第3話 武術トーナメント優勝への道と突破口

 ――こうして、六人の少年少女は、猫田有芽ユメが言った指定の日時と場所に集合した。

 ……はず、なのだが、


「……本当にここなの?」


 言いだしっぺである本人に、リンは確認の質問をする。

 眉間にしわをよせて。


「――うん、ここニャ」


 それに答えた有芽ユメの表情は、咲いた花のように笑顔満面であった。


「――今日は特別にアタイたちの貸し切りにしたニャ。ここはアタイがひいきにしてるとこニャから、オーナーにも顔が利くんニャ」

「……イヤ、そないなことを聞いてるんやないんやけど……」


 イサオも沈痛な面持ちで言う。それを聞いて、有芽ユメはいぶかしげな表情になる。


「――なにが不満なのニャ。練習器具やリングだってこの通りそろっているのに。人だっていニャいし」

「……でも、代わりのが、いるわ。それも、大勢……」


 ゆいが震える声と手でそれを指さす。


「――いったいどれニャ?」


 いまだに気づく様子のない有芽ユメのセリフに、アイがついに爆発した。


「~~まだわからないのっ! アタシたちが言いたい事っ!」

「……ニャにが言いたいのニャ? はっきり言うニャ」

「――じゃ、言わせてもらうわっ!」


 アイは大声を出して前置きすると、大きく息を吸う。


「――なんで鍛錬教室トレーニングジムにこんなに大量のネコがいるのよっ!」


 アイの叫びは、だが、足の踏み場もないほどに埋め尽くされている様々な種類のネコの鳴き声の大合唱にかき消された。


「――どのネコもかわいいですねェ」


 勇吾ユウゴが率直な感想を述べるが、


「……空気と話の流れを読めや、勇吾ユウゴ


 イサオにツッコミを入れる形で注意される。それをよそに、有芽ユメは話を続ける。


「――ニャにを言うか。邪魔あつかいするなんて失礼ニャ。これでも猫式武闘術の師匠と弟子たちニャンだから」

「へェー、すごいですねェ」

「オイ信じるなや……」


 こちらはこちらで勇吾ユウゴイサオの漫才も続いている。


「――とにかく、こんなにもいたら練習もできないわ。なんとかしてちょうだい」


 リンが至極まっとうな要求をするが、


「イヤニャ!」


 有芽ユメは拒絶する。


「このコたちはただのネコじゃないニャ。アタイの家族ニャ。超常特区ここに来てホームシックになっていたアタイの心を、家族のように癒してくれたんニャ。その仲を引き裂くようなことを言うなんて、なんて冷酷なヤツニャんだ」


