第51話

「なんでお前が!?」


 黒騎士は、肩に剣を担ぐと肩を軽く叩き、首をボキボキと鳴らしてから構え直す。


「死んだ筈だって? まあ、お前らのせいで一度は死んだんだ。大きな貸しだぜ」


 黒騎士の中から現れたエドワルドに驚きを隠せないストラディゴスとルカラ。

 エドワルドは、襲い来る首切り斧を、両手に持ったひび割れが酷くなっていく剣で巧みに捌いていく。


 エドワルドが一瞬空を見ると、マリアベールも空を見上げた。

 そこでは、重なっていた月が分離し始めていた。


「時間だ」


 遠くで爆音が響くと、すぐ後で建物が崩れ落ちる様な音が響き渡る。




 フィデーリスの下水道。


 その川側の各出口付近には、エドワルドの部下達が側近であるモサネドの指示に従って、下水道の補修工事のフリをして爆薬を設置していた。

 本来なら、格子を取り外すだけの予定だったが、爆破も計画の内には元々あり、予定が早まった形となっていた。


 決して威力のある爆薬ではないが、設置した下水道の真上にあるのは、城壁である。

 同時多発的に行われた爆破の衝撃によって、崩れた下水道の上に立っていた城壁部分は自重で崩れ落ち、ヴェンガンの使える力場の範囲が限定され始める。


 それは、城と並んで町の中心部にある闘技場に大きな影響を及ぼした。


 大量の刻印の要石が密集する事で全域に及んでいた力場は、密集が崩れる事で相乗効果が薄れ、城壁付近ほど強く、離れる程に弱い力場しか作れなくなっていく。

 逆に、地下に力場形成をする通路を通してしまったマリアベールの力場は、城壁付近に行くほど弱くなるが、今も地下では力場の有効範囲を広げようとスケルトン達が普及の作業を進めている。




 こうして、復活したくても出来なかったリーパー達が次々とただの骨に戻り、ザーストンは無尽蔵な生命力の補充が出来なくなったのだ。


 こうなるとザーストンは、燃え尽きる直前の蝋燭であった。


 所詮は自分で生命力を補給する術を持たない、ヴェンガンの操り人形である。


 しかも、ヴェンガンによって拷問で生きたまま端から白骨状態にまで肉をそぎ落とされ、術によって補っている肉体の割合が多い分、リーパーとしての運用は楽だがコストパフォーマンスは最低であった。


 ヴェンガンは、城壁内を常に生命力で満たす為に、闘技場を作り、奴隷売買をしていた。

 そうしなければ複数のリーパーを万全のコンディションで運用する事など出来ない。


 だが、場に生命力は溢れていても、城壁の産み出す力場が弱まったザーストンは、自分の身体を維持するだけで内包する生命力を急速に減らし始めていた。




「最期に、やるか? 相手になるぜ」


「ごろ”じでや”る”ごろ”じでや”る”ごろ”じでや”る”ごろ”じでや”る”ごろ”じでや”る”!!!!」


 ザーストンは、世の不条理に怒り狂い、エドワルドに襲い掛かった。


 何度斧をふるっても、その身体を破壊できない。

 このままでは、誰も道連れに出来ない。


 他の奴でも良いから道連れにしてやろうと周囲を見ると、敵から注がれているのは、自分を憐れむ目であった。


 憐れみが欲しいのではない。


 なら、何が欲しい?


 なぜ、道連れが欲しかった?


