時五分分前。
陸上防衛高等学校のグラウンドに設置された簡易組み立て式の試合会場は、大方の予想通り満席となった。
その人数は優に五千人を超えていた。
そのほとんどは十代の少年少女である。
学園都市国家の一面のある超常特区において、学園祭に次ぐイベントを楽しむために集まった、その住人たちである。
「――さァ、ついに始まろうとしています。第五回武術トーナメント。陸上防衛高等学校に在学している各学年の生徒たちが熱いバトルを繰り広げる、七月の熱い夏にふさわしい熱い大会。実況は陸上防衛高等学校歩兵科二年の
「――同じく解説の
リスを思わせる小柄な少女と、巨人さながらの大柄な少女は、闘いの舞台となる試合場間近の実況席で、それぞれ自己紹介する。
「――そして、ゲストには、陸上防衛高等学校の実技担当教諭の武野寺
「よろしく」
「よろしくね、二人とも」
紹介にあずかった二人の女性教師も、それぞれ応じて一礼する。
四人の生徒の教師は、左から見て、実況の
「――さァ、今大会も無事開催を果たしましたが、最初の一年生の部ではいったいどの出場選手が優勝の栄冠を手にするのでしょうか。ゲストの武野寺先生の予想は?」
「――それはもちろん、海音寺
「――おお、軽く断言しました。両名の指導を担当しているだけあって、信憑性の高い予想ですが、その理由は?」
「――海音寺|家は戦国時代から続く名門の士族で、それにふさわしい実力を海音寺
「なるほどなるほど」
「――そして、平崎院
「――おー、これはこれは、ほとんどベタ褒めというべきですね。それだけ両名を高く評価していると」
「――はい。ゆえに、どちらが優勝してもおかしくはありません。ここだけは私でも予想がつきません。ですが、両名以外に対抗馬が存在しないのも確かです」
「――果たしてそうかしら?」
そこへ、もうひとりのゲストが異論を唱える。
多田寺
「――優勝がこの両名しか考えられないというのは、いささか早計だと思うわ、私は」
「――と、言いますと?」
「――陸上防衛高等学校の関係者なら、知らない人はいないはずよ。先日解禁されたばかりの『氣功術』の存在は」
その言葉に、実況席の一同はハッとなる。
「――これの会得次第では、たとえ大穴の選手でも優勝候補の選手に勝つこともあり得なくはないわ。生徒たちの世代にとっては未知の力だけど、それだけにどんな資質を秘めているか、私たち教師すら見当がつかないのも確かよ。なにせ新型だからね」
「……多田寺先生の予想はあながち間違ってはないけど、それは女性選手にかぎるわ」
「――それはどうしてですか、武野寺先生」
「――解禁された新型の氣功術は、旧来の氣功術と同様、男性より女性の方が適性が高いからよ。だから、男性の出場選手は一、二回戦でのきなみ消えるわね」
「――なるほど。その点に置いては、男性選手は不利ですね」
「――でも、どうして男性よりも女性の方に氣功術の会得の適性が高いのですか?」
二階堂
「――一説には、男性にはない器官が氣功術の会得に適しているからというのがあるわ」
多田寺
「――その器官というのは?」
小倉
「――子宮よ」
「――あァー。なるほどなるほど。なんとなくわかります。女性にとって出産はとても苦しいみたいですからねェ」
「――オトコには絶対にわからない苦しみよ」
武野寺先生が断言すると、
「――それでは、一年生選手の入場です――」
武術トーナメントの司会者である男性のアナウンスの声が、スピーカーと通して会場中に響きわたった。
「――おっと、ここで一年生選手の入場です。ゲズトの先生二人の解説に傾聴しすぎて、開催時間になったことに気づきませんでした。実況役としてまことに申し訳ございません」
「――こちらも、解説役をおおせつかったにも関わらず、ほとんどゲストに解説を任せてしまって申し訳ございません。おそらく、今後もゲストに丸投げするでしょう」
小倉
