08. 意外な繋がり
ツバキがリコにデータを渡してかれこれ一時間ほど。僕はツバキと二人きりでビルの一室で二人並んで座って待っていた。
二人きりで何かあるかって? もちろんない。なにもなさ過ぎて会話もない。
決して僕はコミュ障じゃないことは付け加えておく。相手がオートマタだから何を話題にすればいいのかわからず、一時間ぐらい経ってしまっただけだ。
決して僕はコミュ障じゃない。
タチアナはおそらく、リコと一緒にずっとデータの確認をしているのだろう。リコがいるサーバルームに入ったっきり、戻ってこない。
「そういえば先程、気のせいとおっしゃってましたが、なにかお気付きになられたのでは?」
ようやく話らしい言葉をツバキから掛けられた。あの時、はっとした様子を見せたことがツバキは気になるらしかった。
「なんだか不思議な感覚を感じたんだ。なんというか、タチアナといつも一緒に居たような気がしてさ。それに今朝なんて、ツバキの夢を見たんだ」
突拍子もないことを言っていると自覚しているが、ありのままの事実でもある。
「私の夢ですか?」
ツバキが不思議そうに目をパチクリさせる。
こうしてみると、本当に人とオートマタの境目をツバキは感じさせない。青木さんが作ったそうだが、彼は天才というほかない。
「内容はまるで覚えてないんだけど、なんだか哀しい夢だったんだ」
「なるほど。それは、フォートゲンのレブトが39度傾いたからでしょう」
大真面目な様子で、ツバキがそんなことを言う。
「……39度傾いた? 何それ?」
「フォートゲンのレブトです」
それも訊いているんだけど……。
「先日発生したブランクダウンの影響により傾いてしまった……と判断できます」
これっていわゆる厨二病――いや、電波って奴なのだろうか。
オートマタなのに? 確かに電波と関連がありそうだけどさ。
「現在は私で対処できるものがほとんどですが、ここ数日、干渉レベルが増大しております。あなたに対する布石のようですが、お気を付けて下さい」
一体、なにに気をつければいいのやら。
青木さんの修理がイマイチだったのだろうか。そうにも思えなくあるが。
ツバキが言ったことの意味を考えていると、鏡花が苛ついた様子で部屋に入って来るのが見えた。
「ああ、クソッ」
物に当たり散らしそうな剣幕で、鏡花がソファにどっかりと座る。
「どうかされたのですか?」
一触即発の空気を纏っていて、あまり触れちゃいけないと思っていると、果敢にもツバキが鏡花に訊ねてくれた。
「ネットで色々聞いて回ってたんだが、このアニメをアイコンにしている奴がむちゃくちゃ私に絡んでくるんだよ。信じらんねー」
ため息をつきながら、鏡花が携帯電話をこちらに見せてくる。
ネコの画像をアイコンにしたアカウントの発言がまず一番上にあり、そこから下へ文字を追ってみれば、アニメのアイコンとネコのアイコンが交互に言い争っていた。
鏡花のアカウントのアイコンって、ネコなんだ。意外な一面を見た気がする。
それに、アカウント名が『鏡の国のさくら』って、名前が鏡花だからなのかな。
笑っちゃいけない所なんだろうなぁ。話の中心もそこじゃないんだけどさ。
しかし、このアイコンのキャラを何処かで見たことがあるような。
そういえば、リコがやっていたゲームに出てたキャラがこんな奴だったっけか。
しかも、ユーザ名が『Ricotta』って、まさかな……。
「なにが『ソースはあるの?』だの、『勝手な憶測で物事を話すべきでない』とか、『お前がそう思うのならそうなんだろう。お前の中ではな』だ。ふざけやがって」
つまり、粘着されて煽られていると。
「あーもう、イラついてきた。寝る」
鏡花はテーブルに銃をおいて横になると、十秒も経たないうちにソファで寝息を立てて寝てしまった。
「寝るの早くない?」
異常なほどの寝つきの良さに、僕はツッコまずにはいられなかった。