 それもかたくななほどに。


「――猫田さんってホントにネコ好きなんですね」


 また述べた勇吾ユウゴの率直な感想を、有芽ユメは肯定的に受け取る。


「そうなんニャー。アタイほどネコ好きな人間はそうそういないニャ。髪型や口調までネコっぽくする人間なんて」

「……わたしは、きらい。猫アレルギー、だから……」


 ユイが苦しげにその旨を述べるが、有芽ユメは聞いてはいなかった。


「――さァ、来るニャ。愛しきの家族たちよ。アタイのところへ」


 両腕を広げて手招きする有芽ユメの声に、鍛錬教室トレーニングジムのあちこちでくつろいでいたネコたちがピンと両耳を立てて声の主に振り向き、一斉に駆けだす。

 天使のような表情でネコたちを迎える猫田有芽ユメに向かって。

 一瞬、鍛錬教室トレーニングジムが、天国のお花畑の草原のように、誰もが見えた。

 別に幻視のマインドウイルスを注入されたわけでもないのに。

 そして、鍛錬教室トレーニングジムのネコたちは|ネコ好きの有芽ユメに群がった。

 牙や爪を、有芽ユメの全身に余すところなく立てて。


「いたい痛いイタイいたい痛いイタイっ!」


 有芽ユメは激しくのたうちまわる。

 天国のお花畑の草原に見えた光景は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図に激変した。


「……ネコは好きでも、ネコには嫌われてるのね。あなた……」


 リンは冷静とも茫然ともつかない表情と口調で指摘する。


「――そっ、そんなことニャいニャ。こっ、これはテレ隠しの愛情表現ニャ。ツンデレなんニャ。ほっ、本当は好き好きニャンだ」


 有芽ユメは傷だらけになりながらも必死に否定するが、


「……ずいぶんと血のにじむような愛情表現ね……」


 リンと同じ表情と口調で述べたアイの感想と有芽ユメの状態のどおり、説得力は絶無であった。


「――ネコに好かれとるっちゅうのは、ああいう状態をさすんやないか」


 イサオが指さした先には、有芽ユメとは別のネコの一集団が一人の人間に群がっている姿があった。

 むろん、牙や爪を立てずに。

 そのネコたちは、かわいいとしか形容のしようがない鳴き声を上げながらすり寄り、全身を使ってこすりつける。

 その人になついている、なによりの証拠である。

 猫田有芽ユメと同様、全身がネコの身体で埋め尽くされていた。


「……いいなァ。そんなになつかれて。僕には一匹もなついてこないのに……」


 勇吾ユウゴは心底うらやましがるが、うらやましがれた方はちっとも嬉しくなかった。

 なぜなら、ネコがなついたのは、猫アレルギーの持ち主の上にネコが嫌いな人種の人間だからである。

 すなわち、浜崎寺ユイに。


「……や、やめて。近寄ら、ない、で……」


 ユイは今にも死にそうな声でネコから逃れようとする。とはいえ、いつも死にそうな声でしゃべるので、どの程度死にそうなのか、外観からではまったく判別がつかない。感覚同調フィーリングリンクしてもその苦しみが全然伝わってこないので、それでもわからないのだ。


「――それにしても皮肉やな。ネコ好きなヤツがそのネコに嫌われとる一方で、ネコ嫌いなヤツがそのネコに好かれるやなんて」


 イサオが腕を組んでしみじみと述べる。


「――ホントよね。これが逆なら良かったのに」


 アイも深々とうなずきながら同意の言葉を述べる。


(――まるで小野寺勇吾ユウゴみたいな事象ね――)


 リンは糸目の少年を凝視しながら内心でつぶやく。エスパーダを装着しているのに、あやうく忘れるところであったが、ここへ来たのは武術トーナメントに向けて特訓するためなのである。その大会でいい成績を残すには、各々の課題をクリアしなければならない。そして、小野寺勇吾ユウゴがクリアすべき課題は、その多さと、目標が優勝なだけに、他のだれよりも難易度ハードルが高いのだ。果たして腹案があるのか、のんきにうらやましがる本人を凝視しているうちに、リンの懸念は増大する一方であった。




「――要するに、氣功術の基本は呼吸法にあるのね」


 アイリンから聞いたその説明をそのように要約する。

 鍛錬教室トレーニングジムからなんとかネコたちを一掃した六人の少年少女たちは、解禁されたばかりの氣功術に関する情報をA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークから仕入れていた。それまでは存在の事実しか記されてなかったそれが、これからは会得の方法も国家公認の元で公開することが法律で許されるようになったのだ。だだし、それはあくまでも安全に改良された新型の氣功術だけであり、命を落とす危険の高い旧来の松岡流氣功術は、これまで通り伝授や会得は禁止されている。


「――ええ。氣功術は呼吸によって体内の『氣』という生命エネルギーを活性化させて練ることで、様々な種類の氣功術を使うことができるの。だから効果の高い氣功術を身につけるには、肺活量と、全身にめぐらせてある『氣脈』という『氣』の伝達効率を高める必要があるのよ」

「――なるほど。精神を鍛えれば向上する超能力とは全然ちがうんやな」


 イサオは手を打って納得する。


「――そう。そして、エネルギー源もね」


 リンは補足する。今回の特訓に参加した、武術トーナメントの出場メンバーの中では、唯一参加しないので、ごく自然に、本日から解禁された新型の氣功術についてレクチャーする役を担うこととなった。本来なら陸上防衛高等学校の実技担当の教師の役割なのだが、本日は実技の授業がなく、また、武術トーナメントの開催まで待ち切れないので、自主訓練トレーニングの形でこうして特訓することになったのである。


