第2話 イジメをしたりされたり止めたり観たりする者たちの事情
「……で、結局、立件しなかったわけね……」
昼休みになった陸上防衛高等学校の校舎裏を歩きながら。
「……せや。立件するのもアホらしゅうてな」
そう応えた
「……相変わらずムダな努力に精を出しているのね。なんとかならないの、
「……なんともならないわ、
「……そんなこと言わないでよォ。日本民族の総氏神、『
「……それはもう粗方試しつくしたわ。
「……すでに実施ずみやったんか……」
『……もうどうしようもないな……』
三人は絶望のなげきを同時に漏らす。
『……………………』
それっきり、三人は口を閉ざしたまま沈黙する。
並んで歩くその足音だけが三人の鼓膜を通して意識に介入する。
そこへ――
「――アンタよくもやってくれたわねっ!」
甲高い声が三人の意識を貫通する。
「――いくらなんでも陰湿じゃないのっ! アタシたちに恨みがあるからってっ!」
「――そうよそうよ。これだからオトコは。この士族の恥さらしがっ!」
それも複数だった。
「――なんやなんや。なんの騒ぎや?」
それらの声で足を止めた
そこで繰り広げられているのは、三人の女子生徒が、一人の男子生徒をイジメている光景であった。
イジメているのは、それぞれ、ウェービーロング、ポニーテール、ボブカットの髪型をした一年生女子。イジメられているのは、マッシュショートの髪型に糸目をした一年生男子の――
「――小野寺やないけっ?!」
であった。
「――あの三人、まだ
「――懲りない連中ね」
そして、三人がそろってそこへ向かおうと歩き出したその時、
「――
制止の声をかけられる。
三人の行く手を自身でさえぎると同時に。
声の主であるその生徒は、癖のあるショートカットの髪型だったので、一瞬、男子だと、三人は思ったが、身に着けている
陸上防衛高等学校歩歩兵科一年生の
「――ちょっとどいでよ。邪魔しないで」
だがそれは、その女子生徒が水平に伸ばした右腕によってふたたびさえぎられてしまう。
「――
ドスとガンの利いた海音寺
「――どうしてイジメを止める邪魔をするの? あの子はアタシたちの友達なんだけど」
「――はっ! そんなこともわからねェのかよ。これだから誇りのねェ平民は――」
海音寺
「――ワイ、士族なんやけど、士族のワイでもわからへんで」
「――この前の連続記憶操作事件で真偽と名誉を晴らした本当の
「なんですってっ!」
「――オイコラ、
両者の間に割って入った
自分の意志によらずに。
「――今度そのセリフを言ってみろ。マジぶっ殺すぞっ!」
もんどりをうって地面に倒れた
「……本当に乱暴ね……」
「――だからどうした?」
と、
「――弱ェヤツは強ェヤツになにもされても文句は言えねェんだよ。ましてや士族ならそれにふさわしい強さと誇りを持っていて当然。なのにそれらを遠くへ放擲したようなあの
「それはアンタたち士族の価値観でしょ。平民のアタシたちにまでそれを押しつけないでくれない」
「イヤだね。オレは弱者が大嫌いなのと同じくらいに、弱者を助けようとするヤツも大嫌いなんだ。そんなにアイツを助けたけりゃ、このオレを力尽くで倒すんだな」
(……これだから脳筋な弱肉強食の信奉者は……)
「――さァ、いつでも来な。遠慮しなくてもいいから――」
(――それじゃ、遠慮なく――)
「――どうしたのですか、
「――
同じくその姿を認めた
「――大丈夫、
「――うん、だいじょうぶ。この人が助けてくれたから――」
そう応えて
海音寺
陸上防衛高等学校歩兵科一年生の
「――小野寺くんをイジメていた女子たちはこのわたくしが説得して止めさせました。どうかご安心を」
言動も
「そうだったのですか。ありがとうございます。平崎院さん」
「――おい、てめェ。なに勝手に助けてやがんだ」
しかし、その行為に対して怒りを買った者がいた。
誇り高き士族である海音寺
「――だれが助けていいと言ったァ。ええ」
進路上にいる
「――あなたもずいぶんとえらくなりましたわねェ。そんなことが決められるほどになるまでに。入学試験では次席だったあなたが、首席だったわたくしに命令できる立場と身分にあるとお思いで」