二五メートル四方の試合場に、ディティールの異なる野戦用戦闘服を着た十六人の出場選手たちが次々と上がり、実況席に向かって横一列に並ぶ。その背後には大きなトーナメント表の掲示板が立てられている。左から十六人分が番号がふられてあるが、その下の出場選手名の枠はまだ空欄である。それはこれから埋められていくのである。
大会運営のスタッフが用意したクジ引きで。
クジを引く順番は事前に実施したジャンケンで決められているので、完全なランダムである。
十六人の出場選手たちは次々とクジを引き、その都度トーナメント表の出場選手名の枠が埋まる。そして、最後の一人を待たずに、トーナメントの組み合わせは決定した。
左から順に――
一回戦第一試合、平崎院
一回戦第二試合、
一回戦第三試合、
一回戦第四試合、浜崎寺
一回戦第五試合、海音寺
一回戦第六試合、猫田
一回戦第七試合、
一回戦第八試合、小野寺
――となった。
「――おォーとっ! なんということでしょうか。出場選手の性別の内訳が同じ人数の八人だけでも奇遇だというのに、一回戦の
小倉
「――単純に考えれば、男子と女子、どちらか武術で優れているかを証明するための組み合わせでしょうね。まさしく、神の啓示としか思えません」
武野寺先生がしたり顔で解説するが、
「――残りの二組が同性対決なあたり、作為的なものを感じさせるけど。八組全部だとさすがにあからさますぎるから」
「――スタッフはちゃんと仕事しているのかしら」
多田寺
「……………………」
「――では、第一試合に出場する選手以外はあちらの控室でお待ちください――」
司会者の指示に、十四人の出場選手は試合場からぞくぞくと降りる。
「――決勝まで勝ち上がれよ。絶対に。そこですべての決着をつけてやるぜ」
その際に、海音寺
「――海音寺|さんは自分がどうやって決勝まで勝ち上がれるかだけを考えていなさい。こちらの心配は無用ですから」
それに対して、平崎院
視線は一回戦の対戦相手に注がれているが、それはあわれむような眼差しであった。
「――けっ。それはこっちのセリフだぜ」
そうしている間にも、試合場にあったトーナメント表などの物は場外に片付けられ、そこに残されたのは二人の出場選手と女性教師の審判だけとなる。
「――それでは、あらためてルールを説明します」
実況の
「――武器は
「――実戦では武器の一撃を身に受けたらたやすく命を落とすので、どちらか一本を先取した時点で試合終了となるのがこれまでの大会ルールでしたが、九日前の解禁された新型の氣功術は、旧来のそれと同様、その常識をひっくり返すほどの力を発揮しますので、今大会からは廃止となりました」
解説の
「――ゆえに、一瞬や一撃では終わらない、白熱した試合展開が期待できます。さァ、いよいよ始まります。第五回武術トーナメント。一年生の部。一回戦第一試合が――」
試合場にて、審判を挟んで対峙したからである。
平崎院
それぞれの右手には
しかし、その端末からはまだ青白色の光を放つ打撃部分が出ていない。
それは試合開始の合図を審判が上げてからである。
これも大会のルールとして決まっている。
「――平崎院
「――それでは、お互い、礼――」
陸上防衛高等学校の女性教師でもある審判が儀礼的な声を上げてうながす。両選手はそれにしたがい、一礼する。
「――構え――」
それに続いて言った審判の指示に、両選手はそれぞれの態勢を取る。
平崎院
そして――
「――始め!」
一拍を置いてから上げた審判の声に、両選手は
平崎院
「……やっぱその
控室であるプレハブの窓から試合を見物している龍堂寺
「――
その右隣にいる鈴村
「――それを確認するためにも、この闘いは参考になるはずです。平崎院さんの相手も
先にしかけたのは平崎院
リーチが相手より長い以上、当然である。
それに対して、
だが、
「――おォーとっ! 踏んばっている、向井寺選手っ!
