七章:奔走 4


 ――男はあらゆる事態を観測する。

 その天高く聳えた塔の上、そこの居を構えてから長い時間をかけ、常にこの都市で起きるすべての事象に関心を向け、興味の限り観測を続けていた。

 今日、この瞬間もまた。

 彼の意識は、彼が意識することなくともあらゆる物事に関心を向け、観測するのだ。

 だから、故に、彼は気づいた。


「……驚いた。まさか、またこの地に姿を現すとは……恐れ入るな、カウボーイ」


 実験は最終段階に入っていた。

 何者にも邪魔をさせぬために、この塔に近づけさせぬために、彼は支配下にあったエネミーたちを一斉に開放したのだ。

 狭い牢屋の扉を開けるようにして。

 獣を囲う柵を取り払うようにして。

 ――解き放たれた鋼鉄の怪物エネミー・オブ・クロームたち。

 そのうちの二体が、解き放たれてすぐ、何者かに破壊された。


 ――否。


 何者か、ではない。

 あの、少年だ。

 白衣に身を包んだ、左半身が遺伝子症候群で変異した、あの少年だ。

 彼は、少年を知っていた。

 昨日出会うより以前から、それこそずっと昔から、少年のことを記憶していた。


 ――だからこそ、思う。

 どうして、この世界にやって来たのか、と。


 ――だからこそ、思う。

 何故、今この機に再び舞い戻ったのか、と。


 男には、忌々しい記憶があった。

 それは彼にとって、唯一の汚点だった。

 あの日――そう、五年前。男の大望の、すべてを達成するはずだった日。

 それは、結果とし阻まれてしまった。一人の魔女によって。

 しかし、今や魔女は存在しない。魔女は、最早この実験を阻むことはできない。故に、男の目的を脅かす存在はもういなくなったはずだった。なのに――


「――何処までも邪魔をするか、魔女め」


 彼が現れた。

 かつてあの魔女の傍らにいた子供。その面影を残した少年が、今――再び。

 だが、構いはしない。

 来るというのならば、来るといい。ミスター・カウボーイ。


「あくまで貴様が、我らの障害となるというのならば――私は、貴様という存在を淘汰し、その屍の上で成そう。そして、どうか見守り頂きたい、我が師チャールズよ。私は必ず果たして見せましょう。新たな世界の誕生を!」


 男の頭上。鳴動する大型演算機械を見上げながら、男は声高らかにそう誓言して――



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