平崎院
「うるせェッ!! だいたいなんで華族の名門たるてめェが物好きにも陸上防衛高等学校なんざに入学しやがったんだっ! ここは士族のみが入学を許される軍の学校なんだぞっ! 荒事に向かない華族どもは政治や学問の道を選べってんだっ! てめェさえここを受けなければ、首席はこのオレだったっつうのにっ!」
「――それは残念でしたわね。いずれにしても、あなたの命令にしたがう義務はありませんわ。おとなしくここから去りなさい」
「――けっ! こっちこそてめェの指図にしたがわなけりゃならねェ道理はねェぜ」
その返答に、平崎院
「――ではどうするのですか?」
「決まってんだろ。オレをしたがわせれば、力尽くで、だっ!」
そう答えると、
ほぼ居合の形で振るわれた青白色の光刃は、だが、同時に振るった
「――ちっ。相変わらずやるじゃねェか。華族のお嬢さまにしちゃ。ギアプを使っていることを考えに入れても」
「――なにを勘違いなさっているの。ギアプなんていう無粋なものを使わなくても、わたくしは本来の実力を発揮することができますわ。あなたとちがって」
「こっちだってそうだっ! ナメてんじゃねェぞっ!」
「――いい度胸だ。こうなったらこの場で
「――そうですね。よく考えたら、『武術トーナメント』に出場したからって、必ず対戦できるとはかぎりませんからね。あなたが格下相手に一回戦負けを喫する可能性も否定できませんし」
「それはこっちのセリフだっ!」
これも反射的に言い返す
「……ど、どうしよう。なんか、決闘沙汰になっちゃったわ……」
「――こっちとしては助かったけど、なんか釈然としないわね」
「――
だが、そんな意識などこれっぽっちも抱いてない様子の
(――ま、それがこの
結局、そのように思いなおす
そうしている間にも、海音寺
「――コラァッ! そこでなにをしているっ!」
激怒に似た声が、その緊張の糸を断ち切った。
複数の生徒の案内で駆けつけてきたベリーショートの女性教師が、両者を交互に見やりながら割って入る。
「――生徒同士の私闘や決闘は校則で禁止しているのだぞっ! わかっててやっているのかっ!」
「――ちっ」
「……………………」
とりあえず、生徒同士の決闘沙汰は回避された。
「――ふう~っ。痛みがウソのように引いたわァ」
校舎の一階にある保健室で、龍堂寺
保健室には、龍堂寺
「――さすが
鈴村
「――なに勝手に選んでるのよ。アンタの脳内でひねり出した中二設定に。それに、これは『
観静
「――おおきに、
「――お安い御用よ。これくらい。『第二次幕末』の動乱に比べたら、こんなの、傷のうちに入らないわ」
長い黒髪を後ろの首元で結った女性教師――
この超常特区は、十代の少年少女しか居住を許されていない行政区画で、本来ならそれ以外の年齢の者は対象外なのだが、教師の資格を持つ者は例外である。
「――それにしても、相変わらず乱暴ね。海音寺
「……恐ろしい力ですね。『
小野寺
「――そうよ。それが理由で氣功術の伝授や会得は法律で禁止されているわ。第二次幕末の動乱が終結してからは。だからあなたたちの世代で氣功術の会得者はいないはずよ」
「……でも、
「――心配しないで。わたしの氣功術はその法律が施行される前に会得したものだから、抵触はしないわ。それに、氣功術の使用までは禁止されてないから、わたしが氣功術を使っても問題ないわ」
「――そうだったのですか。よかったァ……」
「――せやけどあのオンナ、そんな理由でワイを殴り飛ばすやなんて。警察の職務遂行中でなかったら暴行罪で逮捕したるのに、絶対に許さへんっ! 必ず
「――十日後に開催される武術トーナメントで」
「えっ? なにそのイベント」
意表を突かれた
「――知らないの。龍堂寺くん」
それに答えたのは
武術トーナメントとは、その名の通り、生徒同士が己の武術で相手と競い合うトーナメント方式の大会である。
大会は学年別に行い、武器は
「――よし。ならその大会にワイも出場するで。
「――僕も出場します」
「えっ!?
