八章:三元融界の果て 4



『……理解ができません。何故、貴方たちは拒絶するのですか? 素晴らしき世界の到来を、どうして受け入れようとしないのですか?』


 空洞のような瞳に困惑を湛えるエイダに向け、九角は大仰に肩を竦めながらかぶりを振る。


「素晴らしいと思っているのは貴女たちだけだよ、ミス・エイダ。俺たちの世界は、蒸気機関が異常発達する――などということはなかった。貴女たちがどれだけ蒸気機関の齎す技術の偉大さを語ろうと、それは妄言の域を出ない。理解し得ないんだよ。この時代では。なにせ俺たちは――電脳時代の子供たちなのだから」


 あるいは――

 彼らの訴えが十九世紀の半ばであったならば。


 あるいは――

 この世界が、今もなお蒸気機関を中心とした世界ならば。


 彼らの言葉は、自分のうちに届いたのかもしれない。響いたのかもしれない。共感を、覚えたのかもしれない。

 だが、それは叶わぬ幻想だ。

 有り得たかもしれない、だけど、有り得なかった――歴史if

 時代は、歴史は、世界は、厳粛にして此処にある。

 蒸気機関が異常発達することはなく、空に排煙が生み出した暗雲はなく、代わりに巨大な相らの映像を映し出すレイヤーフィールドが広がり、世界は、発達を続ける電脳技術を基盤に営まれていて――

 だから、


「俺たちは――決して分かり合えないんだ、ミス・エイダ。生まれ落ちた時代が、生まれながら刻み込まれた思想が、貴女たちが胸に抱く願いとは相容れない。蒸気機関と電脳技術。それらが共に歩むことも、寄り添うこともない」


 ノスタルギアが、九角たちの生きる世界にとっての並行世界ifであるように。

 九角たちが生きる世界は、ノスタルギアにとっての並行世界ifであるのだから。

 もしも二つがぶつかり合えば、どちらかが滅びるまで、その存在証明をかけて戦い続けるだろう。

 存在証明をかけての戦争だ。

 国と国などではない。世界と世界の戦争だ。


「その代表が俺たちだ。俺たちは、存在証明をかけた争いの代理執行人ってわけだ。ほら見ろ――やっぱり碌でもないことになった」


 誰にともなく愚痴を吐いて。


「準備はいいか? ミス・エイダ。いいや、偉大なりしラ・レーヌ・デ・オルディナトゥールよ」


 九角は、仮面の越しに――電脳越しに彼女を、計算機の女王ラ・レーヌ・デ・オルディナトゥールを見据えて、超え高らか吼える。


「俺を電脳死させる準備はできたか? 俺は――貴女を殺す準備が整った」


 バチリ――と。

 右腕。機械の義手が電光を迸らせる。

 変形した対クリッター戦闘爪を、ゆらりと構え。

 己の周囲に、攻撃用プログラムを多重展開して。

 紅衣、はためかせて――

 鮮血の怪物グレンデルが、獲物を見据える。


「死ねよ、くそったれが」


 彼は、まるで光の如く、疾り出して――


  ――残り時間【06:50】

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