14. 襲撃

「おい、そいつ連れてくのかよ」


 廊下で子供の手を引くようにしてキャスパーを連れ歩いている僕へ、鏡花がめんどくさそうな目を向ける。


「えっと、直してあげたいんだけど駄目、かな?」


 直すということは、持ち帰らなければならないわけで。まるで捨て猫を拾って、親に飼う許諾を貰うような気持ちだった。


「……いや、やっぱりここに置いてくよ」


 返事を貰うよりも先に、僕はキャスパーの手を離して言う。

 僕はキャスパーの背丈に合わせるようにしゃがみ込み、色々なセンサーがむき出しになっている不格好な頭に手を乗せた。

 言い出したばかりだというのに僕の気持ちが急に変わってか、二人は心底わからなそうな顔で僕とキャスパーを見つめていた。


「こいつは今まで親父の命令を忠実に守ってきたんだ。それを僕が止めるのも、どうなのかなって」


 変に空いてしまった間を埋めるように僕は言う。

 そもそも存在すらも忘れてしまっていたというのに。拾うか拾わないかなんて、どちらにしても僕の独善でしかないが、そっとしておいた方がいいと思うのだ。


「どういう意味だ?」

「人のエゴって奴かな」


 僕は立ち上がって、そっとキャスパーから離れた。


「よくわからないけど、カトレアがそうしたいっていうのなら、この子も本望かもね」


 名残惜しいけれども、これでお別れだ。

 僕は後ろを振り返ることなく、廊下を進む。

 そして、廊下の角が目前という所まで差し掛かった、そんなときだった。

 ――さようなら、と。

 背後から、そう聞こえたような気がした。


           ◇


 僕とタチアナ、鏡花の三人で階段を上りきり、再び廃虚へと戻ってきた。

 こうしてみると、日常と非日常が階段を挟んで存在しているような場所だと思う。

 それはまるで男と女、ギタイと生身が表裏一体になった今の僕のようにアンバランスな状態で。

 非日常の境界を越えてしまった僕は、これからも非日常に染まっていくのだろうか。


 今までの日常を捨て去る決意を、僕は今まで全く意識していなかった。

 乗せられたレールをただ進んでいるだけなんじゃないか、と。

 なんてことを考えながら外へ向かおうとしたところで、唐突に鏡花が先頭に飛び出して僕の進路を遮った。


「誰か来る」


 真剣な声だった。

 易々と目的を果たし、入り口もあと少しというところで緊張が抜けきってしまっていた僕だったが、鏡花の空気に当てられて居住まいを正す。


 耳を澄ましてみれば、鏡花の言葉通りドタバタと人が駆ける音が聞こえてくる。

 それも複数いそうな音だ。

 そして僕らが隠れる余裕もなく、廊下の角から数人の人影が飛び出した。

 視界に現れた人影が大人の男であると見てとれた直後、鏡花が銃を構える。


「止まれ、動けばこの銃で撃つぞ」


 鏡花が威嚇するも男達は臆することもなく、こちらに向かってきた。


「ちっ、オートマタか」


 不気味にも全員が同じ顔なのはそのためか。

 だけど、あのオートマタ。どこかでみたような……。


「ぼけっとすんな。一旦、中まで引くぞ! シンガリは私だ」


 鏡花が銃を何度も打ち鳴らしながら、僕の背中を叩く。

 鏡花の射撃は見事に命中させているようだったが、それでも物量が勝っていた。崩れ落ちたオートマタを越えて、新しいオートマタが向かってくる有様だ。


「カトレア、こっちに」


 タチアナも銃撃戦に混じり、廃虚であることも相まって紛争地帯のような様相を呈していた。一番の救いと言えば、相手が丸腰であることか。

 しかし、なぜ丸腰なんだ? 銃ぐらいあってもいいというのに。


 敵の心配をしたって仕方ない。それに、銃を持っていないからと言ってあの数に捕まってしまえば最後、どうなるのかわかったものじゃない。

 僕はスカートを翻して、タチアナと一緒に地下に続く階段を駆け下りる。

 階段の踊り場から後ろを振り返ると、いまだに鏡花はあのオートマタ達に向けて発砲を繰り返しているようだった。


「くそっ。戦闘用じゃないみたいだが、なんだってこんな数が」


 鏡花が諦めて、階段を飛び降りるようにして僕らの方まで来る。

 僕らは無策のまま全速力で廊下を引き返すも、相手はオートマタだ。引き離すこともままならず、そればかりかどんどん差が縮まってきてしまっていた。


「多勢に無勢ね。どうする?」


 荒い息をつきながらタチアナは言う。


「とりあえず各個撃破だ。残りの相手は5体。最悪って訳じゃない」


 3対5といいたいところだが、僕は足手まといだ。2対5――いや、それ以下かもしれない。

 こうなってしまったのなら仕方ない。

 鏡花には釘を刺されていたけれど、少しでも力になろうと僕も上着から銃を取り出して、戦いに混じろうとした――その時だった。

 それは唐突にも、僕らの目の前で明らかな異変が起きた。


 なぜかオートマタたちが時が止まったように、動きを止めていたのだった。


「は、えっ……?」


 驚きの言葉が口をついて出た。

 いやまて、一度こんな状況を僕は知っているじゃないか。

 驚くことなかれ。これが二度目だ――自分に言い聞かせるようにそう思ったが、今回ばかりは状況が違った。


 鏡花とタチアナ、そして僕が普通に動けていた。

 それにあの時とは違う。時の動きというか空気の流れというか、そういったものの感覚に異常はない。とするならば、異変が起こったのはオートマタの方か。


「一体、なにが起こったの?」

「壊れたのか?」


 目に見える異常事態に僕らは顔を見合わせていると、オートマタがなにかを呟いていることに僕は気付いた。


「あ、おい。危ねーぞ」


 その内容を耳にした僕は鏡花の忠言を聞き流して、ゆっくりと彼らに近づいていった。


「勝手なことをしやがって。いきなり動いたらどうするんだ」

「いや、もう大丈夫だと思う」


 なに言ってるんだ、という顔を鏡花にされてしまうも、丁度よく彼らの一人が言葉を口にした。


「料金は720円です」

「はぁ?」


 彼らがなんなのか。

 それに気付けなければ、僕も鏡花みたいな反応になるだろう。


「高速道路の料金所に居たオートマタだよ」

「なんでこんな所に?」


 それについては僕もわからない。

 もしかしたら、鏡花の運転に対して今更になって罰しにきたのかもしれないが、そんなわけがない。

 むしろ、そうであった方がいいぐらいだが、敵側の刺客と考える方が筋が通っている。

 けれども、どうして料金所のオートマタが襲ってきたのだろうか。それが最大の謎だった。


「……取りあえず、考えるのは先ね。もう襲ってこないとも限らないし、さっさと行きましょ」


 タチアナの言うとおりだ。一刻も早くここから逃げ出すべきだろう。

 壊れたオートマタだけでも回収しようかどうかという話も上がったが、危険性を考えてそのまま退散することとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る