1.1.2 臭
朝の通勤ラッシュの中、最寄りの駅に着いた。エミは男女問わず多くの人から視線を集めていた。頭の高い位置で髪をまとめ、スーツ姿もしっかりと着こなすことができている。エミの身長は百六十七センチで四十九キロといういわゆる『モデル体型』であり、尚且つバストサイズも日本人の平均値を越えていたのであった。引き締まった体の他にも彼女は奥ゆかしさと、容姿の端麗さを持ち合わせていた。それゆえにエミは完璧な美少女だといえた。そんな皆からの注目の的であるエミは大学への道を颯爽と歩いた。
開会式を終え、生徒たちは各自受講している課程別に講義室へと向かった。TK大学農学部は従来の学科制を廃止し、課程制を執り行っている。課程制というのは、実験や実習、講義をベースとした、その受講科目を実践を伴い学習することをができる形態だ。講義室では実験室や研究室での注意事項や実験、研究の必需品などの今後の学校生活に重要な説明をされた。エミの受講した課程は『応用生物科学課程』といわれるものだ。大きな動物から、小さい微生物、植物や菌類などの多彩な種類の生物を飼育し研究している。
エミは幼少の頃、『シュウ』という名前の犬と一緒に毎日を過ごしていた。その雄犬はエミが生まれる前に母が里親から引き取ったのだ。エミが物心ついた時には年齢のせいか、目があまりみえず耳も聞こえていないようだった。大人しく、基本的には外の小屋で毎日寝ていて、ご飯と散歩の時間に顔を出すほどだった。しかし、とても鼻の利く犬だった。母によると昔警察犬学校へ行かせたことがあり、そこでの訓練が厳しかったせいでその名残だとか。エミはシュウとよくおやつで遊んだ。その遊びは単純なもので、エミは左右どちらか片手に小さな犬用のおやつを入れ固く握り、それをシュウに当てさせるというものだった。シュウは百発百中でおやつの入っている手を当て、エミはどうしてそんなにも鼻が利くのか興味津々であった。当時のエミの夢はシュウの目と耳の病気を治す医者になることだった。小さいながらも、シュウへの気遣いと動物への愛は誰よりも負けていなかった。
ところがある日の冬の夕暮れ時だっただろうか、シュウが外の小屋にいないことに気が付いた。外は冷たい風吹き荒れている。そんな中エミはシュウを探しに行こうと家を飛び出すと、買い物帰りと見られる大きなエコバッグを持った母と会った。
「どこか行くの?今から夕飯作るから家にいてちょうだい。」
そう言い切られてしまったエミは家に居ざるをえなかった。その日の晩御飯はハンバーグ。お母さんはサラダしか食べていない。いつもよりも異様に虚しくなったがとても美味しく感じられた。
シュウは二度と戻っては来なかった。
エミはシュウの事が忘れられなかった。シュウのような体の不自由な犬を救うべく、TK大学の医学部と農学部を受験したことをふと思い返していた。授業を受けるにあたっての注意事項や必需品などの説明を終えた教師、村上テルは生徒たちを生物飼育館へと案内した。
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