12. 廃虚の研究所で

 外からは分からなかったが、建物のドアは開いていた。というよりは、ガラスでできていたであろうドア自体が粉々に砕け散っていた。

 入り口の付近にはガラスの破片が散乱していて、銀縁の枠だけが取り残されたように張り付いている。

 僕らは侵入方法を模索することなく、それをくぐるようにして建物内部へと足を踏み入れられた。


「だれもいない……か。廃虚だな。古い機材が散乱してる」


 なにやら用途のよく分からない機材が辺りに転がっていて、石蹴りみたいに鏡花がそれを何度も蹴飛ばしていた。


「データなんてないのかな」


 タチアナの言うとおり、この場所には人が出入りした形跡が多く残されている。

 例えば、度胸試しかなにかで人が出入りするのか、壁にスプレーで落書きがされているのだ。それも一つや二つじゃない。

 僕らが入る部屋には必ずといってよいほど、なにかしらの落書きや煙草の吸い殻などのゴミがあった。


「二階に上がってみるか?」


 今まで順序よく扉の先の部屋を見て回っていた鏡花だったが、なぜか一つだけ素通りしてゆき、階段を指差した。


「そこの扉は行かないの?」

「は?」「え?」


 僕が指を指した先を見つめて、彼女らが驚く。


「え、いや、だからさ。そこの扉は調べないのかなって……」


 驚いた理由が分からずに、僕の方が逆に面を食らってしまった。


「ちょっと、カトレア……やめてよ。少し気味の悪い場所なんだからさ」


 忌々しげそうにタチアナがその場から後じさった。

 なぜそんなにも怯えた様子を見せるんだ? ここが気味の悪い場所であるのは確かだけれども、根本的なところでなにかが食い違っている。


「あの、二人にはどんな風に見えてるの?」

「壁だろ?」

「えっ……」


 鏡花が壁というので、指し示した場所を改めてまじまじと見る。

 僕からしたら壁じゃなくて、どう見ても扉だ。


「カトレアにはこれが扉に見えるのか?」


 僕は肯く。

 それに、地下室と書かれていることを彼女らに説明するも、真に受けていないのか二人揃っていまいちな顔をしていたが、僕が言い終えると鏡花は壁を調べ始めた。

 見たところ、中が空洞かどうか調べているらしい。


「カトレアの言うとおり、この先になにかあるかもな。壁を叩いてみるとここだけ音が違うだろ?」

「……なるほど。カトレアじゃないと気付かないようになっているのね。けど、どうやったら行けるのかしら」

「これじゃないか?」


 鏡花が壁に取り付けられた鉄の箱を開く。中には弁当箱ぐらいの大きさの機械が箱の中に収まっていた。


「認証ボックス? 動いてるのかしら」

「さすがに壊れてるんじゃねーか? それにここがこんなんじゃ、電気も通っているかどうか怪しいぞ……」

「あ、でも試しにカトレアが接続アクセスしてみたら?」

「アクセスって、どうやって?」


 急に話を振られて、僕は機械からタチアナへ視線を移す。


「こうやってよ」


 突然タチアナから手を掴まれたかと思えば、なにをやったのか手首からケーブルが飛び出してきて、ぎょっとしてしまう。


「な、ななななにこれ」


 手首の血管を引き抜かれたような感覚がして、さっと血の気が引く。

 全身ギタイなのだから、こういう機能もあるんじゃないかとは思っていたけど、いざ自分の身体からケーブルが伸びるとなると狼狽えてしまう。


「青木さんがやってたのを見て、もしかしたら繋がるんじゃないかと思ってね。ほら、規格もピッタリ合うわ」


 タチアナは固まっている僕をよそに、認証機器のコンソールへケーブルを差し込んだ。

 すると僕の視界にパソコンのウインドウのような枠が現れた。


「ウインドウが視界に出てきたんだけど」


 思わずウインドウに手を伸ばして見るも、透き通ったそれは掴めずに僕の手がすり抜ける。


「へー、そんな風に見えるのね」

「で、どうすればいいんだろう?」


 表示されたのはいいものの、肝心な扉に対してどうしていいかわからず、途方に暮れてしまう。


「ハッキングする感じで念じてみるとか?」


 ハッキングする感じって、どんな感じだ。

 ただ、コンソールに繋いでからというもの、奇妙な感覚が自分の中にある。

 機械と自分。その間に糸かなにかで繋がれているような――そんな感覚だ。

 取りあえず、リコがやってそうなことをイメージしてみる……が、何も起こらなかった。


「うーむ……」


 僕は開き直ってローレベルなことから始めようと、キーボードを叩くイメージをしてみると、ウィンドウにポツポツと文字が入力されていった。


「おぉ……」


 まるで知らないデバイスに初めて触れたときのような、感動を感じてしまう。

 そして、エンターはこんな感じだろうか。

 試しにエンターキーを押すようなイメージをしてみると、僕の思惑通り、次のコマンド受付に入る。


 記号はどうすればいいのだろう。イメージでいけるのだろうか?

