24. 攻防。そして
そしてここからというもの、ザルな警備であることも手伝って僕らはサーバー室の前まですんなりやって来ることが出来た……はずだった。
「どう考えても、あたしたちを食い止めようって感じね」
サーバールームらしき部屋の手前。僕らは揃って足踏みする結果となっていた。
通路を折れたその先には、二十体以上は居るんじゃないかと思うほどのオートマタが待ち受けていたのだ。ずらりと廊下に並べられたそれらは壮観としか言いようがなく、まるでオートマタの見世物展だった。
「さて、ここからどうしましょうか」
床に武器を並べて、タチアナが考え込む。
タチアナはこの量までは考えていなかったらしく、どうRPG-7を使ったらいいものかと考えていた。おそらく、一発や二発打ち込んだところであのオートマタたちを殲滅することは不可能だろう。
やむなく僕らが二、三言交わして決まったのが、僕が音を鳴らして気を引かせたうちにリコとタチアナがサーバルームへ突入する作戦だった。
つまり、僕が囮というわけで。
僕が危険にさらされる問題が出てくるが、サーバールームから相手のプログラムを乗っ取ってしまえば、僕を追いかけてくるオートマタも乗っ取れるという内容だ。
それに普通のオートマタに対して、僕は最高の特注品。最悪なにかありそうだったら、四階のここから窓ガラスを割って外へ飛び降りれば問題ないというのがタチアナの考えだった。
が、やはり心配になってくる。四階から飛び降りるのは流石に無茶な気がしてきた。
「これの使い方はわかる?」
タチアナが床に置かれたRPG-7を指差す。
「さっき見てたから大丈夫」
使えるのは装填された一発のみ。当てられる自信はないが、時間稼ぎぐらいにはなるだろう。
「オーケー、あたしたちは向こうに回るからよろしくね」
さあ、行動開始だ。そんなときだった。
僕が立ち上がろうとしたとき、タチアナの作戦に賛同するかのように携帯電話の着信音が廊下に響き渡った。
ドキリとして音の方へと目を向けると、軽快なメロディがタチアナの胸ポケットから鳴り響いているではないか。
「ちょっ、鏡花って本当に空気が読めないわね!」
タチアナが液晶を見て叫ぶ。
おそらく、鏡花がタチアナに折り返しの電話を入れたのだろう。これについてはタチアナが一方的に悪い気がする。というか、叫ぶなよ。
原因は携帯電話の振動かタチアナの声なのか。その両方であるとは思うが、目の先にいるすべてのオートマタが完全に同じ動作で振り向いた。
「……まずいわね」
僕らが逃げ出そうと立ち上がると、それを合図にしてオートマタが一斉に駆け出した。
なんだってこんなことに。鏡花の電話がハーメルンの笛吹きとなってしまった。
「これを撃ち込んだら撤退するわよ。危ないから離れて」
タチアナが廊下の角から飛び出し、RPG-7を構えて応戦する。
爆炎と爆風で半分以上が吹き飛ぶも、津波のように押し寄せてくるオートマタの量にはかなわなかった。
タチアナが砲身を投げ捨てて銃を取り出したところで、三体のオートマタがタチアナに向けて飛びかかる。しかも、オートマタの手には銃が握られていた。
「タチアナ!」
僕は叫んでいた。また大切な人を失ってしまうのだろうか、と。
そんなのは嫌だ!
僕の想いが神またはそれに近しい何かに届いたのか、強烈な耳鳴りが僕の
まるで動画のコマ送りで進み続けていた時間が、少ししたところで停止した。
だが、ここでどうしろというのだろうか。あのときはドローンだけだったからなんとかできたが、いまはどうだ。大量のオートマタが眼前を埋め尽くしているじゃないか。
勝ってっこない。どうにもできないこの状況を僕に見続けさせるつもりなのか。
焦燥、不満、失望、不安、その他いろいろのネガティブ単語が僕の脳内を埋め尽くしたとき、僕の心の内から声が聞こえてきた。
『諦めてはいけません』
懐かしさすら感じてしまう優しさに、
「ツバキ!」
ツバキはフフッと笑うが、その笑顔が見えない。
『緊急プログラムが作動したようなので、タスクに介入させて頂きました』
「緊急プログラム?」
僕が心の内で問うと、ツバキは『はい』と言い、
『もともと、カトレア様のギタイは軍事用に開発されていたのです。いま起きているこの現象は人でいう所の、火事場の馬鹿力というやつでしょうか』
さて、とツバキは間を置いてこう言った。
『これより私がカトレア様の領域に、データを加えます』
データ? 何なんだそれは。
疑問を口にしようとしたが、否応なしにそれは開始された。
うねるような記憶の奔流。大量の記憶が僕の脳内に流れ込む。
混ざり合っていく二つの意識。
一つは
それだけじゃない。これは、更に別の意識で――。
気づけば、僕は闇の真っ只中でひとり立っていた。
辺りを見回してから、動けていることに遅れて気づく。
「……ここはどこだ?」
奥行きがどこまであるのか視覚だけではわからない。
一瞬、脳裏に死の文字がよぎるが、そんなこともなさそうだ。