「――うん。だって武術トーナメントに出場して優勝しないと、学年首席での卒業が遠のいてしまうんでしょ。もしそうなったら、僕、とてもこまるもん」
「学年首席での卒業を目指しているのっ!? あなたっ!」
「……たしかに、
「……別に目指すのは構わないけど……」
多田寺先生も困惑に満ちた表情と口調で言う。
「――さすが
二人とは対照的に、
だが、
「――そんなの無理に決まってるだろう」
そう断言した者がいた。
龍堂寺
保健室に入室して来たベリーショートの女性であった。
その歩き方は堂々たるもので、顔つきもそれに相応しく、威厳に満ちている。素人がみても百戦錬磨の風格が漂ってくる、女傑という生きた見本のような人物であり、士族の女子生徒からの人気は高い。
陸上防衛高等学校の実技担当の女性教師、
決闘沙汰になりかけた時、そこへ駆けつけた教師である。
教科担当の多田寺
保健室にいる一同が注目する中、武野寺先生はさらに言う。
「――いくら自由参加とはいえ、この武術トーナメントは開校以来毎年続いている格式のある大会なんだ。
「……ちょっとカっちゃん。いくら事実だからって、もう少しオブラードに包んだ言い方が……」
「カっちゃんはよせっ! 多田寺教諭。いくら親友だからと言って、生徒の手前、そんな呼び方は不適切だろう」
「……それはそうだけど、だからってその呼び方だってあまりにも他人行儀じゃ……」
多田寺
「――さらに言えば、小野寺、あなたには軍人の適正はないわ。これまでに受けた実技の授業から見て。よく入学試験に合格したわね」
「……ぼ、僕の場合、士族の特権で免除されたので……」
「――あ、そうか。そういえば、それがあったわ」
武野寺先生は舌打ちをこらえる表情で独語する。華族ほどではないが、士族は平民よりも社会的に優遇されており、陸上防衛高等学校の受験免除もそのひとつだが、それを行使する士族は極少数派である。理由は、第二次幕末の動乱で、己の力で新時代を築いた自負心の強い士族が多く、それは世代をまたいで受け継がれているからである。そのため、自分の実力を示すために、あえてその特権を行使せずに受験する
ただ、小野寺
「――まったく、士族のはしくれなら実力で合格しなさいよ。ましてやオトコならなおさらだ。おまけに実技の成績もかんばしくないのに、武術トーナメントに出場するなんて、厚かましいとは思わないの」
そういった事情の知らない武野寺先生は、叱りつけるように小野寺
「……それでも、僕は武術トーナメントに出場して、優勝したいのです。学年首席で卒業するためにも……」
武野寺先生を直視して宣言する。
それを聞いて、武野寺先生は小さなため息をつく。
「……まァ、いいか。参加は自由だし、それを止める権利はわたしたち教師にはないわ。けど、もし一回戦で惨敗するようなことがあったら、放校される可能性が高くなるからね。士族の特権で入学したからには。そうなってしまった時、後悔しても先生は知らないわよ」
もっとも、そうなった方がこの
(……まったく、こんなことに士族の特権を付与するから、現場の教師は苦労するのよ。こんな
いずれにしても、武野寺
「――気にしないで、小野寺くん。突き放した口調だったけど、アレでもカっちゃんはあなたを心配して言ったんだから」
多田寺先生が糸目の男子生徒をはげますと同時に同僚をフォローする。
「……うん」
「――せやけどホンマにだいじょうぶか、
「――なに他人の心配してるのよ、
