七章:奔走 3
――疾走する影一つ。
建物の屋根から屋根に飛び移り、目指す目標に向かって一直線に、それは疾る。
それは白い疾影。
暗闇に栄える白。
白い
右半身は、人の身体。
左半身を、爬虫類を彷彿させる漆黒の鱗に覆われた――異形の姿。
それが、ノスタルギアにおける
彼の《電脳義体》に何処か似た、今の彼の姿。
身一つ翻して、少年は遮二無二建物の上を駆け抜ける。
現実の、生身の――弥栄透莉の身体では想像もできないような強靭な脚力が屋根を踏み砕き、景色を置き去りにしながら、トーリは徐々に近づく巨塔を見据えていた。
聳えるもの――それは観測者の塔。
この異形都市の中心。鋼鉄と蒸気機関に満ちた都市の中では、逆に異質とも思えるような美しき尖塔。
そこから――
なにかが――
這い出てくる――
――
そんな――無数のムカデが一斉に背を這うような悪寒と共に。
まるで蟻塚を壊したような勢いで、ぞろぞろと。ぞろぞろと……。
姿形は様々に、それらはこの時を待っていたとでも言う風に――異形たちは産声を上げる。
『――GRRRRRRRRRRR!』
『――GRRRRRRRRRRRR!』
『――GRRRRRRRRRRR!』
『――GRRRRRRRRRRRR!』
――
――
――
まるで、生まれたての赤子のように。
異形たちの――鋼鉄の怪物たちの歓喜の雄叫びがノスタルギア中に響き渡る!
「……こりゃやばい」
その光景を目の当たりにし、トーリは引き攣った様子で口元に笑みを浮かべた。
解き放たれた怪物たちが、一斉に都市に舞い降りる。そしてその理不尽且つ絶対的な暴力を以て、都市を蹂躙していく。
まさに悪夢だ。
たった一体いるだけで不条理な死を齎す鋼鉄の怪物があれだけいては、この都市の存続も危うい。
(何を考えている……!)
走りながら、相手の目的を考察してみる。しかし、そんなことは許さないとでもいう風に――目の前に、影が降る。
咄嗟に横に跳んだ。同時に飛来する二つの影が、寸前までトーリの立っていた場所目掛けて襲撃した。
振り返り、相手をも据える。
人型のエネミーだ。大きさは三メートルほど。左右アンバランスな、歪な姿型。人を模した異形が、身の丈ほどある鋼鉄の塊を振り下ろした姿勢で、こちらを見ていた。
赫い、赫い眼光が、まるで獲物を捕らえた獣のようにトーリを見据え――転瞬、二体のうちの一体が、空高くに跳躍した。
手には巨大な鉄の塊。いや、違う。
あれは――剣だ。大小様々な鋼鉄の部品で構築された武器。それを携えた鋼鉄の人型が、頭上より迫り、同時に佇んでいたもう一体が、建物の屋根を蹴ってトーリへと迫った。
また同時に、トーリも動く。
頭上の一帯を無視し、地を蹴って一足飛びに自分目掛けて迫って来た人型へ。右手に握られていた剣が鳴動する。蒸気を噴き出し、その刃が高速で回転した。
ただの剣ではなかった。
どっちみち、対処する術は変わらない。
袈裟に振り下ろされた刃を、地を這うように身を屈めて躱し――同時に懐に飛び込み、左手で手刀一閃。
異形の鱗に覆われた左腕は、鋼鉄の肉体を殴っても痛み一つ感じない。強固な鱗が、鋭利な爪が、想像を超えた膂力が――エネミーの身体を粉砕する。
エネミーの右腕を捥ぎ取り、腕を振り抜いた勢いで後ろ上段回し蹴り。戦斧の如く閃いた蹴足が頭を吹き飛ばす。
しかし――鋼鉄の怪物、未だ健在!
腕を捥がれ、頭を吹き飛ばされてなお、エネミーは目の前のトーリを蹂躙せんと、残る左腕で摑みかかろうとする。
しかし、遅い。
致命的に遅い。
エネミーがトーリに迫った時にはもう、トーリの右手がそれを摑んでいた。
握った柄に備わっている、トリガーらしきものを迷わず引く。すると、彼の手に握られていたそれ――動力駆動式鉈が、けたたましい鳴動と共に動き出す。
トーリはそれを無造作に、そして容赦なく――エネミーの胸元に突き立てた。
――ギャリギャリギャリ! と、鋼鉄を削り貫く音が辺りに響き渡り、それと一緒にエネミーは痙攣を起こしたかのように全身を震わせ――やがて動かなくなる。
その反応を見て、トーリは「……ふむ」と納得したような吐息を零した。
(――やっぱり、理屈は同じか)
最初に遭遇した鋼鉄の怪物――アリキーノの時にも思ったが、やはりエネミーはクリッターとよく似ている。
電脳核がある限りクリッターが死なないのと同じように。
エネミーもまた、核がある限り動き続けるらしい。つまり、核さえ壊せばエネミーもまた自ずと停止する。
「判ってしまえば対処も簡単だな――っと」
そう零して、トーリは振り返りながら動力駆動式鉈を横一文字に薙いだ。
背後――着地し、追撃してきたもう一体の人型が、その核諸共トーリの剣撃をもろに受け、両断された。機能を失った人型のエネミーは、襲い掛かった勢いのまま体勢を崩すと、地面に激突して動かなくなる。
「……なかなかいいね、これ」
二体のエネミーを屠ったトーリは、今まさにそのエネミーを破壊した動力駆動式鉈――剣を見て、にやりと口角を吊り上がる。
そしてそのまま肩に担ぎ、再び塔に向かって走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます