どうしてかな



きみと 面と向かって 話すときは


いつも 仄暗ほのぐら



きいろが くすむ


きみの髪か 私の髪か



私の 心か



いろんな人生世界で 同じ色を みている



 





分かってンだよ。


が負けだって。



「な、夏芽なつめ


「あ?」


「まずいって」


「なにが」


「なにがって! 女の子だぜ相手」


「来たくねェなら来んな」



 校庭の紅葉が、四季らしく淡く色づいていた。



 癪に障って、ギリギリと睨み飛ばす。


 でも紅葉は動じないで、さわさわ揺れている。

 


 いいよな、お前らは。



 生きているだけで、成り行きで色が染まるだけで、綺麗って称賛される。


 存在を褒められる。


 価値があるってよ、そこにいるだけで。



「俺は、」



 静止する松橋をそっちのけで、僕は隣のA組へ向かった。



 自然には価値があるだろ? 紅葉だって桜だって、人の役に立ってンだろ。


 なくなったら、誰か悲しむ。



 じゃあさ、俺は? 俺はどうだよ。


 

 自然界の一員になれてンのか? 



 ……んなわけねェだろ。



 なんなんだ俺って。


 『悠木夏芽ゆうきなつめ』を、世界のだれが認めてくれんだよ。



「………おい、そこのお前」


「夏芽っやめとけ」



 A組のドア付近にいた女子に話しかけた。


 知らない、面識のない、知らない女子。



「え……あ…っと」



 ほら見ろ、あからさまに怯えられた。

 

 俺が話しかけた。それだけで。 



「やめろって。夏芽はすぐ本能むき出しにするから」


松橋まつはしには関係ないだろ」



 掴まれた腕をまた、前回より強めに引きはがした。


 鬱陶しい。関係ない人に割り込まれる筋合いはない。



 俺は俺だ。



「ごめんね、クルミちゃん」



 歯ぎしりが止まらない俺の横で、松橋が女子に話しかけた。



「こいつ、こういう人でさ、」



 ごめんね? なにが。


俺のなにが悪い? 口調か? 態度か? バカ、存在全部だろ。



「……佐倉佳乃さくらよしの


「え?」



 生まれつき、こうだったわけじゃない。


 敷かれた道からはみ出してしまって、結果たどり着いたのがこの『俺』なだけだった。



 好きでこうなったわけじゃない。


 気づいたら不良と呼ばれていた。



 治そうとだって思っている。高校に入ったら、中学時代のナツメは、綺麗に保存しておこうって。

 


 分かってるンだってば。



「佐倉佳乃は、どこだって言ってンだよ」



 自己中で、俺が接することで、人を傷つけていること。


 中学のダチも仲間も、弟も母も、きっと死んだ親父も。



 みんな俺の被害者だってこと。



「よ、佳乃ちゃんに、なにか、……」


「夏芽、いい加減にしろ」



 俺が誰かを傷つけるときは決まって、俺自身に『傷つけた』という傷ができる。



「クルミちゃん、呼んだー?」


「よ、よしのちゃ、」



 傷つけている対象の最大は、自分だってこと。



「……お前だな」



 暢気のんきにニコニコ現れたのは、確かにあの日脳裏に焼きつけた、長黒髪の赤眼鏡だった。



 佐倉佳乃。



 テストのたびに視界に入って来て、その都度いらだつ。


 名前を、勝手に一人で反芻して、勝手に一人で煩わしく思っている。



 身勝手だって、分かってるって。



「佐倉佳乃。ちょっと来いよ」


「いいですよ~」



 佐倉佳乃は、能天気だった。


 俺は、苛立っていた。でもそれ以上に、



 泣いてしまいそうだった。俺が。



 ごぼごぼ雨粒が逆流するみたいに、感情が。いろんなものが。




「佳乃ちゃんっ」


「ん?」


「あ、危ないよ……」



 クルミという人が震えながら、佳乃を見た。



 俺のせいだ。ぜったい。


 俺がコイツを怖がらせた。泣かせた。



 でも、俺だって泣きたい。俺のせいで。


 同じやつからの被害者だから、こいつとも分かり合えるかな。俺が優しい人になれた日には。



 逸するように、騒めく廊下を歩き進めた。


 学年唯一の金髪が通れば、自然と道が開く。



「あぁ、大丈夫だよ。この人『悠木夏芽』」



 は?