「――へっ!? 禁止なの。ギアプの使用は。ホンマか、それ」
「――そりゃそうでしょう。技量を競い合う大会なのに、それを使ったら意味がないじゃない。ま、開催日までの十日間、せいぜい頑張りなさい」
「げっ! ウソやろォーッ、オイッ! どないしよかっ!」
「――だいじょうぶよ。
「……
「――あなたたち二人は出場しないのね」
多田寺先生の問いに、
「――こうしちゃおれへん。さっそく特訓メニューを組まへんと。
「……う、うん……」
(――そりゃそうよね。だってその必要はないほどに強いんだもの――)
(――優勝したらしたでとても困るのよね。
小野寺
(――いったいどうやって『実戦では使えない優等生』を印象づけた優勝のしかたをするのかしら――)
考えれば考えるほど迷路をさまよっているような気分になる観静
「……わ、わたしも、出場、します……」
そんな時であった。
カーテンに仕切られた
一同がそこに視線を集中させると、カーテンが開き、その隙間から一人の生徒が顔を出す。
毛先が内巻きのボブカットの女子だが、三方からそれで覆われているその顔色はとても悪く、今にも事切れそうだった。
「――あ、あら、
多田寺先生は謝罪するが、相手は聞いていなかった。
「……せ、先生、わたしも、出場します。武術、トーナメントに……」
「おまいも出場するんかいっ!?」
「イヤイヤ、やめた方がええ。今にも死にそうやないか。つついただけで」
それに続いて本心から忠告するが、これも無視されてしまう。
「……お願い、先生。出場させて。わたし、立派な軍人になるのが、夢だから……」
「イヤイヤ、どう見たって立派な病人やろが。おとなしゅうしとけ」
「そうです。どうか無理をしないでください」
「
「――っていうより、なんでこんな病弱な子までがこの学校に入学してるのよ。アタシなら絶対に入学させないわ」
「……そ、それは、士族の、特権で……」
「……あ、それがあったわね……」
「――じゃない。言いたいのは。
「……出場、させて、先生。お願い、だから……」
「――聞きなさいって」
「――わ、わかったわ。出場させてあげる。だから今は横になって――」
多田寺先生が言いながら浜崎寺|を横に寝かせる。それを聞いて安堵したのか、|浜崎寺|は安らかな笑顔で両目を閉じた。
「……い、生きとるのか?」
「……死んでないわよ。たぶん……」
「……なんだったの、この
「――別に先生から許可を得なくても出場はできるのに」
「……いや、そこじゃないわよ、
「――その女子生徒の名は浜崎寺
多田寺先生が手短に生徒たちに説明する。
「……どうりで顔を知らないわけだわ。同じ科のクラスなのに……」
「……せやけどええのか。出場させても。つついただけで死にそうやのに……」
「――多田寺先生。復氣功でなんとかならへん?」
「――無理よ。龍堂寺くん。復氣功でも病弱までは治せないわ。体質の問題だから――」
沈痛そうに多田寺
(――多田寺、今から緊急の職員会議が始まるわ。すぐに職員室へ来て――)
(――どうしたの、カっちゃん――)
(――カっちゃんはよせって。それよりも、たったいま全国の
(――ニュースって、なんの――?)
(――ついに全面解禁されたんだっ――!)
(――なにが――?)
多田寺が再三うながすと、武野寺は一拍を置いてからおもむろに、そして嬉しそうに答えた。
(――『氣功術』の伝授と会得がだっ! 今日から私たち教師がこの学校の生徒たちにそれを教えてもよくなったんだっ――!)
