才能と志望が不一致な小野寺勇吾のしょーもない苦難3 -専業主夫になりたい小野寺勇吾の最初の試練-

赤城 努

第1話 序章

「……つまり、おまいのやったことは、すべて善意でやったことやっちゅうわけか……」


 警察署の取調室で、龍堂寺イサオは確認の質問を相手に述べる。

 その表情は苦渋に満ちていた。

 頭痛で悩んでいるとも言える。

 むろん、原因は精神的なものである。

 相手が供述した内容があまりにも理解しがたくて。

 その相手――重要参考人の男子は、イサオの質問に、無言だが力強くうなずいで即答する。


「……………………」


 迷いもためらいもないその返答に、イサオの沈痛な面持ちはいっそう深くなる。そして、ひとつかぶりをふると、重要参考人とは対照的に、かなりの迷いとためらいの末にふたたび口を開く。


「……ぜやけどなァ、善意さえあればなにをやってもええっちゅうわけやないんやで。たとえいくら金銭かねはろうても」

「……………………」


 重要参考人は口を閉ざしたまま沈黙している。納得や得心からほど遠いふくれっ面である。その重要参考人は、龍堂寺イサオの親友で、何度もこの警察署に世話になっているのだが、まさかこんな事と形でまたもや世話になるとは思いも寄らなかった。


「……まァ、そのおかげ示談ですんだとも言えるかもしれへんけど、一歩まちがえたら容疑者になってたかもしれへんかったんやで。わかっとるんのか、そのへんのところ」

「……………………」

「しゃーないやろ。おまいには向いておらへんのやから。ギアプを用いても効果があらへん以上、どうしようもないわ。残念やけど」

「……………………」

「……なァ、悪いことは言わへん。専業主夫になるのはあきらめるんや、小野寺」


 イサオの説得に、重要参考人の男子――小野寺勇吾ユウゴは激しく頭を振る。


「イヤだっ! だれがなんて言おうが絶対なってやるっ! 専業主夫にっ!」


 そして、激烈な語気でかたくなに誓う。普段は内気で大人しい性格の勇吾ユウゴだが、将来の志望について否定的な意見を言われると、人格ひとが変わったように激怒するのだ。


「同じ性別オトコの龍堂寺ならわかってくれると信じてすべて打ち明けたのに、よくも裏切ってくれたなっ! 結局アイちゃんやリンさんと同じ人種なんだっ! 信じたボクがバカだったよっ!」

「……うん、まァ、ある意味バカやろ。こういう事態を想定でけへんあたり……」

「なんだとっ!?」


 勇吾ユウゴは殺人的な眼光でイサオを睨みつける。とはいえ、糸目なので、語気に反して、その迫力はほどんどなかったが。


「――だってせやろ。おまいの家事に対する評価がこのありさまやのに、反省や学習もせェへんまま、頼まれてもおらへん他人の家事を闇雲に手伝いしまくるんやから」


 そのためか、イサオはひるむ色もなく、冷静に理由を語る。


「――なんやったら代表的な評価レビューA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークから挙げたろか」


 そう言って前置きすると、小野寺勇吾ユウゴの個人用記憶掲示板メモリーサイト接続アクセスして、口に出してそれを列挙する。

 いわく――


「ギャァーッ! 皿を全部割られたァーッ!」

「あアァーッ! 洗濯物がズタボロにィーッ!」

「うわァーッ! 掃除したはずの部屋がゴミまみれにィーッ!」

「ヒいィーッ! 料理が死ぬほどマズいィーッ!」


 ……である。


「……評価レビューというより悲鳴やな、これ。『小野寺勇吾ユウゴの家事に対する被害者の会』が設立されるのも無理あらへんわ……」


 イサオは率直な感想を真顔で述べる。そして、うつむいたまま黙っている勇吾ユウゴの顔をのぞき込むと、


「……なにか言うことあらへんか……」


 静かな口調で釈明をうながす。


「……僕は悪くない。悪いのは割れやすい皿と壊れやすい洗濯機や掃除機と劣悪な食材なんだ……」


 だが、勇吾ユウゴの口から紡ぎ出されたのは、釈明ではなく責任転嫁であった。これも普段の小野寺勇吾ユウゴなら取らない言動である。


「……特に料理には自信があったんだ。なのにだれもほめてくれないなんて、心のせまい連中だよ。最近になってついに完成にまでこぎ着けるようになったっていうのに」

「完成してからが本番やろがっ!」


 イサオは思わず声高にツッコミを入れてしまう。だが、すぐに平静さを取り戻し、事情聴取を続ける。


「……で、おまいの壊滅的な家事技能スキルのなさを知らずに任せた平民の男子寮からの通報で事態が発覚し、おまいは器物損壊罪の重要参考人として警察署ここに任意同行されたっちゅうわけか」

「……………………」

「――ま、おまいから提示された大金に目がくらんで任せた男子寮の連中も連中やけど……そこまでしてなりたいんか。専業主夫に……」

「うん、なりたい。絶対に」


 勇吾ユウゴは迷いもためらいもないまなこイサオの問いに即答する。


(……観静からは聞いておったけど、まさかここまでやとは……)


 その眼差しを直視して、イサオは深いため息をつく。小野寺勇吾ユウゴが厳格な母親に無理やり陸上防衛高等学校に入学させされた事と、専業主夫になりたければ首席での卒業が条件として課せられたといった事情は、同じ親友である観静リンから知らされている。この条件をクリアするには、『実戦では使えない優等生』を演じようとしていることも。正直ぶっちゃけ、どうやってクリアするのか、イサオには皆目かいもく見当がつかないのだが、本人が真剣なのはたしかである。そしてそれゆえに説得が困難であった。


「……とにかく、おまいのおこないが他人ひと様に迷惑をかけとるのはたしかなんや。専業主夫修行のために他人ひと様の家事を手伝うのは控えろ。やるんなら自分の部屋だけにしとけ」

「……うう、そんなァ……」


 それを聞いて、勇吾ユウゴは目尻に涙を浮かべる。


「……泣くなや、そないなことくらいで。別にできなくても死なへんさかい……」


 イサオはなぐさめるが、それは不用意な発言であった。台風の目と化した勇吾ユウゴから、たちまち激昂と怒号の嵐にさらされる。


「そんなことだとっ?! 龍堂寺さんにとっては別に死ななくても、僕にとっては死ぬよりもつらいことなんだっ! あなたにはわかるのかっ! 好きでやりたいことなのにやらせられなくなるこの気持ちっ! 友達だと思っていたのに、そんなこと言うなんて、もう絶交だっ!」

「――ああっ、待ってェやっ! そないなつもりで言うたんやないからっ!」


 イサオは慌てて弁明するが、かたくなに閉ざした勇吾ユウゴの心には届かなかった。そして、修辞レトリックのかぎりを尽くしても効果がないことを悟ると、


「……せ、せや。今度、ワイの部屋の家事を手伝ってくれへんか。今度大掃除するさかい……」


 最後の手段というべきそのセリフで、勇吾ユウゴの機嫌があっさりとなおったのは、語るまでもない。

 その際に上がったよろこびの声も。


(……うう、なんでだれ一人幸せにならへん小野寺の志望のために、だれもがつき合わんとアカンのや。幸せにならへんのは小野寺も例外じゃあらへんのに、はよ気づけやァ……)


 そのことに気づく様子もない小野寺勇吾ユウゴは、立ち尽くしたままうなだれる龍堂寺イサオを中心に、取調室を無邪気にはしゃぎまわるのであった。

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