「ソルジャーたる者、場所を選ばず、英気を養うことが重要であると鏡花様はいつも口にしております」
「へ、へぇー……」
ちょっと、いや、かなり反応に困った。
タチアナの周りは変人ばかりだとはおもっていたけど、口が悪いだけだと思っていた鏡花も例外ではないらしい。
こうして寝顔をみると相当可愛いのだが、喋った途端に残念な人ってのは得てしているものだなと思えてしまう。
ツバキの言葉に軽いショックを受けていると、リコと一緒にタチアナがサーバールームから戻ってきた。
「あれ、鏡花は寝てるの?」
「ちょっと色々あったみたいで、不貞寝してる」
リコはツバキとタチアナ、それと僕の三人が並んだ状態を怪訝そうに見つめながら、僕の真ん前にある二人がけのソファへと座った。
「解析が終わった」
ひと仕事だっただろうに、リコは誇ることもなく淡泊な様子で言う。
「内容はあたしから説明するわ」
タチアナの言葉に合わせて、リコは大事そうに抱えていたノートパソコンを広げて、こちらへ見せてくる。
画面には様々なアプリのウィンドウが並んでいて、それらを流し目で見ていると、そのうちの一つが僕の中で引っかかった。
「あれ……?」
それはSNS用のアプリなのだが、そこに映っているアカウントに見覚えがあった。
確か、このアカウントってさっきの鏡花に粘着してた――これより先は何も言うまい。ネットの世界は狭いと聞くが、こんなタイミングで
タチアナかリコのどちらかだが、アニメのアイコンであるからしてリコだろう。
「これってさ――」
僕は画面をリコにも見せるようにして、SNSのウインドウを指差した。
「カトレアもやってるの?」
言葉の途中でリコが勢いよく食いついてくる。
「ああ、僕はやってないんだけど、どんなことをみんなは呟いてるのかなーって」
「変な書き込みをしている奴を見つけたから、さっきまで片手間にからかってた」
今まさに横のソファで寝ているのが、その当人なんだけどな。
「知らない奴をからかってたの?」
なんとなく、カマをかけてみる。
すると、リコは肯いて、
「一般人を煽るのは楽しい」
あっ、この様子だと全く知らないんじゃないだろうか。
リコは心底愉快そうに、口端を小さくつり上げていた。
「どうでもいいけど、話を続けるわよ?」
「ああ、ごめんごめん」
お互いにネット越しで争っていたつもりが、一つ屋根の下で言い争っていたとは。
このことについては黙っておこう。
「結論から言うと、データは場所を表していたわ」
タチアナが意気揚々にテキストエディタを立ち上げる。
僕は真面目に読もうとしてテーブル上に乗り出すも、身体をすぐに引っ込めた。
画面にはまるで目をつぶってキーボードを適当に叩いたような英数字の羅列がいっぱい並んでいたのだ。
テキスト形式でないファイルをテキスト出力したようなデータだ。読めるわけがない。
「これは?」
「base64」
リコから短く切り詰めた答えが返ってくる。
きっと答えなのだろうが、説明がなさ過ぎだ。
「あー……、補足するとね? これはbase64でエンコードされた生データなのよ。メールでデータを送るときとかに使われるわ」
つらつら説明を述べながらタチアナはマウスを操作する。
そしてエンターキーを鳴らすと、別の文書が現れた。
その内容はたったの二行。
https://から始まる文字列と、数字の塊だった。
「URLと……IPアドレス?」
「いかにもって感じでしょ?」
タチアナがワクワクした様子で言う。
「とりあえず、すべてにアタックを仕掛けた。けれど、URLの方はパブリックに公開されていないアドレスだった」
「使われていないってこと?」
リコは首を横に振り、「違う」とだけ答えて説明の続きを語り始めた。
「アドレスの方は生きているように見えたので、ポートスキャンをかけた。応答のあったパケットを調べると下二つのアドレスはOSのバージョンが古いサーバであることがわかった。比較的侵入は簡単」