 エドワルドに勝負をふっかけられ、今更別の誰かを殺しても、空しくなるだけなのは分かる。


 時間が無い。


 ただ、このまま何も出来ずに消えたくない。


 このまま消えるにしても、勝って終わりたい。




 勝った時があった。

 あれは、気持ちが晴れた。




 地下通路でやり合った時を思い出す。


 ザーストンは、僅かに冷静さを取り戻すと、構えを生前のそれへと戻し、渾身の首切り斧の一撃を繰り出した。


 また、あの時の様に武器を折って切り裂いてやると。


 せめて勝って終わってやると。




 エドワルドの両手に持った剣が受けきれずに砕け散っていく。

 だが、折ってなお、漆黒の籠手によって器用に受け流され、首切り斧が地面に落ちる。


 まだだ。


 剣の無いエドワルドに、容赦なく首切り斧を叩きこんでやると力む。


 一度は倒した相手だった。


 今度は頭を潰して生き返れない様にしてやる。


 そう勝利を確信した時。


 そこでザーストンの生命力が枯れ果て、元のリーパーの姿を通り越し、骨に戻り始めていた。


 生命力だけで維持されていた下半身が白い糸となって大気の中にほぐれ、上半身の骨を核にした周囲にだけ疑似的な身体を残し、ザーストンは地面に倒れた。


 身体を浮かせる事も出来ない。


 あのままやれば勝てた筈だった。

 ザーストンからすると、あまりにも無常な時間切れであった。


 痛みも苦しみも恐怖も無い。


 ただもとの骨に戻るだけ。


 薄れゆく意識の中。

 勝てそうだった事への喜びは無かった。


 自分が傷つけてしまったが魔法で無事なマリードと、同じく魔法で歩けるようになったゾフルがザーストンの傍らに来て何かを喋っている。

 耳が遠くなり、声は聞こえない。


 全てが憎かったが、頭と共に脳が端からほぐれ始め、自分に強がりも嘘もつけなくなり、ようやく気付いた。


 ただ三人で、好き勝手に、行き当たりばったりでも生きる事が幸せだった。

 周りに迷惑と悪意を振りまく、それだけの人生だが、それがザーストンの中での全てであった。


「マリード、ゾフル……すまねぇ」


 ザーストンの中に最期に残ったのは、敵への恐怖や怒りでも、勝利への執着でも無く、盗賊としての仲間への思いであった。

 こうしてザーストンはマリードとゾフルに看取られ、静かに骨へと戻った。




 * * *




「エドワルド、お前、どうやって。それに、その恰好……」


 水没した城に続く地下道は使えず、一同は地上から再びフィデーリス城へと向かおうと闘技場を出ようと通路を進んでいた。


「まあ、普通気になるよな。お前にだけは、出来れば秘密のままにしておきたかったが……マリアも、もう良いだろ?」


「好きに話せ」


「……ダチのお前にだから、正直に話す。このフィデーリスは、このままマリアが占拠し、四百年前の王国が復権してマルギアスから独立する。その時はお前達の事は逃がしてやるから、安心しろ」


「意味が分からないぞ。それよりもお前、生きて、いるのか?」


「今のところ生きてるよ。あのなストラディゴス。ちゃんと聞けよ。実は、俺はエポストリアのスパイだ」




 城へと続く道、闘技場の門を出るとエドワルドの言葉にストラディゴスは足を止めた。


「スパイ?」


 エドワルドはストラディゴスに語り聞かせる。




 エドワルドは、エポストリア連王国から派遣されたスパイであった。


 いつからか?

 ストラディゴスと出会った時より、ずっと前からだ。


 つまり、マルギアス王国では、初めから傭兵や商人のふりをしながらスパイとして潜入工作をしていたのだ。


 その最初の任務は、マルギアス王国内での、戦争を始めとした情報集めであった。

 そこで成果を上げたエドワルドは祖国で男爵の爵位を手に入れ、一度は国へと戻った。




 その後、エレンホス王国のセクレト王子の兄の子孫である現エレンホス国王の密命によって、王家の遺品捜索の任務に就く事になった。

 セクレトと共に結婚式に出席する為にフィデーリスに来ていた当時の国王が付けていた王家の指輪である。


 エドワルドは、再び傭兵のふりをしてマルギアス王国に戻ると、フィデーリスを調べ始めた。

 それからすぐにセクレトが亡くなった当時のフィデーリス王国の王墓がある事を知り、情報を求めてピレトス山脈へと向かった。


 噂に名高い死霊術師、ソウルリーパーを相手にする気は無く、セクレトの遺品捜索だけの為に入った所で、迷宮を奥へと進んだエドワルドは地下神殿に辿り着き、無数の死者が町を作っている光景を見てしまう。


 エドワルドは、危険も顧みず神殿への侵入を試み、そこにミセーリアの遺体も無ければ夫になったセクレトの遺体も無い事を確認した。

 そんな事を調べる必要があるぐらいに、四百年前の情報は表に出ていなかった。


 羊皮紙に木炭で墓石に刻まれた文字を映し、持ち帰る途中で、墓泥棒としてマリアベールに捕まってしまった。

 それが二人の出会いであった。




 死を覚悟したエドワルドであったが、話しの通じるマリアベールを相手にエレンホス王国の遺品捜索の話をすると、エドワルドはマリアベールに客人としてもてなされ、彩芽が聞いた昔話を聞かされた。


