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きみは 私と似ていて 正反対
私は 毎回 派手になったり 地味になったり
そういう カードを 選んだんだろうね
きみの 好みも コロコロ 変わるね
そういう カードを 選んだんだろうね
なにを 選んだかは リンネしか 分からないから
きみが いつか 振り向いてくれるんじゃないかって
私は 今日も
私の、私による、私のための、
*
「佐倉ってさ、なんかしてんの?」
「なにかって?」
「塾…とか」
俺が佐倉から1位を強奪すると決めたのは、半年前だ。
高校1年生、まだ荒れた心を捨てきれずにいた俺は、
「ん~そうだなぁ」
半年も過ぎていた。
俺等はあの日から、2人の秘密基地みたいなこの
屋上行きの埃積もった階段でさえ、佐倉がいれば佐倉の空気感だった。
「なんで急に?」
「いや……」
今年は、同じ2年A組になった。
今の俺等には、授業の質の差はない。
正真正銘の平等で、この学力差は『努力』と言われる。
佐倉の特殊勉強法が吸収できるかもしれないと思って、授業中にチラチラ佐倉を見てきた。
収穫は特にない。佐倉はなんもしていなかった。
本当に、なにもしていないのだ。
「聞きたい?」
俺と反対側の壁に寄りかかった佐倉が目の前で、もったいぶったニヤケをした。
満点だけを勝ち取る佐倉に、上はない。
先生が試行錯誤するものの、佐倉はそれをするする通り抜けて飛び越えていく。透過されている。
俺の勝利は、満点を取る他ないなんて知ってるけど、簡単に言うなよ。
「でもなぁ、ずるいって言うか」
「なに? カンニング?」
「それはさすがにしてない」
テストにおいて、カンニング以外にずるいことってあんのか?
「問題、事前に知ってるとか」
「カンニングの一種でしょ」
「そうか……」
真剣に悩んでいる俺を、佐倉は向かい側でニコニコしていた。
ずるいっていう、彼女の秘密を暴露させてやりたいんンだけど。
「他に不正ってあんの?」
「うーん、不正じゃないよ」
「分かんねェよ!」
「怒らないでよ~」
「教えてくれたら怒らねェわ」
「教えたら怒るんだってば!」
「怒んねェって言ってンだろ!」
「すでに怒ってる~!」
水遊びをする幼稚園児みたいだ。
入学式に見たイメージは真面目そうで、赤眼鏡が似合っていた。
今はサングラスの方が似合う。
きゃっきゃとはしゃいで幼稚だし、俺がなにかを言えば言い返してくる。
かと思えば、授業中は怖いほどの真顔で、じーっと黒板を見ている。よく分からない。
俺とは違う優等生で、生徒会をこなし、実行委員をこなし、先生からもお気に入り。
そういう時に見せる顔は佐倉の『高校生』の顔だ。
だから、俺に見せるのはたいてい『幼稚園児』。
佐倉佳乃って、なんなんだろうな。
「『カメラアイ』って知ってる?」
「は?」
突拍子もないカタカナ語文字に、素っ頓狂な声を上げていた。
寄りかかっていた壁から背中をはがした佐倉から、すっと笑みが消える。
装飾のない、生身の彼女が、俺を捕らえた。
「瞬間記憶能力」
佐倉は口だけ動かす。
瞬間、俺は硬直して、するする、記憶を手繰り寄せる。
「……見た物を、そのまま記憶する」
俺も口だけ、とはいかずいろいろ動かした。
『カメラアイ』。
知っている。
読んだことがある。なにかで。
なんだっけ、思い出せない。
小さい頃、母さんが買ってきた、
厚いような薄いような、古びた、——桃色?
なんの本、だっけ。母さんが買ってきた?
「記憶する、とは違うかな」
佐倉は、
階段を3段上がって、踊り場に佇む俺を、見下ろす。
目を瞑った。息を吸った。
口元だけの微笑がまるで本物のように、喋り出す。
「カメラってさ、撮ったらSDカードに保存されるでしょ?」
「ああ」
「スマホだったら、カメラロール」
撮った写真が一括保存されていて、見たいときに見れる。
「脳みそがね、そんな感じ」
「カメラロール?」
「そうそう」
「それがどういう——」
カラン。
ビー玉が、おちていく音がした。
破片が、右往左往して、散乱、散乱。
俺は、かき集めて、拾う。そろえる、
「…………ね?」
カメラアイ。
瞬間記憶。
見たものをそのまま記憶。
カメラロールみたい。
1000点満点のテスト。
授業中なにもしていない佐倉————
「……授業をまるごと、覚えているのか?」
「そうだよ」
佐倉は真顔だった。
疑いつつの予想が、瞬時に承認されてしまう。
先生の板書を、佐倉は、見ただけで?
「ね、ずるいよね」
俺とは反対だ。
暗記する単語だって、寝て起きたら忘れる。
それを見るだけでいいとか、ホント、
「すげぇじゃん!」
「え……?」
ドラマでとりあげられているのは知っていたけどまさか、こんなに身近にいるとか!
「実際に会ったのは佐倉が初めてだわ」
「いやでも、みんな頑張ってるのに私は……」
「それってさ、」
本の内容は忘れた。
題名も分からない。
でも、今なら言葉が出てきそうだ。
俺の言葉として。
「それって」
覚え続ける、つまり、
「“嫌なことも忘れられない”ってことだろ」
悲しいこと、嫌な出来事の瞬間。
生きれば生きるほど溜まっていく記憶。
たぶんそれは、死んでもなお。
「いいことばっかじゃないだろ」
「っ、」
「佐倉は佐倉で頑張ってンだからいいんだよ」
俺は、勉強を頑張っている。
でも佐倉は、俺に勝つ。
一遍だけ見たら理不尽だ。報われてなさそう。
でもさ、よく見てみろよ。
俺は、嫌なことを寝たら忘れる。
でも、佐倉にとってそれは至極だ。
瞬間記憶に伴いがちなフラッシュバックにも耐えなきゃいけない。
どうする方法も分からない、相談もしにくい、ずるいって言われる。
羨ましがられる。いいことばっかじゃないのに。
「辛かったな」
「べつに……」
「泣けよ、泣いて謝れ俺に」
「えぇ、、」
「“言えなくてごめん”って」
ぽろぽろ、水粒零して笑う。
「意味わかんない。でも」
風が吹き荒れる。
すぐ近くの、ちょっと上の屋上で。
沸騰した湯みたいに泡立って、施錠されたドアがガタガタ震える。
風に負けたドアが開いた。
「ありがとう」
紛れながら5文字
下にいるナツメに聞こえた?
「次は、きみの嗜好《》しこうにあった子に転生する、から」
ビー玉の破片も、巻き込まれて、ぐるぐるだ。
「あと、私の本よんだでしょ」
もう
見えない
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