「ごめんごめん、今行く」



 佐倉の声に振り返った俺を、催促と捉えたのか、駆け足でついてきた。



「………知ってンのか」


「なにが?」


「俺のこと」



 名前は知っているか。


 彼女の下段は、必ず『悠木夏芽』だから。



 でも、それとこの容姿がどう一致したのかは、俺には分かりかねる。なにかで見たか?



 そういえば、入学式の日も。



「いい名前だなぁって思ったよ」


「似合わねェってか」



 夏の芽だなんて、新鮮で、初々しい。俺には似合わない。



 爽やかさが嫌で、中学の頃は『ナツメ』と名乗った。


 俺が主将の軍団の名も『ナツメ組』。



「そんなことないよ。活力たっぷりの『夏の芽』は、夏芽くんにぴったり」


「か、活力…‥」



 魚か?



「優しいでしょ、夏芽くん」


「は、はぁ……」


 

 とりあえず濁しておいたけど、は? なに言ってンだ。


 優しい? さっき俺は、お前の友達を半泣きさせたけど。



「きみは優しいから、自信もってよ」



 自分に優しさがあるかどうかなんて、自分でいちばん分かる。



 ない。



 ないよ。ない。


 ないんだよ俺には。



 あればよかった。持ち合わせていたかった。


 それがあれば今日みたいに、人を泣かせることだって、誰かを傷つけることも、なかったのに。



「…………優しくはないよ」



 悲哀感たっぷりの否定文に、佐倉はもう口を挟まなかった。




 屋上へ向かう階段は、誰も通らない。

 

 学校の屋上は、上がれないらしい。誰も、行けない場所へ行こうとはしない。



 薄暗くてほこりっぽくて、中学の頃に暴れたときの雰囲気が漂っている気がした。



「夏芽くんは、いろんなことを、強要されてきたよね」


「は?」


「勉強とか、人間関係とか、辛かったでしょ」


「なにいって——」



 言葉が、詰まってしまった。



 なにを言う。お前になにが分かる。


 否定をしようにも、喉につっかえるようにして、喋れない。



「ね?」



 それは、辛いっていう感情を知っているからだ。



 勉強とか。


 人間関係とか。

 


 勉強は、昔からしていた。


 母の買ってきた課題をこなした。塾に通った。頭に好影響な習い事もした。



 小学生の頃のテストはほとんど満点だった。


 失点があると、問答無用に罵声を浴びた。



 受験に失敗したときは、母から殺意さえ感じた。


 ちょうど父が死んで、心が荒んでいたンだろう。



 中学のテストは、不良のレッテルを貼られながらも全部1位。


 当然だ。


 小学校の頃の成績優秀組の仲間は、みんな私立の学校へ進学したから。

 


 人間関係は、ある意味、良好だった。常に友達がいた。


 でも、みんな消費期限つきだった。



「なん、で」



 辛いわけない。


 世界を見渡せば、俺の傷なんて浅すぎて見えない。


 なんで佐倉は、見た?



