第四章 歴史の針が動く
─────捨てなければいけないもの
大人になるというのはいらないものを捨てて行くという事、
それが分かった奴から大きくなれる。まぁまだわからないだろうなぁ、今のお前らには
秋元先生が映画の撮影に臨む前、私達に語ったことがある。
京都は時代に洗われていろんなものを捨ててきた。それで今がある。取捨選択、それが今の京都をこれだけの世界一の都にした一番の要因。
古いものだけを大事に遺して来ただけなら京都はただの古びただけの苔むした街で終わっていた。
時代を遡ればそれは一目瞭然。幕末の頃の京都はそれは酷いものだったらしい。お寺が一杯あるという事、それはどういうことか、分かるか、横山?
今では想像もつかないだろうけど、人の死体もそれだけ沢山あるということ。死者と向き合った歴史、それが京都。それが最もよく表れた時代、それが幕末の京都ということだ。
どうだ、そんな事実が分かったら、京都で生きるということが少しは肌身に感じることができるだろ
京都は今、死臭が夥しく漂う町。今日も炉端になにげに置かれた骸を何体通り過ぎたことやろ。
先生の言う通りやった。平成の世の京の面影なんてどこにもない。
それは帝の寝所という名前に胡坐をかいている虚構の街。
けど・・・そんな京都の一端を作り出しているのはまぎれもない私達、新撰組。
今日も私は人を斬った。正確に言うなら、死番と呼ばれる隊士が恐れおののいて持ち番を離れようとしたところ、見せた背中に一突き。急所ははずしたけどおそらく三月は動かれへんはず。
切腹、粛清、総括、不貞浪士を切り捨てるのならともかく、今の私らはこんなことばかりの繰り返し。
他のことには横山由依としての理性は働くけど、刀を握ると私のなかの近藤勇がむくむくと動き出す。とめようもないもののふの血潮。
考える前に刀が動いてしまう。私だけやないこの幕末の京は多かれ少なかれその恐怖を感じながらみんなが日々の暮らしを生きている。そんな恐怖の連鎖のピラミッドの頂から薄めを開けながら見る景色。
京都が世界一の都になるために捨てなければいけないもの。それはもしかしたら、私達自身。壬生浪と京の人々から畏怖の目を持ってさげすまれるこの新撰組なのかも知れない。
───── ※ ─────
────歴史の針
その日は朝から降り続いた雨は夜になってようやく止んだ。そのせいか、お客さんの出足も悪く、手持ち無沙汰の女の子達の間では先日三条木屋町で起きた池田屋騒動の話題でもちきりだったらしい。
「太夫、こっちですよ。二階のいつもの座敷でお待ちですから」
「ほんとに間違いないんでしょうね、おじさん。違ってたら、承知しないよ。あとで、グーで殴るからね 」
「もぅ、またいつものやつですかぁ。お化粧ののりが悪いとそうやってすぐにつんつんしちゃうんだから。悪い癖ですよ。直しましょうね、夕霧太夫」
普通なら、こんな太鼓持ちのおじさんなんかに言われるままに付いて行ったりなんか絶対しない。そんなことしたら、この先、何がどうなるかくらい、まだチェリーの私だって容易に予想がつく。
けど今日は少し事情が違う。あの子の言う事を信じるしか今は手がないいんだから、今の私には。
「少し変わったお侍さんですけど、優しくて面白い良いお方ですから。
床にも入ろうとしはらないんで、それはそれは女郎さんたちには大層な人気で。」
「じゃ、何すればいいのよ、私は。」
「お話聞いて、お酒ついで、それで終わりです」
先が見えないほどの長い長い黒光りのする廊下がどこまでも続く。両脇に置かれた行灯がステージへと続く花道のダウンライトの様に見える。
このまま続いていればいいのに、いつもここを通るとそう思う。
マイクを持つ手がいつも震えて、「美音、集中!」横山さんの声がいつも後ろから聞こえて。
そんな場所に目を開けたら戻ってる。それを夢見てまた目を閉じる。もう分かっているはずなのに。ここはどういうところで、私は何者なのか。
「ここですよ、太夫」
提灯の仄かな光に照らされて、おじさんの笑顔がゆらゆらと闇に揺れる。
この人の笑顔はどうも好きになれない。いつも人の心を見透かしているというか、人の善意とを悪意を押しなべて見てきたようなその笑顔。
「おまんら、いつまで待たせる気じゃ!」
男性にしてはか細くて甲高い声が辺りに響き渡る。
ろうそくの炎が大きく揺らめく。
記憶の端に何かが引っかかる。つんつんと胸の奥をつつくようなその声の響き。
胸のなかが訳もなく熱くなる。 ホントに?あの人が?嘘でしょ。。
ちゃんとした会話らしきものは殆どなかった。
でも、目が合うと必ず微笑みを返してくれた
身体が触れると必ず優しくハグもしてくれた。
言葉よりも肌感覚で接してくれた人。
それがまだ見ぬ、私の白馬の天使?
