04. 彼女らの目的

「ねぇ、どうするのよ。このシリアスな空気。こういうのあたし駄目なのよ。鏡花が何とかしなさいよ」

「えっ……私、初対面なんだけど」


 タチアナと鏡花はこそこそと話しているつもりなのだろうが、丸聞こえだった。

 とはいえ、この空気をつくってしまったのは他でもない。この僕だ。

 なんだか彼女らに気を遣わせてしまっているようで、それが余計にトゲとなって心に刺さってくる。


「元はといえば、鏡花のせいでしょ」

「いや私は、もう知ってるのかと……」

「あのね、物事には順序ってのがあるでしょうよ。なにいきなりロボット呼びしてるのよ。空気を読みなさいよ」

「私が帰ってきたとき、お前は抱きついてただけだろう。どんな空気を読めってのさ」

「あ、あれはただのスキンシップよ」


 スキンシップにしては一方的だったような気が。

 やっぱり、気を遣ってるのか正直よく分からない。


「あの……会話、聞こえてるんだけれども」


 指摘すると二人は押し黙ってしまった。

 別に自重して欲しかったわけじゃない。単純に僕が語り出せるタイミングが欲しかった。


「思い出したんだ。急に親父の部屋に大勢の人が押しかけてきて」


 それは、僕が人であった一番最後の記憶。


「部屋をひどく荒らされて、僕が抵抗したとき銃で撃たれたんだ」


 そして、気がつけばこんな身体に。


「僕、死んだのかな?」

「いいえ、あなたは生きてる」


 静寂を割るようにして、リコの言葉が響いた。

 いつの間にここに居たんだろうか。


「死を意識するのは生者しか出来ない」

「ハイデガー?」


 リコの言葉に合わせると、リコは黙って肯く。

 死を考えなければ、生きていることを実感できない、だっけか。


「死を恐れない者は生きているとは言えない。ツバキみたいに」

「ツバキが?」


 どうして、ツバキの名前がここで挙がるのだろうか。


「ツバキは機械人形オートマタ


 あの子がオートマタ? まさか。

 オートマタは十五年前から急速に普及した、サイボーグの総称だ。

 年々、人との境界が曖昧になるほどの進歩を遂げてはいるが、あそこまで自然な個体は初めて見る。


「そして、あなたはこの世界で唯一の全身ギタイ」


 ギタイ。

 それまで人体に機械をくっつけるような技術はあまり確立されていなかったが、オートマタの普及に伴い技術特異点シンギュラリティを超え、人体に適応させるところまでに至った。