「昔のき……と、友達でね。いるの。きみみたいな人が」



 俺を見たわけじゃなかった。



「………へぇ」



 なにを期待したか、落胆していた。自分が。



 俺みたいな人か。


 元ヤン、なのかな。

 


 『悠木夏芽』に似ている人はひとりも知らない。いない。



 小学校の頃、成績を競い合っていた友達は、俺がグレた瞬間去っていた。

  

 不良化してからよくつるんだ友達はいま、荒れめな高校通いか、留年をしている。


 俺みたいに進学校に来た当時の仲間なんていない。

 


 会ってみたい。


 似ている人に。



「その人もさ、ちっちゃい頃から苦労してて。


 母子家庭だからいろいろ頑張ってるの。


 でもね、おかしくて。


 頑張りすぎて疲れているのにさ、私にテストで勝つって言うんだよ。


 順位が取れないとお母さんに怒られるのかなって思って、譲るよって言ったの。


 そしたらその人、私が手を抜いたら怒るっていうんだ。


 笑っちゃうよね……」



 泣きそうだった。



 うつむいた佐倉の表情はよく見えない。


 彼女の目からぽつぽつ雨が降っても、俺は気づけない。



 感傷の情がない俺には、なんも分かれないンだろう。佐倉の、昔の友達のこと。



 昔って、もう会えない?


 まだ16年間しか生きていない俺等に、昔なんてねェだろ。



 てかそもそも



「俺とどこが似てる?」



 俺の劣り具合が顕著になっただけだそれ。


 共通点は母子家庭だけだ。



 いぶかしそうに佐倉が、ちょっと顔を上げた。



「え? 全部そっくりだよ」


「元ヤンなのか?」


「んなわけないでしょ、はなし聞いてた?」


「聞いてたけど……」



 母子家庭で頑張ってるヤツと、母親に諦められた俺を似ているとか、頭イカれてんじゃねぇの。



「負けず嫌いなんだよ」



 佐倉が、ため息を吐く。


 他人を語る佐倉は微妙に主観的で、でも優しい。



「私がいちばんで、ナツメが次なのが嫌だって」


「俺は言ってねぇよ」


「思ってるでしょ。知ってるよ」



 必ずきみが、順位表を目にすること。


 穴が開くほど睨みつけて、去る。


 でも1回だけしか見ないこと。

 

 毎回友達に励まされていること。


 そのあとは、振り払って1人になる。


 それでまた友達と合流するときは、目が、赤いんだよ。


 

 知ってるよ。ここじゃない人生世界でも、きみはそんな感じだからね。



「なんで私を呼びだしたの?」


「っ……」



 佐倉を呼び出した理由。

 

 ついさっきだ。覚えてはいるけど、もう鎮火してしまった。



「告白? 照れちゃうなぁ」


「地味なのはタイプじゃない」


「ええ~、ショックだなぁ」



ショックそうに見えねェ。



「ね。なんで」



 吐息がにわかに響いた。


 階段は、埃ばかりだ。俺の心ン中も、埃をかぶっている。



 分かり切ったことを言葉にするのは、難しい。



 俺は、


 佐倉佳乃が、



「……嫌いだからだ」



 隅に隠れた、大きい埃と目が合う。



 そりゃ、嫌うだろう。嫌ったって仕方がない。



 毎回、いつも、俺の上にいる。

 

 届かない。



 伸ばしているのは、手だけじゃない。手すら届かない。


 つま先で立って、背伸びして、不安定でぐらぐらして、でも踏ん張って、



 佐倉佳乃の袖口だけでも引っ張ろうとしてンのに。


 届けない。



 存在も見えない。霧がかっているように、もはや壁があるように。


 知っているのは、名前だけ。



「どうしたら、佐倉佳乃から、1位を奪える」



 そんなの自分で考えろって。



 陰気くさくて反吐が出る。


 中学の俺が今を知ったら、殴るだろうな。



「欲しければ、譲るけど」


「要らねェよ!」


 

 昔から、自己承認欲求と自己顕示欲の塊だった。


 自分を認めてほしい。見てほしい。

 


 今さら、それを抑えようだなんて無意味だろ。


 自分の、自分による、自分のための、

  


「俺が、奪うから」



 悪足掻わるあがきだ、全部。




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