きみは 私と似ていて 正反対



私は 毎回 派手になったり 地味になったり


そういう カードを 選んだんだろうね



きみの 好みも コロコロ 変わるね


そういう カードを 選んだんだろうね



なにを 選んだかは リンネしか 分からないから



きみが いつか 振り向いてくれるんじゃないかって


私は 今日も


私の、私による、私のための、







「佐倉ってさ、なんかしてんの?」


「なにかって?」


「塾…とか」



 が佐倉から1位を強奪すると決めたのは、半年前だ。


 高校1年生、まだ荒れた心を捨てきれずにいた俺は、仄暗ほのぐらいこの屋上への階段で、佐倉佳乃さくらよしのにつっかかった。



「ん~そうだなぁ」



 半年も過ぎていた。



 俺等はあの日から、2人の秘密基地みたいなこの辺境地へんきょうちで、昼休みに駄弁る。


 屋上行きの埃積もった階段でさえ、佐倉がいれば佐倉の空気感だった。



「なんで急に?」


「いや……」



 今年は、同じ2年A組になった。



 今の俺等には、授業の質の差はない。


 正真正銘の平等で、この学力差は『努力』と言われる。



 佐倉の特殊勉強法が吸収できるかもしれないと思って、授業中にチラチラ佐倉を見てきた。


 収穫は特にない。佐倉はなんもしていなかった。



 本当に、のだ。



「聞きたい?」



 俺と反対側の壁に寄りかかった佐倉が目の前で、もったいぶったニヤケをした。



 満点だけを勝ち取る佐倉に、上はない。


 先生が試行錯誤するものの、佐倉はそれをするする通り抜けて飛び越えていく。透過されている。

 


 俺の勝利は、満点を取る他ないなんて知ってるけど、簡単に言うなよ。



「でもなぁ、ずるいって言うか」


「なに? カンニング?」


「それはさすがにしてない」



 テストにおいて、カンニング以外にずるいことってあんのか?



「問題、事前に知ってるとか」


「カンニングの一種でしょ」


「そうか……」



 真剣に悩んでいる俺を、佐倉は向かい側でニコニコしていた。


 ずるいっていう、彼女の秘密を暴露させてやりたいんンだけど。 



「他に不正ってあんの?」


「うーん、不正じゃないよ」


「分かんねェよ!」


「怒らないでよ~」


「教えてくれたら怒らねェわ」


「教えたら怒るんだってば!」


「怒んねェって言ってンだろ!」


「すでに怒ってる~!」



 水遊びをする幼稚園児みたいだ。



 入学式に見たイメージは真面目そうで、赤眼鏡が似合っていた。


 今はサングラスの方が似合う。



 きゃっきゃとはしゃいで幼稚だし、俺がなにかを言えば言い返してくる。


 かと思えば、授業中は怖いほどの真顔で、じーっと黒板を見ている。よく分からない。



 俺とは違う優等生で、生徒会をこなし、実行委員をこなし、先生からもお気に入り。



そういう時に見せる顔は佐倉の『高校生』の顔だ。


だから、俺に見せるのはたいてい『幼稚園児』。



佐倉佳乃って、なんなんだろうな。



「『カメラアイ』って知ってる?」


「は?」


 

 突拍子もないカタカナ語文字に、素っ頓狂な声を上げていた。



 寄りかかっていた壁から背中をはがした佐倉から、すっと笑みが消える。


 装飾のない、生身の彼女が、俺を捕らえた。


 

「瞬間記憶能力」



 佐倉は口だけ動かす。


 瞬間、俺は硬直して、するする、記憶を手繰り寄せる。



「……見た物を、そのまま記憶する」



 俺も口だけ、とはいかずいろいろ動かした。

 


『カメラアイ』。


 知っている。


 読んだことがある。なにかで。



 なんだっけ、思い出せない。



 小さい頃、母さんが買ってきた、



 厚いような薄いような、古びた、——桃色?



 なんの本、だっけ。母さんが買ってきた?



「記憶する、とは違うかな」



 佐倉は、自嘲じちょうのように笑った。



 階段を3段上がって、踊り場に佇む俺を、見下ろす。


 

 目を瞑った。息を吸った。


 口元だけの微笑がまるで本物のように、喋り出す。



「カメラってさ、撮ったらSDカードに保存されるでしょ?」


「ああ」


「スマホだったら、カメラロール」



 撮った写真が一括保存されていて、見たいときに見れる。



「脳みそがね、そんな感じ」


「カメラロール?」


「そうそう」


「それがどういう——」



 カラン。



 ビー玉が、おちていく音がした。


 くうを切りながら、重力に従う。



 破片が、右往左往して、散乱、散乱。


 俺は、かき集めて、拾う。そろえる、



「…………ね?」



 カメラアイ。


 瞬間記憶。


 見たものをそのまま記憶。


 カメラロールみたい。


 1000点満点のテスト。


 授業中なにもしていない佐倉————

 


「……授業をまるごと、覚えているのか?」


「そうだよ」



 佐倉は真顔だった。 


 疑いつつの予想が、瞬時に承認されてしまう。



 先生の板書を、佐倉は、見ただけで?



「ね、ずるいよね」



 俺とは反対だ。



 暗記する単語だって、寝て起きたら忘れる。


 それを見るだけでいいとか、ホント、



「すげぇじゃん!」


「え……?」



 ドラマでとりあげられているのは知っていたけどまさか、こんなに身近にいるとか!



「実際に会ったのは佐倉が初めてだわ」


「いやでも、みんな頑張ってるのに私は……」


「それってさ、」



 本の内容は忘れた。


 題名も分からない。



 でも、今なら言葉が出てきそうだ。


 俺の言葉として。



「それって」



 覚え続ける、つまり、



「“嫌なことも忘れられない”ってことだろ」



 悲しいこと、嫌な出来事の瞬間。

 

 生きれば生きるほど溜まっていく記憶。

 


 たぶんそれは、死んでもなお。



「いいことばっかじゃないだろ」


「っ、」


「佐倉は佐倉で頑張ってンだからいいんだよ」



 俺は、勉強を頑張っている。


 でも佐倉は、俺に勝つ。

 


 一遍だけ見たら理不尽だ。報われてなさそう。



 でもさ、よく見てみろよ。



 俺は、嫌なことを寝たら忘れる。


 でも、佐倉にとってそれは至極だ。



 瞬間記憶に伴いがちなフラッシュバックにも耐えなきゃいけない。


 どうする方法も分からない、相談もしにくい、ずるいって言われる。



 羨ましがられる。いいことばっかじゃないのに。

  


「辛かったな」


「べつに……」


「泣けよ、泣いて謝れ俺に」


「えぇ、、」


「“言えなくてごめん”って」



 ぽろぽろ、水粒零して笑う。



「意味わかんない。でも」



 風が吹き荒れる。


 すぐ近くの、ちょっと上の屋上で。


 沸騰した湯みたいに泡立って、施錠されたドアがガタガタ震える。



 風に負けたドアが開いた。



「ありがとう」



 紛れながら5文字


 下にいるナツメに聞こえた? 



「次は、きみの嗜好《》しこうにあった子に転生する、から」



 ビー玉の破片も、巻き込まれて、ぐるぐるだ。



「あと、私の本よんだでしょ」





 もう


 見えない

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