どのきみも


考えるより 先に 口と手足が 動いてる



私は 嫌なことは きらいだな


きみの その 表情が


『  』で ずっと 一緒だから



忘れられないから



逃げている



でも


逃げって 悪いことじゃないでしょう



きみは 正面から 激突するね


 ≪  ≫ だからなぁ







 SHRは早く終わる。これさえ終われば、ちゃりんこで、今日の帰路を急ぐ。


 家事と学業の両立のために、は1分1秒でも無駄にしたくはない。



 今日の殻の外は、晴れているようだった。



「再来週ぐらいに、模試があるからな。記入する志望大学、決めておけよ」



 担任が告げた。まわりは案の定、うんざり顔だ。



 高2になって、最初の模試か。



 大学進学の目安となるから上を目指す。そして今回は特に、打倒芳野咲良。



「あい、じゃあSHR終了。早く帰れよー」


「さいならー」

 


 出席番号1番の赤松あかまつが、いちはやく適当な返事をして、いちはやく教室を出て行った。

 

 彼に続くように、何人か、ポツポツと帰宅をするか部活に行く。



「なァ夏目なつめ



 僕も早く帰りたいはずなのに、彼女に話しかけられると、いつもあしらえない。



「大学、決まってる?」



 隣の席の芳野咲良よしのさくらさんは、なぜかポッキーを煙草みたいに持って食べている。吸いたいの?


 僕と目が合うとナチュラルに差し出してきたけれど、丁重にお断りした。

 


 彼女と話すようになって、1カ月ほど経つ。


 席替えをしていないから、今日も僕の左隣は芳野さんだし、芳野さんの右隣は僕だ。



「……まぁ」


 

 志望大学は決まってはいる。けれど、わざわざそれを言うのもはばかられた。


 いつものように、適当に濁している。



「やっぱそうだよなァ」



 彼女は無気力たっぷりで、机にぐでっとした。


 ポッキーの食べる手が止まらないご様子だ。友達へもひょいと1本渡した。



「咲良ちゃん、迷ってるの?」


「うぬ……」



 放課後の屋上勉強タイム以外、彼女のそばには必ず友達がいる。


 ちなみに僕にはいない。



「モモは決まったんでしょー?」


「うん! 咲良ちゃんのおかげで国公立行けそう!」



 今日の側近は、桃井ももいという女子だ。



 女子のカーストは、どこの世界でも存在しているのだろう。


 芳野咲良は、クラスはおろか学年でもトップだ。知らなくても分かる。


 

 慕われる理由は、派手さではない。


 椎高において、派手は不要だ。むしろ軽蔑される。



 人柄だ。



 芳野咲良という、人間の。


 彼女の友人層の幅広さがそれを示す。



 友達のいない僕とは違う。


 そういう点でも、彼女には負けている。



「芳野さん、なにに迷ってるの?」 


 

 けっきょく僕は、定期テストⅠを、彼女にボロ負けした。


 僕が勝てた教科はひとつもあらず、彼女が点を失った教科はひとつもない。



 芳野咲良はトップを独走、1000点満点。


 僕は976点。大差だ。



「レベルは充分なんだから、どこでもいけるよ」



 僕は言った。お世辞じゃない。



 本当に彼女は、どこでも行ける。なんでもできる。



 なんでこんな、ちょっと進学するくらいの高校に来た? 


 彼女なら優に飛び級もできるのに。


 

「学科が決まらないの?」


「いやぁ……」


「僕の第一志望は、T大だけど」



 言わないつもりだったけど、言ってしまった。



 別に、わざとだ。


 彼女が同じ大学志望だったら嬉しい。から。



 ここ1カ月、彼女を打倒するためにかなり勉強をしている。



 彼女と話すようになって、僕は成長した。意識して、競争心に駆られて、向上する。


 そういう受験勉強ができたらいいだろう。



 そうやって、大学生になっても、彼女を追いかけられたらいい。


 僕が彼女を抜かせたら、彼女が今度は僕を追いかければいい。



 そうやって切磋琢磨していけたら、なぁ、なんて



「私は、大学、行かないかなぁ」



——は?


 なに? なんて?



 芳野さんのポッキーの音だけが聞こえる。



 いつのまにか教室は、僕等3人を除いて空っぽだった。



 僕は、なにも言えなかった。


 場をつないでくれたのは、桃井さんだ。



「……さ、咲良ちゃん~そうなら言ってよ!」


「ごめんごめん」



 木々がわさわさ揺れる、はずもなく。


 殻の中で、快適に成長した緑植物が痛い。



「アタシはいいと思うよ! 咲良ちゃんが決めたなら」


「ありがとモモ~」



 色は嫌いだ。



「専門学校とか?」


「まだ悩んでる。でも社会に抗ってみたくて」



 きっと世界はなにも悪くない。

  

 悪いのは、色を痛いと受け止める、僕の目だった。



「……んでだよ」



 僕だった。



「ごめ——」


「なんでだよ! その才能棒に振るのか!?」



 イエロー警報は鳴る間もなく、既に赤かった。


 気づいたときには暴走している。



「ちょっと、」



 まっかっかだった。僕は、無視した。



「自分の立場わきまえろよ!」


「夏目くん、ちょっと」


「天才には凡人の努力が分かんないだろうな!」


「咲良ちゃんにそんな言い方ないでしょ!」


「桃井さんに関係ねぇよ」


「関係あるよ、咲良ちゃんの友達だもん」


「友達ってなんだよ。すがってるだけだろ」


「すがっ——」



 僕を留める術はない。



「だいたい、なんで芳野さんはそんな派手な格好をしてるの? かっこいいと思ってる?」



 止まらない



「頭が良ければなにしてもいいの? 目立ちたいだけ?」



 止まれない



「勉強も目立ちたいからしてる? ほんとうは不正だってしてるんじゃないの?」



 とまれ



「僕は、きみが、」



 とまって、



「嫌いだよ」



——————とまった。



おわったから。


のこってないから。



いつかからの、わだかまりが、全部。


言葉に変化へんげしてしまった。

 


「知ってるよ。」


「……」


「きみは何度だって私を嫌ってる。もう、慣れたよ」



 こわれたから、しゃべれない



「……なんど巡っても、成功しないの。失敗することには成功するの。


 でも、成功することは成功しない。



 いろんな世界を見てきたよ。

 

 女たらしのきみは5股くらいしてたり、


 植物好きなきみは学校に花を咲かせて受賞したり、


 あとあと、ダークな作品を描くね、小説家だったりね。

  


 前回のナツメは、元ヤンだったなぁ。


 また会えるかな。



 私もね、いろんな私がいるんだよ。



 いろんな人格要素がね、輪廻転生リンネテンセイのたびに変わるの。


 おもしろいよ! ぜーんぶ覚えている。



 でも、不変要素は変わらないの。


 私は私で、名前や姿が変わっても。



 だからね、このサクラに宿ってしまった『  』は、ずっと一緒なの。


 もちろん、ナツメもそうだよ。ナツメの≪  ≫はね————


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