実況の
「――向井寺選手も錬氣功を使っているようです。解禁されてから日が浅い氣功術なのに、大したものです」
解説の
「――ですが、平崎院選手ほどではありませんね」
しかし、ゲストの武野寺先生はそっけない口調で言い捨てる。
「――素の膂力では男性の方が上のはずなのに、女性相手の力くらべではまったくの互角。氣功術の力量や技量も互角なら、この展開はありえません。これは、平崎院|選手の方が氣功術の使い手として上であることのなによりの証左です」
「――やはり、氣功術の体得は女性向きというわけですか。新旧問わず」
「――その通りです、
解説とゲストがそのようにやり取りしている間に、試合場で繰り広げられている綱引きは、だが、早々に終了する。むろん、平崎院
「――当然の判断ですね。互角である以上、このまま引っぱりあっていてもいたずらに氣を消耗するだけ。特に、この大会のようなワンデイトーナメントで消耗戦に突入するのは悪手もいいところ。たとえそれで勝利しても、次戦では必ずそれがひびきます」
この解説はゲストの多田寺先生のものである。
両選手はそれぞれの得物で構えたまま対峙する。
どちらも、試合の開始線から一歩も動いていない。
「――ここまでは想定内の展開ですね、
「――せやな、
「――ですが、問題はここからです。どうやってカマイタチのような相手の鞭をかいくぐって剣の間合いに入り込むか」
「――ワイなら――」
と、そこまで
空気を裂く音を立てて襲いかかる光の鞭。
先程まで繰り出していたそれと同じ攻撃である。
しかし、防御態勢に入った向井寺選手は、その攻撃を防御するだけにとどまらなかった。
光の鞭を受け止めると、同時にそのままはじき返したのだ。
相手に向けて。
「――ムダよ、そんなことをしても。相手が光の鞭を消せば、自分で自分の鞭を受けることはないわ――」
「――いえ、逆にチャンスです」
「――せや。これがワイなら――」
それに
「――この隙に相手との間合いを詰める」
向井寺は
相手が一度消失させた光の鞭が再出現するまでの隙を突いて。
この行動に実況や観客が意表を突き、控えの選手たちや解説も感嘆を受ける。
「――一度消した
ゲストの武野寺先生が解説するその口調に驚き危機感のひびきが宿る。
向井寺は相手との距離を剣の間合いまで縮めていた。
平崎院は
向井寺の横薙ぎが、平崎院の胴を払った。
青白色の光跡がその軌道を水平に描いた。
「……終わった」
「――ええ、終わったわ」
多田寺先生がオウム返しに言うと、
「――向井寺選手がね」
武野寺先生が続ける。
錬氣功で底上げされた胴薙ぎの一刀を受けた平崎院は、だが、倒れるどころか、よろめきすらせずに、勝利を確信した隙だらけの向井寺の脳天に
錬氣功を込めた両手唐竹であった。
向井寺はうつ伏せに倒れたまま動かない。
右手にある
「――それまで」
そこへ、審判が試合終了の合図の声を上げる。
「――勝者、平崎院
この宣言に、観客は最初こそ沈黙していたが、状況を理解すると、次第に拍手喝采の大歓声が会場中に沸き上がった。
「――平崎院選手の勝利です。胴を薙ぎ払われた時はヒヤっとしましたが、何事もなかったかのように平然と反撃し、向井寺選手を倒しました。しかし、どうして胴薙ぎを受けたにも関わらずまったく堪えてないないのでしょうか」
実況の
「――『硬氣功』を使ったからよ」
それに答えたのは武野寺先生である。
「――硬氣功はその名の通り、皮膚を硬化させる氣功術のひとつ。使い手の練度によっては、刃物はもとより、銃弾すら通用しないほどの防御力を発揮します。
そして、答えたついでにベタ褒めする。
「――さァ、続きまして第二試合。
実況のアナウンスを背に、一回戦を勝利した平崎院
「――見せつけてくれるじゃねェか」
海音寺
「――その気になれば、相手の接近は元より、硬氣功を使わなくても勝てたのによォ」
「――それはそうですとも。華族であるわたくしが陸上防衛高等学校に入学したのは、軍事においても士族には劣らないことを証明するためなのですから。である以上、それにふさわしい、美しい勝ち方をしませんと」
「――大した自信だな。その鼻っぱし、このオレが絶対にへし折ってやるぜ」
一方、因縁の相手である二人から存在を忘却された龍堂寺
――こうして、切り結んだ合数はすでに三〇を越えていた。
(――くっ、しゃーない。できれば二回戦までとっておきときやかったんやけど――)
相手の剣撃をしのぎながら、
両者は至近でにらみ合ったまま両手を上げている。
片方は
もう片方は掴んだ相手の両手首を押し上げようと。
