20. カトレアの推理

 青木さんは僕らを責め立てるどころか、ツバキのことを触れもせずに必要な工具を快く貸してくれた。


 場所を借りて早一時間。時刻は夜中の三時を過ぎている。

 僕の身体が変わってしまってから初めて機械を弄ったが、染みついた手先の感覚は今の小さい手でも十分についてきてくれた。

 けれども、分解したところまではよくて、その先に僕はなかなか進むことが出来ずにいた。こうしている間にも、世界中で問題が噴出しているだろう。

 時間が無い。早く何とかしなければならない、が――



「……よく分からないな」


 この機械は一体なにをする物なのか。

 何でもいいからわからないものかと焦ってしまう。なにかの送信機であることは、見た目だけで分かる。その送信先が問題だろう。


 けれど信号の中身を見ても、ちっとも判からなかった。

 僕は機械に繋いだオシロスコープをじっと眺める。

 強力な信号を出していることは、オシロスコープから見てわかった。


 だが、その信号がグジャグジャすぎるのだ。通常、電波というのは綺麗な波形を描く。ただ、この機械から発する電波はアンテナで発する前から波形にすらなっていない。

 こんなノイズばかりの情報を受け取って動く機械が本当にあるのだろうか。


 青木さんに訊いてみるも答えは同じで、どういった物に対して使われるものなのかまではわからなかった。

 これでは駄目だ。考えが堂々巡りしてしまって、埒があかない。

 少し考え方を変えてみようとして、機械に使われている部品に目が行った。


「青木さん」

「なんだ?」


 こんな時間で歳も若くないというのに、青木さんは仮眠もせずに起き続けていた。

 オートマタに対する問題が許せないのか、はたはツバキのことを想ってか。

 それについてはやぶ蛇であり、僕は訊けないでいた。


「この部品って、オートマイクロが製造しているチップの刻印に似ているんですけど、知りませんか?」

「確かに、オートマイクロで製造しているやつと同じだな。……だが、こんな集積回IC路はいままで見たことがないな」


 青木さんが知らないようなチップを製造している……? なぜだ。

 考えを巡らし、あることがふと気になった。


「……オートマイクロって、確か本社がイギリスでしたよね?」

「ああ、そうだ。お前さんの親父は日本支部だったが、そこで働いてたよ」


 親父が生きているうちは知らなかったが、そんなようなことを研究所で聞いていた。


「あっ……」


 ギタイだというのに、不意に鳥肌が立ったような気がした。

 するすると舞い降りる一筋の光。それを辿るように、僕は今までの出来事を頭の中でまとめあげていく。

 僕がタチアナたちと出会った初日のこと。僕らを狙って追いかけていた車は鏡花によれば、だった。

 次に僕らを狙ったのはなんだ? のドローンだ。


 そしてオートマタへのハッキングだが、リコにも出来ないハッキングを実行に移せる奴がいるとしたら……?

 出来るとするならば、作った本人たちだろう。

 ハッキング用の脆バックドア弱性を作っていたとすれば話が早い。


 そう考えると、やはり敵はギタイの設計図が欲しかったんじゃない。

 わざと作り上げたバックドアを隠蔽したかったのだ。

 それだけじゃない。証拠となるピースはいくらでも転がっている。


「まさかな……」


 僕はおもむろに、機械につなげた外部電源の出力を上げていく。

 すると、オシロスコープに出力された波形がこれでもかというほどまでに暴れ回った。


 これでいい。

 これだけで、わかる。こいつはなにかを動かすための機械なんかじゃない。ジャミング用の機械だ。

 僕は研究所での出来事を思い出す。

 あの時、リコは研究所の付近で携帯が見えていないと言っていた。


「青木さん。って見られます?」


 急に携帯を見るように言われて、怪訝な表情で青木さんは自分の携帯電話を見た。


「……だぞ。こんな状況だし、基地局とかで何かあったのか?」

「見えた……。見えたぞ!」


 僕は電撃を受けたみたいに立ち上がって叫んでいた。

 繋がった。全てが繋がった。


「青木さん。青木さんの十二姉妹は今どこに?」

「急にいろいろとなんだ? ……まだ働いてるよ。大繁盛でな」

「ハッキングを受けたとかそういうことは?」


 僕の推察が正しければ、十二姉妹は一人も

 そして、ツバキが狙われなかった理由についても説明がつく。

 狙わなかったのではなく、狙えなかったのだ。

 ツバキと普通のオートマタの差は、バックドアの有無だったのだ。


「ペアで行動させておるが、そんな話は来ていない。一人あぶれてしまってるがな。その一人のミズキはツバキの所におるよ」


 たまたま狙われていない可能性も高いが、これで信憑性は高まった。

 組み上がった一つの推理に思わず喜びそうになったが、青木さんからツバキの話題がでてしまい、僕は歓喜の気持ちを押し込めた。


「青木さん。その、ツバキは……」

「ちょっとは怒ろうと思ったんだがな、ツバキのあの顔を見たらそんな気も失せたわ」


 青木さんはそう言っているが、傷ついたような声音だった。


「……リコを助けたんだろう? ツバキは」


 僕は強く頷き返す。


「次につなげたんだよ、あいつは。リコに言っとけ。無駄にするな、とよ」

「わかってます」


 さて、ネタは揃った。

 ここから攻撃に転じるには最後のピースが必要だ。

 僕はゆっくりとした足取りでリコのいる部屋へと向かった。

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