「――でもリンさん。肺活量はともかく、『氣脈』はどうやって高めればいいのですか? どの氣功術の記憶掲示板メモリーサイトにもそれが記載されてないのですが」


 次に小野寺勇吾が質問する。


「――残念だけと、本人の資質次第以外には、効果がいまいちな瞑想しかないわね。それ以外は松岡流氣功術に属する方法だから、それで高めるのは法律で禁止されているわ」

「――つまり、それも命を落としかねん方法やったっちゅうわけやな。どんだけ危険なんや。松岡流氣功術は」


 イサオはドン引きに似た表情で感想をつぶやく。


「……それだけ、会得、したかったんだと、思う。当時の、女性、たちは……」


 ユイが震える声で推論を述べる。鍛錬教室トレーニングジムからネコを追い出したので、とりあえず猫アレルギーは収まったはずなのだが、相変わらず顔色は悪く、今にも死にそうである。これまでに何度も自重をうながしたのだが、本人はかたくなに拒絶するので、しかたなく特訓に加わえているのだ。こちらのあずかり知らぬところでなにかあったら目覚めが悪いので。


「――それで、まずはニャにから始めればいいのニャ」


 全身傷だらけの有芽ユメが質問の声を上げる。


「――リミッターの呼吸法の会得ね」

「――リミッター?」


 アイが首をひねると、リンは説明する。


「――さっきも言ったように、旧来の氣功術の会得や使用は命を落としかねない危険な代物よ。だから、だれにでも安全に会得や使用ができるようにするには、ここまで『氣』を使ったらこれ以上は危険だから強制的に使えないようにする、一種の安全セーフティー機能を設けた呼吸法と身体づくりをする必要があるの。これを完璧に会得し、使用しないことには、氣功術それ自体が使えない仕様になっているわ。新型の氣功術は」

「――一周目時代にもあった柔道の受け身みたいなものですね。まず最初に教えるのはそれですし、それが下手だとケガをしてしまいますから」

「――さすがユウちゃんっ! 小野寺流総合武術道場の跡取り息子であると同時に、須佐十二闘将の一人なだけのことはあるわっ!」


 アイが中二設定をまじえて絶賛する。だが、当の本人である小野寺勇吾ユウゴはあまり嬉しくない様子である。


「――よし、それじゃ、さっそく始めるニャ」


 ボクシングリングの上に座っていた有芽ユメが、気合の入った声を上げながら勢いよく立ち上がる。


「――まずはリンが言うた通り、リミッターの呼吸法の練習や」


 それに遅れて、あらためて言ったイサオを始めとする他の四人も続々と立ち上がる。


「――あ、待って、勇吾ユウゴ


 そこへ、コーナーポストに背を預けていたリンが制止の声をかける。


「――あなたはいいわ。氣功術の会得は」

「――どうしてですか?」

「……どうしてって、アンタ、相手が一歩踏み込んできただけでビビッて動けなくなるほどの臆病者チキンなんでしょ。それをどうにかしないことには闘いにすらならないじゃない。だからまずは実戦訓練よ。氣功術の会得はそれから。相手はアタシがするわ」

「えっ?! リンちゃんがユウちゃんと闘うのっ!?」


 それを聞いたアイが驚きの声を上げる。


「……だいじょうぶなの。ユウちゃんと闘っても。リンちゃん工兵科の生徒なのに……」


「――それを言ったらイサオだって憲兵MP科でしょ。それに、実際の試合のように闘うわけじゃないわ。相手がせまって来ても、萎縮せずにキチンと対応できるだけの勇気と胆力をつけるのよ。でも、その相手がアイちゃんですら無理なのは、昨日の実戦訓練で明らか。まずはアイちゃんよりも素人なアタシから相手になるのが順序ってものだわ」