第一試合で繰り広げられた力くらべは、第二試合でも形を変えて行われていた。
しかし、それも長くは続かなかった。
両手を離した
(――よし、効いてる。これなら――)
内心で判断した
余裕という笑みが。
「――おォーとっ! これはどういうことでしょうか。さきほどまで龍堂寺選手と互角の死闘を演じていた
今度は
「――勝負あったな」
「――そこまで。勝者、龍堂寺
続行不可能と判断した審判は、その時点で試合を終了させて宣言した。
両者は一度開始線に戻って互いに一礼すると、片方は重い足取りで、もう片方は軽い足取りで、それぞれ、同じ控室の別々の出入口に入って行った。
「――おめでとうございます。
「――おめでとう。龍堂寺くん」
「――おおきに、お二人さん」
勲もまた笑顔で応えるものの、
「――せやけど、できれば二回戦まで温存しておきたかっで」
そうつけ加えると、笑顔に翳りが差す。
「――『封氣功』、ですか」
相手の氣功術を封じる氣功術の名を、
「――せや、
「――でも、かといって――」
「――わかっとるわ、鈴村。それでも平崎院と
けわしい表情と口調で言って腹をくくる
「――あのー、龍堂寺警部」
そこへ、親しげな口調で、だが、聞き知っている声を背後からかけられる。
「――おおっ、保坂やないか」
警察官として職務を遂行している時は色々とこき使っている部下の一人の名を、
「――そういえばおまいも出場してたんやっけ。今まで自分にかまけておったから、なかなか声をかけられへんかった。すまへんな」
「――この
「……いえ、僕も今まで気づきませんでした」
「――せやけど、なんでおまいもこの大会に出場するんや。ワイと
「――たいした理由ではありません。警部が出場すると聞いたら、自分も触発されて出場したくなっただけなので」
保坂
「――おお。嬉しいこと
「……い、いえ、そんな……」
「――でも大丈夫なの。この大会、生半可な実力じゃ惨敗するわよ」
「――大丈夫です、鈴村さん。これでも自分なりに修練を積みましたから。氣功術も会得しましたし」
保坂
「――あ、ボクが出る試合です。それでは、行ってきます。龍堂寺警部」
「――おう。あんじょうきばりや」
こうして、保坂
「……ま、負けまし、た……」
という言葉を
「――医療班、ただちに復氣功をっ!」
大会の運営スタッフが、駆けつけて来たその集団に指示をくだす。
「……うん、負けちゃったね……」
治療をほどこす有様を見やりながら、
「――でも、善戦はしていたと思います。少なくても惨敗というような内容ではありませんでした」
その隣で、
「――せやけど、あえて敗因を挙げるなら、やはり得物と地力の差やな」
しかし、
「――やはり、この大会に出るべきやなかったな。無茶しおおってからに……」
「……でも、保坂くん以上に出させるべきじゃない選手がいるわ……」
「……それでは、行って、きます……」
浜崎寺
『……………………』
三人は無言で見送ったが、それは必ずしも本意ではなかった。今でも
一方、
「――ふんっ。よくもまァ出場できたものだなァ。実戦訓練でのあの
「……ワタシ、武術トーナメントに、優勝、する。立派で優秀な軍人に、なる、ために……」
「――お前、それしか言えねェのかよ。オレたちがイジメ《あんなこと》をしている時でさえもそうだったけど、お前になれるわけねェだろ。つーか、なって欲しくねェぜ。てめェのような士族の恥部は。小野寺にしたって同様だぜ。ヤツのデマ通り、専業主婦に志望を変えたらどうだ。オンナらしく」
「……イヤだ。ワタシ、軍人に、なって、この国を、守る……」
「――けっ、頑固なヤロウだ。そこだけは男勝りだぜ」
「――オレはこんなところで足踏みしているわけにはいかねぇんだよ。あの海音寺に借りを返して、失墜したオトコの尊厳を取り戻さなけれりゃならねェんだ。この武術トーナメントで優勝することでな。だがてめェに勝っても、当然の結果だから、氣功術なんか使わずに瞬殺してやるぜ」
「――私語は慎みなさい。試合開始前よ」
審判の注意を受けて、両者は口を閉ざす。
「――さァ、一回戦も第四試合まで進みました。
「――けっ、なにが名門だ。多勢で一人をイジメるような
実況の声を聞いて、引き合いに出された海音寺家の子女は吐き捨てる。
「――それに対して、浜崎寺
(――身の程知らずとも言えるわね。小野寺と同様――)
武野寺先生が内心で教え子をこきおろす。むろん、教師としてそんな事はさすがに口には出せないが。
「――両者、互いに、礼。――構え――」
