七章:奔走 5

 何度となく思ったことがあった。もし、あの駅が倒壊したらどうなるのか――と。

 京都駅。あるいは京都駅ビル。京都タワーを正面にした入口方面は、伽藍洞な空洞空間を持つ特殊な建造物だ。駅の中央口から出て見上げた際の、頭上高くまで築き上げられた鉄骨と硝子の、何処か工芸品めいた建物を見上げるたびに思っていた。

 ――この天井が降って来たらどうなるのか、と。

 その答えの一つが、今、九角の目の前に広がっていた。


 まさに――地獄絵図だった。


 倒壊した駅ビル。恐らく天井を支えていた柱が損壊したことによる、自重を支えきれなくなっての自壊。

 その下に居た、多くの市民や観光客を巻き込んで。

 倒壊に伴って生じたのであろう、火災による炎と煙。巻き込まれながらも生きていた人々の悲鳴。積み重なった瓦礫の中から覗く血溜まり。救助しようと必死に瓦礫をどかす多くの姿――そしてそんな彼らを襲う、一体の鋼鉄の怪物!

 形状は多足型。その上部に、人間を模した上半身だけの人型が合わさった――歪な化物。

 それを見た瞬間、九角の行動は決まった。

 自動二輪を最大足で加速させ、《電脳視界》が導き出す最良コースを一気に駆け抜けて――瓦礫をジャンプ台に見立てて、二輪ごと中空へと躍り出る。

 瓦礫は即席の発射台。自動二輪は即席の砲弾だ。

 プログラムを起動させ、自動二輪のエンジンに負荷をかけて熱暴走させると、九角はすぐさま自動二輪から飛び降りた。

 本来ならば抑制機能セーフティによって抑えられる暴走も、プログラムの影響により限界を超える。白熱化し紫電を帯びた自動二輪が、放たれた矢のように鋼鉄の怪物へと向かっていき――


「あーくそ、勿体ない」


 九角はそう文句をひとつだけ零し、自動二輪に銃口を向け、引き金を引き絞った。

 銃火マズルフラッシュが咲き、銃声ガンサウンドを引き連れて放たれた衝撃炸裂頭弾エクスプローダーが自動二輪を貫き――炸裂。

 同時に白熱化した自動二輪が一際眩い光を放ち、巨大な爆炎となってエネミーを襲った。

 周囲のあらゆる音を飲み込むほどの爆発音と共に膨れ上がった火炎。

 直撃。

 爆散。

 しかれど――鋼鉄の怪物、未だ健在!

 炎に包まれ、全体の容貌は原形を留めてはいないが、それでも、エネミーは動いていた。怪物の赫瞳と、九角の視線が衝突する。


「なかなかに、しぶとい……!」


 着地と共に身構えながら高速思考――。

 此処が電脳空間であるならば、最速最大威力の解体術式を起動させて構築情報を破壊するのだが、此処は現実の空間である。そして、相手は電脳生命体プログラムでもなければ、電脳を有する機械マトリクス・マシーンでもなく、鋼鉄と蒸気機関で出来た怪物だ。

 《電脳視界》に表示させるコマンドを操作し、九角は迷いなく呼び出しコールする。

 砂嵐のような雑音が電脳越しに鳴り響き、それでもどうにか接続できた。


『……しもし……もしもし!』


 今この瞬間、ノスタルギアにいるトーリの声が聞こえてきて、一言。


「――出るのが遅い」

『今……がしいんだよ! よ……は何?』


 雑音交じりのトーリの声。やはり電脳空間を介しているとはいえ、本来は異なる次元への接続はかなり難があるらしい。稀代の天才が作り出したプログラムとて、流石に全能とはいかないようだ。

 だが、それでも意思疎通できるのなら問題ないか、と納得しつつ、トーリの文句を無視して問うた。


「この……なんだ? エネミー……だったか。倒し方を知っているか?」

『なんで……ま……そんなことを……』

「つべこべ言わずに教えろ」

『……ごい偉そう……な! ああ――クリ……ターと……同じ……よ!』

「なるほど」


 途切れ途切れにだが、聞こえた言葉の意味はしっかりと通じている。ならば――と。

 コートの内から仮面を取り出し、顔を覆う。

 そしてクロームの仮面越しに、標的を見た。

 標的――半壊しながらもなお動く、鋼鉄の化け物を。

 一〇あった足の六本を失い、人型の部分は半身が砕けている。そんな怪物目掛けて。

 鮮血色のランナー――支神九角グレンデルが疾走する!

 瓦礫の山を物ともせずに駆け抜けて、彼我の距離を一気に走る。

 急速接近。

 自分に迫る深紅の影を、エネミーはその赫眼で捉える。

迎え撃つ。残った鋼鉄の足を持ち上げて、爪先に備わった射出口で九角を捉え――迎撃。

撃ち出されたのは弾丸ではない。

 ――杭だ。クロームでできた、九角の顔ほどあるだろう野太い杭を、圧射釘打銃ネイルガンの如く次々と無音連射。

 迫る杭の雨を、九角は大きく横に飛んで躱す。放たれた杭は、まるで無数の墓標の如く土瀝青アスファルトに突き刺さった。

 その様子を横目に見ながら――ランナー・グレンデルはエネミーへと肉薄していた。

 多足型の上部――人型部分に押し迫る。大口径拳銃を向けて連続射撃。その胸部を覆う装甲を徹底的に破壊し、更に戦闘用鉈を突き立てて、綺麗に外皮をこそぎ落とす。


『――GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!』


 ――絶叫。

 エネミーの、苦痛を訴えるような声。だが、知ったことじゃないと九角は仮面の下で一蹴した。

 蹂躙しているのはお互い様だ。

 淘汰しているのはお互い様だ。

 お互いに殺し合っているのだ。

 だから――自分が踏みにじっているくせに、自分が踏みにじられるのは嫌だなんて訴えなど、聞き入れられるわけがないのだ。

 バキッ、と胸の外装を差し込んだ戦闘用鉈で吹き飛ばし、そこから覗く物を見る。

 ――なるほど、よく似ている。

 エネミーの中核。人間でいうところの心臓部分で脈動する、僅かに光を帯びた鋼鉄クローム心臓コア

 確かにそれは、九角たちハッカーが電脳空間で相対する電子の怪物――クリッターのそれと、実によく似ていた。

 その位置も。その形状も。その意味も。

 ――故に、九角は躊躇わなかった。

 銃口を向ける。

 狙いを定める。

 引き金を、引き絞る――


 ――弾丸、放たれて。


 ――心臓、貫通して。


『――GRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 絶叫、響き渡り――そして鋼鉄の怪物が沈黙する。身体を支えていた脚が崩れ、エネミーは地に倒れ伏し、動かなくなる。

 機能停止。

 完全沈黙。

 その様子を確認し終えた九角は、仮面を被ったまま踵を返し、頭上を見上げた。

――京都タワー。

 この京都市の中心部分に聳え立ち、第三電脳都市の中枢とも言える、超大型演算機関メガ・メインフレームを備える施設。

 そして、その丁度真上。レイヤーフィールドに映し出されているものを見る。

 示し合わせたかのように。

まるで、鏡に映るように。

 ノスタルギア向こう側に聳える巨大な塔が、そこには映し出されていて――


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