「――せやけどホンマにそれで度胸がつくんか、残り九日で。おまいならともかく、海音寺が相手やと、迫力の差があり過ぎて、勇吾ユウゴでなくてもビビるで」


 イサオが懸念を示す。


「――しかたないでしょ。他に方法がないんだから」


 リンは不機嫌そうに応じるが、実は他に方法がないわけではない。

 『精神体分身の術アストラル・アバター』である。

 それで作った精神アストラル体で武術トーナメントで闘うのだ。

 精神アストラル体なら、本体である小野寺勇吾ユウゴ自身が闘うわけではないので、度胸は要さない。それは先々月の連続記憶操作事件で証明されている。

 これを身代わりに武術トーナメントで闘うのなら問題はないのだ。

 超心理工学メタ・サイコロジニクス製の武器の使用が必須でなければ、だが。

 よく考えたら当然である。

 光線剣レイ・ソードやエスパーダといった超心理工学メタ・サイコロジニクス製の武器やツールは、使用者の精神エネルギーを消費する。精神体分身の術アストラル・アバターで作られた精神アストラル体で、これらの武器やツールを使用したら、精神アストラル体の形態の保持が困難になってしまうのだ。使えば使うほど。長期戦になればその発覚は必至である。むろん、精神アストラル体に氣功術は使えない。肺や気脈など存在しないのだから。

 とはいっても、精神体分身の術アストラル・アバターの使用自体は規則ルール違反ではない。規則ルール違反なのは、精神アストラル体だけ闘いの舞台において闘うことである。ゆえに、精神体分身の術アストラル・アバターを使って闘いたいのなら、本体も闘いの舞台に上がらなければならないのだ。


(――けど、それはそれでマズいのよねェー――)


 一見、それなら問題なさそうに思えるが、小野寺勇吾ユウゴにとっては非常に問題があるのだ。

 なぜなら、『ヤマトタケル』の正体が自分だと看破される可能性が高くなるからである。

 それも飛躍的に。

 戦闘向きの能力ではないとはいえ、精神体分身の術アストラル・アバターの使い手は非常に少ない。しかもその使用中は使用者である本体の意識が喪失する。戦闘向きではないゆえんだが、それに加えて、その弱点を補うために『並列処理マルチタスク』という、これも使い手の少ない超脳力を併用したら、看破される可能性がますます高くなってしまう。先々月の連続記憶操作事件で、『ヤマトタケル』がそれらを駆使して闘った見聞記録ログが、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークに拡散している以上、そのスタイルで闘うのは自殺行為に等しかった。『ヤマトタケル』の正体を隠しているのも、武術トーナメントに出場して優勝を狙っているのも、すべては専業主夫になるためなのだから、そのスタイルで闘って優勝してもまったくの無意味であり、本末転倒なのである。ゆえに、『ヤマトタケル』を彷彿ほうふつとさせない、『小野寺勇吾ユウゴ』独自の戦闘スタイルで武術トーナメントを戦い抜き、優勝しなければならないのだ。

 なのに……


(……その戦闘スタイルの確立はおろか、相手が一歩踏み込んで来る、その迫力だけで闘えなくなる臆病チキンぶりを克服するこの方法すらとても確実とは言えないのに……)


 リンは頭痛と眩暈めまいのワン・ツーパンチにさいなまれる。今に始まったことではないが、考えれば考えるほどそれらが悪化する。どうしてここまで自分が苦しまなければならないのか。正直ぶっちゃけ本人に問いただしたいところだが、その本人は自分の正体がリンにバレている事実を知らないので、わざわざ知らせるわけにはいかなかった。リンに正体がバレている事実を知ったら、平静を保っていられるどうかはなはだ怪しいので。


