13. 加藤一雄の遺産
「親父……」
半年ぶりに聞いた親父の声は、思い出の中よりもいくらか低くかった。
親父が死んでから今に至るまで、声を聞く機会がなかったからか、ちょっとばかり感傷に浸ってしまう。
『よく、ここまでたどり着いた。ここまで色々させた理由だが、俺はお前の腕をちょっと試してみたかった』
ここまでたどり着けたのはリコのおかげだし、最後はなんか無理矢理だった気がするが……まぁいい。他力本願であったことには変わりない。
親父の期待には応えられなかったが、ここまで来たことに意味がある。
『もしもこいつを聞いているってことは、俺はもう――というのはさておき、お前の方はそうとう困っている状況か、暇な状況なんだろう? 核が核を呼ぶ戦争で肉体を失ったか、女の子になりたかったかのどちらか……違うか?』
どちらでもないんだが。
『もしかしたら、蓮矢じゃない誰かかもしれないが、そんときゃ、その時で考える……と言いたいところだがこれは動画だし、俺はもうじき病で死ぬだろうから、そんな余裕もないがな。ハッハッハ』
やばい。もうこの時点で、
「彼のことはネットの記事で何度か見たけど、変わった人ね」
タチアナがそれを言うのか。
けれども、今ばかりは同感である。これが僕の親父なのだ。
『さて。そのギタイのことを話す前に、俺のことを少し語ろうじゃないか。技術者を目指していた頃、メイドロボを作ることが夢だった俺は、気づけばギタイ技師となっていた。そして、思い出すこと三七歳の夏のこと。俺はオートマイクロを辞めて、一人で全身ギタイを作ろうと思い立った――』
僕が中学を卒業した辺りから、やけに自宅にいる日が増えたなと思えば、会社を辞めていたのか。
間違いなく、離婚の原因の一つに違いない。
そして、親父は制作秘話とやらを淡々と語り始め、少しと言ったはずがかれこれ
途中まで耳を傾けていた僕だったが、知っている話題もちらほらと出始め、食傷気味になっていた。
「長いな」
鏡花は飽きてしまったのか、モニターを見ずにリボルバーのシリンダーをグルグル回して遊んでいた。
「倍速かシークバーはないのかしら」
親父は僕らが興醒めしていることを知る由もなく、モニターの中で延々と語り続けている。僕はといえば、銀糸のような自分の髪の毛を弄って、退屈をしのいでいた。
『俺はそうして『H-SS246』を作り上げた。初めは軍にうっぱらうつもりだったが、愛着がわいてしまい手放せなかった。なぜなら――』
まだ続くのか。
いい加減、一方的な昔話にもうんざりだ。
『俺はメイド服を着た女の子萌えだからだ!』
いや、わかってたことだけどさ。そんな堂々と言わなくても。
久々に声を聞いて、感傷に浸っていた気持ちを返して欲しい。
『メイド服を捨ててしまったのであれば、考え直して欲しい。制作者の意図というものをくんでくれ……』
飽き飽きとしていたタチアナが、親父の言葉に反応して僕の肩越しにモニタへ食いつく。おまけに、さりげなく肩に腕を回され、抱きつかれたような格好になっていた。
「わかるわー」
変なところに同調しないでほしい。
それと変な手つきで髪を触らないで。
『また、俺の作ったそのギタイだが……ぶっちゃけ設計に関するデータなんてない。それが目当てで、ここへ来たというのならすまんな。父さん、天才だから。ハッハッハ。強いて言えば自宅の天井の染みをみながら考えたから、それが設計図だな』
「え? なんて言ったの?」
僕に夢中になって聞いていなかったのか、タチアナが僕に聞き直す。重要なところを聞いてないって、タチアナは一体なにをしにここに来たんだか。
「設計図はないってさ」
呆れながら僕が答えるとタチアナは大声を上げた。
「えぇえええええぇ!」
「うるせぇぞ、タチアナ! 聞こえないだろうが」
「だって、だって、設計図がないって……」
タチアナが僕から離れてずるずるとよろけた。よほどショックだったらしい。
けれど、ここまで振り回されて、なにもなしは酷いと思う。
今もなおショックを受け続けているタチアナをよそに、親父は
『というわけで、お前がメイドロボ制作に目覚めたというのなら、俺が今まで仕事でため込んできたデータがあるから、それを参考にしろ』
メイドもなにも、ギタイにひらひらした服を着せただけじゃないか。
しかし、仕事のデータか。
全身ギタイの設計図ほどじゃないが、価値がありそうだ。
『それで肝心のデータだが、キャスパーに預けてある。受け取るといい』
そういえば、こいつはそんな名前だったな。
ちらりとオートマタを見やると、アルミ製の手のひらにメモリを乗っけてこちらに差し出していた。僕はそれを受け取ると、そのままタチアナに手渡した。
「いいの?」
あっさりとデータを手放した僕を見て、タチアナが目を丸くする。
「タチアナ達が好きにしていいよ」
「そ、ありがと」
それから、しばらく室内は無言になった。
なぜかと思えば、モニタの光が消えていることに気付く。締めの言葉を言わずにさらりといなくなる辺り、最後まで親父だった。
僕らは解けた緊張を取り戻して、地上へと再び戻ることにした。
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