第65話
「どんなのが欲しい?」
剣を腰から下げるストラップ作りの準備を整え、三人は酒場の一画、テーブルを使わせてもらう事にし、材料と道具を持ち込む。
「かわいいの? かっこいいの?」
彩芽は、剣のストラップなんてストラディゴスの物しかちゃんと見た事が無い為、どんなのも何も、どんな種類があるかも知らない。
「使いやすい方が良いですよね」
ルカラもイメージが湧いておらず、漠然とベルトを想像している。
そんな二人にストラディゴスは、自前の剣帯をいくつか出して、簡単な説明を始める。
「俺が使ってるのは、この鞘にベルトを巻いて吊るタイプで、まあ、一番一般的な物だな。他の剣にも差し替えられるし、調整も修理も簡単だ。他にも、元々あるベルトに鞘を吊るタイプもあるし、鞘が邪魔なら鞘ごと革で作るタイプもある。長物を持つなら背中に背負うタイプもあるし、短剣なら腕や足に仕込むのもある、あとは……」
嬉しそうに実際に使っているコレクションを見せて来るストラディゴス。
そのどれもが使い込まれ、人の油が沁みた革の光沢と模様の細工が美しい。
しかし、一方で女性陣は、早くもついていけていなかった。
「さ、最初なので一番簡単のでお願いします」
「私も……」
「あ、ああ、そりゃそうだよな。最初は、このスタンダードな奴を作ってみるか」
ストラディゴスも、二人にこれから更に熱く語ろうとする自分をそっと諫めた。
二人は剣帯に興味がある訳では無く、革を使ったモノづくりを学びたいのだ。
それなら、最初に難しい事をするよりは、簡単な物で基本を学び、成功体験を積ませた方が良い。
ストラディゴスは、修理や補修に使う為にフィデーリスで仕入れといた無地の馬革をテーブルに乗せる。
彩芽とルカラは、まずは練習にと市場で服用に売られていた魚革を目の前に置いた。
「鞣して処理されてるから扱いは簡単な筈だ。まずは、この形に革を切り取るんだ」
ストラディゴスは自分の剣帯を分解してパーツに分け、メインとなるベルトの形を見せる。
ストラディゴスの使っている物は、鞘の上部に上下でベルトを固定するタイプで、前部を上に、後部を下に巻く事で剣を斜め掛けにする。
彩芽は、本来はどういうデザインにするか考え、設計図を整えてから作るのだろうと思いつつも、確かにストラディゴスが見せてくれたストラップならベルトを革から切り出せさえすれば、簡単に作れそうだと作業を始めた。
始めてすぐに思ったのは、鋏か裁断機が欲しいと言う事であった。
ストラディゴスは目の前で革に小さな印をつけると、固い筈の馬革をナイフで綺麗にフリーハンドで、テキパキと形を整えて行く。
一方で、彩芽とルカラは比較的柔らかい魚革にも関わらず、フリーハンドでまっすぐに切る事さえ無理であった。
二人は、ストラディゴスが練習にと安い魚革を用意した事に、納得する。
専用の道具も無い状態で、素人が革の加工をするのは、見栄えを良くするだけでも大変であった。
「どうだ、出来そうか?」
「……出来てるように見える?」
「慣れないうちは、少しずつ切るんだ。あと、刃の方向は出来るだけ動かさないで、いつも同じ方向に引いて切れ。革の方を動かすんだ。ほか、こうやって」
ストラディゴスが手本を見せる。
言われてみると、ストラディゴスのナイフは刃の向きが一定で、カーブを切る時は、革の方を動かしていた。
それに、改めて見るストラディゴスのナイフ捌きは、丁寧で洗練されていた。
二人は言われるままに真似をして切ってみると、さっきまではキザついたり、よれていた切断面が、少しずつ綺麗になり始める。
「上手いじゃないか。慣れれば出来そうだろ?」
ストラディゴスに褒められながら、なんとか二人は革を切り出す。
切り出しで失敗した所も、カットする事で綺麗にし、ほどほどに綺麗な革の帯が出来上がる。
ストラディゴスは見本で分解した剣帯を並べ、上部と下部に鞘通しの穴を作り始める。
鞘通しは、ベルトを鞘の太さで筒にして縫ったり、ビスで固定する以外に、グルグルと鞘の下方へと巻き付けて結んで固定するタイプなど、選択肢が意外とあった。
ストラディゴスが革を革紐に加工し始める。
ナイフ一本で、四角く切った皮をグルグルと四箇所から、渦巻き状に細く切ると、長い四本の革紐になる。
それを剣の鞘のカーブにそってごしごしと擦り、四角を渦巻きに切った事で出来た四辺の曲がりを、まっすぐに伸ばし加工していく。
彩芽とルカラは、あっという間に出来る数メートルのまっすぐで均等な太さの革紐を見て、ストラディゴスに尊敬の眼差しを送る。
職人の様な手捌きで行われる作業は見ているだけでも面白い。
「この紐を通す穴を開けて、固定すればカッコだけは完成だ。なっ? 簡単だろ?」