「――あら、こんなところで特訓していたのですか、みなさん」


 上品だが優越感に満ちた口調の声が、鍛錬教室トレーニングジムにいる者たちの鼓膜をつついた。

 一同は声のした鍛錬教室トレーニングジムの出入口に視線を向けると、艶のあるストレートロングの少女がそこに佇んでいた。


「――あなたは――」


 アイが声を上げる。むろん、アイに限らず、陸上防衛高等学校の生徒なら大抵は知っている少女である。

 華族でありながら陸上防衛高等学校に首席入学を果たした歩兵科一年の平崎院ひらさきいんタエである。


「――なにしに来たのよ。ここは高貴な淑女が来るところじゃないわ。こっちは武術トーナメントに向けていそがしいんだから」


 リンが非友好的な表情で退室を要求すると、


「――ずいぶんと失礼な言い草ね、平崎院さまに対して」

「――ショッピングモールで色々と買い物していたら、たまたまこの鍛錬教室トレーニングジムにいるアンタたちの姿が目に止まったのよ。なのになにその態度」

「――光栄に思いなさい。平崎院さまがこんな薄汚い鍛錬教室トレーニングジムに足をお運びになるなんて、滅多にないことなんだから」


 嫌悪に満ちた声が、平崎院タエの背後から次々と上がった。

 松下鍛錬教室トレーニングジムに来たのは、平崎院タエだけではなかったのだ。

 それぞれ、ウェービーロング、ポニーテール、ボブカットの髪型をしている。

 もはやおなじみの小野寺勇吾ユウゴのイジメっ子三人組の女子であった。

 ウェービーロングの少女は一ノいちのじ恵美エミ

 ポニーテールの少女は二伊寺にいでら代美ヨミ

 ボブカットの少女は三木寺みきでら由美ユミ

 ――という名前である。

 三人は平崎院タエの前におどり出る。

 まるで彼女を守るかのように。

 従者か取り巻きみたいな忠実ぶりである。


(――なるほど、そういうことだったのね――)


 その光景を見て、リンは納得する。昨日、勇吾ユウゴのイジメに対して、三人の女子が大人しく引き下がったのは、平崎院タエに説得されたからではなく、元からそういう関係にあったからである。しかもそれは、説得というより命令であったのだろう。もしかしたら、これまで小野寺勇吾ユウゴに対する三人の女子のイジメを知っていながら黙認していたかもしれない。これまでの平崎院タエの言動やその裏を考えると、充分にありえる。それが真実なら、直接手を下している三人の女子よりもはるかに性質タチが悪い。ますますテレハックで平崎院タエの思考を読み取りたい衝動に駆られた。


「――三人とも。そんな態度で接するものではないですわ。彼らは武術トーナメントを勝ち上がるにはどうすればいいのか必死なのですから。ここは彼らに対して敬意を払いましょう」


 平崎院タエはたしなめるが、裏を返せば、『どうぜ特訓しても結果は変わらないんだから、「ムダな努力」だとはやしたてる必要や価値すらもない』と言っているようなものである。とことん慇懃無礼な淑女である。


「……ずいぶんとシャクにさわる言い方やなァ、オイ」


 それを感じ取ったのか、イサオの声が急激に低くなる。連続記憶操作事件が解決する前までのイサオなら、その美貌に負けてデレるところだが、その事件後はこの種の美人には嫌悪感すら抱くようになっていた。いささか偏見かもしれないが、変化がないよりはマシである。成長しているとも言えるのだから。


