第50話

 突然現れたリーパーの群と、死してなお動く竜を前に、闘技場の中はパニックとなっていた。

 客席に乱入した怪物達を前に、観客は外がどうなっているのかも知らずに我先にと逃げ出していく。


 パニックの中、ヴェンガンは彩芽に化けたリーパーと、それを守る干乾び一度は首を落とした竜を忌々しく睨んだ。


「そいつ……そうか……それも、貴様の差し金か……マリアベール」


「気安いぞ。騙される側になって、久々に気分でも損ねたか?」


「ふん。下僕達よ、今すぐ巨人と黒騎士を殺せ」


 ヴェンガンは、それだけ告げると、その姿を怯えた奴隷へと変え、行方をくらましてしまった。




 マリアベールと呼ばれた彩芽に化けているリーパーを放置し、リーパー軍団達はマリアベールを彩芽だと思いながら駆け寄ろうとするストラディゴスに襲い掛かった。


 ストラディゴスはリーパー達を剣で叩き落として迎撃していくが、力場が強くリーパーの頭を潰しても瞬時に再生してしまう。


「アヤメ!! 逃げろ!!」


「この状況で女の名を叫ぶとは、なるほど、迎えに行ってやりたくもなる」


 ストラディゴスが手こずっていると、剣闘フィールドへと竜と共に降りて来たマリアベールが竜からも降りた。


「我は良い、奴らに手を貸してやれ」

 マリアベールが竜に語り掛けると、竜はリーパー達に襲い掛かる。


 一人になるとマリアベールは落ちている剣を拾った。

 すると、リーパーの頭蓋骨に目掛けて投げつけ、そのまま壁に縫い付けた。


 彩芽の姿のまま、マリアベールはすぐに次の落ちている剣を足でひっかけて浮かし拾っては、他のリーパーを巧みな剣捌きで翻弄しながら同じ様に始末していく。


 マリアベールの人間離れした動きは、リーパーのそれに近く、ストラディゴスはそれが彩芽では無い事に気付くが、正体がわからない。


「我に続け!」


 偽彩芽が次々とリーパーの頭に剣を刺していって、刺されたリーパーが再生しようとするが、剣が貫通したままで疑似的にさえ脳が再生されず、戦線に復帰できなくなっていたのに気が付いた。

 倒せたわけでは無いが、無力化出来る事を見せつけられ、ストラディゴスと黒騎士も真似をして次々とリーパーを黙らせていく。


 そうしている間にも、客席のゲートから外から入ってきた死者達がマリアベールに加勢しようと集まってきた。


 突然現れた無数の死者達を前に事情を知らないストラディゴス達は死を覚悟する。

 しかし、彼らはリーパー達にだけ襲い掛かり、闘技場で死んでいる獣や、埋まっていた骨、それに怪我をして動けなかった囚人達までも髪箒で払い、蘇った獣達は何事も無かったように動き始めるとストラディゴスを威嚇し始める。


 ストラディゴスは剣を構え、抵抗の姿勢を見せるが、獣達はマリアベールが化けた偽彩芽に頭を撫でられると、威嚇をやめた。

 思考に直接送られた映像のイメージによって状況を作り出したのがヴェンガンだと刷り込まれると、ヴェンガンを殺そうとゲートへと向かっていく。

 闘技場を占拠した死者達によってゲートが解放されると、町に獣たちが放たれ、ヴェンガンの臭いを追ってフィデーリス城へと駆けて行った。


「何が起こっている!? お前は、なぜアヤメの姿を」

 ストラディゴスがマリアベールに聞くと、マリアベールは彩芽の顔のまま不敵に笑う。

 ゾフルを庇いながら戦うマリードとルカラも、戦いぶりと、その顔を見て彩芽がおかしい事に気付いていた。


「案ずるな巨人の小僧、我は味方だ。それに、お前の事を良く知っておる。我は、死を統べる者。王墓の墓守よ」


 ストラディゴスの質問に答えながらも、マリアベールは巨人の身体を足場にして触れ、何も断らずに生命補助魔法を施すと、再びリーパーを無力化し始める。


 切ろうが砕こうが再生して襲ってきていた怪物達は、攻略法を知られた上に物量で押され、次々と大人しくなり、残すは首切り斧を持ったリーパーだけとなった。


 だが、首切り斧のリーパーに逃げる事は許されていなかった。

 ヴェンガンの為に最期まで戦う事が命じられており、最後の一人となって負けが決まっても、逃げるに逃げられない。




 マリードとゾフルが、最後の一人だとリーパーの姿を見て、ようやく気付く。


「まさか、お前、ザーストン……なのか?」

「殺された筈だろ! なんでお前、自分を殺した奴に……」


「うるせえな! 奴には逆らえねえんだよ!! お前らこそ、なんでそいつらと一緒なんだ!? 俺達を豚箱に入れたのは、そいつらだろうが!」


 マリードとゾフルはルカラとストラディゴス、それに彩芽の姿をしたマリアベールを見るが、ルカラの過去もストラディゴスに殺されそうな所を彩芽に救われた事も知らないザーストンには説明する事が多すぎた。


