八章:三元融界の果て 5



 如何にトーリの左腕――侵食腐食の異能たる《破戒ノ王手》が強力なれど、


「……っとに、デカすきだろ!」


 相手の質量が圧倒的に巨大であれば、その力の猛威も脅威にはなり得ない。ましてや相手のほうも、トーリの《破戒ノ王手》を警戒しているのである。

 触れられなければ、トーリの異能は威力を発揮しない。よしんば触れられたとしても、あの巨大な鋼鉄の怪物である。その巨体を動かす核まで侵食するには、かなりの長い時間触れていなければならない。

 つまり、敵に――マラコーダにしてみれば、少しばかりのダメージは無視して、目の前の人間を殺せばいいのだ。

 肉を切らせて骨を断てばいい。

 それを、マラコーダも、ましてやその主たるエイケンは理解している。故に、彼らの攻撃の手は苛烈に極めた。

 猛禽を思わせる鋭い鋼鉄の爪を、縦横無尽に振るい襲ってきた。

 それだけならば、まだいい。だが、攻撃の手はそれだけに留まらず。切り落とした尾の先を失ってなお、その長大な尾は驚異のままだった。

 太さだけでトーリの身長ほどあるそれを、マラコーダは爪の連撃の間隙を縫うようにして振り下ろしてくる。

 槍のように。

 杭のように。

 まるで驟雨さながらに振り下ろされる尾の刺突。

 巨大な爪と尾のコンビネーションを前に、トーリは防戦一方に追い込まれていた。

 更に――


「――《虫食ム糸海》」

「くっ――《破戒ノ王手!》」


 迫る極細の糸の群れを、《破戒ノ王手》で薙ぎ払い、破壊する。

 あの糸――干渉術式を妨害するエイケンの干渉術式が、トーリの僅かな隙を狙って襲ってくるのだ。

 届く前ならば、《破戒ノ王手》で消し去ることができる。あの糸にもし取り付かれたら、終わりだ。今度こそ本当の王手詰み。トーリの勝機はゼロとなり、マラコーダに対抗する術なく殺されることになるだろう。

 それだけは、絶対に避けなければならなかった。

(――あとどれだけ使える?)

 《破戒ノ王手》を解除しながら、トーリは自分の能力の使用限界を意識する。アゼレアが連れ去られたときに生じだ、能力の限りリミット。どれほどの限度か判らないが、常に発動していたら以前の二の前になるのは目に見えていた。

 電源のオンオフのように、必要な時に最小限の力で発動するように心がけるものの――果たして、それにどれほどの効果があるかは、まさに神のみぞ知るといったところか。


「どうしたカウボーイ! 逃げてばかりか? 先ほどの口上は偽りか?」

「安い挑発だね、ミスター。そんなんじゃ今時子供だって足を止めないぜ?」


 軽口で押収しながら、トーリは思索を巡らせる。

 何か、何かないか。

 少しで良い。この状況を――マラコーダとエイケンの意識を、少しでも逸らせる何かが。


  ――残り時間【04:44】


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る