序章 side:cyber
地上二〇階建のビルディングの上。
白いロングコートを風に揺らし、
新着メールはなし。
電脳ネットに流れる最新情報にも特に目新しいものはなく、情報収集プログラムによって拾われたネット上に散逸する噂話レベルの情報を、統合プログラムで統制して見るも特に面白いものはなかった。
「ふう……」
と、嘆息一つ。
手早く操作して立体画面を閉じ、視線を虚空となった手元から街並みへ向ける。
時刻は夜。
視界の片隅――《
「うーん……今日あたり現れるんじゃないかなぁと、思ってたんだけどな。これ以上長引くと明日に差し支えるんだよね」
さて、どうしようか。なんて考えていた時。
「やっほー、カウボーイ」
なんて声が、背後から。
振り向き、相手を見る。
司会を埋め尽くすのは深い深い濃緑の色。そして――まるで時代を何世代も後退したようなフーデットコートに身を包んだ少女が一人、其処にはいた。
少年の姿を前に、長い尾のような髪を揺らして破顔する。人懐っこい笑みを浮かべ、少女が軽やかな足取りで隣に並び立った。「おお、いい景色じゃん」なんて軽口を叩く少女に、渋面しながら尋ねた。
「何だよ、カウボーイって」
「知らない? 結構昔に書かれたサイエンスフィクションでさ、こういう科白回しがあったんだ。時代って言うか、世界観も丁度此処と似たような奴でさ」
「で、真似てみた?」
「おう、真似てみた」
言って、少女が笑う。
逆に少年は苦笑する。
「わざわざそんなことを言いに来たのかい、エコー」
――エコー。
それが少女の《
「そういうわけじゃないよ。単に山を張ってみた場所に、見慣れたアカウントを見つけたら、挨拶がてらに声を掛けたってだけ」
少年の問いに、エコーは即座に否定した。そして彼女の口から零れた理由は、自分と大差ないものだったことに驚き、思わず目を見開いて少女を凝視した。
すると、少女の笑みが深まる。快活とした笑みから、邪悪な、悪辣な笑みへ。
「その様子からすると、トーリも私と同じように目星を付けてたのかな?」
「うぐ……」
トーリ。それが自分の《電脳義体》の名だ。
名を呼ばれるたびに、トーリは憂鬱な気分になる。
今思えばどうして本名をそのまま《電脳義体》名として登録したのかと、過去の自分に問いただしたくなる。おかげで判る相手には一発で身元が
「ねぇ、エコー……できたらだけど、あんまり名前で呼ばないで欲しいね」
「なんでさ。良いじゃん。トーリって響き、アタシは好きだよ?」
言って、にこりと少女が笑う。フードの奥で、だけどトーリに見えるようにはっきりと。
(ああ、ホント性質が悪いな。この人……)
「僕をからかって楽しい?」
務めて表情を殺しながらそう尋ねると、
「すっごく!」
と、エコーはいっそ眩いとすら思うほどの笑顔で言い放った。
「今だって取り繕ってるけど、耳赤くなってるのバレバレよ? そーゆー素直なところがグッド」
「ああ……そう」
辛うじて、それだけ返すことが出来た。逆に言えば、それくらいしか言葉が返せなかったのだが。
これがこの場限りの掛け合いだったらいいのだが、幸か不幸か、
項垂れながら、再び《電脳視界》の時計を確認する。
現在時刻、二三時二二分。
これは無理かと算段を付けて、トーリは隣の少女に言った。
「どうやら、今日もはずれっぽい。僕はそろそろ
「ありゃ。いいの? じゃあ報酬はアタシが独り占めってことになるね」
驚いたように目を見開くエコー。対して、トーリは仕方ないだろうと言う風に肩を竦めて見せた。
「そろそろ寝る準備、しないといけないし。それに独り占めって言うけど、それは出現したら、だろ? 出現しなかったら無駄骨。時間の浪費。明日は遅刻かもね」
「大丈夫よ。この時間ならまだ活動時間だし。それにアタシ、成績良いから」
「
「そーゆーのを下衆の勘繰りっていうんだよ」
他愛もなく言葉を交わして、さてそろそろ本当に
《電脳視界》に『
同時に《電脳視界》に開かれる無数の情報窓(ウィンドウ)。
常時接続されているはずの電脳ネットとの接続が不安定になり、周囲の空間からザザザザ……という
《
空間を構築する
(際どいタイミングできたな……!)