「――せやなら相手になってくれへんか。敬意を払ってくれるんなら。武術トーナメントの優勝候補の実力とやらを知りたいさかい」

「なにを言うかっ! お前のような下賤の者が平崎院さまと手合わせしたいとはっ! 憲兵MP科所属の士族風情が増長するなっ!」


 ウェービーロングの少女――一ノ寺いちのじ恵美エミが一喝するが、


「――いいでしょう。お相手します」


 平崎院タエが三人の少女の前に進み出て承諾する。


「平崎院|さまっ!」

「――いいのです。一ノ寺いちのじさん。挑発的にられたのはわたくしの不徳と失言ですから。その責任は負いませんと」


 殊勝なことを言っているが、演技しばいががっているのが丸わかりである。


「……平崎院|さま……」

「――だいじょうぶです。心配しないで。三人とも」


 タエが安心させるように言うと、自らの足でリングに上がる。それと入れ違うように、イサオ以外の少年少女たちはリングを降りる。


「――イサオ。気をつけるのよ。昨日の昼休みで見せたあの鞭さばき、達人の域に達しているわ」

「――わかっとるわ、リン。華族やからって別にナメとらんわい」


 それ際に残したリンの忠告に、イサオは一蹴せずに受け止める。

 闘いの舞台となったリングの上では、二人だけとなった平崎院タエと龍堂寺イサオが対峙する。

 それぞれの右手に光線剣レイ・ソードを握りしめて。

 同じ得物だが、使用する様式モードが異なっている。

 イサオ刀剣様式ソードモードだが、タエ鞭様式ウイップモードである。

 つまり、剣対鞭の構図である。


「――どうなるのかしら、この闘い」


 アイが不安と好奇心をない混ぜた口調で言って、両者の対戦を見届けようとする。


「――得物のリーチから見れば明らかに鞭が有利ですが、だからと言って必ずしも優位に立てるとは限りません。相手の得物によっては、むしろ不利になります」


 それを受けて、勇吾ユウゴが解説を始める。


「――そもそも鞭自体、歴史的に見て、戦闘には向いてない武器なのです。相手の武器や使い手の練度次第では、使い手自身を傷つける危険があるほどに。だから調教や拷問にしか使われてないのです」

「――ニャるほどニャるほど」


 しきりにうなずく有芽ユメをよそに、勇吾ユウゴの解説は続く。


「――それに対して、剣は平時、戦時、ともに使われる、攻守のバランスの取れた汎用性の高い武器です。ゆえに、剣技の修得者や流派は多く、どんな武器にも対応できる性能があります」

「――つまり、イサオでも勝機はあるというのね」

「――はい。リンさん。剣の間合いまで鞭をかいくぐって詰めることさえできれば」

「――すごいニャ、小野寺っち。完璧な武器の解説や試合展開の予想ニャ。愛にゃんの言うとおり、総合武術道場の跡取り息子は伊達じゃニャいニャ」

「……全部、両親の受け売りですので。猫田さん……」

「――もう、謙遜しちゃって、ユウちゃん」


 アイが嬉しそうに言う。


「……でも、本当に、そうなの、かな……」


 そこへ、ユイ勇吾ユウゴの見解に対して疑問を投げかける。相変わらず弱々しい声調だが。


「……両者が、使う、武器は、光線剣レイ・ソード。従来の、剣や、鞭とは、ちがう。だから……」

「――なによォ。ユウちゃん解説が間違っているとでもいうの」


 それに対して、アイが不服そうな表情で文句を言うが、


「――間違っているかどうかはすぐにわかるわ。この闘いで」


 リンが静かな口調でなだめる。


「――さァ、いくでェッ!」


 イサオはひとつえると相手に向かって突進した。




 勝負の結果、イサオは敗れた……。

 完敗というべき一方的な内容であった。

 その詳細と経緯はこうである。

 イサオたえの鞭をかいくぐって剣の間合いに入ろうと試みていたが、その鞭さばきは鋭く、容易には近づけなかった。

 だが、それに目が慣れてくると、迫りくる鞭を払いのけ、しかもそれを相手に返した。

 勇吾ユウゴが危惧していた通りの事態となった。

 自分にはね返ってきた鞭は、だが、平崎院たえが青白色に光る鞭のそれを消すことで回避したのだ。

 当てが外れたイサオは、たえが迅速に伸ばした光の鞭の攻撃を受けてふたたび防戦一方となった。

 そして、イサオ光線剣レイ・ソードの柄に光の鞭が巻きつけられると、そのまま取り上げられてしまった。

 青白色の刀身の部分なら巻きつけられてもいったんそれを消せば済むが、柄の部分だとそうはいかなかった。

 素手になってしまっては、もはや闘いにはならなかった。

 一方的なサンドバックであった。

 それを悟ったイサオは、その時点で自分の負けを認めざるを得なかった。


「……くっ、なんでや。なんでこうも簡単にもぎ取られてたんや。膂力ちからならワイの方が上やのに、こうもあっさりと力負けするやなんて……」


 イサオは苦しげな声で疑問を呈する。光線剣レイ・ソードの端末を強引に奪われた衝撃で、イサオの両手が痺れと痛みに震えている。


「――力負けして当然よ」


 あざ笑うかのように言ったのは一ノ寺いちのじ恵美エミである。


「――平崎院|さまは『錬氣功』を使ったのだから、いくら男子でも膂力ちからで勝てるわけがないでしょ」

「ニャんだってっ?!」


 有芽ユメが驚きの声を上げる。


「そんなっ! 氣功術の会得解禁は今日からなのよっ! こっちは基本のリミッターの呼吸法すら会得してないのに、その日のうちに次の段階ステップの氣功術まで会得マスターするなんて……」


 アイもそれに続く。


「――これが天賦の才というものよ。あなたたちには無縁のね」


 二伊寺にいでら代美ヨミが胸をそらす。リングから無言で降りた平崎院タエとは比較にならないほど小さいが。


「――これで思い知ったかしら。平崎院|さまとアンタたちとの実力差を」


 三木寺みきでら由美ユミも自分のことのようにはっきりと告げる。


「――いくらアンタたちが努力しても、平崎院|さまには絶対にかなわないのよ」

「――なのに、武術トーナメントに出場するなんて、身のほど知らずもいいとろだわ」

「――それでも出場するというのなら、このアタシたちが武術トーナメントで叩きのめしてあげるわ。平崎院|さまの手をわずらわせるまでもないわ」


 三人の女子は六人の同学年の男子と女子を見下した目つきで睨みながら言い募る。


「――特に小野寺、アンタわね」

「………………………」


 勇吾は口を閉ざしたまま沈黙しているが、どこか上の空であった。その表情と糸目は、先ほどの闘いでなにかを見出したかのようなそれに、リンには見えた。


「――そういえば、あの佐味寺さみでら三兄弟もアタシたちと同じようなことを言ってたわ。浜崎寺に対して。彼らも出場するそうよ。あなたと同じく」

「………………………」


 ユイも無言で聞いているが、こちらは勇吾ユウゴとちがって上の空ではなかった。


「――せいぜい気をつけることね。もっとも、気をつけてもあの三兄弟にアンタが勝てるとは思えないけど。もし平崎院さまに当たったら棄権することをお勧めするわ。浜崎寺」

「………………………」

「――それじゃ、武術トーナメントに向けてムダにがんばりなさい」


 そう言い残して、三人の女子はそろって松下鍛錬教室トレーニングジムを後にした。

 平崎院タエはすでにそこを立ち去っていた。

 リングを降りたその足で。

 終始無言であった。

 もはやここに用はないと言わんばかりのさりげない傲慢さである。


「――クソッ! 戦闘のギアプさえ使えれば……」


 イサオは負け惜しみを言うが、


「――使えてもたいして変わらないわ。ギアプは技能が向上するだけで、膂力ちからまでは向上しないから」


 リンがその無益さをさとす。


「……最大の脅威ニャ……」


 有芽ユメが悄然とつぶやくと、


「……でも、その平崎院|と互角に闘える海音寺も同じくらい脅威だわ……」


 アイも同じ口調でそれに応じる。昨日の実戦訓練の授業で、それを演じた両者を目の当たりにしているので。結局、その時は時間切れで勝敗はつかなかったが。


「――どんな闘いでした? その時、僕は保健室に連れて行かれていたので、観てないのですが」


 それを聞いた勇吾ユウゴが食いつく。


「――興味あるわね、それ」


 リンもそれに続く。


「――もしかしたら参考になるかもしれへん。見聞記録ログに保存してあるんならぜひ見せて欲しいんやけど」


 イサオにいたってはワラよりも頼りない態ですがりつく。


「……よく、考え、たら、修練トレーニング、よりも、出場者の、研究が、先、だったわ……」


 ユイはいまさらながらそのことに気づく。


「――『彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず』っていう兵法の言葉もあるしニャ。知って損はしないニャ」


