11. 行動開始

「それで、どうすんだ?」


 熱海にある高速道路から降りてすぐ近くにある森の中。

 僕の親父に誘導された場所。

 人為的に作られた林道を車で進み、開けた場所まで辿り着くとコンクリート製の古びた建物が現れた。

 僕ら三人はそんな目的地と思われる場所の近くで、車の中から慎重にあたりをうかがっていた。


 人の手が加わっていないのか、建物にはツタがいくつも絡みついていて、建てた当時は白かったであろう外壁はくすんでしまっている。


「先客は――いない、のかな。あたしらが一番?」


 タチアナの言うとおり、辺りには人がおらず、高速道路を通る車の音が聞こえてくるぐらい静かだった。


「なら、こんな所でこそこそやってないでさっさと行こうぜ」


 しびれを切らしてか、鏡花が車のドアノブに触れながら言う。


「そうね。早く行動に移したほうがいいかも。リコ、聞こえる? そちらは無事?」

『聞こえてる。なんともない』


 通信機の向こうからノイズ混じりでリコの声が聞こえてくる。


「お願いがあるんだけど」

『伺う。……に……の?』


 より一層ノイズが強くなり、リコの言葉が途切れ途切れになる。


「さすがにこんな辺鄙へんぴな場所じゃ、ノイズ混じりね」


 気難しい顔をしてタチアナが通信機に手を当てた。


「もっといい通信機とアンテナに買い替えるべきなんじゃないか?」

「あなた、いくつ車をおしゃかにしたと思ってるのよ。消耗品と思わなきゃ」


 いつもあんな運転で大丈夫なのかと思えば、鏡花ってやっぱり事故ってるんだ……。

 回数を訊けば、三ヶ月に一回は壊しているとのことだった。多過ぎだろう。


「いや、この車は気に入ってるからな。今までみたいに、そんな乱暴に扱ったりはしないぞ」

「さっきの運転でそれを言うの?」「さっきの運転はなんだったんだ」


 思わず大声で突っ込んでみればタチアナと同じタイミングな上、同じ内容だった。


「おまえら仲がいいな」

『ねぇ、用件……』


 困惑したリコの顔が思い浮かべられるぐらい、困った声が通信機から聞こえてくる。


「ごめんごめん。この近辺にある携帯の数ってすぐ調べられる? 人の数が知りたいわ」

『無理』

「えっ、難しいの?」


 出来ると思っていた上で訊いていたのか、タチアナが驚きをみせる。


『とっくに調べて、その周辺で携帯端末がすべて見えていないことは分かってる。電波なし』


 タチアナはズボンのポケットから携帯を取り出し、画面をチラリと見てからすぐにポケットにしまい込んだ。

 きっと、リコの言うとおり携帯に電波が届かないのだろう。


「……やっぱり場所を知られたのかしら。その影響? 携帯がつながらない場所のようには思えないし」

『理由は不明』

「携帯が使えないのなら、この通信が最後よ」

『わかった』


 タチアナは通信機の電源を落として、車のドアを開いた。それに続いて鏡花と僕が外へ出る。

 いつの間にか小雨はあがっていて、雲の合間からは太陽が覗かせていた。


 僕は全身ギタイだというのに緊迫した空気と雨上がりの湿気で、汗でも流れているんじゃないかという錯覚を覚えてしまう。そんな僕とは違い、彼女らは涼しい顔をしたまま建物の方向を見つづけている。


「さて、準備はいい?」

「死ぬなよ? カトレア」

「お、お互いに」


 少し格好付けてみようとしてみるも、緊張から声がうわずってしまった。恥ずかしい。


「ははっ、無理すんなよ」


 鏡花が回転式拳銃リボルバーに弾を込めながら笑う。


「では、行動を開始するわよ」

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