 全身ギタイは技術者の夢だ、なんて親父がよく言っていたっけか。


「置き換わったのはあなたの身体で、脳は無事」


 無事なのはいいことではあるが、その言葉を素直に喜んでいいのだろうか。


「それって、もとの僕だと言えるのかな」

「テセウスの船?」


 さっきリコが哲学について訊ねてきたが、ハイデガーの言葉が出てくる辺りどうやら哲学が好きらしい。


「そんなところ、かな?」

「難しいことはよく分かんねーけどさ。私らがカトレアだと思ったら、お前はカトレアなんじゃないか?」


 鏡花にまで伝わってるんだ、その名前。

 フォローの気持ちは感じるけども、僕の名前はカトレアでもう決定なのかな……。


 僕の名前についてはさておき、確かに見た目こそ変わってしまったが、鏡花の言うとおり僕は僕だ。

 こうやって生きてるのなら、うじうじすることもないじゃないか。 


「えっとさ。正直、びっくりすることが多くて、その、よくわからないけど……」


 たどたどしく言葉を紡ぐ間、三人はじっと僕の言葉に耳を傾けてくれた。


「少し元気が出てきた、かな」

「そうだよ。元気出していこう?」


 元気が出てきたという言葉でタチアナも明るくなる。


「考え方によっては、自分のおっぱい揉み放題だし」

「みんな、ありがとう」


 とりあえず、タチアナの言葉は聞き流すことにした。


「あれ、スルーされた……?」

「タチアナの方が空気読めてねーじゃねーか」

「あいたっ」


 タチアナが鏡花に頭を思いっきり殴られていた。


「こんな変態は放っておいて、次のプランでも立てようじゃないか」

「プランって、みんなの目的は何なんだ?」


 僕が知りたかった彼女らの目的の話になり、鏡花に訊ねると、


「カトレア、あなたよ」


 と、答えはタチアナの方から。


「……僕?」


 言葉の意味がわからず、鏡花からタチアナへ視線を移すとタチアナは慌てて、


「あ、いや、その、言い方が悪かったわ。あなたのその身体のほうが目当てよ」

「えっ……」


 薄々とそうなんじゃないかなぁとは思っていたけれど、タチアナってやっぱり……。

 だとしたら、困ったな。まだ僕がこの身体を自分のものだと思えていないというのに、この身体がいいと言われるなんて。

 でも、可愛い娘にそこまで言われると嬉しくはある。

 しかし、プランって……ここから先が、あるのかな。


「複雑だけど、女の子が相手なら……その、いいかな」

「言っておくが、私は違うぞ? タチアナは前からそうだとは思ってたけど……」

「百合百合」


 僕の言葉に続けて、タチアナとリコのひやかしが入る。


「何なのよ、あんたたち。いっぺんに喋らないでよ! それにあたしはノーマルよ」


 タチアナは唇を尖らせて異を唱えた。

 真面目に返されてしまい、なんだかがっかりしてしまう自分がいた。


加藤一雄かとうかずお。彼のことは、まあ、カトレアがよく知ってるわよね」


 もちろんだと僕は頷く。加藤一雄は僕の親父の名前だ。


「日本で最高のオートマタエンジニアだったと言われているわね。そんな彼が作りあげたのが、ギタイであるカトレアの身体よ」


 この身体を親父が作っただって?

 確かに天才技術者として世の中では持て囃されていた。その子である僕にまで注目が寄せられるほどまでに。


「身体って、えぇ……」


 少し考えて、僕は辟易へきえきした。

 息子の僕がいるんですよ? あの、女の子が欲しかったの?

 というか、このロリ体型はどうなのよ。どこまで作り込んだんだ。

 このヒラヒラしたメイド服は?

 確か髭のおっさんがセットだったとか言ってたよな。変態か。


「参ったな」


 僕は思わず頭を抱えてしまう。

 こんなかわいい女の子のギタイを、親父が作ったのかと考えると複雑すぎる。


「いいじゃない。可愛くなって生まれ変わったと思えば。お父さんに感謝」

「茶化さないでくれ」


 これは由々しき家庭問題だ。衝撃の事実でうろたえる僕をよそに、タチアナは続けて、


「それにあなたと言ったのは、オートマタに詳しい人材を捜してたのよ。加えて、ここって女子だけじゃない? だから最初から、カトレアを狙ってたのよ。……女の子になっちゃったけど」


 最後の一言は余計じゃないだろうか。


「そしてあたしたちが求める最後のものは、カトレアのお父さんが遺した設計図よ」

「僕が捕まっていた時にも聞かれたが、一体なんなんだ? その設計図って……」

「加藤一雄の最大の発明、全身ギタイ。それを記した設計図よ。奴らが全身ギタイを使ってあなたを蘇生させたのも、その設計図を探してるに違いないわ」


 つまり、全身ギタイの設計図を捜している訳か。

 ここまでの話はおおむね理解できる。だが、ここで一つの疑問が浮かんでくる。


「タチアナ達はどうして、そんな物を求めて?」


 そう、なぜタチアナ達はそこまでして設計図を求めるのか。親父やあの男達に因縁でもあるのだろうか。

 けれど僕の想像に反して、タチアナ側の回答は至ってシンプルだった。


「決まってるわ。それが世界をひっくり返すようなものだからよ。それにあたしたちは――」


 タチアナはにこりと笑って、口元に人差し指を当てた。


「賞金稼ぎだから」

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