思わず口の端を吊り上げる。
今まさに電脳離脱しようとしていた矢先。まるで見計らっていたのではと訝しんでしまうような絶妙な時に仕掛けて来るなんて。
「残念。あと五分遅く来てくれればよかったのに」と、エコーがにぃっと笑う。
「ホント残念だったね。報酬独り占めできなくて」と、トーリは微苦笑を零す。
そんな言葉を交わして、虚空を見上げる二人。
すると、
――ポーン
という電子音。
手元に立体画面が表示され、メールの着信を知らせる。
即座にメールを開く。送信元からメール内容に至るまで、予想通りの文面に思わず口の端を吊り上げた。
視線をメールから隣の少女へ。やはり、エコーも自分と同じように立体画面を開いており、メールらしきものを見ているのが判る。そのメール内容はトーリの元に届いている物と一言一句同じもののはず。ならば、自然と次の行動は想像にし易い。
そう思ったのとほぼ同時、エコーの視線が画面から離れてこちらを見た。
トーリも示し合わせたように視線を持ち上げ、揃って互いの顔を見て、
「さてさてカウボーイ。此処で一つ提案があるんだけど?」と、エコーが口を開く。
「是非拝聴しよう。でもその前に先に行っておく――報酬は
「ちぇー」
にこりと意識して笑みを浮かべるトーリに対し、エコーは露骨に唇を尖らせた。
「じゃあ良いよ、それで。その代わり、ちゃんと手を貸してよね」
「君こそちゃんと
言いながら、トーリたちの視線は頭上を仰ぐ。と同時、電脳都市の空に罅割れが入る。電脳都市を護る
そして――同時に、見る。
罅割れた空間の向こうから――こちらを覗き込む何かの姿。
電脳防護壁の向こうに垣間見えた影を視界に捉え、トーリは小さくほくそ笑む。
「そーら……お出ましだ」
「やりぃ。四日も張ってた甲斐があったわ」
二人は、それを待ち構えていた。
電脳都市に繋がる《
――
電脳都市に侵入し、電脳都市を構築する超高密度の情報言語を食い散らす
目的は、電脳都市で管理されている情報。
小さいものは個人の端末IDから。大きいものなら企業や研究機関の秘匿情報など、流出したらそれだけで世界をひっくり返せるような重要な情報まで、電脳都市のメインサーバーに保存されている。
クリッターとは、そういった情報を略奪、あるいは破壊するための侵攻プログラムが形を成した、電脳都市に攻め入る
世界で最も進化を遂げた電脳技術の結晶。その一つであるこの電脳都市の構築・運営技術を欲する国は数多とある。クリッターは、そんな電脳都市の技術力を欲する諸外国が送り込んでくる
果たして製作者の趣味なのか。はたまた
プログラム。即ち情報言語の集合体故に、明確な形を持たない。
おぼろげな姿形をしているが、逆にその歪な姿は観る者に戦慄を抱かせるには充分な効果を発揮する。
今回もその例に漏れることなく。
このシティ・キョウトに侵入を試みるこのクリッターもまた、やはり形容し難い姿を以て電脳都市に顕現した。
『――GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!』
電脳防護壁を突き破り、姿を見せたクリッター。
産声の如き咆哮が、電脳都市に響き渡る。
バチバチと身体のあちこちから紫電を散らし、全身に
目測、およそ七・五メートル。
長大な体躯と、その両側に長い手が――巨腕があることは判る。
だが、それだけだ。
それ以外はもう、殆んど形状判別のし難い
ブゥゥン……という電子軌道音と共に、異形の怪物の頭部らしき箇所に一つ、赫い明かりが灯る。
巨躯。長い両腕。そして単眼。
(……
それはクリッターの中では珍しくもない存在だった。トーリたちにとっては慣れ親しんだ怪物と言ってもいい。
(……こいつは――運が良いな!)
