ご契約ありがとうございました。次回作にご期待ください 2/7
暦上は春と言っても、北海道を基準にしていないのは、ファミリーレストランの窓越しに降る雪を見れば明らかだ。
ここで生まれたから冬路という名付け方は安直だとは思うが、存外冬は好きだ。
外がそんな風だから、当然店内は暖房が効いている。
そのせいで注文したアイスがどんどん溶けていくのもお構いなしに、一心不乱に私の書いた原稿を読むのを見て、なぜ彼女はわざわざアイスを注文したのか?そこに合理的な理由を当てはめることは出来ないものかと、コーヒー片手に様々な仮説を立ていると、唐突に顔を上げ彼女は言った。
「問題ありませんね。それでは、今月分頂きます」
春見吉野《はるみよしの》。
俺が二十歳の時に作家デビューして間もなく、同年代の新人同士ということであてがわれた担当編集者だ。
以来10年の付き合いになるが、未だに彼女の笑顔と呼べるものを見たことがない。
美人で仕事もできるのだから、もう少し愛嬌があればいつ結婚しててもおかしくないのだが……まぁお互い様か。
だから彼女の方からそんな事を言ってきたのが心底意外だった。
「大丈夫ですか?顔色が悪いようですが……」
「え?あ、ああ……ちょっと今朝、嫌なことがあってね」
「作品に関する事で何か?」
「いや、そうじゃないんだが……」
それでも仕事……と言うより、私の作品に対する情熱に対しては一目置くところがある。
作品が良くなる為なら遠慮無く意見を言うし、大きな声では言えないが何度もアイデアを提供してもらったり、取材に行って資料を集めてもらったりしていた。
今の『バドの終わりなき旅路』は彼女が居なくては出来なかっただろう。
だからだろうか、ふと彼女に聞いたらどうなるのか?どんな返答が来るのか?聴いてみたくなった。
或いはそれは藁にもすがる思いだったのかもしれない。
あの、言うならば『死の宣告』に対する答えが出ない現状に、何か光明が見出だせるのではないかと……。
「仮に、の話なんだが、君の意見を聞きたい」
「なんでしょうか?」
「『バド』の最終話はどんな結末になると良いと思う?」
それまで――いや、十年間無表情を保っていた表情が驚きを露にした。そして次に出たのが怒号だ。
「連載を止めるおつもりですか!?」
「仮にだ、いつか最終話を迎えるとしたらの話だよ!」
テーブルを乗り越えて掴み掛かろうとする彼女を制止し、駆け寄ってきた店員に詫びを入れる。
心底驚いた。まさか彼女にこんな一面があったとは………。
「すいません。取り乱して」
「いや……で、どうだい?何か思いついたかい?」
「………………」
芳野は何も言わず、テーブルに肘を付き、腕で顎を支えながら窓を向いていた。
目はどの景色も捉えているようには見えない。
それが彼女のじっくりと考える仕草なのだと気付き、私は彼女の答えをじっと待つことにした。
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