淀みなく説明してリコは実践し始めた。ターミナルと呼ばれるコマンド入力画面に、もの凄い勢いで文字が入力されていく。
「ディレクトリトラバーサルをある程度進めたけど、二つのサーバ上には特に重要そうなファイルは見付からなかった。問題は動作しているアプリケーションのほう」
「アプリケーション?」
僕の問いかけにリコが頷く。
「一つ目のアドレスのサーバでは、BINDが動いていた。試しにURLを引いてみると、ローカルのアドレス『172.17.199.1』を返してきた」
「なんで、そんな回りくどいことを?」
「簡単なクイズ。おそらく遊ばれている」
なるほど。親父がやりそうなことだ。
確かに今までの流れも、どちらかと言えば謎解きをさせているかのようだ。
「二つめのアドレスのサーバでは、注目すべきアプリが見当たらなかった。試しに踏み台にしてみると、『172.17.199.1』のサーバへと繋がった。そして、そのサーバ上にあったデータがこれ」
『data.png』とそれらしい名前の画像ファイルを開くと、デジカメで撮った写真が画面に映し出された。
しげしげと眺めて僕は目を剥いた。
フレームに捉えられていたのは僕と親父だったのだ。それも僕が小さい頃の写真で、子供の頃らしい笑顔でムスッとした表情の親父と並んで写っている。
「懐かしいな」
写真に写っているモノがわかった途端に、古いアルバムに触れたような感傷めいた気持ちが心の奥底から沸いてくる。
「この子って、やっぱりカトレアなの?」
「小学校低学年の頃の写真、かな。けれど、この写真が手がかりなの?」
「写真にGPS情報がそのまま残されていた」
リコが地図サイトを開いて、画像ファイルの情報欄にあった位置情報をコピーアンドペーストで入力していく。
「ここ。知ってる?」
地図サイトでプロットされた場所は静岡の熱海だった。
それも、住宅外れの何もない場所のように見える。
「いや、写真に写っているのは僕の家のはずなんだけどな。僕の家は昔からずっと足立区だし……」
「そうとなれば、とりあえず行ってみないことには変わらさそうね」
タチアナは結論付けるようにそう言って、
「それにしても、何度見てもカトレアの小さい頃って可愛いわね」
うっとりした表情で、リコからマウスを奪うと写真を壁紙に設定した。
「今の操作はなんの意味が?」
「ないわよ?」
ないんかい。リコのパソコンでしょ、それ。
「強いて言えば、カトレアが可愛かったから、つい」
タチアナの言い分に思わずため息が漏れそうになったタイミングで、僕は身震いをした。
なんだ? この感覚は。
――だれか、に、見られて、いる、ような。
嫌な予感が僕の心をつついた瞬間、酷い耳鳴りが僕を襲った。
思わず耳を抑えそうになったが、なぜだか身体が微動だにしない。
一体なにが僕の身体に起こっているというのか。
言葉を口にしようとしても喉すら動かず、指一つ動かせなかった。
なんとか視線だけ動かせる事に気づいたとき、別の問題に気づいてしまう。
新しい異変。
それは、周りが一切動いていないことだった。
まるで時が止まったかのように、皆一様に静止してしまっている。
これは、なんだ。
この身体のどこかがおかしくなってしまったのだろうか。
そんな疑問は視界に入っていたあるモノに気づいた時、一気に霧散した。
リコの背後、もとい廊下の方に銃器のようなものをぶら下げたドローンがこちらをのぞき込むようにして飛んでいたのだ。そして、その銃口はこちらを向いている。
時が止まっている理由は不明だが、あのドローンに気付いているのは僕だけだろう。どうすればいいのか視線を彷徨わせると、テーブルに置かれている鏡花の銃に目が留まった。
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