第52話

 そこでエドワルド達が考えたのは、密輸品として上げ底の下に骨を隠してスケルトンを運び込む事であった。

 だが、この方法はスケルトンを潜入させる事は出来ても、時間がかかってしまう。


 そんな時、彩芽とストラディゴスがエドワルドの目の前に現れ、地下通路からルカラを逃がしたいと言ってきた。


 その時、エドワルドは地下通路が使えたら、そこからスケルトンを大量に運べると考えていた。


 だが、マリアベールにその事を話すと、トンネルを王墓からフィデーリスまで繋げてしまえば良いと言い出したのだ。

 城壁内にエドワルドと言う協力者がいるからこそ出来る計画だと。




 無計画にトンネルを掘れば失敗するであろう。

 だが、始点と終点を計り、終点を人目が無く、攻め込みやすい場所を選べれば、城内へと攻め込むのにそれ以上有利な事は無い。


 地下トンネル計画。

 そんな事が出来るなら、進軍は誰にも気付かれない。

 大胆な事をコッソリするほど、相手は読みにくい。


 計画を進める為に、刻印入りの石で地下通路を作りながら掘り進める事になったのだが、それが更なる効果を生み出した。

 人知れず城壁の内部深くへと、城壁と同じ様な強力な力場を持ち込めたのだ。




 地下トンネル計画の残りの問題は、終点であった。




 地下通路に繋げてしまえば、掘る距離が短縮できるが、迷路を大量のスケルトンが彷徨っては計画がバレてしまう。

 地下通路を避けて地上に繋げるなら浅く掘った方が良いが、そうすると今度は川とぶつかってしまう。

 スケルトンは軽く、リーパー程の馬力も無い。

 流されれば力場の外へと運ばれ、骨に戻って海に出てしまう。

 川の下を通り、最短距離で城壁内に辿り着くには、地下通路の地図が必要であった。


 その問題を解決したのは、彩芽達であった。

 地下通路のマッピング計画によって。




 ついに城壁内に攻め込む具体的な計画が大詰めを迎えた時、彩芽を殺そうとリーパーにされたザーストンが現れ、地下通路での死闘の末、エドワルドは殺されてしまった。


 刻印のある鎧は着けておらず、指輪は彩芽が切断された手ごと一つは持っていった。

 エドワルドは、もう片方の手にも指輪をはめていたが、自身の生命力で傷を補助するには限界があり、あの時はザーストンによって本当に殺されていた。


 そのまま放置すれば、指輪の力場によって生命力は傷を負った部分の補助にまわされ、そのまま完全に死んでいたであろう。


 その窮地に現れたのがストラディゴスであった。

 エドワルドの肉体を地下通路へと運び、知らずに何度も地下トンネルの力場に近づけ、その力場から流れる山脈を満たす生命力を流し込まれる事で、エドワルドの身体は死にながらにして、死から蘇ろうとしていた。


 脈も呼吸も止まっていたが、頭は無傷であり、低酸素状態で停止していた脳は力場から流れ込む生命力によって息を吹き返し、ストラディゴスが地上に戻った時には微弱ではあるが脈も呼吸も戻りつつあった。




 かたや、エドワルドは手に残る僅かな生命力と指輪の力場を頼りに、切断された手側には疑似的な意識を残し、地下通路を逃げる彩芽を案じていた。


 彩芽も地下通路を行き来する事で、エドワルドの手を包む力場が強化され、手だけで動けるようにまで回復し、ザーストンに彩芽が地下通路で追い詰められた時は、首切り斧で壊される通路の音から、地下にトンネルが来ている事に気付き、彩芽の足を掴んで止めたのであった。


 エドワルドの切断された手から伸びるマリアベールにしか見る事も感じる事も出来ないエドワルドの呼びかけを聞き、マリアベールは彩芽を助けてくれたと言う訳であった。


 地下通路計画はヴェンガンにバレ、完全な不意打ちに失敗してしまった。

 だが、彩芽を助けた事で、忘れられたカタコンベの存在を知り、計画は実行へと移された。




 仮死状態のエドワルドが意識を取り戻して完全に息を吹き返したのは、マリアベールにエドワルドの事を聞いた彩芽が、手を返しに行った時である。

 指輪の力場と、彩芽に生命力として手を切って流した血を提供してもらった事で、エドワルドはギリギリの所で息を吹き返し、マリアベールの指示で黒騎士として闘技場に向かった。