いよいよ自分がおかしくなってしまったのかと思えば、頭上からスポットライトみたいな光が上から降ってきて、ツバキが現れた。
眼前にいるツバキは何も語らず、僕をじっと見つめている。
「ツバキ、ここはどこなんだ?」
それに、さっきの言葉の意味はなんだ。教えてくれ。
僕から話しかけるもツバキは質問に答えることなく、ゆっくりと右手を上げてゆき、僕の隣を指さした。
ツバキが示した先を見ると、新しい光がそこへ降り注ぐ。
光の中には僕がいた。僕というよりは、もうひとりの自分というべきか。
それは男だった頃の自分だった。
いったいどういうことだと困惑していると、男の自分から背中を押されて、ツバキの前まで突き出されてしまう。
「行って来い」
声を掛けられて振り向けば、男の自分は消えてしまっていた。
視線を前へと戻すと、ツバキはこちらに向けて右手の手のひらを差し出していた。まるで、何かを受け取れとでもいうかのように。
その姿を見て、先程の自分がどういった存在なのかをたちどころに理解した。
「……ツバキ。力を貸してくれ」
『はい。喜んで』
ツバキは微笑み、差し出していた手を軽く揺らす。
『一緒に行きましょう――蓮矢様』
名前を呼ばれて、俺はツバキの手を取った。
「――ああ、行こう!」
溶明する視界。身体は動く。
再び動き出した世界で、俺は鏡花に貰った銃を握りしめていた。
「伏せろ! タチアナ」
銃を打ち鳴らして、タチアナの周りに居た三体のオートマタを六発で仕留める。
敵はあと七。心の中でカウントする。
次に俺は上着のポケットをまさぐった。服の内にある
銃の内部は先ほど撃った六発を差っ引いて合計九発。弾倉を合わせて二十四発では相手に対して弾数的に心もとない。
ならばと、俺は地を蹴った。飛んでくる銃の火線を真っ正面から受けながら突き進み、壁を蹴って高跳びのように
右足を折りたたみ、相手の横っ面にめがけて掛け声と共に開放した。
「こいつは、ツバキの蹴りだ!」
体重を乗せたことにより強い質量を持って放たれた蹴りは、右足に鈍い感覚を残してオートマタの顔面に食い込んだ。
――六!
俺は壁に激突して人形と化したそれを掴んで、相手の銃弾を防ぐ。
充分に盾として働いたそれを正面に
――五!
「カトレア! 援護するわ」
相手は銃を持っているというのに、タチアナが果敢にも二体のオートマタを拳銃で撃ち抜いていた。
――三!
目の前の出来事に処理が追いついていないのか、突っ立っている奴の足を払って手首を掴む。倒れる勢いをそのまま利用して残りの二体へと放った。
投げつけてから俺は嗤う。なるほど、この技はツバキのものだったか。
「これで仕舞いだ!」
スカートのフリルをはためかせながら飛びかかり、床にひっつぶしている三体に銃弾を浴びせかける。
零――否。
終わったと思った刹那、背中に向けられる殺意。俺はすかさず背後に銃を向けた。
「まったく、派手にやってくれたものだ」
やれやれといった口調。男の声だった。
「カトレアッ!」
「
散弾と聞いてタチアナが両手をあげた。射程にはリコも入っているのだろう。このまま撃たれてしまってはかなわないので、俺は銃を突きつけたまま話す。
「俺の後ろを取って、勝ったつもりか? リチャード・ケニー。元イギリス軍将校殿」
「どうして私の名がそうだと?」
時間は、稼げた。
「当てずっぽうだ……といいたいところだが、あんたが履いてるその靴はサンダースの革靴だろ? 見てわかるぞ」
「なるほど。お詳しいことで」
リチャードがふっと笑う。
「君たちは、我々の考える
「確かに受けた覚えはないな」
「それで、ここからどうするのかね君は。このまま新しい世界の幕開けを待つのかい?」
「馬鹿らしい。俺は助けを待つ」
「助け? それこそ馬鹿なことを――」
言葉の途中。ビルの窓ガラスが割れ、リチャードが崩れ落ちた。
「あがっ……ごふっ……」
喉から血を吐き出し、そのまま床に大の字に
「窓際に立つなんて、元軍人と聞いて呆れるな」
窓から見える奥の奥。俺に備わった高解像度カメラの目が、一キロほど離れたビルの屋上にいる鏡花の姿をくっきりと捉えた。
足元に
俺は朝日に照らされている鏡花の唇の動きを視た。
――ツバキの仇はとったぞ。
俺の読心術は完全に正確とは言えないが、今の鏡花の言葉と考えれば間違いはないだろう。
「一体、何が起こったの?」
「鏡花だ。向かいのビルから狙撃したんだ」
「それもあるけどさ……カトレア、なの?」
「
タチアナは口をぽかんと開けて、俺のことを見る。
思えば、俺以外が聞いてもわからない内容だな。これ以上説明しても仕方ないことだが。
「……どこか頭でも打った?」
「厨二病」
酷すぎじゃないだろうか。
「あの、こういうときは格好良く決めさせて欲しいんだけど」
「やっぱり、いつものカトレアね」
よかったと呟いて、タチアナは安心したように笑った。
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