Black out

かつら

1.1 生る

1.1.1 はじめて

その日の朝は春の訪れを感じさせるような、まだ寂しさの残る暖かい風が吹いていた。今年十八になる隅田エミは朗らかな気持ちで胸を膨らませながら、キメの細かい頬に薄くファンデーションを付け、整った薄い唇に彼氏からもらった口紅を塗る。大学の入学式へ行く準備を淡々と整えていた。




エミは今年、東京大学農学部に現役で合格した。彼女は塾へは通っていなかった。ただ、一人彼女の高校に在籍していた男性教師、轟ヤナギに放課後家庭教師として大学進学への対策をただひたすらに教わっていた。当時、エミは聡明で頼れる存在の轟に好意を抱いていた。


ある秋の夕暮れの放課後、エミは轟と自宅へ向かう途中、

 「ヤナギ先生の奥さんってお若いんですか?」

と恥ずかし気に質問してみた。この質問の真意は、既婚者かそうでないかを問うことである。轟は表情を変えずに

 「僕よりも三つ年下だよ。つまり三十三だね。」

張りのない声で答えた。エミは少し気を落としたが、

 「そうなんですか!お若いんですね。先生と奥さん、幸せに暮らせるといいですね!」

と自分の望みとは異なることを口にした。

 「僕もそう願ってるよ。」

轟は小さく呟いたが通りすがりの車にその声はかき消されてしまった。


エミは二階建てアパートの一階に住んでいた。たった十二畳しかない部屋だったが、彼女の母は一ヶ月に一度帰って来るか来ないかだった。それによりその狭い部屋でもエミは不自由は感じていなかった。


二人はその家に着き、エミはいつも通りに大学の過去問を解き、分からない問の補足を轟にしてもらった。轟の存在はエミの母は知っているので、仮に母がいきなり帰ってきたとしてもなにも問題はなかった。なかったはずだった。勉強にひと段落がついて休憩をエミはとっていた。ベッドの上に寝転がりくつろいでいた彼女の上に不意に轟が覆いかぶさってきたのだ。

 「ヤナギ先生...?ど、どうしましたか?」

いきなりの轟の行動に、恐怖を隠しきれないエミは言葉を細切れにしながら聞いた。

 「僕の事好きなんでしょ?だから家にいつも呼んでたんだよね?」

轟は発情期の犬のごとく息が荒くなってきた。エミは轟に馬乗りになられ、腕を抑えられている。エミは動くことは物理的にも不可能である。そのうえ怖さも相まって混乱状態に陥ってしまった。エミは考えがまとまらないまま頷いてしまった。

 「じゃあさ、僕の言う事聞いてくれたらこれからも一緒に居てあげるよ。僕がいたら勉強もはかどるし、一石二鳥だと思わないかい?」

彼は続ける。

 「服脱いで。」


轟はエミの純粋な恋心を利用し、自分の性欲を、日々徐々に募るストレスを晴らしたのだ。ただ、エミは嬉しかったのだ。自分の最愛の人物がこれからも一緒にいてくれると、その人自身から誓ってくれたのだ。


彼女は今まで恋という感情を明確に心に刻んだことのなかった。主な原因は彼女の容姿にあった。彼女の頬はまるで金槌で殴られたかのように膨れ、目は垂れ目で黒い瞳も小さく、唇も分厚く鼻も潰れていた。ゆえに中学校、高校では壮大な迫害を受けていた。同じクラスの男子には『タコフグ』などとあだ名を付けられ、ある真夏の日には靴箱の中に大量のセミの死骸が詰められていた。エミは学校に行くのを拒み、家にこもっていた。当時のエミのクラスの担任が轟だったのだ。轟はいつも優しい言葉でエミを慰め、勇気づけてくれた。多彩な知識も与えてくれた。こんな醜い自分に親切に接してくれる轟を心から好きだと感じていた彼女には、彼の言葉を疑うという概念は彼女の収束のつかない脳内では存在しなかったのである。


下着姿になり顔を赤らめているエミを、まじまじと見つめながら轟は

 「下着も。」

と短く落ち着いた口調で言いつけた。エミはそれに従い、ブラジャーのホックをゆっくりと外した。まだ恥じらいを振り切れないエミはその豊満な胸を腕で隠している。言葉は不思議と出てこない。恐怖か、恥か、混乱か、それらの感情に押しつぶされそうであった。轟は我慢できなくなったのか、エミの腰に手を添え、彼女のパンツを下した。彼の手はヒンヤリと冷たかった。

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