きみは 私に勝てない


そういう宿命だから 抗えない


私は 『  』のせいで きみに負けられない


でも きみに 負けてみたいな



だから ほら 


はやく



私に 勝って




 



「はい、定期テストⅠ、返しますよ」


「えー……」


 

 うわー、いやだ、解き終わんなかった。やばい。今日のご飯ない。



 のまわりでもテストへ文句がガツガツ聞こえた。


 決してそれでテスト返却が鎮火されることはない。



「A組の平均点は——」



 テスト期間とは、テスト勉強をしている期間だけではない。


 テスト勉強、最中、そして狂気的な返却と直しのラッシュ。


 もはや毎日テスト期間だ。

 


「今回の最高点は……」


  

 恒例のように、トップ層の名前と点数が発表される。


 良かれと思っているのだろう。モチベーションアップのために。



「なんと、150満点です」



 ざわついた。



 人が3つに分かれる。

 

 検討もつかずきょろきょろ見回す人と、僕へ視線を送る人と、その150点満点の人を察し当てる人。



 まんなかは撤回だ。



 クラスメイトが見ているのは僕じゃなくて、彼女だ。僕の、隣の席の。



「その人は~」



 今年の僕は、テストのたびにはずかしめを受けることになるだろう。

 

 1年の頃、毎回クラストップだった僕は、



芳野咲良よしのさくらさん!」



 地に落とされる。



 歓声が起こった。


 今年度初の定期テストだから、芳野咲良の天才ぶりを知らない人もいる。



 拍手が起こった。



 彼女は、今日もニコニコ笑っていた。


 金髪が異色に目立っている。それを戒めることもなく、讃える。



 それら全部が、彼女の存在まるごとぜんぶぜんぶ、僕への当てつけにしか見えなかった。




「芳野さんすげー」「去年もずっと満点だったよね」


「いつも1位のひと?」「失点ゼロの」


「ギャルかと思ってた」「天才ギャルだ」




 みんなの視線が、芳野咲良へ向かう。僕と、芳野咲良本人から以外。



 勘違いはするな。僕へじゃない。



 金髪の彼女が、金メダルを取っている。


 清々しくて、晴れ晴れしいことだろう?




「夏目くんは?」「夏目くんかと思った」


「去年は夏目くんだったのに」「さすがの夏目も満点は無理だろ」




 期待の言葉を勝手に拾って勝手に背負って、苦しくなった。



「次が夏目裕紀なつめゆうきくんで、143点」



 人知れず音量の下がった拍手が、僕に贈られる。



 もう、地に落とされ過ぎて沈んだ。


 穴がなくても掘って埋まるから、ほっといて。



「夏目、おめでとーよ」


「……芳野さんこそ」



 長い睫毛を上へ向けた、黄色い彼女がこっちを向いた。


 その笑顔は、きっと本当に僕を讃えているのだろう。



 本物には、本物を。


 僕は精いっぱい、上げられるだけ口角を上げた。



 芳野さんは、悪くない。いい成績をとることが、悪いわけない。


 でも、僕にとっては、彼女の良績はとても都合悪く、邪魔だ。



 申し訳ない。理不尽に恨むことが。そして自分が鬱陶しい。


 負け犬をしている暇があるなら、精進しろ。



 きっと、僕はぜんぶイビツなんだろう。



「夏目くんさ」


「うん」


「昨日会ったよね?」


「うん」



 僕らは昨日、密会のように屋上で遭遇した。たぶん。



「老けた?」


「は?」


「昨日、もっとぱりってしてたのに。苦労してンだな」



 苦労、って……。



 僕の事情でも、知っているような口ぶりして。知りえないだろうけど。


 どうせなら、頑張ってるって言ってくれればいいのに。



「アタシしか気づけないと思うけど」


「芳野さんと仲良くした覚えはないよ」



 言ってしまってから、はっとする。


 イライラに任せて口走ってしまった。



「……ごめん」



 僕は席を立った。


 いろんなものから逃げる。逃げている。


 

 テストが返却される。僕は晒し上げされたけれど。



 寡黙で秀逸だった『夏目裕紀なつめゆうき』は、もういない。



 僕の143点は、僕のように、どうしようもなく不愛想だった。


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