この戸を開ければ平成の世が待ってるということ?
みんなの笑顔のある所。
その時確かに時間が止まっているようだった。
胸の鼓動がはち切れそうに高鳴る、息が苦しいほどに。、
「いいですか太夫、開けますよ」
引き戸に手をかけたその時、部屋の灯がふっと消える。
なかで風に吹かれるように人影が動く。
その直後、
「ご用改めである!!何人もその場を動くこと、まかり相成らぬ!」
階下に響き渡るその声。廊下を踏み鳴らす足音。階段を駆け上がる集団のざわめき。もうそれだけで彼らが何者かは想像がついた。
「新撰組である!廊下に飛び出すものは斬って捨てる!」
新撰組一番隊長沖田総司、廊下に据えられた仄かな行灯の灯がその横顔を浮かび上がらせる。
「おい、そこ!」
「へっ、へい!」
「動くな、言うてるやろ!」
「へいっ、い、いまこのお座敷に入るところで・・」
おじさんに押されるように後ずさりしていた私の脚が止まる。
ここにも懐かしい声が。
嘘?こんなことって、ある?
「そ、その関西弁・・・」
「なんや、あんた、女郎さんか?」
闇に浮かび上がるのは足元だけ。鼻面まで付き合わさないと男か女かも分からない。手探りする思いで、今聞こえて来る声の記憶の糸を辿る。
「わ、わたしは夕霧・・・あっ・・。お、おいらん夕霧でありんすが・・」
「夕霧?、ちょっと待ちや・・あんた・・」
バタン!!ダダッ、ダダンッ!!
戸が開くとともに黒い影が駆け抜ける。振り向き様に耳をつんざく様な銃声が一発。
その銃声が轟く前、沖田総司はもう二三歩先の空中を跳ぶ。
抜かれた総司の切っ先がその黒い影の頭上から、一刀の元に振り下ろされる。
堪らず、もんどり打って崩れ落ちる黒い影。
「ひえーっ」
おじさんが転がるようにして逃げていく。
提灯も消え闇の中に取り残された三つの影。
漆黒だけが支配するその中で相手の吐息だけを頼りに二人は向き合う。
「おとなしゅうしいや、うちの切っ先はもうあんたの鼻面に付いてるで」
「ふっ、こっちのペストルもおまんの心の臓にピッタリと向いてるんじゃきのぉ・・・」
もう分かっていたはずだった。互いが何者なのか。
気まぐれな時の流れが許せなくて、いらだたしくて、
歴史の波に無理からあらがって見せているだけなんだ、二人とも。
「もういいでしょ!!」
何がもういいのか分からなかった。でももういい。
歴史の流れに身を置く。そんな中で最低限の仁義はもう切ったはず。
歴史がどうの運命がどうのなんてもう考えなくていい
生きたいように生きる、自分の為に仲間の為に。
手探りでまさぐっていた手に転がっていた提灯が当たる。
「だから、もういいでしょ・・」
懐かしさと切なさが一気に込み上げる。
抑えていたものがあふれだす。
今にも消えようとするその蝋燭の煌めきに願いを込める
その願いに答えるようにゆらゆらとした炎に力が戻っていく。
手に翳した明かりが辺りを眩しく染めていく。
仄かな明かりが戻るなか、二人の息遣いが止まる。
まるで血の匂いがするような先程までの辺りに漂う濃厚な殺気はもう消えていた。
「もういいんだから・・・さや姉・・ぱるさん・・・」
歴史の針が動いたような気がした。
あと何人か分からないけど、ひとつになれば何かが起こる
そんな気がした。
歴史の針を戻せるかどうかは分からない。
けれど導いてくれてる得体の知れない不思議な力を私達は感じ始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます