第66話
「あのう」
太った男が、階段を上がっていく彩芽達に声をかけて来た。
「相部屋なら、他を当たりな」
ストラディゴスは取り付く島も無く、あっさりと断った。
太った男と相部屋になっても、彩芽達には何の得も無いどころか、マイナスばかりが発生するからである。
つい先日、ルカラと出会った時に、二人は無警戒から、してやられたばかり。
結果的にルカラとは分かり合えたが、毎度そんなに都合良く行くとは思えない。
また書簡を盗まれる様な事態は、絶対に避けたい。
よく知りもしない旅人と相部屋になって、もし彩芽やルカラに何かあればと考えると、避けられるなら避けるに越した事はないのだ。
もし仮に、複数の部屋を取っていたら、彩芽とルカラは、ストラディゴスと一緒のベッドでも構わないので、部屋を譲る事も出来た。
しかし、彩芽達の泊まる部屋は一室。
四人部屋である。
ベッドだけでもが余りそうに思うかもしれないが、こんな寂れた酒場の二階では、巨人の眠れるサイズのベッドは無い。
ストラディゴスは、初めからベッドの二個使いを考えて、四人分の価格を払って四人部屋を借りたのだ。
そんな理由もあり、彩芽もルカラも男を可哀想とは思ったが、今回ばかりは巨人の意見に賛成であった。
「えっ、あっ……でも……」
「俺と一緒のベッドで寝たいか?」
「それは……」
太った男は交渉の余地が無いと分かり、残念そうに引き下がる。
相部屋の相手を見つけられなければ、男は酒場の床か、テーブルか椅子を並べて寝るか、荒れ狂う海の上にある船室で寝る他に無い。
彩芽は、男に少し同情しつつも、どうする事も出来ずに部屋へと戻った。
* * *
ルカラの剣帯に等間隔に切れ目の様な穴があけられ、ストラディゴスは器用に穴へと革紐を編み込んでいく。
見た目にも美しい模様が出来るが、編み込んだ箇所は革が三枚重なっているので、剣帯の強度が増して、かなり丈夫になっている。
ストラディゴスは、使っている内に革が持ち主に合わせて使いやすく馴染み、柔らかくなっていくので、時々、手入れに油だけ塗って、水に気を付ければ数十年ぐらいは使える筈だと言う。
ルカラは雨音しか聞こえない部屋で、夕食までの数時間をストラディゴスが自分の為だけに使ってしまった事に、感動と共に、なんとも言えない申し訳なさを感じていた。
ストラディゴスから、目の前で完成した剣帯を渡されると、ルカラは宝物の様に受け取った。
それは、ルカラにとって生まれて二回目、マリアベールの刻印入りの剣に続き貰った、手作りの贈り物であった。
「大事に使います!」
「気に入ったなら何よりだ」
彩芽は、ルカラが嬉しそうに剣帯を腰に巻く姿を見ながら、自分も二人に何か送りたいと思う。
彩芽の手には魚革で作られた素人感丸出しの剣帯が、あるにはある。
しかし、ルカラはストラディゴスに貰った剣帯があるし、ストラディゴスは元々良い奴を自前で持っている。
誰も使う人のいない剣帯に切ない視線を送りながら、彩芽は考えた。
革で他に彩芽がすぐに作れそうな物と言えば、本の栞とか、腰に巻くだけのシンプルなベルトみたいな物になり、面白味に欠ける。
料理はいつも作っているし、形が残らないし、どうせなら二人の手元に形が残る物を送りたい。
カチカチカチ……
身に着ける物なら、軽い装飾品はどうだろう。
革紐を編み込んでブレスレットにしたら、二人は喜ぶだろうか。
彩芽はストラディゴスの髪の毛を見る。
髭も髪も細かく編み込んでいる部分がある。
ルカラの髪の毛も、ストラディゴスに触らせると器用に編み込んでくれる。
彩芽は、ストラディゴスの作った馬革の紐を貰うと、三つ編みにしてみる。
小さい上に、ストラディゴスの作った紐が綺麗なので、編んだだけでも結構様になる。
それだけでは面白くないと空いたスペースに片刃のナイフの背を使って文字を打刻し始める。
一定の力でやらないと、革の凹みが一定にならず意外と難しいが、なんとか刻印出来た。
「アヤメ、ストラップ作りは飽きちまったか?」
「ううん、ほら出来てるよ」
「最初にしては良いじゃないか。ちゃんと鱗の目に沿って綺麗に出来てる」
ストラディゴスに褒められるが、鱗の目に関しては偶然であり、最初でそこまで深く考えてなどいない。
「じゃあ、今度は何作ってんだ?」
「じゃじゃ~ん。腕輪を作ってみたんだけど」
「腕輪? 革紐を編んだのか」
「はい、ルカラにあげる」
「私にですか? どうして?」
「なんか、みんながルカラに手作りの物あげてるのに、私だけ仲間はずれだし……今はこれぐらいしか作れないけどさ、あげたくなったの」
「そんな……私はアヤメさんから貰ってばかりで……」
「ストラディゴスの分も作ったけど、腕……には入らないか……指輪にしては大きいし」
「俺にもくれるのか?」
「あ、ほら、二巻きすればギリギリ小指に……って微妙かぁ……」
「この模様の意味は?」
「模様って、字だよ」
彩芽は、いくらナイフの背で刻印を打ったからと言って、そこまで分かりにくく書いた覚えは無かった。
「え、読めるでしょ?」
ストラディゴスは、革紐をグルグルと回して文字として認識出来る方向を探るが、まるで読めないらしい。
「アヤメの国の文字か?」
「え?」
彩芽がルカラとストラディコスにあげた腕輪を見ると、こちらの世界の文字で勝手に掘られると思っていたのに、一刻一刻悪戦苦闘しながら書いたせいか、彩芽の世界の文字、アルファベットになっていた。
「おおっとぉ……そうみたい……」
「何て書いたんだ?」
「二人の名前……ごめん、無意識で書いてたみたい……はぁ……もう一度作り直すか……」
「いや、いい。俺は、これが良い」
「私も、これが良いです」
「いいの?」
「アヤメの国の字で書かれているなんて、面白いだろ。なあ、これ剣の柄に巻いても良いか?」
彩芽は、厳密には国の字では無いと思いつつも、まあ良いかとスルーする。
「え? いいけど何で?」
「革細工の編み込みには、ちゃんと意味があるんだぜ。アヤメはルカラのストラップの真似をして編んだんだろ?」
「う、うん、そう、だけど」
三つ編みにしただけだが、結果的に見た目はそっくりであった。
「それは、竜の鱗なんて言われてる。ちゃんと鱗にするなら、模様を彫らないとだが……まあ、言っちまえばお守りさ。竜鱗で持っている人間を守る様にってな。お守りは武具につける物だろ?」
* * *
外の時化は相変わらず、おさまりそうもない。
彩芽達が階下に食事をしに降りると、酒場は雨から避難してきた客達で賑わっていた。
その中で、一人太った男が大荷物を足元に置いてテーブルに突っ伏している。
どうやら、全ての相部屋を断られたらしい。
店主に食事を頼むと、昼間食べた魚とは、また別の魚が出て来る。
港町にある酒場として、その魚への愛の無さは何なのかむしろ気になった。
三人が魚を食べていると、酒場に新たな客が来店した。
ライオンにしか見えない獣人。
人獅族で、恰好から察するに貴族である。
同じ船に乗っていた事だけは、その見た目から誰もが覚えていた。
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