『またね、n回目のリンネ』



今日は きみと出会う日


どの人生世界でも 4月8日に “はじめまして” の目があう


でも きみは 気付かないからな



私が『 』で 覚えているだけで 


きみとは 何度だって



“はじめまして”







 桜は満開だった。



 椎高しいこうの桜が入学式に開花することは滅多にないらしい。


 毎年雨に降られたり、風に吹っ飛ばされたり、散り散りした状態だから。



 は別に、桜は好きじゃない。


 綺麗だけど、綺麗だからなんだって話だ。



 花に、なにを語らせる? 桜が入学を祝っているわけねェだろ。



 桜の咲く、桜満開の、桜のように、桜、桜って。


 今日だけで何回聞いたよ?



悠木夏芽ゆうきなつめさん」


「はい」



 装飾された体育館で、入学を許可される者の名前が順に呼ばれる。


 担任の声に答えて立ち上がると、周囲が波動のように騒めいた。



 気にするな。仕方ない。自分でもこのくらいわかってンだろ、覚悟の上の今日の俺だろ?


 

 金髪を染めなおさずに、入学式を迎えた俺は、弱くないだろ。



 県立椎木第一けんりつしいきだいいち高等学校1年B組、悠木夏芽。


 今日からの俺の、新しい身分。



 椎高は、県内トップの進学校だ。


 ここへ進学したのは、地元中学から俺だけだった。勉強仲間は、みんな落ちた。



 センセーもびっくりだな。



 散々ヤンキーだの不良だのと形容されてきた俺が、椎高に受かるなんて。


 俺を生徒指導したセンセーもみんな、眼玉飛び出ちまうンじゃねェの? ウケる。



 さらに俺は、受かっただけじゃねェ。仕事がある。


 入学前から与えられる、仕事だ。先日学校から電話があった。



 先輩方との対面式にて、学年代表挨拶。



 そうだよ。いいか?


 俺は、椎高に第2位で受験に合格したンだよ。



 どうだ、目玉飛び出たついでに顎が外れただろ?



 中3の頃、センセーにも親にも、椎高の受験を反対された。


 当然だ。不良の長だった俺が椎高とか、酒でも飲んだかと疑われた。飲んでねェよ。


 

 でも俺は頑張ったし、結果も出した。



 快感だった。


 無理だと言われたことを、自分で覆すのは。



 実際、みんな俺を崇拝した。


 俺を慕っていた人はもちろん、嫌悪していた人も俺を認めた。



 達成感って、これなんだな。


 小6の、中学入試に落ちた屈辱とは真逆の。



 けどな、浮かれンなよ。


 俺はあくまで2位だ。この学年240人の首席は、俺じゃない。



 唯一、俺に勝ったヤツは————



「生徒代表挨拶。A組、佐倉佳乃さくらよしの


「はいっ」



 前列から響いた返事を、俺はこびりつけるように聞いた。



 彼女は、真っ白な上履きでひとり、体育館を歩いた。


 コンコンという足音、足音だけ。



 優等生な姿で、階段をのぼる。



 長黒髪に真新しいブレザー、赤縁眼鏡。


 俺とは違う。正反対の、ならうべき生徒像だ。



 壇上で文章を読み上げる彼女の声を、俺は1つも漏らさないで、CDに焼き込むように聞いた。



 覚えておく。絶対に。



 彼女の顔も姿も、この声も、負けたという俺の気持ちも。


 忘れてしまうこの脳みそを駆使して、忘れないように。



 読み終えた彼女はひょいと回れ右をし、こちらへ、凛と口角を上げた。


 ぱっちりとした黒い瞳が、俺と1秒、目が合う。



 ……は?



 勘違い? じゃねェよ。絶対こっち見たろ。一瞬じゃなくて1秒。



 なんだ? なんで瞬時に、俺を見た?



 俺は彼女を知らない。知っているのは、彼女が俺より頭がいいことだけ。


 彼女も、俺を知らない。自分より頭の悪い人なんて、さぞかし眼中にもないはずなのに。



 なぜ俺を見ている?


 なぜわらっている?


 

 2位の俺を、嘲笑あざわらっているのか?



「……ざけンなよ」



 確証もない。勝手な被害妄想だ。



 昔に握った右手拳が、汗ばむ。


 馬鹿げている、受かっただけでいいとしろ。首席なんて高望みしすぎ。



 でも、俺は強い。負けない。強いから。


 独りの俺は、とても貧相で軟弱そうだけど。




 中学時代、騒ぎ狂った仲間は、ここにはいない。


 ナツメ組は、もう終わった。


 憧れた先輩も、俺を団長と慕ってくれた後輩も、いない。



 正真正銘の孤独。



 だから、なんだ。仲間がいなくとも、ペンは握れる。


 今日からは、拳じゃなくて、ペンを握るから。



 そして、佐倉佳乃さくらよしのを、俺の叩きだした数字で、常識的に殴ってやる。


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