ストラディゴスの真似をして、二人も革紐作りにチャレンジする。
ナイフの扱いにも慣れ、均等な幅とならずとも、一本の長い魚革紐が出来る。
ストラディゴスの真似をして紐の太い部分や、まがった部分を引っ張って矯正し、それでも整わない部分は切り落とすと、ちゃんとした紐が出来た。
すると、ストラディゴスが修理用に仕入れていた穴開けに使う錐と革紐で縫う為の針を取り出し、チクチクと革紐が捻じれない様に丁寧に縫い始める。
鞘通し部分をしっかり固定して、余った革紐を切り、あっという間にルカラの剣を下げるベルトが完成してしまった。
彩芽とルカラもストラディゴスに遅れる事数分後には、それぞれ完成させ、見た目こそ良くないが、ちゃんと使える物が出来ていた。
* * *
「着け心地はどうだ? すぐにはシックリこないだろ」
ルカラが剣帯に実際に剣を差して見る。
ベルトに無理やり差していた今までの姿は何だったのかと言うほど、様になっている。
剣の柄が常に腰から斜めに突き出しており、今までよりも抜刀しやすそうである。
「いえ、これ、すごいシックリきてます。すごい……」
「それならいいけどよ、簡単に直せるからな。まあ、作れたんだ。自分でも直せるだろ」
「ストラディゴスさん、ありがとうございます」
「これぐらいお安い御用だよ」
二人がそんな会話をする一方で、彩芽はストラディゴスが見本にしてくれたストラップを見ていた。
基本構造は同じで、ルカラが貰った物をストラディゴスのサイズまで大きくしただけ。
なのだが、ストラディゴスの物は、細かな飾りのついたビスが所々についていたり、表面には馬の革模様ではないデコボコとした幾何学模様があしらわれていたり、異様にオシャレであった。
「ストラディゴス、ルカラのベルトには、こういう模様は? どうやってつけてるの?」
「つけても良いが、やり出すとキリないぞ。それとかは、全部でかけた時間は何十時間じゃ下らない。簡単なのならすぐに出来るが、どういうのがやりたいんだ?」
「出来るの?」
「道具があればな。その革染と、打刻印は道具が無いが、紐なら、まだ余ってるし編み込みぐらいなら出来るぞ。簡単な模様ならナイフでもつけれる」
「待って、このベルトってもしかして……ストラディゴスの手作り?」
「これはな」
それは、買えば八千フォルト(八十万円相当)は下らないだろう、馬の鞍ぐらいの貫禄があった。
巨人の持ち物と言う事で、大きい故の迫力もあるのだろうが、一流の革細工職人が手掛けた逸品だと二人は思っていたので、衝撃を受ける。
二人は、異様に革の加工に詳しいストラディゴスを見ていて、ずっと修理や何かで慣れているだけかと思っていたが、この時それがストラディゴスの隠れた趣味である事に、ようやく気付いたのであった。
「二人共、どうした?」
「ううん、なんか……ストラディゴスって、もしかして、かなり器用?」
「すごく……何と言いますか……すごい……素敵です」
「そうか?」
それは、ストラディゴスにとって初めて経験する、スキルによるモテであった。
小学生の男子が、足が速くてモテたり、絵が上手くてモテるのと同じ事である。
彩芽とルカラに、抜きんでた技能を披露した上に、そこに普段とのギャップも合わさり、いつもよりも繊細で格好良く見えたのだ。
元傭兵で騎士の巨人が強くても当たり前に思えてしまうが、その巨人が繊細な革細工が出来るとなると、急に多才に見える。
その上、ストラディゴスは密かな趣味を、好きとは示しても自慢しなかった為、さり気なさが余計に格好よく見えた。
彩芽とルカラがストラディゴスのギャップに胸がキュンキュンしていると、気が付けば外は船長が言った通り時化始め、雨音が聞こえて来ていた。
酒場には他にも船の乗客や漁師達が避難してきて、急に騒がしくなってくる。
こうなると、海沿いは危険なので酒場から出ない方が賢明だが、テーブルを占拠しているのも悪い。
なので、三人は、荷物をまとめて部屋に戻る事にした。
「誰かに習ったんですか?」
「傭兵時代の仲間の一人にな。器用な奴がいたんだよ」
階段を上ろうとしていると、酒場の店主と、男の話声が聞こえて来た。
「え、うそ、部屋無いの? 一室も? 僕どうすればいいのさ?」
「来るのが遅かったな。みんな、もう借りられちまってるよ。最後の部屋は、ほら、あそこのでっかいのが貸りちまってねぇ。相部屋の交渉なら自分でしな」
視線を感じ、彩芽が酒場のカウンターを見ると、雨でずぶ濡れになった太った男が彩芽一行を見上げていて、目が合った気がした。
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