 そして、セクレトが生かされ続けている可能性を知ると、エドワルドはセクレトの生存の可能性をエレンホス王に知らせ、王家の指輪奪還作戦と共に、救出作戦を指揮する事になった。




 生きた協力者を初めて得たマリアベールは、今まで出来なかった城壁内からのフィデーリス攻略を目論見、エドワルドに協力する様になった。


 そこで、まずはエレンホスのスパイ達で商会を作り、現地で仲間を増やしていった。

 それが例の密輸組織の始まりである。


 当初の計画では、表向きはフィデーリス内での情報収集が主な任務であった。


 だが、裏ではマリアベールとエドワルドは独自の計画を同時に進めていた。


 フィデーリス内に刻印の入った建築資材を流したり、工事や建築に関わっていく事で、フィデーリス内に力場を発生させるポイントをいくつも作っていったのだ。




 さらに、エドワルドは剣の腕前を活かして運転資金を更に増やす為に、顔を隠して剣闘士として戦う様になった。


 組織の運転資金に膨大な賄賂、経常出来ない裏で使う道具の数々。

 それは、どれをとっても金がかかる。


 フィデーリスと言う城塞都市を相手にする事は、一国の軍隊を敵に回す事に等しい。


 エドワルドは、裏で表で稼いだ賞金も全て計画の足しにしていた。

 エポストリアやエレンホスの本国から提供される資金だけでは、計画には足りなかったのだ。

 足りない物は現地調達が基本である。




 密輸業者の中でマリアベールの事を知っている者はおらず、モサネドやエレンホス側のスパイ仲間でも、刻印はヴェンガンの魔法を封じる結界を作っていると思っていたし、エドワルドの剣闘士の顔も誰も知らなかった。


 それは、ヴェンガンの専門が精神感応系の幻惑魔術であり、事実を知っている者は少ないに越した事がない為だ。

 拷問や催眠によって口を割らされる危険は減らしたい。

 それは自分達だけでなく、仲間も守る為の措置であった。


 ヴェンガンが奴隷に姿を被せて操るのも、ドミネーション・ネクロマンスで死者を恐怖で支配するのも、死の刻印で盗人を特定するのも、どれもヴェンガンの幻惑魔法である。




 エドワルドが剣闘士として闘技場に立って荒稼ぎする内に、マリアベールはエドワルドの身を案じて生命維持の魔法をかけ、ドラゴンゾンビを貸し、力場を発生させる指輪を渡し、さらには竜とエドワルドを守る為、漆黒の鎧に力場を発生させる刻印を施して渡していた。


 それらを使い、エドワルドは強さと鎧の見た目から人気も出て、チャンピオンにまで上り詰めた。

 フィデーリス攻略計画の資金を、そうやってフィデーリスの民から吸い上げ続けた。




 エドワルドが黒騎士になって、金以外の別の利点もあった。

 ヴェンガンに近づく事が出来るようになり、城で直接情報を収集する機会が生まれたのだ。


 黒騎士として接するヴェンガンは、金払いが良く、礼儀正しく、最初は普通に優秀な伯爵に見えていた。


 その認識が変わったのは、ヴェンガンの城に何度目かに招かれた時の事であった。

 エドワルドは、思わぬタイミングでついに見つけた。


 セクレトは当時の姿のまま、ヴェンガンに奴隷として飼われていた。

 ヴェンガンに媚びへつらっているが、エドワルドはエレンホス王室の肖像画で見た事があり、間違い無かった。


 本人ではない可能性もあった。

 四百年前の人族が当時の姿のままと言うのは、普通に考えれば、なんらかの魔法を使わなければあり得ない。

 生命補助は老化を止められないし、ネクロマンスは死者が朽ちるのを止められない。


 それでも、強い血縁関係にある子孫を奴隷にしている事に間違い無く、奴隷にされたセクレトの血縁者の奪還作戦がエレンホス側でも承認された。




 計画で残された課題は、ミセーリアの安否と居場所の確認。

 そして、マリアベールとスケルトンの城壁内への侵入であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る