そう胸中でぼやくトーリの口角が、自然と吊り上る。
「やっほー! 鴨が葱背負ってやってきたー!」
「《単眼の怪物》。
諸手を上げてクリッターを歓迎するエコーの隣で、立体画面で報酬情報を確認したトーリが小さく零して微笑する。
同時に電脳ネット接続。
《電脳視界》に表示される光点は三つ。
一つはトーリのもの。もう一つは隣に立つエコーのものだ。
そして一際大きな赫い光点――
あとは五キロ以上離れた場所に幾つかの光点が存在するだけ。
電脳都市はクリッターの出現と同時に、一般のアカウントに対して電脳遮断を施行していた。
今トーリたちの立つシティ・キョウトは、シティ・キョウトと同規模・同情報量によって構築された隔離領域――
そしてバックグラウンドに侵入することができるのは、電脳都市を運営するラース機関の人間と、電脳都市警備を担っているホワイトハット。
そしてトーリたちのような対クリッター戦闘を
ハッカー。
トーリは、その一人だ。エコーもまた同じく。
電脳都市で網を張り、電脳防護壁を突き破って現れるクリッターを標的とする
「――よし。近くに他のハッカーはいない。狩るなら今の内だ」
周囲の索敵を終えたトーリが、隣立つ少女にそう言うと、彼女は待ってましたと言わんばかりに自らの掌に拳を叩き込んだ。
「よっし! そんじゃ、他の連中が来る前にちゃっちゃとやっちゃいますか!」
「簡単に言ってくれるね。相手、一応B+だよ?」
「問題ないって」
苦言するトーリの科白を受け流し、エコーは濃緑の外套を翻して金網の上に立つ。周囲に無数の立体画面を従えて、少女の手が淡緑色の光を灯した。
エコーの
同時に、トーリの《電脳視界》に映し出されるのは、少女を呑み込むほどの情報言語によって形成された攻撃プログラムの
起動速度は驚嘆に値するだろう。
だが同時に、その短絡的な行動には呆れてしまう。
(――そんな大掛かりなプログラム起動したら……)
ちらりと。
視線を、少女からクリッターへと動かす。
視界の先――こちらをしっかりと見据える、単眼の視線があった。クリッターの――《単眼の怪物》の
まあ、当然だろう。
クリッターは、電脳情報の略奪と破壊を目的として生み出された
そんな怪物の目の前で大掛かりなプログラムを起動させればどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。鮫の群れの中に血の滴る肉片を零したのと同じようなものである。
『――GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!』
クリッターが咆哮を上げて動き出す。
大量の情報言語を纏うエコー目掛け、一直線に虚空を疾駆した。
彼我の距離はおよそ四五メートル。しかし情報の怪物はその距離を瞬く間に詰めると、その異形の大腕を持ち上げて、凄まじい速度で蒼白の少女へと襲い掛かった。
「うわっ、来た! トーリ、ヘルプヘルプ!」
「……はぁ」
《電脳視界》の端が
少女の前に飛び出し、同時に左腕を閃かせる。
振り被られた左腕の――白いコートの裾から覗く
高密度の電脳情報――解体術式を内蔵した、対クラッカー戦用武装。
その腕を構えて、渾身の拳撃を撃ち出す。
電脳武装の左腕が、迫るクラッカーの拳と接触する。
勿論、単なる接触ではない。
解体術式を内装した機械義手を用いての
拳が《単眼の怪物》に触れると同時。
左腕に内蔵された解体術式が自動励起する
[当該対象へ対しての接触を確認]
[
《電脳視界》に表示される、左腕に内蔵された解体術式が正常起動した証明を見据え、トーリは打ちつけた拳を手刀に切り替えると、横一文字に薙ぎ払った。
手刀に満ちる電脳情報――解体術式が、迸る光芒となって異形を襲う。
[当該対象へ対しての『侵食』――成功]
[当該対象の
[当該対象へ対しての
「ちっ……!」
攻撃が失敗したことを悟り、トーリは次なる手へと移行する。
だが、それはトーリに限ったことではない。
トーリに攻撃されたクリッターもまた然り。
クリッター――《単眼の怪物》が、咆哮を上げてトーリをその赫眼で捉えていた。
巨大で、両腕と単眼以外が形定まらぬ異形の怪物と、視線が交錯する。
《電脳視界》に表示される『
一瞬、視界にノイズが走る。
《電脳義体》に対してのハッキング攻撃。クリッターたちの基本的な攻撃手段。《
クリッター。情報を喰らう怪物。奴らにしてみれば、この電脳都市も《電脳義体》もすべてが等しく情報によって構築される標的だ。