 これが、エドワルドの生還と今までの行動への、エドワルドからの説明であった。




 * * *




「お前なぁ、俺は本気でお前が死んだとばかり……」


「一度は死んでるんだ。何だお前、泣いてるのか?」


「泣いてねぇよ! それより、さっきは手加減して無かっただろお前!」


「お前が本気で殺しに来て、手加減なんか出来るか!」


「こっちだって必死だったんだよ!」


「仲良く乳繰り合っておる所悪いが、待っておるから、ちゃんと来るのだぞ」


「おい待て! アヤメはどこだ、お前らと一緒に来たんだろ!?」


「どこって、ここにおるであろう」


「ここって、お前、マリアとか言ってただろ」


 マリアベールは、走るストラディゴスの肩の上に飛び乗って座った。


「借りていただけだ。今返すぞ」


 ストラディゴスが彩芽を見ると、彩芽の顔であるが、表情がまるで彩芽では無い。

 笑い方が大人びて見え、妖艶な雰囲気を醸し出している。


「冗談……だよな? アヤメは生きてるのか!?」


「冗談ではない。巨人の小僧。ちなみに、こやつは生きておるし、意識もある。我の見て聞いた一部始終を共有しておるし、痛みも伝わる。手荒な事はせんことだ」


 彩芽は、マリアベールがかけた魔法、ドミネーションの支配下に置かれる事で、囮と戦力になる事を自ら選んでいた。

 これも彩芽の提案した計画の中にある、保険の一つであった。




 戦場において、彩芽は間違いなく足手まといになる。

 現時点で戦闘能力は皆無と言っていい。


 しかし、ストラディゴスとルカラを救出する為には、二人を知る者が城壁内に行かなければならない。


 そこで、脱出が間に合わないと判断した段階で、マリアベールに二人の救助要請をし、必要なら肉体を支配される事で自ら戦場に立つ決意をしていたのであった。




 彩芽のイメージでは、死体を操る要領で操れないかと言う話だった。


 だが、精神は肉体と言うハードの上にあるソフトみたいなものである。

 ヴェンガンはソフトを操る事に長け、マリアベールはハードを操る事に長けている。


 マリアベールのドミネーションは、恐怖で支配するヴェンガンの物とは違い、身体の支配権をマリアベールに完全に明け渡す、似て非なる物であった。


 死体では無い生体を操るのは生体信号が複雑で、より難しく、精神支配より肉体支配の方が遥かに面倒だ。


 恐怖という概念で命令を与えるのと、脳を部分的に同期して信号を送り続けるのでは、魔法としての難易度が変わってくる。

 マリアベールも、彩芽と言う受け入れ態勢が出来た協力者がいなければ、生体の完全支配なんて芸当は実用レベルには持っていけない。


 それほどに難しい事を二人はやっていた。


 だからこそ、ヴェンガンは幻惑で彩芽の姿に化けたマリアベール本人だと騙されたのだ。

 死の宣告が別の物にわざわざ変わっているのも、ヴェンガンに対してミスリードとして役立っていた。


「あれ、マリアベール?」


 走るストラディゴスの肩の上で、突然マリアベールの支配が解け、彩芽の顔になった。

 よろける彩芽をストラディゴスが支える。


「アヤメか! 大丈夫なのか?」


「アヤメさん!」と、ストラディゴスに脇に抱えられたルカラも声をかけた。


「二人とも、助けるのが遅くなっちゃってごめんね。マリアベールがヴェンガンを見つけたみたい……」




 * * *




「何でお前が!?」


「闘技場から来るには早すぎるとでも? 我は、ずっとここで待っていたのだ。待ちくたびれていた所よ」


 フィデーリス城では、マリアベールの本体がリーパーの恰好でヴェンガンと対峙していた。


 奴隷を囮にする幻惑魔法はマリアベールには効かず、手下のリーパー軍団も闘技場で全滅した。

 フィデーリス騎士団は外で死者と戦っていて、ヴェンガンの周囲の守りは何も無い。


 その状況でヴェンガンに出来る事は、逃げ支度ぐらいの物。


 ヴェンガンは、マリアベールの読み通り、一番大事な物を持って城主と一部の者だけが知る地下脱出路から城壁外へと逃げようとしていた。

 ピレトス山脈からも城壁からも離れれば、力場に縛られるマリアベールは追って来れないからだ。


 この地下脱出路の存在を知っているのは、ヴェンガンとマリアベール、そして、ヴェンガンが連れているミセーリアだけであった。


 エドワルドの調査でも影も形も見つけられなかったミセーリアだが、ヴェンガンが逃げるとなれば隠した場所から出さずにはいられない。

 マリアベールの掌の上で踊らされたヴェンガンの怒りに染まった顔を見て、マリアベールは四百年越しの仕返しの効果が上々である事に安心していた。


「ミセーリア王、御迎えにあがりました……」


 マリアベールの言葉に、ミセーリアは戸惑った様子であった。


 マリアベールはフードを取り、素顔を晒した。

 ショートカットにまで髪が短くなった白髪で色白の女が現れる。

 その耳はとがっており、エルフであった。


「マリア、あなたは死んだ筈……どういう事、ヴェンガン!」


「ヴェンガン、貴様、ミセーリア様に何をしたっ!?」


「何をしただと? 私は、ずっと守っていただけだ! そこをどけ!」


「お願い、マリア、邪魔をしないで! 生きていたのなら仲直りしましょ? ねっ?」


 幻惑魔法で操られているらしく、ミセーリアはヴェンガンを庇う様な反応をする。


「ソート・ネクロマンス!」


 マリアベールの魔法によって、予め術をかけておいた周囲に転がる死体達が目を覚ます。


「彼らは、我を逃す為、お前達に殺された者達だ。覚えているな……」


「寄るな! それ以上近寄ればっ!」


 ヴェンガンはミセーリアを守る様に前へと立ちはだかった。


「往生際が悪いぞ!」


 通路を埋め尽くす無数のスケルトン。

 そこで最期を迎えた無数の人々がヴェンガンに憎しみの視線を送って立ち上がる。


「くっくるなっ!」


 スケルトン達が騒ぐヴェンガンを拘束し、ミセーリアを確保した。


「ミセーリア様、こちらへ」


「マリア、どういう事? 私に逆らうなんて」


「ミセーリア様……ヴェンガンめにかけられた幻術、今解いて……」


 マリアベールがミセーリアの頭に手を置いた、その時であった。

 突然、マリアベールの視界は白い光に包まれた。

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