15. 嵐の前触れ
時は流れ、早いことにあれから二週間が経った。
あの日以降、あの二日間であれだけ立て続けに起こっていた事件が、今では嘘のように静まりかえっていた。
事件で言えば、僕のトイレ事件やタチアナ夜這い事件、鏡花の車両事故などなど、僕らの間で起こった事件を挙げていけば枚挙に暇がないが、そういった平和的な件じゃない。
狙われていた僕の身体とその設計図。それに関する出来事がこの十日ほどすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。
それは僕が一人で外を出歩いたとしてもなにもなく、嵐前の静けさと呼ぶべき不穏な空気を帯びていた。
そのことについて僕がタチアナに訊ねると、
「私らの目的は達成したしね。カトレアを狙う奴らも来ないし、もう拠点に戻っても平気なんじゃないかしら」
「でもドローンとあのオートマタについては、なにもわかってないんじゃ……」
そうなのだ。
あのとき僕らを襲ったのが大鐘組じゃないとしたら、一体誰なのか。
それについてはリコにも調べて貰っていたが、二週間たった今でさえも、わからずじまいだった。
「わからないものは仕方ないでしょう? そんなことより、これからのことを考えないと」
「呑気」
膝に乗っけたノートパソコンから、目を離さずにリコが言う。
いつもの抑揚のない口調で呑気と言ったリコであるが、真面目に何か取り組んでいるのかと思えば、美少女ゲームで遊んでいることを僕は知っている。
「それじゃあリコはどう思うのよ」
「嵐の前触れ」
僕も心の中でリコに同意する。
ここ最近のタチアナときたら、モラトリアムを抜け出せない学生みたいに楽観的だ。
けれども、僕みたいに束縛されてしまっては、いつまで経っても問題が付きまとってしまう。
問題の先送りと言ってしまえば聞こえは悪いが、そういった意味ではタチアナの考えも参考にしてしかるべきではある。
「あ、そうだ。今夜テレビを見て。面白いことが起こるわよ」
なにかを思い出したようで、タチアナが話題を逸らす。
「面白いこと?」
「夜までのお楽しみってことで。後でみんなをここに集めるから、一緒に見ましょ」
タチアナがここといった瞬間、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。
それもそのはず。タチアナが『拠点に戻っていい』と言ったように、僕らは拠点と呼んでいるあの古びたビルとは別の場所にいた。
ではどこか――
「んで? お前らはどうしてワシの家に居る」
そう。タチアナとリコ、僕の三人が集まっているこの場所は、青木さんの店だった。
今まで不機嫌そうに黙り込んでいた青木さんだったが、タチアナが夜にみんなを集めるようなことを言ったからか、閉口していた口がついに開かれたというわけだ。
「みんなが拠点は危ないって帰りたがらないのよ。ホテル暮らしにもそろそろ飽きちゃったし、青木さんの所があったなぁと」
ちなみにホテル代は全てタチアナが持ってくれていた。
他人から見れば、ただのひも生活でしかないだろう。
「襲撃されたらどうするんだ!」
ごもっともな意見で。ホテルでも十分まずいけど。
「いやいや、いざとなれば十二姉妹がいるでしょ」
「なにその十二姉妹って?」
聞き慣れない言葉に、僕はタチアナに問う。
三姉妹とか言うのだから、それが十二で十二姉妹? それにしたって多すぎるので、なにかの比喩だろうか。
「青木さんが作り上げたオートマタ達のことよ。その十二体の内の一体がカトレアってわけ」
「シスプリ」
リコのよくわからない説明はさておき、タチアナの言葉が正しければ僕はツバキしか見たことがない。
「そういえば、いつもは羨ましいぐらいのハーレム環境なのに珍しく誰もいないじゃない」
「店には調整中のアヤメとサザンカしかおらんよ」
「他の子は?」
「仕事だよ。言ってるそばから、ほら」
ほらと言って、青木さんが顎でしゃくる。
しゃっくった先まで視線を移せば、男性型のオートマタを
「おじさーん、戻ったよー」
その子は僕と同じぐらい低い背なのにも関わらず、自分の1.5倍以上の背丈がありそうなオートマタを軽々と持ち上げていた。
僕には普通の女の子と違いが分からないが、その力の強さを見るに彼女がその十二姉妹の一人で間違いないだろう。
「お帰りミズキ。またか?」
「……うん。この子もそうみたい」
明るかった声のトーンがいくらか落ちる。
ミズキの返事を聞いて、いつも気難しそうな顔をしている青木さんが、さらに苦々しく眉間に皺を寄せた。
ミズキがオートマタを作業台にのせると、青木さんはやれやれと呟いて立ち上がった。