『氣功術』は、これもまた、超能力や
しかし、近年になってその基礎理論が確立された
その理由は使い手を非常に選ぶからであった。
そのため、本来なら歴史の陰に人知れず埋没する運命をたどるはずだった。
それが突如歴史の表舞台に現れたのは、第二次幕末の動乱が始まってからであった。
近代氣功術の創始者、
特に、編み出した者が女性ということもあってか、会得には女性との相性や親和性がよく、これまで男尊女卑であった旧時代の世の中を変革させる大きな契機となったのだ。
第二次幕末の女性たちは、活躍の場を求めてこぞって松岡流氣功術を会得し、男性をも勝る活躍を戦場で果たした。
その結果、小野寺家を始め、当主が女性の士族が数多く輩出され、女性の活躍が常識となった現在の世の中をつくり上げたのだ。
それに大きく貢献した松岡流の氣功術であったが、第二次幕末の動乱が終結すると、第二日本国の貴族院の男性議員から、氣功術の使用禁止についての議題が国会に持ち上がった。女性からすれば、氣功術は女性進出の象徴的な存在であり、それの使用を禁止するなど、女性に対する男性のやっかみと怖れとしか釈れなかった。それがまったくないと言えばウソになるが、理由はそれだけではなかった。
本当の理由は氣功術の危険性にあった。
氣功術は『氣』という『生命エネルギー』をエネルギー源としているがゆえに、その過剰使用によるエネルギー切れは容易に死に直結する。そんなことになっても気絶するだけで済む超能力や、
そうした理由に、衆議院の女性議員たちは理解や納得を示さなかったわけではないが、それでも承服や受け入れはできなかった。氣功術も、使い方次第では平和な現代社会でも役に立てると。これを契機に、男性議員と女性議員の間に政治的な駆け引きや綱引きが繰り広げられた。その結果、氣功術の安全な会得と使用が確立されるまでの間、その伝授や会得を禁止するという法律の制定と、氣功術の使用規制に関する法整備の実施で合意したのだった。
「――その法律が制定されてからおよそ二十年。明日をもってついに氣功術の会得が解禁となったというわけだ」
武野寺
グラウンドに正方形で整列している歩兵科の生徒たちにむかって。
頭上に浮かぶ陽月がとてもまぶしい快晴の空模様のもとで、陸上防衛高等学校の午後の授業が始まろうとしていた。
その内容は実技なので、歩兵科の生徒たちは全員野戦服である。
「――女子たちにとっては待望の解禁となったわけだ。どうだ。嬉しいだろ」
煽動するように語る武野寺
「――ちっ。なんでよりによってこんな時期に解禁するんだよ」
「――ホントだぜ。もうすぐ武術トーナメントが始まるっていうのに」
「――これじゃ、ますます女子どもがつけあがるぜ」
整列している男子生徒の中から、小声だが深刻な不満とグチがこぼれる。むろん、それに小野寺
「――先生。前置きはいいからはやく氣功術を教えてくれよ。オレ、覚えたくてウズウズしてるんだからさァ」
急かすように言ったのは海音寺
「――落ち着きなさい。別に氣功術は逃げやしませんから」
平崎院
「なんだと、テメェ」
それを敏感に感じ取った
「――コラコラ。二人とも。また叱られたいの。決闘沙汰になりかけた昼休みの時のように」
武野寺
「――残念だけと、今日は無理だわ。さっきも言ったように。なにせ、突然の解禁発表だったから、準備が整ってないのよ。氣功術の修練は
「そんなァ……。チッ」
「――今日の授業は本格的な白兵戦の訓練よ。名前を呼ばれた二人の生徒は前に出て相手と闘いなさい」
そう言うと、武野寺先生は二人の生徒の名前を呼び、他の生徒たちの前で対戦させる。両者の実力差がでないよう、できるかぎり互角になるように組み合わせてあるので、いい勝負ができるはずである。とはいえ、そんなに時間は取れないので、一戦あたり一分というところだが。
最初の対戦が始まると、整列している生徒たちはしゃがんでそれを見物する。
「――フフフ、ついに、ついに
次々と対戦が進む中、鈴村
「――
根拠のない中二的思考で。
しかし、実は
実家に住んでいた頃は道場で基礎訓練を積んでいるところしか見てなかったし、ようやく実戦訓練が始まろうとした矢先に例の誘拐事件で疎遠になり、その場面を道場で見ることはないまま、奇しくも超常特区の陸上防衛高等学校に同時入学したのだ。そしてそこでも基礎訓練の実技授業しか受けている場面しか見てないので、実戦訓練に移り始めたのは、つい最近のことである。
そして――
「――次、小野寺
ようやく鈴村
(――キタァーッ――)
内心で大きくさけぶ
「――小野寺の対戦相手は、と――」
武野寺
(――さァ、だれと闘うのかしら。海音寺|かな。それとも平崎院かな|。どちらもまだ呼ばれてないから、どちらにしても、いい勝負ができるはずだわ――)
「――よし、あなたに決めたわ」
(――どっちかしら。
「――鈴村、前に出て」
「……………………へ?」
「『へ』じゃないわよ。ほら、はやく立って闘いなさい。小野寺と」
「……………………ええェェェェェェェェッ!!」
思わずさけび声を上げる
予想を完全に裏切る
「……ち、ちょ、まっ、アタシが、
「――そうよ。さっきから言ってるでしょ。ホラ、さっさと来て。ひとつに対戦にそんなに時間は割けないんだから」
武野寺先生に急かされて、鈴村
両者は
(――冗談でしょ! アタシが
「――二人ともじっとにらみ合ってないでさっさと闘って。お見合いじゃないんだから」
武野寺先生がまたしても急かす。
(――仕方ない。こうなった以上、闘うしかないわ。みんなが
意を決した
「――えええええええいっ!」
素人丸出しの迫力のない掛け声とムダだらけな動きとともに。
そして、ろくに相手との間合いを測らずに、しかも両目を閉じたまま
バシッ!