いや、むしろ――。
クリッターたちが喰らう存在として、《電脳義体》ほど価値ある存在もないだろう。
電脳都市そのものを構築する情報言語は、別に電脳世界にのみ存在するものではない。情報言語はすべての
現実で言うところの原子と同じ。それなくしてはあらゆる存在が形成すことが出来ない、そういう物質である。
電脳世界もまた然り。
電子情報によって成り立つ疑似世界である以上、情報言語が存在しない場所などないのだ。違いはただ、情報量の密度だけ。
つまり、
《電脳義体》を奪うだけで、一個人のすべての情報が手に入る。
《電脳義体》を壊すだけで、一個人のすべての情報が損壊(ロスト)する。
そうなれば、ことは電脳世界だけではなく、現実にすら多大な影響を及ぼすだろう。最悪の場合、国が厳重に管理しているはずの戸籍情報すら消失する可能性だってある。
今や個人情報と《電脳義体》は密接な関係を持つ。《電脳義体》とは、文字通り電脳世界におけるもう一人の自分であり、絶対に貸与してはならず、何より失ってはいけないものだ。
命に等しい情報を有したもう一つの肉体。電脳の世界を生きるための身体。
故に、《電脳義体》などと仰々しい名で呼ばれるのだ。
人一人分の情報の塊。
そのことを、クリッターが理解しているかは不明だ。
だが、クリッターが外部侵入したプログラムである以上、そのプログラム構成には優先順位なるものが組み込まれている。
時に電脳都市の情報を優先するクリッターもいれば、《電脳義体》を優先して狙うクリッターも存在する。
そして、今回のこのクリッターは、
『――GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!』
単眼がトーリを捉え、咆哮と共にその異形の腕を振り下した。
電脳都市情報よりも《電脳義体》を優先したか。それとも降りかかる火の粉を振り払おうとしているのか。
どちらにしても、目的は同じだ。
トーリのすることに変更はない。
ただ目の前に佇立する電脳の怪物を、己が
振り下される巨大な腕を、屋上から飛び降りて紙一重で回避。同時に襲い掛かるハッキング攻撃を防御プログラムで
電脳都市が作り出した
目測一〇メートル弱。腕を振り上げた姿勢で、クリッターが突撃してくる様子を視界に捉え、トーリは一息に走り出す。
デスクや椅子が並ぶオフィスをパルクールの要領で跳び越え、あるいは掻い潜りながら勢いを止めずに疾走する。
けたたましい破砕音が背後から。
《電脳視界》で確認しようとするが、初手のハッキング攻撃を防ぎ切れなかった影響か、ノイズが交じってうまく機能しない。仕方なしに、耳朶を叩く音だけで相対距離を測る。
距離が詰まって来ていた。
感覚による予測時間で、約四秒後に追いつかれる。
正面を見る。再び硝子窓。彼我の距離は一一メートル!
迷わず硝子窓へと突撃し、破片を引き連れながら虚空へと飛び出す。
自由落下する身体を捻り、振り返り様に右手を構える。その腕にはいつの間にか、腕を覆う形状の機械が携えられた。
実弾射出型の
その銃口の先には、こちらを見下ろす電脳の怪物がいた。
狙いを付けて銃爪を引くと、爆発にも似た
勿論、撃ち出しているのは本物の銃弾ではない。銃弾の形をしたプログラム。一発一発がクリッターに対しての
クリッター戦において、実銃弾型の銃器による
電脳世界において、クリッターへの攻撃手段は『解体術式をクリッターに打ち込むこと』だ。
それは先ほどの様に解体術式を内蔵した機械義手で直接攻撃するなり、解体術式を銃弾型のプログラムとして撃ち込むことだったりする。
即ち、機械義手を用いての近接攻撃は、一回の接触で大容量プログラムを叩き込むためであり。
銃撃を要するのは、連続した攻撃プログラムによる弾幕を張ることで、クリッターの
近接による攻撃プログラムに比べれば威力は微々たるものだが、クリッターの直接的な攻撃範囲外から連続的に攻撃プログラムを走らせられるため、多くのハッカーは銃撃型攻撃プログラムを重宝する。
――だが、実際の銃器のように扱って射撃する必要はない。
言ってしまえば、トーリの手にしている銃機関銃は実際の銃撃の感覚を体感したいという趣味と兼ねているに過ぎない。
ハッカーの中には、トーリの様に現実寄りの銃火器型を用いてプログラムを連発させる者もいれば、逆に現実ではまず有り得ないような遠隔攻撃をする者もいる。
そう。例えば――。
「いっくぜー!」
声を上げて攻撃プログラムを起動させながら、クリッターの頭上に姿を現したエコーの周囲。八つの