 試しにキーボード上にない米印を想像してみると、プロンプトに直接『※』マークが表示された。


「ほぅ」


 さて、問題はここから先だ。ここからどうする必要があるのだろうか。

 試しに知っているコマンドをいくつか入力してみるも、どれも見事に『構文誤りsyntax error』と出て弾かれてしまった。


 何というか、肩すかしだった。

 もっと、こう、不思議な力というか素敵なソリューションで色々出来るんじゃないのか。問題に対しては、どこまでも現実だった。


「それで、どう?」


 期待にあふれた目つきで、タチアナが僕を見る。


「ごめん。無理だった」

「なんでよー!」


 タチアナが吠えた。

 リコ並みの知識があればと思うが、努力しようがあの境地には到底届きそうにない。


「おぉとか、ほぅとか言っておきながら、どうして無理なのよ。期待しちゃうじゃない」

「自分の新しい可能性を知って、自然と声が漏れてたというか」


 可能性止まりだったけど、と胸の中で付け加えておく。

 それに、慣れてみないとわからないが、さっき使ってみた感覚から言えば端末から普通に文字をタイピングで入力した方が速そうだ。


「リコを連れてくるべきだったかしら。カトレアを踏み台にしてリコの端末をこれにつなげられそう?」

「どうだろう、この身体がインターネットに繋がっているかどうか……」


 オートマタであれば、大体はインターネットに常時接続しているが、あくまで自分はギタイである。

 ギタイにはネットワーク接続が出来るものも多いが、重要な器官は単体動作スタンドアローンが主流だ。


 ギタイをネットにつなぐなど、自分の命を全世界に晒すようなものだから当然だといえる。

 自分はと言えば、自分の持つ機能なんて確認してすらいないのでわからない。機械につなげられるだなんて、知らなかったし。

 けれど、これはなんのために使えばよいのだろうか。

 個人的にはゲームとかできれば嬉しいけど。


「あっ……」


 二人に聞こえないように小声で呟く。

 そういえば、昨日リコが言っていた『インストールさえすれば、互換機能でどこでもプレイできると思うから』という言葉。

 もしかしたら、リコは僕の機能を知っているのか?


「といっても、公共電波が拾えないんじゃ難しそうか。衛星通信とかなら別だろうけど、車に戻らなければアンテナもないしねぇ」


 携帯電話に目を落としながらタチアナが言う。

 公共の電波が遮断されてしまっていることを考えれば、どのみち難しいだろう。

 頼りになるリコが居ない今どうするのかと思えば、鏡花は面倒くさそうな顔をして、


「ごちゃごちゃやる必要なんてハナからないんだよ。向こうの隅っこまで離れとけ」


 しっしっ、と手で払いのける仕草をしてから、鏡花はポーチから四角い何かを取り出し、扉に向かって貼り付け始めた。

 僕らはそんな鏡花の姿を見ながら、言われたとおりに隅まで離れる。


 しばらく待っていると、鏡花がこちらへ急いで走ってきてたかと思えば、鏡花の背後で爆発が巻き起こった。

 熱波が僕とタチアナの間を駆け抜け、白煙が吹き付けられる。


 煙を払いながら僕にしか見えない扉の場所へと戻ってきてみると、認証の機械ごと扉は吹き飛んでおり、壁には大穴があいていた。


「一体なにを使ったのさ」


 老朽化が更に進んでしまった惨状を見て、僕は唸る。


プラスチックセムテックス爆薬。こうすりゃ一発だろ」


 確かにそうではあるけれど、無理矢理過ぎやしないだろうか。

 あのロケットランチャーといい、こんなものを鏡花はどこで入手しているんだ。


「どうして鏡花はこんな風になっちゃったんだろ。あたしの育て方が間違っていたのかな……」

「お前は私の親か!」

「冗談はさておき、もたもたしないでさっきの爆発で誰かが来る前に進みましょ」


 穴から向こうをのぞき込んでみれば、すぐ手前から下の方まで階段が続いていた。

 あれ?

