ご契約ありがとうございました。次回作にご期待ください 3/7

 そして……


「分かりません、終わるなんて考えたことも無かったので……」

「そうか……」

「でも……季節は春だったら良いですね」

「春?」

「私の実家の近くにソメイヨシノの桜並木があって、今の季節本当に綺麗なんです。芳野って名前も桜の咲く季節に生まれたからって両親が……」

「そうか」


 そう答える芳野の目は遠く離れた故郷を懐かしむ様に見えた。


「それに、ただでさえ『バド』の舞台は冬が多いので」

「そう……だったな」


 明確に意識してたわけではなかったが、言われてみれば確かにそうだ。自分の冬好きが作品に反映された結果だろう。


「じゃあそろそろ行くよ」


 会計伝票を持って立ち上がると、芳野が私を呼び止める。


「あ、先生、今月分のファンレター持ってきたんですが……やはり読まれませんか?」


 そういう芳野の手には十数通の手紙と、ファンメール文を纏めたであろうメモリーカードが握られていた。


「……」


 私は誰かに読んでもらう為に書いてるわけではない。ただ一人旅がしたかっただけだ。

 ここではない何処かに行って、会ったこともない人と話して、初めての体験をしたかっただけだ。

 そして、それは別に実体験でなくても良かった。

 作家になったのは印税分働かなくて良くなり、その時間を執筆に割くことが出来ると思っただけ。

 幸いにもその思惑は今日まで上手くいっているが、ファンレターの類いは一切見ようとはしてこなかった、が……。


「いや、貰うよ」


 これが最後になるかも知れない。

 何より読まれないと分かっていても毎月きちんとファンレターを纏めて、私に見せようとする彼女の姿勢に応えたくなった。


 手紙を受け取り席を立つと、彼女はスプーンを手に取り、最早原型が崩れかけているアイスを食べ始めた。


「……食べる気が無いのかと思ってた」

「半分溶けたアイスが好きなんです。一番良いタイミングまで待ってただけです」


 今日……いや、この数十分で十年見れなかった彼女の一面を何度見ただろうか?

 いや、それはつまり自分が死を意識するまで、周りの人間にすら一切関心を向けていなかったという事か。


 なんとも言えない気持ちを抱きつつ、私は家路を歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る