09. 銃
僕が銃に気づいた瞬間、制止した時が再び動き出した。
「リコ、伏せて!」
僕はテーブルの上の銃を素早く手に取ると、無我夢中でそれを発砲した。
ドンという銃声と共に、手に加わる衝撃。
遅れて、べきりと玩具が壊れたような音がして、飛んでいたドローンが落下した。
部屋はしんと静まり返り、ツンとした硝煙の匂いが僕の鼻をくすぐった。
ふうと息をついたのはつかの間、皆の視線が僕の元に集まってしまっていることに気づく。唐突に銃を撃てばそうなる。当然だ。
ツバキだけが気付いているのか、ツバキは僕が弾を撃ち込んだ先を見つめていた。
「お前なあ、いきなり銃をぶっ放すってどういう了見だ。寝起きドッキリか? あ?」
流石に鏡花も飛び起きたらしい。寝起きだというのに関わらず、しっかり鏡花は銃を握っていて銃口を僕の方へと向けていた。
「ちょ、ちょっとやめなさいよ、鏡花。カトレア、どうしたのよ」
誤解だったが僕もよく考えていなかった。とりあえずこの空気を何とかしようと言い分を説明しようとしたとき、ツバキがドローンの方向を指差した。
「皆様、あちらをご覧下さい」
あれは? と僕とツバキ以外が口にしている中、ツバキは慎重に近づいていき、くさい物でも運ぶかのようにドローンをつまみ上げながら戻ってきた。
「こいつは一度だけみたことがあるな。確か、オートマイクロ社製の対人ドローンだ」
鏡花はプロペラが折れ曲がったドローンを見て、苦々しい顔をする。
「オートマイクロって、オートマタのトップメーカーでしょう? ドローンなんか製品化してたっけ」
タチアナの言うとおり、オートマイクロ社ではオートマタの製造で有名だ。ドローンを作っているといった話は聞いたことがない。
「たった今、検索をかけましたが、どうやら一般流通していない軍事用のようです。2046年に米軍でも採用されているとのことです」
「ツバキの言うとおり、こんなものを民間が所持してるって話は一切聞かねーし、どこぞの軍か何かでも絡んでるかもな」
苦々しい表情を崩さずに、鏡花が吐き捨てるように言う。
「でも、なんでここが分かったのかしら?」
「おい、カトレア」
鏡花がタチアナの話を遮って、僕の名前を呼ぶ。
「銃の使い方がわかるのか?」
「いや、さっきのは無我夢中で……」
言葉通り、僕は無我夢中だった。気付けば撃っていたと言っていい。
けれど何故だろう。
何度も使ったような、しっくりした感覚が手に残っている。
それにあの時、時が止まったような状態になったのは、何か僕の身体と関係があるのだろうか。
「一発で仕留めておいて、無我夢中ってか。素人なのに、ダブルアクションでやっちまうとはな。恐れ入ったよ」
何がおかしいのか急にゲラゲラと鏡花は笑い、机の上に黒い長方形のなにかを放った。
見ればそれは、銃の
「そいつごとやるよ。ベレッタ92、名銃だぜ?」
くつくつと笑い続けながら、鏡花が僕の右手に握られたままの銃を指差す。
「鏡花!」
「いいんだよ」
タチアナがマガジンを取ろうとするが、鏡花がそれを止める。
「これで僕も――」
――戦える。
そう言おうとした矢先、ギロリと鋭い眼光が僕を射貫いた。
「勘違いすんな。そいつは自決用だ」
「自決って……」
銃を渡しておいて、それは酷いんじゃないだろうか。
「お互いギブアンドテイクで、流れでこうなっちまったけど、私らはこれ以上カトレアを守れる保証ができない。捕まったら最後、死より辛い目に遭う可能性が高いだろう」
理には叶っているが、あまり納得できそうにない。
自分で自分を撃つ? そんなの無理だ。
僕の心の内を察してか、鏡花はふっと笑い、
「使い方は任せる。私としちゃ使わないほうがいいと思ってるぐらいさ」
「わかった」
「いい顔だ。私はカトレアのこと、好きになったぜ」
決意を固めるほどの度胸なはい。
けれど、鏡花がそこまで考えて渡している、と言うことであれば考えなければならないだろう。
僕は銃の感触を右手で確かめてから、マガジンと共に上着のポケットにしまい込んだ。
「このドローン、カメラがついてる。それにマイクも」
話が終わったとみてか、今まで黙って興味深そうにドローンを弄くり回していたリコがぽつりと言う。
「そりゃそうでしょ。カメラで見ずにでどうやってここまで――」
タチアナはリコとドローンをまじまじと見つめて、首を傾げた。が、言葉の途中でハッとした顔になり、弾かれたように立ち上がった。
「リコとツバキ、それとカトレアは私達のバックアップをお願い。それと、急いで青木さんのところに行って。あたしらが狙われた事を考えると危ないかも」
「アイアイサー」「かしこまりました」
タチアナの焦燥した口調で、部屋の空気が一変する。
ただ一人、状況を飲み込めない鏡花が、困惑した目でタチアナを見ていた。
「なんだ? 仕事か?」
「鏡花は寝てたから知らないだろうけど、設計図のヒントがわかったのよ。それを大鐘組の奴らに聞かれた可能性があるってこと」
いつ、あのドローンがここに来たのかはわからないが、僕らのやりとりを聞いていた可能性がある、ということだろう。
「一大事じゃねーか! ヒントってのはなんだ」
「それは分からない。熱海にある、とだけ」
「ツバキ、車のキーをくれ。ここから熱海までぶっ飛ばせば一時間ぐらいで着くだろ」
鏡花はツバキから車の鍵を受け取ると、一目散に部屋の外へと飛び出していった。
「待って、タチアナ」
鏡花を追って、外に出ようとしたタチアナの背中を僕は呼び止めた。
「ん、どうしたの?」
「僕も連れて行って欲しい」
けれど、誰かの報告をぼけっと待っているようじゃ駄目だ。
この件は、僕が中心なのだ。
タチアナは一瞬考えてから、ニコッと笑い、
「オーケー。だけど、無茶はしないでね」
僕は黙って、その言葉に肯き返した。
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