ドサッ。
相手が一歩せまって来ただけで身体が萎縮し、動けなくなってしまったのだ。
ヘビに睨まれたカエルのごとく。
「……え、ウソ……」
両目を開けた
「――ギャッハハハハハッ!。なに今の一撃。へなちょこもいいところじゃない。けど、そんな一撃に倒される小野寺はそれすら上回るへなちょこ振りだぜェッ! それでよく武術トーナメントに出るなんて言えるなァッ!」
「――やめなさい。海音寺さん。いくら事実だからって、口に出してあざ笑うのは」
たしなめる平崎院の声調も笑いをこらえるあざけりが多分にまじっていた。
「――まったくだ。あの海音寺の言うことを認めるわけじゃねェが。こればかりはどうしようもねェぜ」
「――しかも、士族が平民のあんな一撃で倒されるとは、とんだ恥さらしだぜ。同じ士族としてみっともない醜態をさらすんじゃねェよ」
「――浜崎寺といい、士族の特権で受験を免除されたヤツらはホント使えねェヤツばかりだぜ。オレたち士族も同じ
実戦訓練が始まる前に、氣功術や女子生徒に対してグチをこぼしていた三人組の男子生徒たちが、今度は同性の小野寺
(……はァ。だから無理だって言ったのよ……)
武野寺先生は、嘲笑する生徒たちをたしなめないまま、グラウンドに倒れている小野寺
「――つまり、
本日の授業が終えた放課後の校舎裏の一角で、観静
「――そうなのよ。まさかアタシに負けるほど弱かったなんて、思いもしなかったわ。どうしよう……」
(――ま、予想できなかった事態じゃなかったけどね――)
だが、友人とは対照的に、
以前、小野寺
(――とはいっても、
でなければ、九歳のころ、素手で武器をもった四人の暴漢の大人たちを倒せるわけがないし、ほぼ一人で四十人の
(……どーするのよ、
専業主夫になるための条件である学年首席で卒業するには、十日後に開催される武術トーナメントでの優勝は必須である。なのに、優勝どころか、一回戦すら勝てないようでは、到底おぼつかない。そこで惨敗などすれば、放校される可能性が高くなる。もしそうなったら、その時点で、小野寺
(……ダメだこりゃ。もう八方ふさがりだわ……)
心が折れてしまったとも言える。
「――そうだっ! まだ氣功術があったわ。それさえ会得すれば、あるいは――」
「……そういう問題じゃないわよ、
「……で、でも、だからといって、なにもしないわけには……」
「……うーん……」
「……とりあえず、本人と相談しましょう。どうすればいいのかを」
「……そ、そうね」
「――それで、肝心の
「――一応、
愛が返答した後、
「――なんだよ、あの実戦訓練の
ガラの悪い男子の声が聴こえて来た。
「――ちゃんとわかってんのか。てめェの実力。はっきり言って平民以下なんだよ」
「――てめェのようなヤツは士族やこの学校の恥だぜ。さっさと称号を返上して自主退学しろ。このヘタレがっ!」
それも複数であった。
幹の太い樹木に追いこんで。
「……また
その内容を聞いて、
「――あ、あの三人の男子は」
声を上げた
そして、血を分けた三つ子の兄弟でもある。
髪型を五五分けにした男子が長男の
一卵性三つ子なので、髪型はちがっても、顔の造形は全員同じで、そこそこ端整だが、どれも上から目線の傲慢な表情なので、とても好感が持てない。士族の身分に鼻をかけたその子弟の
「――だまってねェでなんとか言えよっ!」
「――今回にかぎったことじゃないけど、イジメってホント醜悪だわ。それこそ恥ずかしくないのかしら」
「――ホントにそうですよね。
「――まったくだわ。それじゃ、止めに行くわよ、