「またってどういうこと?」
「ミズキが運んできたこいつをみろ」
作業台に乗せられたオートマタは複雑骨折でもしたかのように四肢が折れ曲がり、電源が喪失してしまっているのか微動だにしていなかった。
「ありゃ、これは酷いわね。交通事故かなにか?」
「ううん。この人はね、自殺しちゃったみたいなの」
ミズキは哀しそうに視線を地面に落とす。
「自殺? オートマタが?」
僕は思わず口を挟む。
オートマタの自傷行為は、所有者の危機の時にそうしなければならない理由がない限り起こらないはずだ。ましてや、それが自分からとなるとバグの疑いもある。
「最近多いんだ。しらんのか?」
僕は「いえ……」と首を振ってタチアナを見ると、タチアナも知らないのか変な顔をして肩をすくめた。
「時事問題に疎くてよく賞金稼ぎが務まるな。食っていけるのか?」
一番身近にいる僕ですら、ときどき彼女らが賞金稼ぎを
それほどまでにタチアナとリコが動いている姿を、僕はまったく目にしていない。
「皆で分けても有り余るぐらいよ。鏡花だけよ。お金がなくなったってすぐに騒ぎたてるのは」
裏ルートで武器を買ったり、車を何度も廃車にしていれば、そりゃお金もなくなるだろう。
「どうせ、いつものごとく博打かなんかで
おまけにギャンブルまでしているのか。
「お金の使い道に口出しするつもりはないわ。あたしには高い授業料にしか見えないけどね。神はサイコロを振らないらしいし」
アインシュタインもびっくりの解釈だな。神はサイコロを振らないって、ギャンブルについて言った言葉じゃないだろ、それ。
「それでニュースって、どんな内容なの?」
ツバキと話すように、タチアナがミズキに訊ねる。
「ここ最近、オートマタが暴れたり自分を傷つけたりする問題がいろんな場所で起きてるみたい」
なんというか、オートマタにしてはだいぶフランクだ。ツバキと方向性を変えて作ったのだろうか。
「鏡花が忙しそうにしてるのもそのせいかねぇ」
ここ最近、鏡花はオートマタ絡みの事件であちらこちらに奔走しているようだった。
「お前さんはなにもしないのか?」
「嫌よ。
「ここに居候するつもりなら働いて欲しいんだがな」
工具を取り出しながら、青木さんがため息をつく。
「丁度よくメイドさんがいるじゃない」
タチアナが僕を見てニッコリ笑う。
自分ではやらないのか? まぁいいけどさ。
「じゃあ、廊下の床掃除でも頼むかな」
「わかりました」
厄介になっているのは確かなので、せめて僕の分だけでも掃除をしよう。そう思いながら洗面所でバケツに水を張っていると、リコが僕の服をつまんで引っ張った。
「えっと、なにか?」
「とりゃりゃー」
やる気のない掛け声をリコが言う。
「とりゃりゃー?」
「違う。阿呆っぽさをだしつつも威勢よく5秒ぐらい伸ばして」
意図が分からず、そのまま言葉に出してみれば指摘を受けてしまう。
僕からすれば謎の指摘でしかないのだが、珍しくリコの言葉には熱が籠もっていた。しかも、注文がやけに細かい。
「とりゃりゃ~~~~~~~~~~~~!」
「それで掃除」
えっと、この言葉に何の意味が?
冷めたように呆けてしまった僕とは対照に、リコは満足げにモップを差し出した。
まぁいい。掃除にこだわりなんてないのだし、願望を聞くにしては安いものだ。
受け取ったモップを濡らして、掛け声と共にモップを廊下に走らせた。
「とりゃりゃ~~~~~~~~~~~~!」
「ナイスマルチ」
ますます訳がわからない。マルチってなんだ。
「ふむ、懐かしいな」
意外にも、通りすがった青木さんからも反応が。
「掃除はなにより気合いが肝心」
「様式美だな」
青木さんとリコがうんうんと頷き合っている。
青木さんまで一体なんなんだ……。
やかましいだろうに、僕は掛け声を出し続けながら掃除に励む。そうして、ある程度続けたところで、タチアナから声が掛かった。
「ツバキがカトレアに用があるって電話があったわよ……って、なに変な声を上げて掃除してるの?」
「いや、リコがこうしろって……」
「……よく分からないけどまぁいいわ。ツバキがカトレアに用があるって」
「僕に?」
一体なんの用だろうか。
掃除を止めて、片付けようとするとタチアナがバケツを手に取った。
「あたしが片付けるわ。駅近くの喫茶店で待ってるみたいだから行ってあげて」
「喫茶店? ここじゃなくて?」
「二人きりで話したいんじゃないかしら」
ツバキから個人的な要件での呼び出しとは珍しい。
それも二人きりでなんて、僕が知る限りこの二週間で僕だけじゃないだろうか。
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