 なんだろうか。階段をみていただけだったが、筆舌に尽くし難い奇妙な違和感が僕を襲った。この違和感はなんなのか――


「無人なの? 電気がついてるじゃない」


 そうだ。なぜこんなにも奥まで見えるのだろうかと思えば、それは天井についている電灯が灯っていたからだった。

 ……だが、違和感はそれだけじゃない。僕はタチアナの言葉に続けて、


「電気もそうだけど、この階段ってやけに綺麗じゃないかな?」

 

 階段の途中にある踊り場。そこはどうしてか、天井の光を反射して鈍く輝いていた。

 鏡花が起こした砂埃を除けば、穴より下は不思議なほど綺麗で、人の手が加わってるとしか思えない。


「たしかにそうね……」

「誰かいるかもしれないな」


 誰かがいる。そう言いつつも、鏡花は臆することなく階段を率先して降りていく。


「いいか? 私がこうしたら止まれ。それでこれが進め。最後に、こうしたら撤退だ」


 鏡花が階段を降りながら、僕らにジェスチャーを見せる。

 左手を上げたら止まれの合図。そして、その手を倒したら進めで、手を横に薙いだら撤退の合図ということだった。

 なるほど分かりやすい。

 彼女らはいつもこんな感じで、賞金首を追っているのだろうか。

 そして、僕が最後の一段を降り終えると、さっそく鏡花が左手をスッと上にあげた。


「なにか来る」


 急に声を落として、鏡花が僕の服の襟を掴んだ。


「わっ……」


 女の子とは思えない強い力で引っ張られ、そのまま廊下の角へと連れて行かれる。


「死にたくなければ黙っとけ」


 鏡花は張り詰めた空気を纏わせながら、廊下の奥を凝視している。タチアナも死角になっている僕の方へと移動してから、懐から拳銃を取り出した。

 角からチラリと廊下の奥をうかがうと、旧式とも呼べる一台のオートマタが、こちらに向かって来るのが見えた。


「あれは――」


 鏡花がリボルバーの撃鉄を起こして構えた辺りで、僕はあのオートマタが何なのかに気づく。


「鏡花、待って」


 今にもオートマタへ銃弾を浴びせかけようとしている鏡花を止めに入る。


「あ、なんだよ」

「あれは親父と一緒に作ったオートマタだ」

「そいつは本当か?」


 僕は肯く。あれは子供の頃、捨てられていたジャンクパーツを組み合わせて、親父と一緒に作り上げたオートマタだった。

 親父に預けてからというもの、どうしているのかわからなかったが、こんな場所にいたとは。壊れているだろうとも思わず、今の今まで僕は親父の元にいることすら忘れてしまっていた。

 今までここを守っていたのだろうか。清掃が行き渡っているのがなによりの証拠だろう。


 そんな想い出のあるオートマタは、今の僕があるじであることに気づいているのか気づいていないか、無言で僕らに背を向け、案内でもするかのようにゆっくりと動き出した。


「どういうことだ?」

「ついてこいって、こと……かな?」


 説明を求められて、僕は言い澱む。

 実のところ、作った本人である自分でさえわからない。

 近年のオートマタは広域ネットワークにアクセスし、その中で独自学習と結果のアップデートを行いながら、それぞれに備わっているAIを成長させる手法がとられている。


 しかし、僕が作ったこのオートマタは第二世代と呼ばれる旧世代機で、プログラムされた動作以外のことはほとんど行わない代物だ。現行のオートマタは第九世代なので、比較するとかなりの旧式であると言える。

 それでも、第二世代は一世代目から得られた膨大なリソースから適切な動作をするほどの性能があるのだが、実行される全ての行動原理は人がインプットした内容を大きく超えることはない。


 つまるところ、こいつは僕と親父がインプットした内容をただただ繰り返し実行しているということだ。

 しかし、当時インプットした内容まではよく覚えていない。それに、親父がチューンアップしていたとなれば、それはもう僕にはわからない。


 誘導されるようにオートマタを追いかけていくと、モニター置いてあるだけの簡素な場所に辿り着いた。

 オートマタはモニターの前まで移動してから、僕の方へと振り向いた。

 言葉はない。黙って、丸いカメラで僕を見続けている。

 どうも、喋らないところを見るに言語機能が故障しているようだ。今までオーバーオールできない状況下にあっただろうから、当然と言えるだろう。


 ただ、こいつが何を言わんとしているかは、なんとなくわかる。

 モニターの他に階段の上で見た機械が、机の上にポツンと置かれているのだ。

 そして、それが意図すること。


 ――僕がこの機械へ接続する必要がある。そうなんだろう? 親父。

 僕はさきほど知ったばかりの手首にあるケーブルを接続してみると、モニターに光が灯ると同時にどこかから声が流れ始めた。


『さて、まずは自己紹介をすべきかしまいか……まぁ、する必要もないな。俺はお前が来てくれていると信じているよ』


 光に目をすがめながらもモニターを見ると、僕らがいるこの場所と一人の男が映し出されていた。

 そして、モニターに映っている男――親父はこう言った。


『蓮矢』

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