「はい」
『――って
「
「――はい。そうですが」
「いつからそこに――じゃなくて、あの男子どもにリアルタイムでイジメられていたんだじゃ……」
「……いえ、僕は
「……それじゃ、いまあの男子どもにイジメられているのは……」
「――あれは――
「――ああ。そういえば、実戦訓練で、アタシと
「――どちらにしても、止めに行きましょう。イジメなんてイジメられる方にとってはつらいだけですから」
その経験が豊富な
「ぐわぁっ!」
「ぐかっ!」
「ぐふっ!」
三種類のうめき声がイジメの現場から上がった。
それは、
三人はそれぞれ崩れ落ちるように頭から地面に倒れる。
倒したのは、だが、浜崎寺
「――サイテイなヤロウどもだな。オトコのくせに、寄ってたかってオンナをイジメるなんて。士族の風上にも置けねェぜ」
侮蔑の声を吐き出した癖のあるショートカットの少女こそ、浜崎寺
右手に持つ
「――アンタは」
現場へ駆けつけた
「――だいじょうぶですか、浜崎寺|さん。ケガはしていませんか」
その間、
「――どういう風の吹き回しなの? 弱いヤツは何をされても仕方がないと謳っていたアンダが、
「――別に浜崎寺|はいいのよ。オンナだから」
だが、海音寺
「……
「――そうさ。だからどうした。文句あんのか」
「あるわね。随分と不公平じゃない」
「そりゃそうさ。オレはオトコが嫌いな上に憎いからな。特に、弱いオトコの士族は。だからそいつらを叩きのめしたんだ。浜崎寺をイジメから助けたのはただの口実だ」
「……
「ああ、そうさ。なんか悪いのかよ」
「……そんなに憎いの? 弱いオトコの士族が」
「ああ、憎いなァ。この世から絶滅させてェくれェに。実際絶滅すりゃいいんだ」
「――その最有力候補がオレの親父だ。第二次幕末の動乱じゃ、ろくな武功を立てれなかった士族の恥さらしのくせに、
「……………………」
「……あ、あの、助けて、くれて、ありがとう、ございます。海音寺、さん……」
弱々しいが心のこもった礼に、だが、
『……………………』
ゆえに、はりつめた空気がさらにはりつめる。
もう切れるのではないと、
その後、
「待つニャーッ!」
甲高いがかわいい声とともに現れた一人の女子生徒が、ネコの後を追うようにそれに続く。
しかし、逃げるネコと違い、幹の太い樹木に衝突してしまったその女子生徒は、そのままひっくり返る。
「……いたいニャー……」
衝突した部分である鼻面をおさえながら起き上がるその女子生徒。
髪型はセミショートなのだが、なぜか両側頭の斜め上の部分を正三角形にセットされている。いわゆるネコミミだが、眼もネコっぽく、口元からは一本の八重歯がはみ出ていて、おまけに猫背。まるでネコが無理やり二足直立しているような姿勢である。
「――あっ、
「……だれ、あなた?」
「――覚えてニャいの。アタイニャ。
「――ああ、思い出したわ。今日の実戦訓練で、時間がなくて対戦できずに終わった――」
「そうニャ! 覚えていてくれて嬉しいニャ!」
「……そりゃエスパーダを装着しているからね」
「――ふん。なんだかバカらしくなってきだぜ」
吐き捨てるように言ったのは海音寺
「――オイ、そこの糸目と病弱。マジで武術トーナメントに出るんなら、惨敗や退学を覚悟で出るんだな。優勝するのはこのオレなんだ。お前らに負けるわけがねぇんだから。特にオトコのおめェは」
そう言い残して、
まだ倒れている三人の男子生徒を地面のごとく踏みつけながら。
「――そないなことがあったんかい」
意外とも感心ともつかぬひびきの声が、校舎裏の一角から上がった。