 有芽ユメが一周目時代の歴史的人物が説いたそれを引用する。


「……わ、わかったわ。見せてあげるから、そんなにせまらないで」


 おさえるように両手を上げたアイはただちにそれを全員に送信する。

 そして、愛をのぞいた一同は同時にそれを脳内で再生する。


『……………………』


 松下鍛錬教室トレーニングジムにしばしの沈黙が降りる。


「……ダメや、これ……」


 それを破ったのはイサオであった。


「……レベルが高すぎて参考にならへん……」


 万策尽きたと言いたげであった。それだけ海音寺と平崎院の闘いぶりは、他の同学年のそれよりも群を抜いていたのだ。


「――海音寺さんの光線剣レイ・ソードの刀身、通常よりも長いですね」


 しかし、勇吾ユウゴはそんな素振りをみせずにそこに注目する。


「――その気になれば、平崎院さんの鞭よりも伸ばせそう……」


 そこまで言った後、勇吾ユウゴの糸目が紐目ひもめに広がるほどに開く。


「――みなさん。僕、ちょっと行ってきます。確認したくなったことができたので」


 そして、その場から走り出す。


「――どこへ行くの?」


 アイが背を向けた勇吾ユウゴに問いかける。


「――遺失技術ロストテクノロジー再現研究所です」


 勇吾ユウゴは松下鍛錬教室トレーニングジムの出入口のドアを開きながら答える。


「――僕、気づいたんです。光線剣レイ・ソードって僕が思ってたよりも多彩で柔軟な使い方があるってことが」

「――えっ!? それってどういう……」

「――それはまだ言えません。ですが、僕の考えが正しければ、僕にも希望はあります。ですから、みなさんもがんばってください」


 と、言い残してドアを閉めた。


「……どういうことやろ?」


 イサオが首を大きく傾げる。


「……わからないわ」


 リンも首を横に振る。


「……けど、たしかなことがひとつだけあるわ」

「……なに、それ?」


 アイがうながすと、リンは力強い口調で断言する。


「――勇吾ユウゴは武術トーナメントでの優勝を全然あきらめてないってことよ」

「――!」


 その言葉に、リン以外の四人はハッとなる。


「……せやな。アイツ、全然あきらめてへん表情かおつきやったわ」

「……アタシ、初めて見たわ。ユウちゃんの目があそこまで開くなんて……」

(……アタシにいたっては全開も見たことがあるけど……)


 リンが内心でつぶやく。


「……わたし、がんばる。たとえ、ムダな努力で、終わっても……」

「――そうニャ。みんニャを誘ったアタイがしょげてどうするニャ。責任をもって指導しニャいと」


 そして、四人は次第に感化される。

 あきらめずに行動する小野寺勇吾ユウゴの姿に。


「――よっしゃ! 武術トーナメントまであと九日。やれるところまでやったるわ。みんな、死に物狂いでがんばるでぇっ!」

『おォーっ!』


 イサオの気合いの入った熱い声に、三人の女子は声をそろえて応じる。


「――それじゃ、まずは当初の予定どおり、氣功術の基本、リミッターの呼吸法の会得ね。それには――」


 リンはみんなに説明しながら、それとは別のことに考えをめぐらる。


(――希望って、どんな希望なのかしら――)


 勇吾ユウゴが専業主夫になるためには、陸上防衛高等学校主催の武術トーナメントに出場し、『実戦では使えない優等生』というレッテルを貼られた優勝のしかたで成し遂げなければならない。だが、そんな奇蹟的な方法など、超心理工学メタ・サイコロジニクスの産みの親の娘である観静リンの頭脳をもってしても思いつかない。ましてや、相手に一歩踏み込まれただけで萎縮するほどの臆病チキンならなおさらである。もし勇吾ユウゴがそれを思いつき、実践に成功し、優勝を果たしたら、それはそれでものすごいことだが、はたしてそれはどんな方法なのだろうか。少なくてもそのヒントをつかんだ小野寺勇吾ユウゴの今後の行動に、リンは密かな期待を抱くのだった。

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