両選手は審判の指示にしたがい、構える。
浜崎寺
「……アカン。やっぱ槍相手に剣は無理や。保坂もそれで負けたようなものやし」
それを見て、
「――剣で槍に勝つには槍の使い手のその三倍の技量を要すると言われてますからね」
そう語る
「――ですが、一度剣の間合いに入るか、もしくは槍の柄を掴んで封じれば、勝機はあります。リーチの長さがアダとなって」
「――始めっ!」
試合開始の号令と同時に、
青白色の
浜崎寺
右脇腹を突かれ、コマのように回転しながら床に倒れる。
「――ふんっ! 他愛もない。虚弱なオンナのくせに出場するからだ」
数秒を置いてから吐き捨てた
『おおぉ~っ!』
観客席から上がった感嘆の声を聴いて、その足を止める。
そして、
青白い刀身の切っ先を相手に向けて。
「――
審判の注意を受けて、
「――なんだよ。今ので終わりじゃねェのかよ」
「――いいから寝てろ」
そして、これもまた面倒くさそうに
今度はかろうじてながらも躱しきるが、続いて突いてきた二撃目は無理であった。
|左肩にもらい、たたらを踏む。
だが、今度は倒れなかった。
震える身体で
「――チッ。しぶてェヤツだなァ。虚弱なオンナのくせに」
今度は舌打ちした
「――素直にオネンネしてりゃ楽になれるのに。そんなに喰らいたいのかよ。ぞれじゃ、遠慮なく喰らわせてやるぜっ!」
それ混じりに咆えた
それに対して、
「――ふう~っ。やっと終わったぜ……」
全身を震わせながら。
そして、
「……………………」
その姿をみて、
「~~いい加減にしろってんだァッ!!」
叫び声とともに、
「……イヤ、もう見てられないわ……」
手も足も出ない
「――もう十分やっ! はよ降参しろっ! これ以上はシャレにならんっ!」
何度も何度も。
「……目が、死んでない……」
――そして、試合開始から三〇分が経過した。
「――なんということでしょうか。まだ決着がつきません。浜崎寺選手の、力尽きそうで力尽きない驚異的な粘りに、試合は終わる気配がありません。いったいどこにそんな力があるのでしょうか」
「――常識的に考えて、硬氣功か復氣功、あるいはその両方の氣功術を併用しているというのが妥当だけど……」
「――だとしても、これは異常すぎるっ! 旧来の松岡流氣功術の使い手でさえ、ここまで打たれ強くなんかなれないわっ!」
武野寺先生がさけぶように声を上げる。多田寺先生さえも、理解不能な状況に対して合理的な説明ができないでいる。
「――あァーとっ!
「――当然よ。断続的とはいえ、三十分も
「――氣や精神エネルギーもね」
多田寺先生が真剣な表情と口調でつけ加える。
「……はぁ。ハァ。なんで、立ち、上がれ、るんだ……」
一方、浜崎寺
相変わらず身体は震えているが、それは元々なのか、これまで受け続けた相手の攻撃の結果なのか、傍から見ても判断がつかない。いずれにしても、試合開始前と同じ状態のように見えるのはたしかである。
「……ダメージ、が、ない、はず、は、ない、のに、どう、して……」
実戦訓練で見せた鈴村
試合開始前の
唐竹の一撃が、
そして、動く気配はなかった。
「――勝負あり、勝者、浜崎寺
そのように判断した審判は、勝者に対して声と手を上げた。
「……………………」
しかし、会場は静まり返っている。手汗をにぎる闘いを期待していた観客にとって、この一回戦第四試合は、これまでの試合に反して、地味でつまらない闘いであった。敗者が延々と一方的に攻撃し、息切れしたところを勝者に一撃で倒されただけなのだから。勝者がおぼつかない足取りで試合場から降りると、ようやく散発的な拍手が上がるが、お情けで送っている感じが満載だった。
「……えー、勝ちました。浜崎寺
実況も困惑気味に淡々としていて、盛り上がりに欠ける。
「……けど、二回戦は闘えないでしょう。あそこまで泥沼の消耗戦をしては、おそらく……」
ゲストの武野寺先生も淡々と解説する。
「……か、勝ちまし、た……」
千鳥足で控室に戻ってきた
『……お、おめでとう……』
と、これもありきたりな祝辞のセリフを二人は述べる。むろん、これも困惑気味に。
「――おめでとうございます。浜崎寺さん」
しかし、それに遅れて続いた小野寺
「……あ、ありがとう、みなさん。二回戦も、がんばり、ます……」
「……出るんかい、二回戦も……」
「……もちろん、出ます……」
だが、
(――もしかしたら、決勝で当たるかも――)
内心ではそんな予感を抱きながら。
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