むろん、声の主は龍堂寺
海音寺
その間、ようやく立ち上がった
「――海音寺に言っておけっ! この借りは武術トーナメントで必ず返すとっ!」
そんな事を本人に伝える義理は、結果的に助けてもらった浜崎寺
「――そうなのよォ。海音寺ってホント自分勝手で凄まじいまでのオトコ嫌いなオンナなの。あそこまで来ると病的ね」
「――でも、浜崎寺|さんを助けたのはたしかですよ」
「――けど、
「――たしかに、海音寺の言ったことはわからないわけでもないけど、それとこれとはまったくの別よ」
「――
「――こうなったらアタシも出場するわ。武術トーナメントに」
意を決した表情と口調でそれを表明する。
「ええっ?!
「――幸い、氣功術という新たな力が使えるようになるわ。それ次第じゃ、いいところまでいけると思うの」
「……で、でも、
「……
「……まァ、そこまで言うなら止めやしないけど……」
「……わたしも、出場、する。だから、止め、ない、で……」
顔色の悪い浜崎寺
「別にアンタまで出るななんて言ってないでしょ。いや、正直に言えば出ない方がいいと思うけど……」
訴えかけられた
「――へェー。みんニャも出るんだ。これはこれは、ニャかニャかの熱戦が期待できるニャ」
「――アンタも出るつもりなのっ!? ――って、熱戦なんて期待できるの? このメンツで……」
この中では唯一出場する予定のない
白兵戦が苦手な
その
海音寺に正拳一発で
いつ倒れてもおかしくないほどの虚弱体質で病弱な
ウケ狙いと出オチで終わりそうなイロモノの
……初戦でバッティングしない限り、一回戦負けは必至なメンバーである。
「……うーん、これはイジメっ子どもでなくても出場するなといいたくなるメンツだわ……」
「――ニャにおォー。アタイをバカにするニャー。アタイが編み出した猫式武闘術は最強ニャンだから」
「……そ、そうよ。きょ、虚弱体質、だという、理由で、そんなこと、言わないで……」
「……じゅーぶんすぎるでしょう。翻意をうながす理由としては」
「――どうやら観静っちはアタイの実力を疑っているようだニャ。ニャら証明しようじゃニャいか。そこの三人や浜崎寺っちを、アタイの卓越した指導で鍛えて強くさせることで」
その一人の猫田
「ホントですかっ! それはとても助かります」
それに真っ先に食いついたのは小野寺
「……なんだか怪しげな名称の武術ね。須佐之流武術よりは劣りそうだけど、背に腹は変えられないから、アタシもそれを受けるわ」
「――せやな。このままやと一回戦突破もおぼつかないし、ここは特訓もかねて受けたろやないか」
「……わ、わたしも、受ける。お願い、するわ……」
「……………………」
その有様に、
「――どうニャ。この依頼数。これこそアタイの猫式武闘術を高く評価している証拠ニャ」
「……単にワラにもすがる思いで募っただけでしょ」
「――それじゃ、明日の午後四時、ショッピングモールにある松下
「――明日は実戦訓練の授業がありませんからね」
「――本当は今からでも受けたいんだけどね」
「――しゃーないやろ。氣功術の会得解禁はあくまでも明日からなんや。今日からじゃあらへんさかい」
「……で、でも、わかっていても、もどかしい。早く、学びたい。そして、戦い、たい……」
「……なんでこの
「――
「――アタシは出場しないど、一応みんなとつき合ってあげるわ。サポート要員として」
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