23. 反撃開始
――オートマイクロ社の日本支部は品川にある。
リコから伝えられた住所へ向かうとすると、車で行けば二十分ぐらいの距離だ。ただ、どうやら現在は首都高が封鎖されているらしく、予定の倍近い時間が掛かりそうだった。
「まったく、鏡花は電話にすら出ないし……」
タチアナが軽く苛立ちながら携帯電話を机に置く。
目的地へ向かうために、タクシー会社に電話を掛けても早朝やらテロ騒ぎやらで配車を頼むことが出来なかった。
鏡花については、先ほどタチアナが言ったとおりだ。
「別に自動運転でいいんじゃないかな」
「一応、自動運転でも免許がいるでしょう?」
今さら常識を振りかざされても困る。それ以外に色々とやっているだろうと。
「それについては今さらじゃ……」
無免許運転なんて、今起こっている事件に比べればちっぽけなものだろうなんて考えて、タチアナたちの思考に染まってきていることに気付く。
ここは自省の意も添えよう。交通安全万歳。
「外にはテロ警備とかで警察がうろうろしているのよ? 今の状況で検問されてみなさいよ。それとも警察と一緒に押しかけるってのも、また面白そうではあるけれども」
やはり残念なことにタチアナは法に束縛されるような輩ではなかった。無免許の場合は逃げる前提なのか。
警察とドライブデートをしながら敵の拠点に突入するのは御免だ。
「ロシアの運転免許ならあるんだけどねぇ」
「僕も運転は出来るけど、免許が……」
仮に手元に免許があったとしても、顔どころか性別すら変わってしまっている。
今になって、自分が色々とめんどくさい状況にあることを痛感する。
「私が運転する」
「リコが?」
リコの唐突な提案に、僕は思わず聞き返してしまった。
「免許なら、取れる年齢になったから最近取った」
「車の免許って十八歳からじゃ……」
「…………」
呆気にとられた僕に対して、無言の圧力が襲いかかる。
「え? 取れる年齢になったということは、リコは……」
リコの背丈を見て僕は熟考する。いやいや、年下だと思ってたけどさ。年下だとは思ってたけど、中学生ぐらいじゃないかなって……。
「バーカ」
思えば、リコから罵倒を受けるのはこれが初めてじゃないだろうか。
僕がリコの年齢を勘違いしていたことに対して怒っているのかと思えば、リコは笑っていた。
「さて、そうと決まれば行きましょうか」
タチアナの言葉にリコと僕は頷く。
これでオートマイクロ社までの足も見付かった。
僕らは満を持して夜明け前の街に飛び出していった。
自動運転では辿り着く時間に差が出るということで、リコの運転のみで青木さんの店から出ることになった。
リコの運転は鏡花ほどの乱暴さはなかったが、技量は初心者のそれだ。エンジンブレーキを上手く使いこなせていない。
だが、初心者の運転とは一線を画する運転方法がリコにはあった。
僕は運転席に座っているリコを見た。
リコは助手席に置いたパソコンの画面を見ずに、キーボードを叩いている。
そして、エンターキーを叩くと同時に目の前の信号が赤から青へと変わっていた。
これについてはただただ凄いとしか言いようがない。
そうして僕らは順調に市ヶ谷から桜田通りへと進み、北へ北へと移動していく。
途中、何度か路上にパトカーや消防車、救急車が停まっているのが見え、状況は深刻であるのだと知った。
一番最悪だったのは、建ち並んでいるビルから煙が上がっていたことだった。
これが一箇所だけならばまだいい。あちらこちらから火の手が上がっているのだ。
このままなにも出来ずにいたらと想像するだけでも恐ろしくなってしまう。
「見えた」
リコがハンドルを切って、正面を指差す。
車のフロントガラスからは数十階建ての高層ビルが見えていた。
「こんな深夜だって言うのに、今日は厳重にしているのかしらね」
建物は塀でぐるりと囲われていて、その正門と思わしき場所にはタチアナの言うとおり人が六人ほど立っていた。武器は持っていそうに見えないので、民間の警備会社かなにかだろうか。
「リコ、そのまま突っ込んで。どうせ、あそこに居るのは何も聞かされてない警備連中でしょ」
「ラジャー」
突っ込む? 侵入するんじゃなくて?
僕の頭の中でハテナマークがいくつも浮かび上がる。
「さて、いっちょやりますか」
タチアナはそんなかけ声と共に、荷室に置かれていたなにかを手に取った。それは僕が初めてタチアナ達と会ったときに使おうとした、あのRPG-7だ。
「え、まさか……」
そのまさかだった。タチアナは後部座席の窓から身を乗り出して、正門に向けてRPG-7を撃ち込んだ。
耳をつんざく破裂音と共に車の中に白煙が入り込み、車の数十メートル先で大きな爆発が巻き起こった。
「ちょっ、なにしてんのさ!」
煙を右手で払いながらタチアナに向かって叫ぶ。
「こんなものただの挨拶よ」
どこの世界のおはようだ。
挨拶代わりに重火器をぶち込まれるなんて、連中もたまったもんじゃないだろう。
タチアナは人からわざと外したのか、蜘蛛の子を散らすように正門にいた全員がその場を逃げ出していく。
それを好機とみたのか、リコは門の間を猛スピードで突き抜け、入り口の前で急停車させた。
「カトレア、早く降りて」
タチアナに急かされて建物の手前で降りると、焦げたタイヤの匂いと火薬の匂いが入り交じったものが僕の鼻孔をくすぐった。
匂いに顔をしかめながらタチアナの方を見ると、タチアナは何の躊躇もなく入り口のガラス扉に向けて再びRPG-7をぶちかました。
打ち上げ花火を間近で打ち上げたような音がして、弾頭が重力を振り切るように直進し、入り口で炸裂する。
ハンマーかなにかで叩けば割れるだろうというのに、弾頭は見事に入り口にある全ての窓ガラスを粉みじんにして吹き飛ばしていた。
「なんか鳴っているんだけど……」
火災報知器なのか侵入検知のベルなのか、けたたましいベルの音が建物の内部で鳴り響いていた。
「どうせ入ったら鳴るんでしょうし、今に鳴ろうが同じじゃない」
リコも居るんだし、なんというか漫画の大泥棒みたいに警備を打ち消しながらクールに侵入出来ないものかね。
「カトレアだったら、慎重に潜り込んだ相手とRPGを撃ち込んでくる相手のどっちが嫌よ?」
どっちが嫌かなんて訊ねているが、これは引っかけでしかない。辿り着く先はどう考えても詭弁だ。
「そりゃあ、後者だろうけどさ……」
「そういうこと」
口が上手いことで。RPG-7を撃ちかましたりするのは流石にやり過ぎだろう。
先ほどの連中だって、こんな相手を想定して給与を支払われているわけじゃないだろうに。なんだか彼らが可哀想に感じてしまった。
「あたしらが賞金首を追って一番困るのが堂々としている輩なのよ」
「ほう、経験が生きたな」
賞金首だの何だのタチアナたちは言っているが、これだと帰りには僕らがお尋ね者になっているんじゃなかろうか。
「中に入るわよ」
僕の心配をよそに、タチアナたちは建物の中へと入っていってしまった。
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