 言っている傍から、ヴェンガンからの指令が、最後に残ったリーパーであるザーストンの頭の中に飛んでくる。


「なんで俺ばっかりがこんな目に! ふざけるな! お前ら全員っ!」


 仲間の裏切りとも取れる再会。

 どこまでも自分に不利で理不尽な状況。


 あらゆるストレスが頂点に達した、その時。


 ヴェンガンは、ザーストンを恐怖で制御しきれなくなり、舌打ち一つで命令のチャンネルを切り、視界だけジャックし続けた。


「オレみたいしてやる!!!!」


 ザーストンの持っていた自身の肉体のイメージは嫉妬と憎しみと憤りにかき消され、その姿は完全な死神のそれへと変化する。

 白骨を包む生命力の鎧は、怒りの炎の様に生命力が溢れて燃える様になり、刃も通さない鎧を形成した。


 危険を感じたストラディゴスとマリアベールが変化しきる前に無力化しようと剣を突き立てるが、その切っ先が頭蓋を通らず、今まで戦ってきたリーパーの力を遥かに超えた一撃でストラディゴスは壁へと叩きつけられた。

 攻撃を避けたマリアベールも、無力化出来ないリーパーの存在に舌打ちをする。


 ヴェンガンの死者制御の要。

 それは術者に対する絶対的な恐怖であった。


 だが、今はザーストンの中で、恐怖をかき消すほどに大きく超えた怒りが燃えていた。


 それは、自身を拷問して殺したヴェンガンにだけでは無く、目につく全ての生者へと向けられている。


 ザーストンは首切り斧を振りかぶり、一直線に、ある一人を殺しに行く。


 仲間だと思っていたのに、今も生きているマリードでもゾフルでも無い。

 彩芽の姿をしたマリアベールでも無い。


 ヴェンガンの最後に送った指令の標的は、ストラディゴスと絆が出来たルカラに向けられていた。


「まずはお前からだ! ぐっちゃぐちゃのミンチになっちまえっ!!!」


 襲い来るザーストンを止めようとしたマリードは突き飛ばされ、首切り斧で袈裟斬りにされ重傷を負うが、ルカラを殺した後にその場の全員を殺し、ヴェンガンをも殺そうと怒りに支配されていたザーストンが止まる事は無い。


 ルカラは怒りの炎で燃え盛る死神の振りかぶる首切り斧の影に入る。


「ルカラ逃げろ!!!」


 ストラディゴスは、時が遅く流れて感じた。

 情報量があまりにも多すぎて、脳の処理が追い付いていないのか、それとも大切な物を失う直前とは、こうなるのか。


 ストラディゴスが立ち上がろうとするが、貰った一撃が膝に来ていて走れなかった。


 ゾフルは倒れたマリードへと這いずろうとしている。


 マリアベールは、ザーストンがルカラを狙う事が読み切れず、初動が遅れた。

 せめてルカラに魔法をかけれていれば、保険になったのだが、無傷だったルカラの優先順位は後であった。


 術者の制御が完全に外れ、自分も見失った事で、ザーストンはフィデーリスの人々が共通の認識として持っていた真の意味でのソウルリーパーとなっていた。

 フィデーリスの中にある全ての命を狩り尽くし、自身の糧として消費仕切るまで止まる事の無い不死の死神。

 手配書通りの、凶悪な怪物に成り果てたのだ。




 首切り斧が、ルカラに降り注いだ。

 

 たとえ、生命補助の魔法をかけていても、即死からは逃れられない。

 肉体を完全に壊されれば、マリアベールは死者としてしか蘇らせる事が出来なくなる。


 それは、蘇ったとしても最後の思いに囚われ、過去しか見る事の出来ない哀れな存在になる事を意味した。


「ルカラ!」

「ストラディゴスさん!」


 なんとか動こうとするストラディゴスに、ルカラは手を差し伸べる様に、助けを求めて手を伸ばした。


 ザーストンの視界を盗み見るヴェンガンは、こういう絵が見たかったと、自分の町が壊され、追い詰められていると言うのに、興奮が止まらない。

 ザーストンがその場の全員を殺せば、ドミネーション・ネクロマンスを解除して死体に戻してしまえば、ヴェンガンだけはこの町の中で生き残れる。


 だがしかし、計画とは想定していない所から崩れる物である。

 リーパーの暴走を誰も予想していなかった様に。




 シャリィィン




 金属同士が擦れる音と、激しい火花。


 ルカラのすぐ横へと軌道を変えて振り下ろされた首切り斧は、何も無い地面にめり込んで、そこへと亀裂を作った。


 ルカラを襲った一撃を逸らしたのは、剣。

 黒騎士の剣であった。




「こいつを仕留めても同額か? マリア」


 黒騎士の軽口など届いていないザーストンは、首切り斧を横に薙ぎ払った。

 黒騎士はそれも剣で逸らすが、斧が僅かに兜に当たり、黒騎士の兜が地面に落ちる。


 黒騎士の素顔を見て、ザーストンはターゲットをルカラから黒騎士へと完全に切り替える。


「ごろ”じだばずだ!!!!」


「なら、お互い今は恨みっこ無しだな」




 ストラディゴスとルカラは、目の前の光景が信じられなかった。


 確かに、死体を見た。

 冷たくなった死体を運んだ。


 なのに、そこで、漆黒の甲冑に身を包んで、剣を構えている。


 死んだ筈の男が立っていた。

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