あれが、
トーリの手にする重機関銃とは逆に、サイエンスフィクションの如き
叩き込まれる銃弾が、クリッターの構築プログラムを侵食していくのを《電脳視界》越しに見る。
[当該対象への《侵食》――失敗]
[《侵食》――失敗。《侵食》――失敗]
乱立するエラー。
(こいつ……随分と硬いな)
弾幕に晒され悲鳴を上げるクリッターを見上げながら、トーリは内心で舌打ちを零す。
初手の《改竄》以降、防御プログラムの破壊には至っていない。
それでは駄目だ。
それではクリッターは倒せない。
それではクリッターを殺せない。
クリッターを倒す方法はただ一つ。その構築情報(ノード)を破壊し、中枢コアを剥離させること。中枢コアをクリッターの身体から引き剥がすことで、クリッターは自身の存在を構築することが不可能になる。
逆に言えば、それ以外でクリッターを殺す術は、今のところ存在しない。
クリッターの構築情報を破壊し、電脳上の死に至らしめない限り、この電子の怪物は不滅となり、永遠と電脳情報を貪り続けることになる。
[《侵食》――失敗。《侵食》――失敗]
エラー表示が続く。
此方の《侵食》に対して
なんにしても、このままでは埒が明かない。
トーリは意を決し銃撃を止めると、即座に重機関銃を放棄する。投げ捨てられた機関銃がテータの残滓となって消滅していくのを視界の端に映しながら、その視線を頭上で呻く異形へと向け、左腕をビルディングの壁へと伸ばす。
機械義手の指が壁を摑み、がりがりと外壁を削りながら落下の勢いを殺し制止すると、トーリは壁に足を掛けて大きく跳躍した。
壁を蹴り、反対のビルの壁を再び蹴って再跳躍。
エコーの放つ弾雨に咆哮を上げ、攻撃プログラムを次々と飛ばすクリッターへと肉薄する白衣の少年。
左腕。機械義手に内蔵された解体術式が再び励起。
白光を迸らせた左手が、蒼白の少女と対峙する怪物へと触れる。
――
バチン――という雷光が弾けるような音と共に、触れた掌の先から奔流の如く放たれた解体術式が、クリッターの
クリッターが絶叫する。
雷撃を受けたビルディングが、一瞬で倒壊する。消滅する。
両の腕から迸る雷鳴が次々と四散八散し、周囲に佇立している巨大なビルディングが一瞬で消し飛ぶのを見る。
トーリは即座に攻撃を
ハッカーが扱う解体術式を遥かに上回る
対抗手段を考察する。
しかし、それよりも早く。
「だーもう、鬱陶しい! 一気にいく!」
頭上。
クリッターよりも上方から声が降り注ぐ。
大容量の解体術式によって組み上げられた
「ぶっち貫けー!」
――裂帛の気迫と共に、クリッターを頭上から貫く。
エコーの放った解体術式の槍が、クリッターの展開していた
そして――
[当該対象へ対しての『侵食』に成功]
[当該対象の
(――
《電脳視界》に表示される『成功』の二文字。
漸く、解体術式がクリッターの中枢へと届く!
「トーリ!」
「応!」
エコーの声に導かれるように、トーリは再びクリッターへ向かって跳躍した。
これ以上の抵抗を許すわけにはいかない。
これ以上の時間を費やすわけにはいかない。
「もう……充分暴れただろ?」
だから、もう斃れろ。
そう、討滅の意思を込めて――
――左の拳を強く握り締め、
機械義手に組み込んでいる解体術式を選択励起。
自動励起とは異なるそれは、トーリがクリッター戦闘で用いる高攻撃力を誇る戦闘プログラム。
機械義手から撃ち出される解体術式の拳撃は、巨大な白雷の如き光を迸らせながらクリッターを襲った。
[当該対象へ対しての解体術式が命中]
[当該対象へ対しての
[当該対象の
《電脳視界》が告げる。
クリッターの構築情報崩壊。それが意味するところは何か?
一言いうのならば、
「――これで、
叩き込んだ拳。今尚解体術式の光芒を纏う左腕を持ち上げて――手刀一閃。
朽木を砕くように容易く。
砂城を崩すように手軽に。
破壊纏う左腕が、電脳の怪物の装甲を粉砕して、両断する。
クリッターを形作る構築情報の内側。その中枢。
人間でいうところの心臓を。
それなくしては、活動することが、存在することができない部分を。
――こうして、曝け出すことができる。
脈動する
それがクリッター・コア。
それを見下して、トーリは迷うことなく腕を振るう。
機械の左腕が、
解体術式を宿す掌が、
そのコアに向かって真っすぐと伸びて――
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